第7話

 翌日から、佳奈子は夜7時になるとパソコンを起ち上げ、いつものチャットサイトでエツの部屋を探した。エツの部屋がない時は、自分で部屋を作った。

 「合言葉」を決めていたので、佳奈子に不安はなかった。合言葉に相手の「エツ」が答えられなければ、部屋を出ていくか相手を追い出せばよかった。

 もちろん毎日エツとチャットができるわけではなかった。どちらが決めたわけでもないが、暗黙の了解のように2人のチャットは火曜日と木曜日の、夜7時から9時までとなった。


エツ > ねぇ、カナ。

カナ > なに?エツ。

エツ > カナはどこに住んでるの?

カナ > 私は横浜。エツは?

エツ > ぼくは名古屋だよ。横浜かぁ、ビミョウな距離だなぁ。。


(横浜と名古屋、遠いような、近いようなビミョウな距離。もしも、もしもエツに会いたくなったら・・)


エツ > もうひとつ、聞いていい?

カナ > なぁに?

エツ > カナは彼氏いるの?

カナ > いるよ。一応。

エツ > そっか。じゃあ、休みの日はデートがあるだろうからチャットは無理かな。

でも、ぼくも土日は結構忙しいから、ちょうどいいか。

カナ > エツは彼女いるの?

エツ > ぼくはいないよ。


 後期の授業がはじまった。

 佳奈子は相変わらず大学とアパートを往復するだけだった。でも、何かが今までとは違っていた。何かが変わろうとしていた。まわりで起こった出来事や考えたことをエツに伝えようと、佳奈子は一生懸命に何かを感じ取ろうとしていた。

 

エツ > しょっぱいカルボナーラには?

カナ > 赤ワインが合う


 佳奈子はその日、来週に発表をする予定のゼミの話をした。担当するテーマやそれに関する資料の集め方、プレゼンテーションの仕方などをエツに相談をした。佳奈子の専攻は「観光経済学」だった。エツは社会学部卒だったので、観光に関する内容はよくわかっていないようだったが、資料の集め方や話し方などをわかりやすく教えてくれた。佳奈子はメモを取りながらチャットをしていた。


エツ > 横浜かぁ、、、学生時代に1度行ったきりだなぁ。

カナ > そうなんだぁ、エツは横浜のどのへんに行ったの?

エツ > 中華街をぶらぶら歩いたことくらいしか覚えてないな(笑)

カナ > 横浜といえば中華街だもんね。でも、あたしも横浜に住むようになって1年以上になるけど、まだ知らないところのほうが多いなぁ。

エツ > ねぇ、カナ。ぼくに横浜を案内してくれない?


(え?!なに?エツ、横浜に来るの?)


カナ > え?!エツ、いつ横浜に来るの?

エツ > あはは(笑)、別に横浜に行くわけじゃないよ。


 エツと会えるかもしれないことを、半分、いやそれ以上期待していた佳奈子は、ちょっとがっかりした。


エツ > ここで横浜を案内してほしいんだ。そうだな、デートっぽく。


 佳奈子にはエツの言っていることが、理解できなかった。ここで、チャットで、横浜を案内する?!しかもデートっぽく。それでも、自分の中での変化を感じはじめていた佳奈子は、エツの提案をとりあえず受け入れてみることにした。


カナ > うん、わかった。じゃあ、来週、ここで横浜デートね。

エツ > うん、ありがとう。楽しみにしてるね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しょっぱいカルボナーラには赤ワインが合う 野上じゅん @jun-nogami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ