第6話
翌朝、佳奈子はベッドから起き上がれずにいた。昨夜の彼からの電話と来週から始まる後期授業のことを考えると、起き上がる気力が沸いてこなかった。
夕方4時近くに佳奈子はベッドから這い出し、粉末のポタージュスープをお湯に溶かして喉に流し込んだ。溶け切っていなかった粉の固まりが喉に引っかかって激しく咳き込んだが、そのおかげでだいぶ目が覚めた。
ベッドにもたれたまま、無機質な時間が流れていった。テーブルの上のデジタル時計は、午後7時を過ぎていた。佳奈子は慌ててパソコンを起ち上げた。
エツの部屋はなかった。
ダウンから立ち上がったボクサーがとどめのパンチを食らったように、佳奈子はその場にへたり込んだ。
レフリーのカウントが始まる。ワン、ツー、スリー……。
佳奈子はパソコンに手を伸ばし、更新ボタンをクリックする。
エツの部屋はない。
シックス、セブン、エイト……。
佳奈子はゆっくり起きあがると、最後のファイティングポーズをとった。
カナ > エツさん、待ってます。
すぐに入室者があった。エツではなかった。一方的に卑猥な言葉を書き連ねると、佳奈子の部屋を出ていった。
その後もわずか15分の間に、6人ものエツが入ってきた。2、3回言葉を交わせば、その男がエツでないことは佳奈子にはすぐにわかった。
もう、うんざりだった。
エツ > カナさん、こんばんは。待っててくれてたんだ。ちょっとびっくりした。
(また来た。もういいよ)
怒りを通り越し、佳奈子は泣きたかった。
カナ > 本当のエツさん、ですか?
エツ > え、なに?本当も嘘もないけど。
カナ > じゃあ、エツさんしか知らない私のこと、教えて?
佳奈子はうんざりしながら、エツであることを確認するためのメッセージを入力した。
わずかな沈黙のあと、エツからのメッセージが表示された。
エツ > この前カナさんは、ワインを飲みながらしょっぱいカルボナーラを食べてた。
(エツさんだ!)
佳奈子はまた泣きそうになった。
カナ > ほんとのエツさんですね。ごめんなさい、こんばんは。
エツ > カナさんはほんとのカナさん?ぼくのこと、なにか教えて?
(えっと、エツさんは・・・・)
佳奈子はこの前のエツとのチャットのやり取りを思い出していた。
カナ > 口うるさい上司の後ろで変顔してたら、急に振り向かれた。
エツ > あはは、カナさんだ。
佳奈子は、エツを待っているあいだに何人もの偽のエツが入ってきたことを話した。
エツ > じゃあ、「合言葉」を決めようか。
カナ > それ、いいですね。なにかいいのありますか?
エツはしばらく考えているようだった。
エツ > じゃあ、先に部屋を作って待っていたほうが、入室者にこう聞くんだ。
「しょっぱいカルボナーラには?」って。
カナ > それで?
エツ > 聞かれたほうはこう答える。「赤ワインが合う」・・これどうかな。
カナ > ちょっと意地悪だけど、それでいいです。
その日はお互いのことをたくさん話した。身長に体重(佳奈子は身長だけだったが)、似ていると言われる芸能人、好きなアーティストに好きな作家、お酒に酔うとどうなるか、などなど。
エツ > ねぇ、カナさん。「エツさん」じゃなくて「エツ」でいいよ。それに敬語も
やめようよ。
カナ > わかったわ、エツ(照)。じゃあ、私のことも「カナ」って呼んで。
エツ > いいの?カナ。
佳奈子の顔を真っ赤だった。心臓がありえないくらいドキドキしていた。
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