第6話 不信感
警備会社は基本的に年中無休の24時間態勢となっている。ただし、休日や夜間は平日よりも会社で働く職員の数はどうしても少なくなる。いつも、学校帰りに寄る第三事業部も休日は閑散としていた。待っている契約職員の姿も無く、番号札を受け取るまでも無く、窓口に向かう。今日は、いつもと違う女性職員だ。多分、シフト制になっているからだろう。
「警護対象について、情報を受け取りたいのですが」
彼女はタブレット端末を操作して、恵那の注文に応える。
「情報部が得た情報はこれだけですね」
恵那もタブレットを見た。そこには『機密』の文字だけがあった。
「ちっ・・・機密って何だ?」
恵那は愚痴る。
「これ以上の情報は無いの?」
恵那は女性職員に食って掛かる勢いだった。だが、彼女は特に表情も変えず。
「我々ではこれ以上は。あとは情報部に直接、行っていただくしか無いですね」
そう言われては行くしか無い。すぐに女性職員に手続きを取って貰い、恵那は額に血管を浮かばせながら、情報部へと向かう。
恵那が情報部に行くことは普段ならあまり無い。もしあるとすれば、提供される情報に不満がある時だ。扉を開くと情報部も閑散としていた。そこには当直だろう。一人の男が窓口で眠たそうな顔で居た。
「ちょっと!」
恵那は怒鳴る。男はハッとして、目を覚ます。
「あんた、極秘って何なのよ!」
「何の事ですか?」
「卜部美緒の事よ。警護を担当する者に対して極秘って何の冗談?」
担当者はタブレット端末で調べる。
「あぁ、確かに極秘になっているねぇ・・・これは俺じゃ、わかんねぇや」
男はそう言って諦めた。
「ちっ・・・それじゃ、仕事なんてやってられないわ。代わりの人間を当てて」
「それは俺達の仕事じゃない。事業部の方に頼んでくれ」
恵那は男を藪睨みする。
「あんた・・・何か隠してない?」
「ガキが・・・言うじゃねぇか。フェダイーンだか何だか知らないが、大人を舐めるなよっ!」
男は吐き捨てる。それを見た恵那は今にも拳銃を抜きそうな勢いになる。
「良い度胸じゃない。このガラスが無ければ、その目玉を潰してやるのにね」
「ちっ、可愛い顔して言うじゃねぇか。反抗期か?」
ドン。恵那はガラスを殴る。激しくガラスは揺れ、男はガラスが割れるかと思った。
「や、止めろ。警報が鳴っても知らねぇぜ」
「だったら、情報を公開しなさい。ライフル弾で撃たれたのよ?」
恵那の言葉に男も訝し気に尋ね返す。
「ライフル弾だと?」
「えぇ。それも多分、消音器付きよ」
「それは・・・さすが極秘扱いだな」
男は微かに笑った。
「笑いごとじゃない。このまま明後日から学校に通うとなれば、危険度が高いわ。まずは敵が何者かを教えて貰わないと・・・。これじゃ、警護なんて絶対に無理よ」
「敵が何者か・・・か」
男は思案する。
「それは・・・わからんな」
「本当に殺すわよ」
「ちっ・・・てめぇなら本当に殺されそうだから、俺が個人的に調べてやるよ。明日の夕方、また来てくれ。ここでデスクワークしながら調べてやるから」
「アテにならないけど・・・わかったわ。それで、あんたの名前は何て言うのよ?」
「榊だ。榊雄一。よく覚えておけ」
「あんまり、覚えておきたく無い顔だけど、良いわ。明日よ。約束を破ったら、今度こそ、その鼻の穴を一つにしてやるから」
恵那は榊の言葉を信じて、大人しく帰った。彼女を見送った榊は手元のタブレット端末を見る。
「ふーん。この女の子が機密ねぇ。下手に探ったら、消されるかな?」
そう思いながら、玩具を見付けた猫のような顔で彼はニヤケていた。
恵那はビルから出ると真っ直ぐにマンションへと帰る。時刻は昼を少し過ぎたぐらいだ。扉を開くと良い匂いがする。キッチンで美緒が昼ごはんを作っていた。
「遅かったらか、昼食を作ったんですが・・・」
「あぁ、そう」
昼食はご飯とレトルトの中華料理だった。
「あの、ご飯はずっとレトルトやインスタントなんですか?」
美緒は心配そうに言う。恵那はとくに食事について、不満を思ったことが無かったが、普通の人はレトルトやインスタントが続くのを嫌うのだろうと思った。
「心配しないで、あそこのインターフォンを使って、会社に連絡を入れると必要な物を用意して送ってくれるわ。その気になれば出前だって・・・」
「それを聞いて安心しました。これからは食事は私に作らせてください」
美緒の顔が明るくなる。恵那は少し怪訝そうにしながらも尋ねる。
「構わないけど・・・食事は得意なの?」
「えぇ、うちは母が幼い頃に亡くなったので、家事はほとんど、私がやっているのです」
「そうなの。・・・あなたのお父さんは何をやっているか知っている?」
本来、警備対象者にプライベートな事を聞くのは違反だ。だが、情報が足りない以上、多少の事は良いだろうと恵那は思い、聞いてみた。
「はぁ・・・研究所で脳についての研究をしているって事までは知ってますが」
「脳ねぇ」
彼女が狙われる理由。それはまったくわからない。そもそも本当に狙われていれば、恵那が着く前にどうとでも出来たはずだ。あの扉を貫いた弾丸の意味は何だったのだろうか。恵那は考え込むが、何一つ、答えなど出なかった。
昼食を食べ終えて、二人はリビングで寛ぐ。この部屋から出る事が出来ない以上、やれる事は限られている。美緒は小説を読み始めた。何でも最近、流行りのラノベらしい。恵那はタブレットPCにてネットサーフィンをした。そうやって時間だけが過ぎていく。そして、翌日になる。恵那は昨日の今日で大した情報も無いと思うが、会社に電話をして、榊を呼び出す。
「あぁ・・・昨日のクソガキか」
彼は眠そうに欠伸をしながら受話器を取った。恵那は少し怒り気味で尋ねる。
「クソガキじゃない。それより、昨日の話で分かった事があった?」
「あぁ・・・卜部美緒ね。ある程度は調べた。答えはやっぱり機密だ」
「やっぱり機密ってねぇ。本気で調べる気があるの?」
「お前なぁ。世の中には限度ってもんがあるの。まぁ、俺はこれからトルテで飯を食って、帰って寝るからよぉ」
ガチャンと電話が切れる。恵那はその態度に怒りを露わにする。そして、すぐに着替えを終えて、家を出る。美緒が慌てて声を掛ける。
「何処に行くんですか?」
「ちょっと気に食わない奴を殴りに行くのよ」
そう言い残して恵那は部屋を出て行った。彼女はすぐに彼が立ち寄るだろうトルテという店へと向かう。そこは会社にほど近い場所にある洋食屋だ。2時近くなると、客も居ない。ウェイトレスも暇そうにしている。恵那が中に入ると店の中に一人だけ客が居た。恵那はウェイトレスが案内に来る前に彼の前に座った。そして、小声で話し掛ける。
「どういうつもり?」
「どうもこうもない。てめぇ、何っつぅ仕事を押し付けてくれたんだ?」
榊は目に隈を作っている。どうやら一睡もしてないようだ。
「何かわかったみたいね?」
「本当に一部だけだがな」
「充分よ。何もわからない手探り状態で警備しているなんて耐えられないわ」
「じゃあ、このメモリーを確認しろ。会社も隠してやがる理由ってのが少しはわかる・・・まぁ、出来れば、警備対象を捨てて、仕事を降りる事をお勧めするよ」
彼から記録媒体のメモリーカードを受け取り、ポケットに入れる。
「なんか、ヤバい事とかしてないわよね?嫌よ。会社に命を狙われるなんて・・・。そもそも、この依頼はあまり、請ける気は無かったのに・・・」
「安心しろ。そこまで深入りはしていない。バレてもせいぜい、訓戒程度だ。それよりも、お前さんの方が心配だ。店に入って、何も注文しないからウェイトレスが殺気立っている」
恵那はとりあえず、コーヒーを頼んだ。
「それより、あんた、元刑事?」
「なんで、そんなことを聞く?」
「いや・・・刑事にしては妙に動きが良いなと思って」
「他の刑事上がりも皆、フットワークは軽いと思うが?」
「う、うん・・・そうね」
恵那は榊の雰囲気に違和感を覚えたので尋ねてみたが、何だか軽くかわされた感じがした。
コーヒーを飲み終わり、先に恵那が出て行く。榊はそれを見送ってから溜息をつく。店の奥から男が姿を現す。
「榊、なかなかの演技だったぞ?」
榊は彼を見て、嫌そうな表情をする。
「あの子を騙すのは大変ですよ」
「まぁ、かなりの実力者だからな」
「しかし・・・そうまでして、隠さないといけないんですかね?だったらうちで請けなくても良かったんじゃないですか?」
「それは・・・俺にもわからんのだ」
榊は驚く。
「部長までわからない仕事をあの子に押し付けているんですか?」
「そうだな・・・上には上の考えがあるんだ。使われる者としては、素直に意向に沿うだけだよ・・・ただし、悪事の片棒を担ぐつもりは無いけどな」
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