映画監督からの挑戦状

 中林がバンド結成の経緯を刑事達に説明し終わると、清水美里は昨日のことを刑事達に語り始める。

「昨日も講堂を貸し切って、朝倉教授に演奏を見てもらいました。そういえば大森は朝倉教授に居残るよう言われていましたね」

「朝倉教授?」

 木原が尋ねると、中林の近くで刑事達の話を聞いていた朝倉は刑事達の前に姿を見せ、頭を下げた。

「朝倉です」

「朝倉さん。昨晩は被害者と残って練習を見ていたようですね? その時の様子を教えてほしいです」

 木原が聞くと、朝倉は頭を掻いた。

「昨日は午後十時まで大森君のドラムをワンツーマンで練習していた。彼との練習は午後十時に終わって、それから彼は帰ったはずだが」

「なるほど。つまり清水さんと中林さん、朝倉さんの話を合わせると、犯行当時このホールには被害者の大森と朝倉教授しかいなかった。単純に考えると、犯人はあなたしかいなかったということになりますね。朝倉さん」

 木原が朝倉に疑いの眼差しを向けると、朝倉教授は笑みを浮かべる。

「誰でも犯行は可能だよ。午後十時までバンドの練習で講堂を貸し切っていた。その間なら誰でも侵入することも容易だ。それとなぜ私が彼を殺さなければならない?」

 木原と神津は朝倉の言い分に言い返すことができなかった。そんな二人に、現場で検視を行った北条が近づき、神津に報告する。

「神津警部補。被害者の死因が分かった。死因は心臓を撃ち抜かれたことによる失血死。おそらく銃殺かと」

 銃殺という言葉が聞こえた朝倉は腕を組む。

「刑事さん。いいことを教えてやろう。この講堂の火災報知器は、煙草一本の煙でさえ反応する。あの講堂内で射殺したら、火災報知機が反応して、巡回中の警備員がホールの周りを固める。最終的に犯人は警察に現行犯逮捕されるのがオチだ。不可能犯罪だよ。最も推理小説のように何かしらのトリックを仕掛けて、大森君を射殺したかもしれないが、殺されてから一晩も経過しているんだ。証拠は処分されている頃だろう」

「殺されてから一晩経過? そんなことは一言も言っていないが」

 神津の指摘を聞き、朝倉は後悔した。先程の発言は明らかな失言。教授は失言を逆手に取る。

「刑事さん。別におかしい話ではないだろう。午後十時以降この講堂は完全な密室だった。そして遺体を発見したのは、朝一番で講堂のドアを開けた清水さんと中林君。その時点で遺体があったんだったら、死んでから一晩経過していると考えてもおかしくない」

「つまり午後十時に、あなたは被害者と一緒に講堂から出て行ったと言いたいのですか?」

 木原からの問いに、朝倉は再び腕を組む。

「そうだよ。遅くなったから車でマンションまで送った。それから誰かに呼び出されて、殺された。そして遺体を講堂内に運べば、不可能犯罪は解決。あの講堂内では事件は起きていなかったんだからな」

 二人の刑事は、朝倉の推理に感心した。だが、近くで推理を聞いていた北条は、それをあっさりと否定する。

「あり得ませんね。なぜなら、遺体発見現場から被害者の物と思われる血痕が発見されましたから。あの血の飛び散り方。どう考えても殺害現場は講堂のステージの上です。さらに死後硬直の状態から察するに、死亡したのは十二時間前。前後一時間の誤差はあるかもしれません。それと、殺害後遺体を動かしたような痕跡とステージを濡らした痕跡が現場に残っています。遺体の衣服は微かに濡れていました」

「死後十二時間経過ね」

 北条からの報告を聞き、木原と神津は疑いの眼差しを朝倉に向ける。朝倉は刑事達の疑いに失笑した。

「だったら、警察は射殺ができない密室で起きた不可能犯罪という、大きな謎を解くことになるな。私は殺していない」

「では、お二人さんに聞こう。昨日の午後八時から午後十一時まで、どこで何をしていたのか」

 木原は清水と中林に視線を向け、二人に尋ねた。すると、清水は右腕を上に挙げる。

「まず午後八時三十分まで、この講堂でバンドの練習をしました。その時まで大森君は生きていましたよ。それから練習の終わりに朝倉教授からラーメン店の割引券を貰って、中林君と食べに行きました。午後九時十分に中林君と別れて、帰宅しました」

「因みにどこのラーメン店だ?」

「ラーメン龍拳ですよ。この大学から歩いて五分の所にある」

「因みに、朝倉教授はラーメン店の割引券を学生に渡すことは、よくあることですか?」

木原の問いかけに対し、清水は首を横に振る。

「初めてのことです。教授にしては珍しいと思いました」

 それから木原は清水の右隣に立つ中林に聞く。

「昨日の午後九時十分以降、どこで何をしていましたか?」

「夜の街を歩いていました。証人はいませんよ」

「つまり、被害者とバンドを組んでいたという君達には、午後九時十分以降のアリバイはないということですね」


 木原が被害者のバンド仲間の二人に確認した丁度その時、一人の刑事が木原と神津に近づく。

「神津警部補。現場に設置されていた映写機を調べたら、妙な映像が……」

「妙な映像?」

 疑問に感じた木原と神津、北条の三人は講堂に戻る。報告をした刑事は、映写機のスイッチを入れる。すると、正面の白い壁に映像が映し出された。

 最初に映ったのは、落書きのようなタッチで描かれたTAという赤色の文字。五秒後、画面が切り替わり、映像が赤く染まった。そして、エンドロールのように黒色の文章が下から上に流れていく。

 木原は、その文章を目で追い、読み上げる。

「これは特報映像である。私は映画監督。七年前の赤い落書き殺人事件を、再びリメイクする日が来た。オリジナルの事件にアレンジを加えた、最高の劇場型犯罪ムービーが公開される。タイトルは劇場版赤い落書き殺人事件。これは悪戯ではない。証明のために、午前九時三十分、東京都内のどこかの橋を爆破する。本当の予告編は七月一日午前十時、マスコミを使い公開しよう。予告編の冒頭には、次の犯行のヒントが隠されている。警察の皆さん。爆弾の脅威から民衆を救ってくださいね」

 殺人事件の現場に残されていたのは、爆弾犯らしき人物からの犯行声明。その存在を知った刑事達は憤りを感じる。

「劇場型犯罪ムービーだと。腐っている」

 神津が怒りを露わにする隣で、木原も呟く。

「ああ。映画と殺人の違いが分からないようだ。映画監督ってやつは」

 一方で北条は映写機からフィルムを取り出した。

「とりあえず、映像を解析してみるよ」

 北条を見送った木原は腕時計で時間を確認する。現在の時刻は午前九時二十分。爆破予告が本当なら、残り十分程でどこかの橋が爆破されることになる。

 焦りの隠せない木原は携帯電話を取り出し、月影管理官に報告を入れた。

「月影管理官。爆破予告です。東都大学の講堂内で起きた殺人事件の現場に映写機が設置されていて、それを回したら、犯行声明の映像が再生されたんです。どうやら犯人は十分後の午前九時三十分に、東京都内のどこかの橋を爆破するようです。時間がありません」

『分かりました。刑事部長に報告します』

 爆破予告の知らせを警視庁の廊下で聞いた月影管理官は唇を噛む。十分間では、全ての東京都内の橋を封鎖することはできない。つまり、それは多くの人々を爆破によって失うことと同義。

 それでも管理官は、小走りで刑事部長室に向かう。

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