第2話 依頼人は女子高生
大日本帝国警備保障株式会社
創業は終戦と同い年。元軍部の将校が集まって作り上げた会社という噂だ。
噂と言うのはその辺の事柄ははっきりしない。記録上、創業者となっているのは軍部とはまったく縁のない男だし、その後も経営者は政治、警察や自衛隊などと縁の無い者がやっている。それでも従業員に関しては警察や自衛隊などからの退職者が多く占めている。
だが、そのような噂のせいか、軍事に強く、湾岸戦争の頃には海外支社にて、民間軍事会社のような業務を手掛けていた。そんな会社なので、ボディガード業務も古くから携わっており、政府要人から有名人まで、多くの業務を請けていた。
第三事業部はまさにボディガード事業を取り扱う部署だ。事業部内には1課と2課がある。恵那は2課に所属する契約職員となる。1課と2課の違いは1課が専従職員を管理し、2課が契約職員を管理している事だ。1課の場合は専従職員なので、組織的な警護が可能となる。重要案件などは特にこの課が重宝される。2課は契約職員のため、主に個人や小さい仕事をメインに回される。契約職員と呼ばれる者は恵那のように普段、別の仕事をしている者や、個人の事情からフルタイムの従事が出来ない者などと様々な事情がある。それを会社側が把握して、上手く調整をしてくれる。だから恵那も安心して働く事が出来た。
恵那の順番が表示される。
窓口カウンターに行くと眼鏡を掛けた30代ぐらいの女性職員が対応してくれる。相馬さんと言う人だ。この窓口の主とも言われる人で、彼女が契約職員の仕事の割り振りを全てやっていると言われる。彼女に嫌われるととんでもない仕事が割り振られるというのは契約職員内の噂だった。
「柊木です」
恵那は軽く会釈して窓口の椅子に座る。
「今日は、ご指名の仕事の依頼があります。説明しますね」
相馬はタブレットパソコンを手に、仕事の依頼内容を説明する。この段階ではまだ、契約職員は仕事を請けるかどうかを決める権利がある。嫌なら断る事も出来る。
「依頼主はある研究所です」
「ある研究所?」
説明の段階で依頼主の名前が伏せられるのは稀にある。だが、当然ながら、それは依頼を請ける側としてはマイナス要素だ。恵那は素直に嫌そうな顔をした。
「研究所が個人の身辺警護をお願いしたいそうです」
「個人?・・・研究員ね」
研究員の身辺警護というのはあまり馴染みが無いと思われるが、研究内容によっては命の危険などもある場合が多い。その為に研究所などがボディガードを雇うことは多い。
「それが・・・研究員では無く。一人の少女らしいのです」
「少女?・・・研究員の家族かしら?」
「詳細は不明です」
「不明って・・・酷く歯切れが悪い案件ね?」
「申し訳ありません。とにかく警護対象は女子高校生となっています」
「それ以上は?」
「この仕事を請けていただかないと情報公開が出来ません」
恵那は悩んだ。これだけ不明瞭な依頼内容で仕事を請けるのは正直、危険だ。何でもそうだが、仕事となれば、依頼主との信頼関係は必要になってくる。こんな秘匿された依頼ははっきり言えば、断っても良いと思えるわけだが。
「ちなみに期間は1ヵ月」
その言葉に恵那は椅子から転げ落ちそうになる。
「1ヵ月って・・・。私は学生よ?無理に決まっているじゃない」
「はぁ・・・ただ、警護対象者もあなたと同じ高校に通うようなので可能だとされてますね」
恵那は訝し気に相馬を見る。
「警護を受けるために転校するぐらいなら、まともなボディガードを雇えばイイじゃない?」
「えぇ・・・それが、先方は何としてでもあなたを指名したいと強情でして」
「どこの誰だかわからないのに、1ヵ月も契約なんて嫌よ」
さすがに1ヵ月の拘束は恵那でも厳しいと感じる。チームで請け負うなら解るが、一人で警護をしないといけないという依頼では、警護中は休み無しとなるからだ。
「それはわかりますが・・・依頼料は破格でして」
「へぇ・・・幾ら?」
「5千万円です」
恵那は驚いた。たった1ヵ月の依頼料にしては高過ぎる。会社に5割に取られても十分な金額だ。だが、このことは恵那の猜疑心を益々膨れ上がらせる。
「そんなとんでも無い依頼主の事を情報課はちゃんと点検したの?」
「はい・・・所定の手順を踏んでいるとなっています」
恵那は気分が滅入る。情報課は警備会社における目と耳だ。ボディガードは法律上、警護対象の安全を守ることは出来るが、調べる事に関しては出来ない。それらを調べて、依頼案件が安全かどうかなどを判断するのが情報課だ。彼等は主に元刑事や元検事、弁護士などで構成されており、調べる事のエキスパートだった。だが、それとて、恵那は信じていない。裏の世界はそれで全てが把握が出来る程、簡単じゃない事ぐらい、常識だからだ。
「わかったわ。それで・・・これで契約を決めるの?」
「いえ、面接も出来るようですが」
恵那は断ろうと思っていたが、同じ女子高生を警護するという経験は無い。相手がどんな人物なのかは気になるところだった。
「そうね・・・じゃあ、面接をさせて貰うわ。書類をください」
彼女はテーブルの横に置かれたプリンターからトコトコトコとプリントアウトされる紙を手にした。
「場所は・・・私の家に近いわね?これは偶然かしら?」
恵那は嫌みったらしく相馬を見るが、彼女は軽く微笑むだけだった。
「装備が欲しいわね。許可して貰える?」
「そうですね。申請しておきます。備品管理室でお受け取りください」
恵那は椅子から立ち上がる。ソファに座っていた顔見知りの妙齢の女性に手で別れの挨拶をして、オフィスから出て行く。再びエレベーターに乗り込むと今度は下に動いているようだ。どれだけ下かはわからない。扉が開くと上と違って、簡素なコンクリート打ちっ放しの壁に囲まれた場所に来た。相変わらずカウンターで仕切られ、防弾ガラスで隔てられている。そこに誰も居ないので、インターフォンを押す。カウンターの向こうは多くの棚が林立している。その間から一人の男が姿を表す。
「よう、ホーリー。また、お前さんか?」
「最近、仕事が良い感じに入って来るのよ。今度は長期になるかも知れない」
「そうか。上からの指示だと、装備レベルCだな。ほれ、用意しておいた」
彼が手にしているのはスミス&ウェッソン社のM3913 レディスミス自動拳銃だ。9ミリパラべラム弾を用いる自動拳銃で、女性向けにコンパクトで軽量、細身のグリップとなっているのが特徴だ。それを収めるショルダーホルスター。左の脇に拳銃を収めるホルスターが吊られる。そして右脇には2本の予備弾倉を収めるマガジンポーチが吊られている。
恵那は制服の上着を脱いで、ショルダーホルスターを装着する。小柄な少女にも合わせてあるのでピッタリだ。そして上着を着る。
「どうだ?」
そう問い掛けられて、少女は二度、体を半回転させて、フィット感を見る。
「丁度イイわ」
「ほれ、道具だ」
拳銃は弾倉を抜かれ、スライドが引いた状態で渡される。これは安全の為だ。
ボディガード業務に許可されている拳銃は銃の弾倉に装填される弾丸数に制限がある。9ミリ口径以下で最大10発までだ。これは構造的にそうなっている物しか認められず、改造等で更に多くの弾丸が装填が可能な物は許可されない。弾丸の形状もフルメタルジャケット弾のみ。特殊な弾頭はアンチリーサルウェッポンの指定を受けた物以外は許可されない。当然ながら、連射が可能な物、構造的に改造して連射が可能になる物も許可されない。
それ以外にも様々な制約がある。公共、または第三者が居る場所などでは濫りに銃を露出させてはならないなど。かなり厳しい。だが、それらを勉強して、試験を受けて合格すれば、拳銃を持ち歩く事は可能だった。まぁ、契約職員のボディガードが請ける仕事ではあまり、拳銃を必要とする案件は無いのが現実だ。大抵の場合はストーカーなど、よくある日常のトラブルの為に警護するようなもんだ。多くは警棒やスタンガン。最低でも素手で何となかなる。
だが、今回は違う。直感だが、恵那は危険な臭いを感じ取っていた。昔から、彼女は危険を感じる特技がある。死線の淵がわかると言うか。自分が向かう先に危険があるのを感じ取れる。それで何度も危機を脱してきた。
「警棒とスタンガンは大丈夫か?」
男の問いに学生鞄を開く。そして、伸縮式の警棒とスタンガンを取り出す。
「私の一番の相棒だからね。毎朝、チェックはしてるわ」
「そうか、調子が悪くなったら持って来い。特にスタンガンはいざって時に電圧不足では泣ける」
「わかったわ。それじゃ」
恵那はゆっくりと歩き出す。この受け付けカウンターの隣は射撃場になっている。銃のことをやる時はここに入ってやるのが規則だ。5レーンほど射撃場がある。その裏側にはちょっとした作業台もある。その一つに座って、預かった拳銃を取り出す。そして空の弾倉。一人のボディガードが持てる弾丸は最大30発。マガジン3本分だ。弾丸の入った小箱を台に置き、そこから弾丸を取り出す。一本づつ、丁寧に弾倉へと装填していく。そして、全てを装填し終えると一本をスライドを戻した銃本体に刺し込み、残りをマガジンポーチへと入れた。最後に拳銃をホルスターに収めて、彼女は歩き出す。
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