第4話 TAXY

 恵那は警察官に事情を説明する。彼等はすぐにアパートの一室に向かったが、鍵が掛けられていた。発砲事件という事もあって、捜査令状が取られる事になったが、恵那はそこにもう、誰も居ないと感じ取っていた。相手がプロなら発砲した後にいつまでも同じ場所に留まるはずが無いからだ。

 問題は、実際に発砲事件を受けたとという事だ。確かに、この美緒という子は狙われている。だが、あのタイミングで撃たれた事に疑問がある。殺すつもりが無かったか。それとも素人なのか。プロの仕事としては、意味がわからない。あくまでも警告的な意味だろうか。意味不明なメッセージほど、怖い物は無い。

 警察はこの地域のパトロールなどを厳重にすると言ったが、身辺警備は付けて貰えない。発砲されたとは言え、警察も人手不足だし、嫌がらせ等で、玄関に発砲される事件は実は意外と多くある。そして、本当に命の危険があるならば、ボディガードを雇う。それが今の日本の在り方だ。そして、ボディガードである自分がここに居る事もマイナス要因だった。

 周辺捜査を終えて、警察が引き揚げて行く。居間には恵那と美緒が残された。美緒はまだ、怯えている。当然だろう。実弾が家に撃ち込まれて、いつ襲撃者が家に入って来るかも知れないという事態で平然としている人など普通は居ない。美緒は怯えながら口を開く。

 「あの・・・柊木さんはボディガードを断るんですか?」

 そのつもりだった。だが、実際に襲撃された事を考えるとここで私がボディガードを降りれば、危険な状態でこの子を放置する事になる。

 「まぁ、今の事もあったし、少しの間だけ請けるわ。でもこれはあくまでも暫定的な処置よ」

 「あ、ありがとうございます」

 恵那は仕方なしに請け負ったが、問題はここは危険だと言うことだ。ここでたった一人で彼女を守り切る事は不可能だ。恵那は覚悟を決めて、美緒に指示する。

 「この家は暫く留守にするから、外泊をする準備をして」

 そして、電波が復活しているのを確認して、スマホで連絡を取る。

 「ホーリーです。客の移送を行いたい。C車を回してください」

 相手は第3事業部2課の女性職員だ。彼女は車の手配を行いながら、応える。

 「店の方は満員歓迎で配車はありません。タクシーを回します」

 「了解」

 スマホを切った恵那は、旅行用鞄に必死に着替えなどを詰めている美緒を横目に周囲を確認する。まだ、警察は付近を捜査しているはずだ。だとすればこの付近の敵は全て逃げたと考えても良い。仮に潜んで居ても下手に手は出せないだろう。

 十分程度で家の前にタクシーが停車する。中から一人の中年タクシー運転手が降りて来る。彼はチャイムを押した。

 「どーもぉ!大日本タクシーの大崎ですぅ」

 運転手は大きな声で挨拶をする。恵那はインターフォンのモニターで彼の顔を確認した。

 「身分証を見せて貰える?」

 恵那の言葉を待たずして、運転手は身分証をインターフォンのカメラにかざす。

 「確かに・・・これから行くから、外を警戒して」

 「はい」

 タクシー運転手は帽子で目を隠しながら、周囲を見ている。その動きはただの中年親父には見えない。恵那は玄関の扉を開けて、周囲を確認する。見るとタクシー運転手が親指を突き立てた左手を上げている。それは安全を確認したという手信号。

 「卜部さん、すぐにタクシーの後部座席に乗ってください」

 「は、はい」

 美緒は慌てて玄関から飛び出して、開かれたタクシーの後部座席に乗り込む。恵那は玄関の戸締りを終えて、旅行用鞄を持って、小走りでタクシーに向かい、そしてトランクの中に荷物を押し込み、後部座席に乗り込む。それらが終わったのを確認したタクシー運転手が運転席に乗り込む。

 「発車しまっせ」

 タクシーは静かに発進した。美緒は不安そうに恵那に尋ねる。

 「ど、何処へ向かうんですか?」

 「会社が用意しているシェルターです」

 「シェルター?」

 「安全が確保されている場所です。そこなら敵に襲われる心配はありません」

 「はぁ」

 タクシーは巧みに止まらないように走る。交差点など、赤信号のタイミングを上手く掴んでいる。停車しないのは車で襲われる場合は大抵、停車した時に襲われるからだ。タクシー運転手はバックミラーなどを細かく見る。そして、運転手が不意に恵那に声を掛ける。

 「ハエ(追跡者の隠語)が寄ってきたわぁ。どないするぅ?」

 「振り切れない?」

 「少し工夫するわぁ」

 車は予定の経路を変更した。基本的に車は通行量の多い道を選ぶ。通行量の多い場所は襲撃者が躊躇するからだ。車はグルグルと街中を走り回る。

 「アカン。タイミングなどを外しとるが、しっかりと食らい付いて来るさかい」

 タクシー運転手は諦めたように言う。

 「わかたわ。そこの路肩に止めて」

 タクシーはハザードランプを点けて、路肩に停車した。そして、暫く、待つ。すると後続の車が一台、同じように路肩に停車した。

 「相手はあの白いワゴン車ね」

 恵那は相手を確認してからタクシーから降りる。そして、タクシーの10メートルほど後方に停車した車へと向かって、歩き出す。

 白の国産ワゴン車の運転手はタクシーから降りて来た恵那を凝視する。これは相手にとって、まさかの行動だろう。そして、近付いた恵那は運転席側の窓ガラスをコンコンと叩く。相手は恵那を凝視しながらどうするかを悩んでいるようだ。

 「窓を開けてください」

 恵那は丁寧にそう告げる。男は窓ガラスを下ろした。

 「何か・・・用ですか?」

 「それは私の台詞よ。何故、追い掛ける?」

 「それは言いがかりだ」

 「言いがかり?」

 運転席の男と助手席の男は口々に騒ぎ出す。そして、無理矢理、車を発進させる。

 「ふん・・・あの慌てぶり。完全にクロね」

 恵那は追跡者を追い払ってからタクシーに戻る。タクシーの運転手は笑っている。

 「いきなりズドンでもおかしくなったでぇ?」

 「悪いけど、そんなヘマはしないわ」

 恵那はそう言う頃にはタクシーは走り出していた。それからは追跡者も無く、タクシーは目的地に到着した。降りる時もタクシーの運転手が周囲を確認しながら、二人は降りて、先に目的地であるマンションのエントランスへと入り込む。それを確認したタクシー運転手がトランクから鞄を取り出して、エントランスへと送り届けた。恵那は運転手と言葉を交わす。

 「安藤のおっちゃんで助かったわ」

 「おおきに。わいも小遣い稼ぎになるからええわ。また、使ってやってぇな」

 「えぇ」

 彼も契約職員のボディガードだ。ただし、彼の場合は運転手という職種だ。ボディガード自身、車の運転をする事もあるが、基本的には運転技術を持った専門の運転手が担う。会社に用意される車は専従の運転手が居るが、数は圧倒的に足りない。それを補うために大日本帝国警備保障株式会社の子会社である大日本タクシーの運転手に特殊な訓練を施した人材が揃えている。彼らが乗るタクシーは普通の物と見た目は変わらないが、ボディの内側に防弾素材などを使い、拳銃弾程度なら通す事は無いように出来ている。

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