賞金の謎
平成二十四年七月一日。午前十時二十分。映画監督と名乗る爆弾犯からの犯行声明が、日本を震撼させた。爆弾犯が爆弾と共に隠した七百万円という大金を求め、東京に人が溢れる。
その頃、菅野聖也は弁護士事務所の自分の席に座り、ノートパソコンの画面を見つめていた。ノートパソコンの画面に映し出された掲示板では、映画監督の仕掛けたゲームについて書き込まれていた。
050:*** 名無しさんがお送りします
『爆弾と賞金を一緒に隠す爆弾犯ってバカなの?』
051:*** 名無しさんがお送りします
『目印は赤い落書きね。そういえば昨日秋葉のメイドカフェの前で見たかも』
052:*** 名無しさんがお送りします
『犯人は世間を騒がせたいだけの愉快犯! だから、本当に賞金が用意されていると思ってはいけない。少し様子を見てから、探しに行こうかな?』
053:*** 名無しさんがお送りします
『事件と関係ないかもだけど、昨晩金のなさそうなホームレスやニートが、赤色のスプレーで落書きしてるの見たよ』
054:*** 名無しさんがお送りします
>>050 『ニュースでやってたけど、こういう犯人って自己顕示欲が強いんだってね。バカ野郎だ。七百万円なんて大金を犯罪に使うなんてね』
055:*** 名無しさんがお送りします
>>051 『マジかよ! 今からアキバに急行するわ』
056:*** 名無しさんがお送りします
『考えたんだけど、この爆弾事件は七年前に発生した赤い落書き殺人事件と繋がりがあるんだよね? だったらあの事件の情報の中に、爆弾犯がどこに爆弾を仕掛けたのかという手がかりが眠ってるかもね。特定犯よろしく』
057:*** 名無しさんがお送りします
『兎に角、警察よりも早く賞金見つけないと、七百万円が消えちゃう』
主に若者が書き込んだ事件に関する掲示板を読み、菅野は深い溜息を吐く。
「完全に踊らされていますね。そこまでして彼は何をしようとしているのでしょう?」
呟いた菅野は、机の上に飾られた写真盾に視線を移す。そこには、小学六年生の菅野聖也が幼馴染達と赤城山に登頂した時の記念写真が飾られている。
当時も黒髪で後ろ髪の毛先がハネていた菅野聖也。丸坊主姿の高崎一。黒髪のショートカットに二重瞼が特徴的な桜井真。黒髪のショートボブの双子の少女達。そして清潔感のある短髪の前髪を七三分けにした少年。
この写真に映る三人の少女は、全員七年前に亡くなった。その事実を噛み締め、菅野聖也は、写真に映る七三分けの少年の顔を見つめた。
「
幼馴染の名前を呼ぶ菅野は、ノートパソコンをシャットダウンして、事務所から外へ飛び出す。
同じ頃、路上駐車する白色のランボルギーニ・ガヤンドの車内で前髪を七三分けの男、愛澤春樹は電話を受ける。
「そろそろですか? 分かりました。それではこちらも準備を始めます」
愛澤春樹が通話ボタンを切る。それと同時期、爆弾探しで人気の減った警視庁の廊下を、喜田参事官は一人で歩いている。彼の手には二つ折りの携帯電話が握られていて、彼はそれを畳み、スーツの中に仕舞う。
午前十時三十分。警視庁の会議室に設置された映画監督爆破予告事件の捜査本部に、千間刑事部長と月影管理官、喜田参事官の三人が集まった。多くのノートパソコンが並べられ、白色のスクリーンには、東京都の地図が大きく映し出されている。
捜査本部では、逐一現場で爆弾を探している警察官から報告が入る。捜索開始から三十分が経過した今、捜査本部に所轄署の刑事から捜査本部に設置された無線に報告が届く。
『こちら、亀井。原宿の路地裏で赤色の落書きを発見。ですが、爆弾らしき物は見つかりません』
続けて無線に所轄署の刑事から入電する。
『こちら、石田。秋葉原のメイドカフェの看板に、爆弾犯の指定した赤色の落書きあり。ですが、爆弾は見つかりません』
その後も同様の報告が三十件程捜査本部に届く。しかし、爆弾犯の指定した赤色の落書きはあった場所からは、賞金と爆弾が発見されなかった。
「千間刑事部長。やはり悪戯ではありませんか?」
月影管理官が尋ねると、千間刑事部長は唸る。丁度その時、三十一件目の入電が捜査本部に届く。
『こちら、大沢。新宿の公園の女子トイレ前で不審物を発見。近くの壁には赤色のスプレーでTAと落書きされています』
「ご苦労。すぐに爆発物処理班を……」
『あっ』
千間刑事部長が指示を出そうとした時、突然大沢刑事は声を出す。
「どうした?」
『水色の紙袋に入れられた不審物から白い煙が噴き出しました』
「分かった。近くに民間人はいるか?」
『いいえ。いません』
「それなら、不審物から離れろ。そして、不審物の設置された女子トイレに誰も近づけさせないようにするんだ!」
『了解』
制服姿の警察官は、公園の女子トイレから離れる。それから数秒後、白い煙を噴き出した不審物は、パーティーに使うクラッカーのような音を出す。そうして現場に、紙吹雪と白色の紙テープが散らばった。その様子を目を丸くしていた警察官は、無線で刑事部長に知らせる。
『こちら、大沢。新宿の公園に仕掛けられた爆弾は偽物です。至急鑑識の手配を』
偽物の爆弾の発見という知らせを受け、千間刑事部長は腕を組む。
「やっと見つけた爆弾は、偽物か。それにしても犯人は、どうやって都内各地に同じ落書きをしてきたんだ。報告に上がった落書きのある箇所は、どこもバラバラで法則性のない」
「その件ですが、気になることがあります」
刑事部長に対し、月影管理官は右手を挙げる。
「気になることだと?」
「はい。刑事部長。映画監督は別のゲームも仕掛けていた可能性があります。マスコミを通じて行われた犯行声明には、このゲームの賞金は七百万円という文言が含まれていました。ゲームが爆弾探しだけなら、このゲームの賞金という文言は使いませんよ。もう一つ気になるのは、賞金が七百万円だということ」
「七百万円? それがどうした?」
「なぜ犯人は、賞金を七百万円と設定したのでしょうか? 三百万円増やして賞金一億円とした方が、インパクトがあるのに。そこで私はこの爆弾事件と七年前の事件との関係性を考えました。その答えは極めて単純。七年前、清水美里という女子中学生が誘拐された事件で、警察が犯人に支払った身代金の金額。それは、七百八十万百七十円でした。そしてその身代金は、未だに見つかっていません」
「その推理だと、八十万百七十円が足りませんよ」
喜田参事官の指摘を受け、月影は首を縦に振る。
「確かにそうですが、仮に爆弾犯が仕掛けた別のゲームの賞金が、八十万円だとしましょうか。犯人はゲームの勝者に、賞金の八十万円を支払った。残りの百七十円の行方は分かりませんが、これまで落書きが見つかった箇所と、これから見つかるであろう箇所に設置された防犯カメラの映像を調べてください。そこに一連の事件の謎を解く手がかりが残されているはずです」
「突飛な推理だな。その推理だと、映画監督は七年前の事件の犯人と同一人物ということになる。そうなると、なぜこのタイミングで犯人は身代金を手放したのかという謎も生まれる。まあ、月影の言うように、防犯カメラの映像は調べさせるが」
「ありがとうございます」
月影は頭を下げ、視線をスクリーンに映る落書きが見つかった箇所にマーキングされた、東京都の地図へと向けた。
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