第5話 女子高生ふたり暮らし

 マンションのエントランスには警備員が立っている。彼らは散弾銃を持っている。ただし、散弾銃の弾はゴム弾を使う非殺傷弾だ。このマンションに入るには彼等に拳銃などの殺傷兵器を渡す必要がある。そして、身分証と本人確認を行った上でエントランスから奥へと通る事が出来る。二人の家は5階にある。ここでも身分証と本人確認の上で入る。中は4LDK。二人程度なら丁度良い大きさだろう。ここには最低限、必要な家具なども揃っている。

 「はぁ~。立派なマンションですねぇ」

 美緒は中を見ながら驚いている。

 「そう?普通のマンションに思うけど」

 恵那が言うように平均的な生活水準の家具が置かれた室内だ。このマンションの凄いところはまずは防音である。上下左右、窓も扉も完全防音である。これは防諜の為なのだが、お蔭で近所の騒音で迷惑を受ける事はまずない。そして、窓には特殊な加工がされており、外から中は光学的に見えなくなっている。

 「とりあえず、ベッドは二つあるから。それと契約書の条項。しっかりと読んでください。その条項に違反された場合は自動的に契約解除となり、あなたの命は我々では保障が出来ない事になります」

 恵那は冊子を美緒に渡した。それはA4サイズで50頁もある代物だった。

 「ど、努力します」

 「努力じゃダメよ。死にたく無かったら、完璧にやりなさい。一つのミスで全てを失う事はよくある」

 恵那の厳しい言葉に美緒は暗くなる。

 その日は、貯蔵庫に完備されているレトルト食品で夕飯を済ませて、一日が終わる。

 翌朝、まだ、時刻は5時にならない時間。恵那はベッドから起き上がる。まだ寝息を立てている美緒を起さないようにリビングへと行き、ストレッチ運動を始める。これは彼女の日課だ。

 彼女は毎朝、トレーニングを行う。これはボディガードとしての身体を維持するためだ。どれだけ鍛えられた身体でもサボればすぐに衰える。常日頃からの鍛錬が大事だ。いつもなら、ストレッチの後にランニングをするが、今は勝手に警護対象者から離れるわけにはいかないので、備え付けのルームランナーで代替する。それからダンベルなどを使い、筋力トレーニングを行い、最後に銃や格闘術のイメージトレーニングをする。通常に比べれば、少ない方だが、毎日、こまめにやることが大事だ。

 時刻は7時近くになる。今日は土曜日だ。遅くまで寝ていても問題は無いが、美緒は起きて来た。美緒の起床を確認してから、恵那は声を掛ける。これらも対象者の状態を確認するためには必要な行為だ。対象者が万が一、病気でもしていれば、それだけで大きな問題だからだ。

 「いつも朝はこれぐらいに起きるの?」

 恵那はそう声を掛ける。眠たそうな目をしている美緒はコクリと首を縦に振った。まぁ、休みの日ならば、普通だろうと恵那は思う。

 「これから朝食を用意するから、顔を洗って来てちょうだい」

 恵那はすぐにキッチンに入り、朝食の用意を始める。

 顔を洗って来た美緒は食卓に並ぶ朝食を見て、驚く。トーストと目玉焼きまでは想像が出来たが、生野菜のサラダやコーンポタージュのスープまで用意されていた。

 「朝食は大事よ。栄養バランス。カロリー、あと体温を上げることもね」

 恵那はそう言いながら、食べ始める。美緒もいただきますと言ってから食べ始めた。食べながら恵那は美緒に尋ねる。

 「今日の予定は何かありますか?出来れば一週間分を前もって知らせて欲しいんだけど」

 そう言われて美緒は考えるが、特に無い。

 「特にありません」

 「そう・・・だったら、このマンションで過ごしていて貰おうかしら。ここなら安全だから。その間に私は色々、やる事があるから一日、開けるわ。もし、外出など用事が出来たらすぐにこの番号まで電話をちょうだい。すぐに戻るから。それから、誰が尋ねて来ても出ちゃダメよ。それが私の上司や同僚だと言っても。火事や何とか言われてもよ。そんな輩が来たら、すぐに私に連絡をするのよ?」

 恵那は美緒に電話番号を書いたメモを渡す。美緒はメモを見ながら恵那に尋ねる。

 「はぁ・・・どこに行かれるんですか?」

 「仕事の為の調べものよ。あなたを狙っている連中の事とか、情報を集めないといけないの」

 「そうなんですかぁ」

 朝食が終わり、恵那はジーパンにシャツ、革のジャンパーを着る。女の子のファッションとしてはどうかと思うが、鍛えられた体格にはそれがピッタリ合っていた。

 「じゃあ、留守番を任せたわよ」

 そう言って、恵那は扉を閉めた。エントランスで拳銃を受け取り、ホルスターに装着する。警棒、防弾ベスト、催涙ガス。これをしっかりと装備した恵那は慎重にエントランスから出る。敵は何処から狙ってるかわからない。例え、一人でも安心は出来なかった。相手の目的が警護の排除であれば、狙われる可能性は十分にある。常に周囲に目を配らせながら、彼女は会社へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る