来た道

S子は、哲学専攻である。いわゆる文学部において花形、いや、正確にいうならば、規定を上回る志望者を選抜するために設けられた、至高の難関試験を突破した強者の一人だ。かくいう俺は、一次のレポートで早々に敗退し、英文学専攻である。


もしこの事実を過大評価するならば、賢者S子の言うことを信じて、薄っぺらい笑みで温情を乞うヒモ男の様に、黙して、彼女の三歩後を付いていけばよいのである。だがそれは、男としていかがなものか。文化的にはアリなのか? いいや、だめだろう。とりあえず、最初からそれに甘んじてはだめだ。


彼女の主張の大部分は、俺への非難めいた問いかけであり、素晴らしく論理的、かつ有意義であろうと、とにかくやたらとカンに障る。彼女もそのことを、十分に分かってやっている。


俺の反応をみては満足そうに、尚、偉そうである。甘い顔をする一寸の隙も与えてやらない、とでも思っているのではないか。きっとそうだ。さながらS子は、いじめっ子体質なのではないか。


出来ることなら、そういう彼女の態度を『かわいいね』の一言で包括できる、大きな男でありたい。これは、切なる願いだ。だが残念なことに、そこまで俺は自信過剰な人間でもなければ、反対に、自分を馬鹿だと見下しきれない半端者。いわゆる普通の男である。


S子の言うことは確かにいつも正しいが、なんというか、それは息苦しいほど毎度、反論の余地が無い。女に甘い同胞が「そんなこと言っても」と抗弁したところで、即却下である。


ようよう聞かされる身になってみろってんだ。ストレスで焼けた胃は酒も受け付けない。薄くなる髪は、ゆるふわカールに落ち着き、あるべき腕の筋線維は主張を失う。性への欲求も陰湿化して、女子のスカート姿は、二次元に劣って見える始末。俺は確かに危機的状況に陥っている。


受け身で悪いが、近い将来でいい。彼女が、沈黙を愛する小説の主人公の様に、淑やかな女子になる日を願っている。それまで彼女の話は、適当に頷いてやりすごし、その殆どを聞かずに過ごすしかあるまい。


何もそれは罪な習慣じゃない。嵐が通り過ぎるのを、家の中でやり過ごすのと同じだ。窓から見つめた空に、感想を述べることくらいはしているのだから、何を非難される必要がある?

 

ただでさえ、こんなにも困難な状況で、俺は考えなくはならない。彼女との間にあるべき、ロマンスのきっかけを。


その欠片でもいいから、必死で見出さなくては、己の身も将来も、殊更に危うい、という危機感がある。言うまでもない。男だろうと女だろうと、長い付き合いをするとなると、見た目の問題はそのうち順位が落ちてくる。問題は最終的に、「どういう人間であるか」だ。


S子は、いったい、そもそもどうして、あんな性格なのだ。

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