第3話 家庭訪問
目的地は閑静な住宅街だ。特に高級住宅地というわけじゃないが、それなりに所得の高い住民の層だと窺われる感じの街並みだった。彼女は事前に確認した地図の通りに向かう。そこにある家はツーバイフォー住宅で、いかにも最近の感じの家だった。
「さて・・・周囲をチェックするか」
恵那はすぐに家には入らない。家の周囲を確認する。それは様々だ。誰かに監視されていないか。侵入されるような経路は無いか。それらを事前に確認するのもボディガードの仕事だ。その中で幾つか不審な箇所を確認した。
まずは正面入り口を望むことが出来るはす向かいのアパートの二階。単身世帯用のアパートだが、その窓はカーテンが閉められているものの、怪しく、隙間が開いている。無論、それだけで監視されているとは言えない。だが、あくまでも可能性は決して排除しない。恵那はそちらをあまり見ないようにして、自然な形で家の前に辿り着く。
「卜部・・・さんね」
表札を確認してからチャイムを押す。すると若い女の子で返事があった。
「はい・・・どちら様ですか?」
「ご連絡があったと思いますが、柊木です」
「あぁ、先程、電話がありました。どうぞ」
恵那は門を開き、中へと入る。そして玄関先まで来ると、扉が開かれた。中からは可愛らしい感じの少女が姿を現す。
「卜部美緒です」
「ども、中に入りましょうか」
恵那は彼女を押しながら中へと入る。そして、後ろ手で扉の鍵を閉める。その様子に美緒は不思議そうな顔をしている。
「あぁ、これは監視されているかも知れないので用心の為です。安心してください」
「か、監視ですか?」
「えぇ・・・あくまでも可能性だけです。確認したわけじゃありませんから」
美緒と恵那は応接間へと入る。恵那は大きな掃き出し窓の施錠を確認してから、カーテンを閉めた。それと同時に窓にある器具を吸盤で取り付ける。
「あ、あのそれは?」
恵那はスマホを片手に、右手の人差し指を立てて、唇に当てて、静かにとジェスチャーをする。彼女はスマホに装着したアンテナをかざしながら部屋中を確認する。それからアンテナを外して、片付ける。
「もう良いわ。ここは多分、安全よ」
「安全ですか・・・今のは?」
美緒は恵那の行動に不思議に思っている。
「これは微弱な高周波を出す装置よ。耳には聞こえないレベルだけど、この窓にレーザーを当てて盗聴する輩の場合、これで妨害されるわ。それとスマホの方は部屋から出ている電波をチェックしていたの。Wi-Fiなどの電波とは別の一般的じゃない電波を検知したら、すぐに解るのよ」
「はぁ・・・」
美緒はイマイチよく解っていないようだ。
「簡単に言えば、電波を発信するタイプの盗聴器や隠しカメラが仕掛けられていたら、すぐにわかるって事」
「盗聴器ですかぁ」
やはり美緒はイマイチ解っていない様子だ。二人はソファに向かい合うように座る。
「今回はあなたのお父上が勤めている研究所からの依頼で、来ました。こちらで問題ありませんね?」
「は、はい。お世話になります」
「いえ、まだ、請けるとは決めていません」
「そうなんですか?」
「あくまでもこの面接で、どうするかを決めたいと思い、来ました」
美緒は面を喰らったような顔をしている。
「あなたは私の通う高校に転校してまで、警護を望んでいますが、何故ですか?」
「はぁ・・・私もよくわからないのです」
恵那ははぁ~とため息をつく。稀にある話だ。警護対象者が自分が警護される理由が解らないという事は。この手の依頼は危険だった。本人に危機意識が無ければ、ボディガードの命令を守らない可能性が高いからだ。
「今ので結構です。この仕事は断らせていただきます」
「そ、そうなんですか?」
「あなたに危機意識が無い以上、身辺警護をするほどの危険性は無いとこちらは判断します。また、依頼される時は危険性が感じられてからにしてください。それでは」
恵那は立ち上がった。美緒はポカーンとしていた。彼女を置き去りにして、恵那は玄関へと向かう。玄関で靴を履き、扉の前に立つ。どうもピリピリと嫌な感じがする。扉を開けて良いのか?嫌な無騒ぎがする。だが、それではいつまで経っても帰る事など出来ないので勢いで、扉をポーンと開け放った。
パズンという音と共に扉が撃ち抜かれ、弾丸が玄関の壁にめり込んだ。狙撃だ。その穴の大きさから大口径のライフル弾。銃声が聞こえない。相手は消音器でも使っている可能性が高い。恵那はすぐに後退した。
威嚇か?姿も見えない段階での狙撃など、当たるかどうか不明だ。プロのやる事じゃない。仮に相手がプロなら、これは警告だと受け取るのが正しいだろう。恵那はホルスターから拳銃を抜く。手慣れた様子でスライドを引いた。
「な、何が起きたんですか?」
恵那を追い掛けた美緒は拳銃を抜いている恵那の姿に驚く。
「こちらに来ないで。狙撃された。出来る限り家の中心にある壁などに覆われた場所ににげなさい。私が良いと言うまで隠れているのよ」
「はい!」
美緒は慌てて駆け出す。相手の出方がわからない。スマホで警察に通報しようとした。だが、電波が圏外と出ている。さっきまでは何ともなかったはずだ。多分、妨害電波が流されている。だとすれば、居間にある固定電話で通報するしか無い。玄関は開けっ放しだ。あまりにも無防備な状態となるが、一人ではこれ以上を何ともすることは出来ない。
静かに居間へと歩く。そして、電話機へと手を伸ばそうとした時、パチンと天井照明が切れた。多分、家への電気供給が遮断されたのだ。こうなると最近の固定電話は繋がらない。ワイヤレスの受話器を取ってみるものの、回線が繋がらない状態だ。すぐに受話器を置いた。電気を遮断するとなれば、相手はこの家のすぐ近くまで迫っている可能性が高い。
侵入される箇所は玄関、居間の掃き出し窓、キッチンの勝手口。一人では全てのフォローは不可能だ。玄関を目視出来る場所へと移動して、他は耳を澄まして異音を聞き取るしか無かった。恵那はとにかく状況を確認するために我慢した。恐怖を感じる。ボディガードをする人間が恐怖を感じるというのは変に思うかもしれないが、危険を察知出来ない奴はボディガードには向かない。臆病なぐらいが、どんな危険にも対応が出来る。荒くなりそうな息を整える。とにかく、何が起きてもすぐに対応する。それしか無い。
ガチャン!と居間から硝子が割れる音がする。
恵那はすぐに反応した。拳銃を構えながら居間の中が覗ける位置に着いた。確かに掃き出しの窓は割られていた。だが、誰も居ない。やられた。恵那は振り返る。玄関から何かが投げ込まれた。激しい光と音。閃光手榴弾。視覚と聴覚を奪うだけの手榴弾だ。幾ら訓練を受けていてもまともに喰らっては1分近く、何もわからない状態になってしまう。
恵那は耳に響くキーンという音を息抜きによって、軽減させながら、奥へと逃げる。撃たれる。正直、そう思った。キッチンへと入り、拳銃を構える。多少、目にも影響がある。だが、大丈夫だ。まだ戦える。相手の狙いはやはり美緒か?だとすれば、彼女が入り込んだウォークインクローゼットを守らねばならない。
恵那は銃を構えながらゆっくりと玄関へと向かう。それから敵を探して、家中を歩き回るが、敵の姿は何処にも無かった。外ではサイレンの音が聞こえる。警察だろう。今の爆発音を聞いて、誰かが通報してくれたのかも知れない。助かった。
恵那は慎重に家の外に出た。そこにパトカーが停まる。警察官が拳銃を持った恵那に驚いて、拳銃を抜く。恵那は慌てて、両手を上げて、自分がボディガードであることを告げる。だが、女子高生のボディガードに警察官達は疑念を抱き、警察官が恵那のスカートのポケットに入っている身分証を確認するまで両手を挙げることになった。
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