映画監督の犯行声明
午前九時三十五分、神津は月影から、合田達が向かった旅館のある村の石橋が爆破されたことを知る。携帯電話を切った神津の横で、木原は、別の刑事の報告を受けていた。
「木原巡査部長。あの講堂の鍵は警備室で保管されているようですが、昨日の午後十時に朝倉教授が鍵を返してから今日清水美里さんが鍵を借りにいくまで、警備室に保管されていたことが分かりました。つまり昨日の午後十時から今日の午前九時まで、あの講堂は密室だったということになります」
「合鍵は?」
「合い鍵も警備室に保管されています。ですが、清水さんがホールの鍵を取りに来た時には二本ともありました。ちゃんと警備員の証言も得ています。それと、大学内の防犯カメラの映像を鑑識に渡しました」
「分かりました」
木原が頷くと、隣に立つ神津と顔を見合わせる。そして二人は、講堂の受付スペースで待機している朝倉教授に近づいた。
「朝倉教授」
二人の刑事は同時に教授の名前を呼ぶ。それを聞き、朝倉教授は少し体を震わせた。
「何か他に聞きたいことでもあるのか?」
「いいえ。テレビが見たいのです。事件解決に必要なことですので、手配していただけませんか?」
刑事の言い分を、朝倉教授は理解できない。だが断ってしまえば疑われてしまうのではないかという思いが強くなり、教授は縦に頷く。
「分かったよ。準備しよう。ここからだと食堂が近いから、そこのテレビを使えるよう手配する」
「助かります」
二人の刑事が頭を下げると、朝倉教授は食堂に向かい歩き始める。その後ろを別の刑事が尾行した。
大学内で捜査を進める刑事達は、午前十時になるまで、聞き込み捜査を行う。だが、有力な情報は得られず、刑事達は食堂に集まる。
朝倉教授と清水美里と中林学の三人も刑事達に連れられて、食堂でテレビのニュース番組を見せられた。
午前十時丁度に始まったニュース番組。冒頭でキャスターは昨晩発生した殺人事件の詳細な情報を、視聴者に伝える。
『ニュースです。昨晩東都公園で殺人事件が発生しました。現場には赤い落書きが書かれており、警察は犯人の足取りを追って……』
キャスターが語尾を言うよりも早く、足スタンドディレクターがキャスターの目の前に原稿を置く。急に届けられた原稿に視線を向けたキャスターは、前を向く。
『臨時ニュースです。先ほどのニュースの殺人犯からビデオレターが届きました』
映像が切り替わり、テレビ画面に白い拝啓に赤色の文字でTAと書かれた静止画が表示される。この状態が三秒間続き、ゆっくりとした口調の機械的な声のナレーションが流れた。
『私は映画監督。今劇場型犯罪をテーマにした映画を取っている。まず生贄として、東都大学の四年生、大森敏夫をグロッグ17で射殺した。警察の皆さん。特報映像見てくれたかな? 分かっているよね? 悪戯じゃないって。何も知らない視聴者の皆さんのために、特別に警察に先行公開した特報映像を見せちゃうよ』
再び画面が切り替わり、四十分程前に木原達が見せられた映像と同じ物が、テレビに流れる。
その映像が終わると、また特報映像が流れる前の静止画に戻り、同じ声のナレーションが流れた。
『予告通り三十分前の午前九時三十分に、東京のある村の石橋を爆破したからね。さて、マスコミの皆さん、視聴者の皆さん、そして警察の皆さん、楽しいゲームが始まるよ。ルールは簡単。都内に仕掛けた爆弾を探すだけ。このゲームの賞金は、七百万円。賞金は爆弾の近くに隠してあるよ。見つけてくれるなら何をしても構わない。極端な話、爆弾無視して、賞金だけ持ち逃げしてもいいから。ただし、制限時間は今夜午前零時。タイムリミットが過ぎたら、映画のクライマックスに相応しく、都内のどこかに仕掛けた爆弾が爆発する』
前代未聞な爆弾事件に。東都大学の食堂内にいる刑事達は戦慄する。だが、そんな刑事達を嘲笑うように、映画監督と名乗る爆弾犯は、ナレーションを続ける。
『ゲームの参加者の皆さん。ヒントです。爆弾はTAという赤色の落書きが見える場所に仕掛けました。もしかしたら罪のない人も死ぬかもね。それでは皆さん。劇場版赤い落書き殺人事件を盛り上げるために、どんどんゲームに参加してくださいね』
映画監督と名乗る爆弾犯による犯行声明が終わり、神津はテレビを切る。爆弾犯からの犯行予告を見せられた中林は、驚愕を露にして、体を小刻みに震わせた。その右隣で清水美里は、後ろ手に組んだ両手を強く握る。
朝倉教授は内心で焦っていた。映画監督と名乗る爆弾犯は、自分が大森雅夫を殺したと発表した。つまりこのまま、殺人事件の犯人が特定されてしまえば、自分が爆弾犯という濡れ衣を着せられてしまう。
誰かが自分の殺人を劇場型犯罪に利用した。そんなことができるのは、不可能犯罪のトリックを教え、朝倉教授を殺人者にした張本人しかいない。なぜなら犯行計画は、朝倉教授と黒幕しか知らないのだから。
朝倉教授は、映画監督と名乗る爆弾犯からの犯行声明を聞きながら、愛する者とバンドを組んでいた男を殺害するに至った経緯を思い出す。
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