朝倉教授の違和感

 翌日の七月一日も、朝倉竜彦は、昨晩は何事もなかったように、普段通りの黒色のスーツを着て、洗い立ての革靴を履き、教授室に篭った。

そこで朝のコーヒーを飲んでいると、彼の元に、一人の大学生が尋ねてくる。

「朝倉教授……」

 自分の名前を呼ばれ、朝倉竜彦は思った。もう講堂内に放置された大森の遺体が発見されたのかと。だが、その大学生の言葉は意外な物だった。

「映写機知りませんか? なぜか見当たらないんですよ」

「映写機? 知らないな」

「そうですか? 朝倉教授だったら知っていると思ったのですが。教授って映画研究サークルで制作した新作映画の音楽を担当しているじゃないですか。だからどこに映写機があるのかが分かるんじゃないかって思ったんですけど」

 朝倉の前に現れた映画研究サークルの大学生は、首を傾げながら彼の前から去った。

 映画研究サークルから消えた映写機。それは朝倉竜彦にとって、無関係で些細なことだった。大森の遺体が発見されるまでは。


 午前九時。ようやくいつもと同じだった大学が騒がしくなった。その証拠に、朝倉の前に血相を変えた別の教授が姿を現す。

「朝倉教授。大変です。講堂内で大森君の遺体が発見されました」

「本当か!」

 朝倉教授は、最初から講堂内で大森の遺体が発見されたことを知っていた。それでも朝倉は疑われないように、大きく目を見開き驚いた演技をする。

 そして彼は、遺体発見を知らせた教授と共に講堂へと走る。講堂の周りには人だかりができていて、教授は彼らを掻き分け、講堂内に入った。

 講堂の中には、大粒の涙を流す清水美里や全身を震わせ茫然とする中林学の姿があった。

 おそらくあの二人が大森の変わり果てた姿を発見したのだろうと、朝倉は思った。

 ステージを見た朝倉は違和感を覚えた。なぜか講堂内に映写機が設置されている。映写機は大森を殺害した時にはなかったことを、朝倉竜彦は覚えている。さらに、ステージ端に隠したはずの遺体も、中央に動いている。ということは、誰かが映写機を設置し、遺体を動かしたのか。だとしたら何のために。

 様々な疑問が頭を巡る中で、朝倉は振るえる中林に尋ねた。

「警察には通報したのか?」

「はい。俺はやってないけど、駆け付けた警備員がやっているはずです」

「そうか」

 朝倉は短く答え、ステージの上に転がる大森の遺体を見つめた。


 遺体発見から十五分の時間が流れ、現場に警視庁捜査一課三係の面々が臨場した。その中にいた木原巡査部長と右腕を挙げながら、講堂の出入り口に集まる人々に尋ねる。その木原の隣には神津警部補の姿があった。

「遺体の第一発見者は?」

 するとカジュアルなシャツとジーンズを着て、運動靴を履いた中林学と、可愛らしいワンピースにハイヒールを履く清水美里が同時に右手を挙げた。

「俺達ですよ」

 木原巡査部長は、神津警部補と共に遺体の第一発見者と向き合い、彼らに尋ねた。

「遺体を見つけたときの状況を説明してほしい」

 神津が尋ねると清水美里は一呼吸置き、答える。

「私は昨日、この講堂で隣にいる中林君と一緒にバンドの練習をしていたのですが、その時に大切なキーホルダーを落としたみたいで、それを探すために警備室で講堂の鍵を借りて、講堂を探しました。ドアを開けようとすると、心配した中林君が近づいてきて、二人で講堂内を探すことになりました。そして、講堂のホールのドアを探しに入ったら、ステージの上で大森君の遺体を発見しました。本当は眠っているだけだって思ったのに……」

 大粒の涙を流し事情を説明する清水美里の隣で中林は彼女の右肩を優しく撫でる。

「まだ気持ちの整理はついていないけど、警察がすぐに犯人を捕まえてくれるさ」

 中林が清水を慰めた後で、木原は二人に尋ねる。

「因みに二人と大森君の関係は?」

「バンド仲間です。俺は中学一年生からの三年間、大森とフォレストサイズっていうバンドを組んでいました。色々あってバンドは解散したけど、この大学で大森と再会して、新しく清水さんをメンバーに加えてバンド活動を再開したんです。その時に新しくバンド名とキュービック・ソフトに変更しました」

 中林の説明を聞き、木原はメモを取りながら尋ねた。

「因みに、なぜ中学生時代に組んでいたバンドは解散したのでしょう?」

「俺と大森が中学三年だった六月のことです。あの日、同じバンドメンバーでベースとボーカルを担当していた小木が交通事故で亡くなったんです。それをきっかけにして、フォレストサイズは解散しました。先程も言ったように、大学で大森と再会して、あの時と同じように、俺がギター、大森がドラム、小木がやっていたベースとボーカルは、大学で知り合った清水さんが担当することになって、今に至るわけです」

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