殺意の矛先
夕暮れ時の東都マンションの屋上に、二つの人影が浮かび上がる。
「もう十分でしょう。大工健一郎衆議院議員は辞任したし、中之条透と高野健二は殺した。それだけで十分ですよ!」
グロッグ17を右手で握りしめる人影は、声を荒げる。しかし、もう一人の黒い影は拳銃を持つ男の話に耳を傾けなかった。
「中之条を殺したことに関しては感謝する。だけど、まだ終われません。あなたは私のことを恨むべきなんですよ? 私は桜井真を救うことができなかった。殺すには相応しい犯行動機ではありませんか? 私はあの三人と同じように、桜井真を殺したんです。さあ、そのグロッグ17で、撃ち殺してください。私は逃げも隠れもしませんから」
「できません!」
拳銃を手にする人物は、拳銃を床に強く叩きつけた。
「何のつもり?」
両手を広げ射殺されるのを待つ影は、首を傾げた。
「こんなことしても彼女は喜びません!」
「そう」
黒い影は息を吐くようにため息を吐いた。それから自殺を望む影は、一歩ずつ歩き始める。そうして拳銃を拾おうと、腰を落とした瞬間、男の大声が屋上に響く。
「そこまでだ!」
その声と共に、合田と月影が屋上に姿を見せる。
「半年前に自殺した桜井真が見た景色を見に現れると思った。その読みが当たったよ。だが、これだけはお前らの思い通りにやらせるわけにはいかない」
影は拳銃を拾おうとする影の顔を見つめ、その後で拳銃を後ろへ蹴り飛ばした。
それを拾った月影は、拳銃を蹴った影に対し、頭を下げる。
「ありがとう。犯人グループの一人。高崎一」
影の一人は、高崎一だった。高崎は背後に体を振り向かせながら、合田達と顔を合わせ、罪の告白をした。
「その拳銃で、中之条透を殺しました。隠し通路に足跡が残っていると思うから、それと今履いている靴を照合したら、証拠が出るでしょう」
「なぜ田村薫も殺した?」
合田が尋ねると、高崎は意外な答えを口にする。
「彼女を殺したのは、中之条透です」
そうして高崎は、瞳を閉じ、中之条殺害の瞬間を思い出した。
午後一時二十五分。お台場の廃ビルの中で、高崎一は息を潜めていた。その彼の前には、先程赤色のスプレーで落書きした文字が記されている。そしてフロア内には、先程気絶させた小澤実が、うつ伏せの状態で倒れている。
「待たせたな。高崎さん」
不意に男の声が聞こえ、高崎は身を震わせた。その声の先では、中之条透が立っている。
「身代金はまだですよ?」
高崎が首を傾げてみせると、中之条は舌打ちする。
「分かっている。そんなことより身代金を山分けしたら、どうやってここから脱出する?」
「大丈夫。運搬役の彼女が警察に尾行されていたとしても、逃げる手筈は整っていますから」
高崎は微かに頬を緩めた。丁度その時、彼らが潜伏しているフロアに、一人の女が姿を見せた。女はアタッシュケースを床に置き、深く深呼吸した。そうしてアタッシュケースの蓋を開け、手に入れた大金を瞳に映す。
「若い女に、七百万円もの大金を運ばせるなんて、どうかしてるわ」
高崎は田村薫の傍に置かれたアタッシュケースに近づき、それに手を伸ばす。
「やっぱりね」
そのケースに仕掛けられた発信機を見つけた高崎は、発信機をコンクリートの床に叩きつけた。
「金が手に入ったんだ。早く逃げようぜ」
中之条が仲間を急かす。それに対し、高崎は笑みを浮かべ頷く。
「そうですね」
高崎は、何事もなくグロッグ17の銃口を中之条に向けた。少し遅れて、中之条もジェリコ941を取り出す。
「何のつもりだ?」
中之条が声を荒げ、高崎は頬を緩めた。
「桜井真。ご存じですか?」
「知らねえ名前だな」
「あんたが殺した俺の幼馴染だ」
そのやり取りの最中、田村薫はアタッシュケースに手を伸ばした。その様子を視界にとらえた中之条は、銃口を女性に向ける。
「お前、金を奪って逃げるつもりか?」
「そうよ。殺人犯を匿う生活なんて、もう沢山。この身代金を使って、人生をやりなおすの。ここへは別れを言いに来たのよ。予め高崎さんが中之条透をこの場所で殺すってことを知っていたから……」
「裏切りやがって!」
中之条の声が田村薫の声を掻き消した。その直後、一発の銃声がフロアに響く。
「次はお前だ」
中之条は血塗れで横たわる女を見下ろしながら、銃口を高崎に向ける。それでも高崎は、脅えない。
それから、高崎は中之条よりも早く、拳銃の引き金を引く。銃弾が中之条の心臓を撃ち抜き、半年前の殺人犯は、その場に倒れ込んだ。
その後で高崎一は、アタッシュケースを手に取り、隠し通路を通り、第二の殺害現場から立ち去った。
「それが真実かどうかは、調べれば分かる。だが、中之条殺しの犯行動機は、逆恨みだ」
合田は高崎の犯行動機を真っ向から否定する。
「逆恨みじゃない!」
黙り込み高崎の話を聞いていた、別の影は声を荒げる。
「逆恨みですよ。麻生恵一」
月影は、もう一人の犯人の名前を呼ぶ。麻生は首を傾げ、二人の刑事と顔を合わせる。
「なぜ私が誘拐犯だと分かったのですか?」
麻生からの問いに対し、合田は一歩を踏み出しながら、答えた。
「あなたが利用した、小澤実が言っていたんだ。オーディションのつもりだったと。オーディションには台本が付き物だろう。そこであなたが仕掛けた、大胆不敵なトリックに気が付いたんだよ。誘拐事件の交渉自体が自作自演。予め用意された台本通りに捜査を誘導する。そうすることであなたは、思い通りに警察を動かし、大工健一郎衆議院を辞任に追い込んだんだ」
合田の推理に補足するように、月影が口を開く。
「桜井真の中学生の娘の父親は、あなたではありませんか? あなたは桜井真の復讐という共通の犯行動機を持つ高崎と共謀して、一連の事件を企てた。違いますか?」
月影の問いかけを聞き、麻生は頬を緩めた。
「そうですよ。ただ彼を殺すだけでは、いけない。不正を暴かないと、復讐の意味がない」
「だから関係ない中学生を誘拐したのか?」
合田が激怒する。だが麻生は顔付きを変えない。
「最初から誰かを誘拐しようと、思っていましたよ。偶然現場を目撃した清水美里を誘拐しただけです。誘拐事件を企てないと、一連の犯行計画は成立しませんから」
「そんなことのために、無関係な人間を誘拐したのか! 他人を犯罪に利用する。お前のやったことは、卑劣な行為だ!」
合田の怒りがピークに達し、遂に麻生は夕暮れに染まる街並みを、見つめながら自供を始めた。
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