朝倉教授の殺意の覚醒
小木隼人が死んでから、数日が経過した頃、ニュース番組で交通事故の真相が伝えられた。
『小木隼人君と
真実を伝えるニュースを、朝倉教授は教授室でコーヒーを飲みながら聞いていた。
小木隼人は見知らぬ女性を助けようとして亡くなった。その結果、見知らぬ女性と一緒に交通事故に巻き込まれた。簡略化された二つで一つの真実から、教授は目を反らす。
月日が流れ、小木隼人とバンドを組んでいた二人が、偶然にも朝倉が教授を務める大学に通い始める。その二人が、新メンバーを加えて大学内でバンド活動を始めたという事実に、朝倉教授は無関心だった。それでも音楽活動と聞くと、居ても立っても居られない彼は、中林達のバンド、キュービック・ソフトの指導を行う。
平成二十四年の六月二日。小木隼人の死から七年が経過した土曜日、朝倉教授の人生は狂い始める。
玉の休日、早朝に郵便受けに入っている新聞を取りに行こうと思い、朝倉竜彦はパジャマ姿で外に出る。郵便受けを開ける彼は、思わず首を傾げた。昨晩チェックした時には入っていなかった手紙が、朝刊と共に入っていた。
黒色の封筒に入れられた手紙を手に取ると、『朝倉竜彦様へ』と印字されていた。差出人の欄には、『TA』と書かれていた。
新手の宗教の勧誘ではないかと疑った朝倉は、手紙と朝刊を手に持ち、自宅に戻る。
早朝に届けられた謎の手紙。手紙を受け取った。封は純白の羽を纏った天使のシールで止められていて、奇妙に思いながら朝倉教授はシールを剥がした。謎の手紙には、シールの天使と同じイラストが添えられた一枚のカードだけが入っている。
『あなたの復讐をお助けします』
それだけのメッセージが記されたカードを読み、朝倉は思わず首を傾げた。差出人不明の手紙に、復讐を助けるという内容のカード。
誰がこんな手紙を自分に届けたのかと、朝倉は疑問に感じた。
それから数秒後、まるでタイミングを計ったように、朝倉教授に非通知の電話が掛かってくる。その電話からは、ボイスチェンジャーで声を変えたような怪しい声が流れた。
『天使のイラストを添えたカードは届きましたか?』
おそらく電話を掛けて来た人物と意図不明なカードを送ってきた人物は同一人物であると、朝倉は思い、電話の相手に冷静な口調で尋ねる。
「何だ。あのカードは」
『七年前、交通事故であなたの弟子は命を失ったでしょう。小木隼人君は、赤信号を渡ろうとした愛澤葵さんを助けようとして、トラックに轢かれましたね。その結果、彼は助けようとした見ず知らずの女性と共に事故死した』
「やめろ。七年前のことを思い出させるな!」
朝倉教授は、電話の相手に激怒する。だが、電話の相手は、それに動じず淡々と朝倉に語り掛けた。
『考えたことありませんか? あの日小木隼人君が愛澤葵を助けなかったら、どうなっていたのか。少なくとも犠牲者は、赤信号を渡ろうとした葵さんだけで済んだはず。彼女を助けることができなかった小木君は無駄に死んだのではないかって』
電話の相手と同じ考えを、朝倉は持っていた。だが、彼はこの考えは無意味なことを知っている。
「誰だか知らないけど、俺は知っているんだよ。小木隼人は優しい性格だった。だから、目の前で人が死ぬ奴がいたら、絶対に助けるって。だから、赤信号を渡ろうとする奴がいたら、そいつの右腕を掴んで、事故を阻止するはずだ」
『何も知らないんですね。当時同じバンドを組んでいた大森君が、あの日風邪で休んでいたことはご存じですか? 調べた所、小木君は大森君の自宅は同じ方向にあるようです。それで、大森君は毎日のように放課後、近くのコンビニに寄って漫画の立ち読みを行っていました。それに小木君も付き合っていたんです。もう分かりますか?』
「まさか、あの日コンビニに寄っていたら、事故に巻き込まれることはなかったと言いたいのか?」
『大正解。調べた所、あの日小木君はコンビニに寄らずに真っ直ぐ家に帰ろうとしたそうです。そんな時に、赤信号を渡ろうとしている愛澤葵と遭遇。彼女を助けようとしたら、同じようにトラックに轢かれて亡くなった。無駄死にですよね。あの時、コンビニに寄っていつものように漫画雑誌を立ち読みしていたら、こんな未来にはならなかった。そう思いませんか?』
「それは今だから言えることだ」
朝倉は電話の相手の考えを否定する。それでも相手は考えを改めようとしない。
『小木隼人君。随分優秀なベーシストだったようですね。将来性や才能もあったのに、あんな若さで亡くなるなんて、もったいない。不運としか言えません』
「もういい! 復讐を手助けしたいようだが、俺には復讐する相手がいないんだ」
朝倉の叫びは、電話の相手には届かない。それから相手は朝倉に告げた。
『分かるでしょう。たとえ他殺じゃなくても大切な人を死に追い込んだ人々に復讐しなくては気が治まらないという気持ちが。あなたが殺意を抱くべきなのは、あの日風邪を引いて学校を休んだ大森敏夫君。彼がいつものように、漫画の立ち読みのためにコンビニに寄るよう誘っていなかったら、愛澤葵だけが死んだ。信じられないのなら、後日証拠を送りましょうか? 当時のコンビニの防犯カメラの映像を送りますが』
朝倉教授は、気が付いたら闇の中に落ちていた。闇の中では、七年間抱いていた考えが嘘になり、電話の相手の声が真実になる。
ショックによって目が虚ろになった朝倉教授は、電話の相手の考えに頷くしかなかった。
「そうだな。あのレベルのベーシストは今後現れない。あなたのおかげで目が覚めたよ」
『それは良かったです。それでは、犯行計画書と我々が導いた真実の証拠。そして凶器を後日郵送します。復讐の決行日はこちらから指定させていただきますので、ご注意ください。それと凶器ですが、グロッグ17を準備させていただきます』
「グロッグ17?」
聞き慣れない凶器に、朝倉は首を傾げる。すると電話の相手は淡々とした口調で説明した。
『グロッグ17。自動式の拳銃です。朝倉様はハワイの射的場で拳銃の撃ち方をマスターしたようですね。一応凶器の簡単な扱い方や、拳銃の基本的な撃ち方を紹介したDVDもご用意します。また、我々は金銭を要求することはございません。無料で朝倉様の復讐をお手伝いさせていただきます。それでは、復讐の決行日まで、しばらくお待ちください』
二週間後、朝倉の自宅に荷物が届いた。それを自分の部屋の中で開けると、不可能犯罪のトリックが詳細に説明された犯行計画書やグロッグ17と呼ばれる拳銃が一丁。七年前のコンビニの防犯カメラの映像の画像を一か月分纏めた写真。拳銃の扱い方等を説明するDVDが入っていた。
同封されていた天使のカードには、『復讐の決行日は六月三十日の午後八時三十分頃。それまで待つべし』と書かれていた。
復讐の決行日まで、残り二週間。まず朝倉はグロッグ17の弾倉を取り外す。謎の人物から届いた荷物には、銃弾は含まれていない。
取り外された弾倉には、既に三発の銃弾が装弾されている。この瞬間、朝倉教授は思った。グロッグ17は最大で十七発の銃弾が装弾できる自動拳銃。一発で仕留めなければ、命がない。そう暗示しているようだった。
こうして朝倉教授は、謎の電話の相手に唆され、大森敏夫を殺害した。
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