映画監督の罠

 七百万円という大金を求めた人々が、街中に溢れていた頃、丸坊主姿の二人組の専門学校生は、都内の女子高の校門の前にいる。

「七百万円あったらどうする?」

 中肉中背の丸坊主の男、井ノ原が尋ねると、右隣りに立つ同じ丸坊主頭に、低身長の男、藤原は真面目に答えた。

「やっぱり貯金かな? このご時世、何が起きるか分からないからね」

「つまらない奴だな。藤原。警察来る前に行こうぜ。俺たちの穴場スポット」

「そうだな。ここにあったら奇跡だ」

「別になくても、体操服を盗めたら、最高だぜ。昨日と同じように」

井ノ原と藤原は、ニヤけながら校門へと足を進める。

「待て!」

校門を通過した時、背後から男の声が聞こえ、二人は急に立ち止まる。そして後ろを振り向くと、制服を着た二人組の警察官が立っていた。

「女子高に不法侵入とは、いい度胸だな。署まで来てもらおうか?」

二人組の警察官に右腕を掴まれた二人の専門学校生は、肩を落として警察署に連行された。 


 午前十一時。渋谷区にある六階建てのビル。牧田編集部という看板の立つビルには、誰もいない。無人の編集部の机の上には、大量のダンボール箱が置かれていた。

 同じ頃、ビルの前を多くの人々が通過する。

 その無関係な人々を巻き込むように、牧田編集部の窓ガラスは、熱風によって粉々になる。そのガラスは、雨のように通行人へ降り注ぐ。

 同時に平和な日常を壊すような爆音が周囲に響き、牧田編集部のビルは音を立てて崩れた。

 その爆破の瞬間に遭遇した大学生は、爆破されたビルの周囲を見渡す。すると、そのビルの向かいの裏路地に、問題の落書きを見つけた。

「七百万は俺の物だ!」

 大金を手にするチャンスを得た大学生は、大声で叫び、裏路地へ向かい走る。それを聞いていた近くの金に目がくらんだ人々は、大学生を追いかけた。

 その大学生は、早速裏路地の壁に書かれたTAという落書きの近くの地面に、天使のイラストが添えられた旗が立っているのに気が付く。その旗が刺さっている箇所は、何かが埋められたようだった。

 大学生は両手でその地面を掘る。すると埋められていた穴から、黒色の封筒を見つけた。

 土塗れになった指で、大学生は封筒を手に取る。その瞬間、封筒の中で何かが上から下へ落ちた。

 大学生は思った。爆弾犯の言う七百万円は小切手のことだと。だが、その封筒を開け中身を確認した大学生は、激怒して封筒を地面に叩きつける。その封筒から百円玉が一枚と十円玉が七枚零れ落ちた。

「ふざけやがって!」

 間もなくして葛城警部と部下の警察官が到着して、爆破事件付近に集まる野次馬に近づく。

「警察です」

 二人組の警察官は、警察手帳を見せ大金を求めた人々を整理する。すると、警察官は壁にTAという問題の落書きを見つける。その近くには黒色の封筒と百円玉が一枚と十円玉が七枚転がっていた。

 葛城の部下は白い手袋を填め、その手紙と硬貨を回収する。それから葛城は、周囲にいる野次馬達から事情を聞いた。

「この手紙や硬貨は、最初からここにあったのですか?」

 その質問を聞き、腹を立てた発見者の大学生が右手を挙げる。

「違う。その近くに天使の絵の描かれた旗が転がっているだろう。それの近くに穴が開いている。そこに黒い封筒が埋められていて、目印に旗が立っていたんだ。金は封筒の中に入っていた。折角七百万円を獲得できると思ったのに、入っていたのは百七十円。詐欺だと思ったぜ。やっぱり犯罪者は信用できないな」

「先程のビル爆破で、数十人の無関係な人々が大怪我を負ったのに、よくそんな不謹慎なことが言えますね」

 葛城は不謹慎な大学生の態度に怒りを覚えた。

「関係ないね。七百万円が貰えたらそれでいい」

 大学生は反省せず、舌打ちした。それから葛城は問題の落書きの近くに埋められていたという手紙に目を通す。

 その黒色の封筒に入れられていたのは、白色の羽を纏った天使のイラストが添えられたカード。

『ハズレだよ。本物はあの爆破の数十倍の威力があるかもね。TA』

封筒の中に入っていたのは、ワープロで打たれた犯人からのメッセージ。それを読んだ葛城は急いで千間刑事部長に連絡を入れる。

『葛城か? 牧田編集部が爆破されたことなら、既に情報は得ているが』

「その爆破現場付近から、例の落書きが発見されました。その近くに、犯人からのメッセージと思われる封筒が埋められていました。封筒の中には、他にも百円玉が一枚と十円玉が七枚入っていました。今すぐ鑑識に送りますが、その手紙によると犯人はビル爆破に使った爆弾の数十倍の威力のある奴を都内に仕掛けているようです」

『分かった』

 葛城は電話を切り、倒壊した牧田編集部を険しい表情で裏路地から見つめた。


 同じ頃、警視庁の会議室で千間刑事部長が唸る。

「困ったな。犯人が仕掛けた罠は三つ。落書きが残された場所に最初から何も仕掛けない。落書きが残された場所に煙の出るだけの不審物を設置する。そして、落書きが残された場所に近くに爆弾は仕掛けたが、ハズレ。本物は別にあるという趣旨のメッセージを残す。ハズレのパターンが三つもある」

 腹の痛くなる千間の隣で、月影管理官は顎に手を置く。

「違います。正確にはパターンは二つしかありません。犯人は、七年前の誘拐事件の身代金を流用しているに過ぎません。ハズレの爆破現場の近くから、あっさりと百円玉と十円玉が発見されたとなると、おそらく都内に仕掛けられた爆弾は、牧田編集部を爆破した時に使った奴の数十倍の威力のある奴だけです」

「だが、まだ七年前の誘拐事件の身代金が使われていると決まったわけではない」

「その件でしたら、すぐにハッキリするでしょう。七年前の誘拐事件の身代金の紙幣番号は控えていますし、百七十円という硬貨も発行年数等の特徴が鑑識のデータベースに登録してあります。さらに、爆破現場付近で発見された硬貨から、身代金を支払った清水良平の指紋が検出されたら、疑惑は強まります。最も紙幣が見つかったら、一番分かりやすいのですが」

 丁度その時、喜田参事官が北条と共に捜査本部に顔を出した。北条の手には黒色のファイルが握られている。

「千間刑事部長。例の落書きが見つかった箇所の防犯カメラの映像の解析が終わりました。鑑識と検視官の二足の草鞋を履く私には、簡単な作業ですが」

「そうか。鑑識は仕事が残っているからな」

 北条は少し言い過ぎたと思う。だが彼は訂正することができない。その北条の隣で喜田参事官は千間刑事部長に伝える。

「刑事部長。情報によりますと、牧田編集部爆破事件の被害者は、重軽傷者が二十名程で死亡者は出ませんでした。それと七百万円を得ようと不法侵入して爆弾を探そうとした若者を数人逮捕しました」

「そんなことは報告する必要はない」

 千間刑事部長の意見に参事官は首を横に振る。

「どうやら月影管理官の推理は正しいかもしれません」

「どういうことだ?」

「月影管理官の推理通り、映画監督の仕掛けたゲームは、もう一つあったんですよ。不法侵入で現行犯逮捕された若者の事情聴取は現在も行われています。だから詳しい経緯は分かりませんが、不法侵入で現行犯逮捕された若者達は、全員、昨晩例の落書きが残された現場に姿を見せています。それは防犯カメラの映像で確認済みです。それと自分が落書きをしたと供述している若者達は、全員財布の中に二万円が入っていました。現在紙幣番号の確認を行っています」

 参事官に続き、北条も刑事部長に報告する。

「防犯カメラに映っていた人物の中には、東都大学の四年生、中林学も含まれています。大学で捜査をしている木原達に知らせましょうか」

「そうだな。木原と神津に事情を聞かせよう」

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