迷い道


「ガタンッ」


 頬杖の腕が外れ、机を叩く。俺は正気に返った。寝起きの気持ち悪さを払いのけ、机の上を見ると、ノートに参考書籍が3冊。どうにか高校時代から、大学まで戻って来た。それにしても、授業中に居眠りなんてと、頭を抱えて、正面の黒板を見つめた。



『!』


 そこにはひどく、見慣れない感じの人間が立っていた。Mなんかではなかった。慌てて周囲を見るが、他に授業を受けている学生はいない。


 もう一度、俺はその人物を見上げる。薄紫の透けるような髪に、真っ白な肌。すっきりと丸くあいた襟部分を除いて、白いぶかぶかの上衣は、すっかり肘まで覆っている。ほんのりと薔薇色の頬から、すうと通った鼻筋。そして流れるような眉の形。どこをとっても完璧な調和だった。

 

 しかし、教卓越しに身を乗り出し、俺を見下ろしているのは彼なのか、彼女なのか。十四か、それくらいの少年なのか、小柄な女性なのか判別が付かない。そのきらきらとした大きな眼で、俺に何を言いたいのか。現実離れした、いうなれば文学的な繊細さと美しさを持った人物は、どうやら俺に興味があるらしい。


 目が合って、なおさら気まずい沈黙が続く。たとえ、俺の都合で観ている夢でも、俺自身は、いきおい理想通りの対応が出来ない、不都合というのか。


 メノウのような濃い緑の瞳は、言いしれない引力で、俺から言葉を引き出そうとしていた。ごくんと空呼吸を飲み込むと、俺は口を開いた。



 「探しているものが…あって」


 

 言い訳じみているが、俺がこんなところにいるのは、探し物があるのだ。ただ、それを尋ねるべき相手かどうかは、訊いて見なくてはわからない。俺は続けて言った。



 「それは手に入れたら、きっと幸せになれる、俺にとってはすごく貴重なもので、でも、ほかの誰も、それを欲しがっていないから、邪魔をされることも、ないはずで。

 

 ただ、俺が焦ったせいなのか見失って、どこに向かっていけばいいのか、方向が分からない。正直、迷ってるんだと、思う。君は、どっちに行けばいいか、知ってる?」


 

 相手が空想の産物ならば、もしかしたら、望んだ答えを繰れるかもしれない。そんな期待も無くは無かった。


 彼、もしくは彼女は、俺から目を離さない間も、その真っ白な腕を動かし、教卓の上に広げた、何やら分厚い本の上を行き来しては、ページをめくっている。


 繰られたページは、おかしなことに、持ち上げられ、指を離された地点で、ぴたりと、宙に張り付けられたように留まっている。その動作にどんな意味があるのか。読まれず、通り過ぎていく本のページが、気になって仕方が無かった。


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