第7話 学校に行こう

 店から出た恵那は無駄に終わった二日間を取り戻すためにいつも使うスマホとは違うスマホを手にする。それは彼女が個人的に所有している物だ。契約者は彼女とは違う。身分を偽って、手に入れた物だ。違法ではあるが、何かの為にと用意してある。これぐらいは契約のボディガードではよくある話だ。スマホで電話を掛ける。するとすぐに男の声が聞こえる。

 「よう・・・ホーリーか。何の用だ?」

 「休みの日にごめんね。ディープ・ナイト。あんたにちょっと調べて欲しい事があるんだけど?」

 「調べ事?言っておくが安くないぞ?」

 「良いわ。10万払うから、これから言う人物について、調べてちょうだい」

 「10万か。場合によっては追加が出るかもしれないが、構わないか?」

 「そうね・・・。30万までなら良いけど、明細はちゃんとしてよね」

 「わかった。依頼情報はいつもの方法で送ってくれ」

 ブツリと電話が切れる。相手はディープ・ナイトという情報屋だ。彼は裏の世界では少しは名が売れた情報屋だ。金次第でどんな情報でも集めて来る。

 ボディガードの世界は常に受け身が基本となる。だが、警護対象を狙っている相手がわかれば、危険は大きく下げることが出来る。仕事のリスクを減らすためにもこのような情報屋を活用するのは契約のボディガードには当たり前の事だった。ただし、外部に警護対象の情報を漏らす事には違いないので、当然ながら服務規程違反になる。バレないようにしないといけない事も皆、承知だった。

 会社は何かを隠している。それが何なのか。解らない事が増えていく。誰を信じて良いかさえ分らなければ、あのマンションに居ることさえ安全とは言えなくなる。恵那はそう思いながらも、今は身辺警護を請け負った美緒を守ることが最優先だと思うしか無かった。マンションに戻ると美緒は夕飯の準備を始める所だった。食材は比較的、安い物ばかりだ。庶民的と言えるだろう。

 「遅いから、夕飯の準備始めたけど、カレーでイイよね?」と美緒が屈託の無い笑顔で言うので。

 「あぁ、構わない」そう一言返しただけだった。

 その日も特に変わった事も無く終わった。ただ、夜中に目を覚ますと、美緒が苦しそうに寝ていた。悪い夢でも見ているのだろうか?病気などでは無いと判断して、そのままにした。

 翌朝、恵那は制服に着替える。美緒もだ。本当ならば、学校など通わない方が安全だ。しかし、それでは卒業は出来ない。身辺警護の基本は日常生活を最低限、犠牲にしないことだ。そのため、学校には通えるように手筈を整えていた。

 恵那は先にエントランスへと出る。そして、エントランス部分の安全を確保した後、美緒を呼ぶ。エントランス前には手配していた黒塗りのセダン車が停車している。恵那は車の周囲を警戒する。安全を確認した後、恵那だけが車まで近付き、周囲を見渡した後、美緒を車へと乗り込ませる。その後、恵那が乗り込む。全ては訓練された動きだ。

 黒塗りのセダン車。窓ガラスもしっかりと色が入っていて、外からは中が見えないようになっている。当然ながら、防弾仕様となっている。エンジンもディーゼルエンジンが使われている。これは重たい車重をトルクで走らせるためだけじゃなく、エンジンが破壊されても燃料が燃える可能性を減らすためだ。運転手も特殊な訓練を受けた専門の運転手。彼は常に運転席に座っている。何かあれば、最悪、警護対象だけでも乗せて逃げる為だ。

 恵那達が乗り込むと車はすぐに発車する。恵那は運転手に声を掛ける。

 「周辺に異常は?」

 「特に無し。コース上にも、今のところ、異常はありません」

 道路の状態は事前に確かめた上で来る。敵にコースが知られる可能性もあるが、実際には会社は複数の顧客向けに車を配車しているため、一見してはどれがどこの顧客への車かはわからない。それでも知られてしまえば、仕方がない。

 マンションから学校までのコースは3つある。それをランダムに決める。決して、同じコースを同じ時間に走らない。ルーティンとなってしまえば、時限爆弾でも待ち伏せが可能になってしまう。

 恵那は外の風景を見ながら、学校へと向かった。学校は教職員用の駐車場へと車を回す。裏口から敷地内に入り、裏口の前で停車する。これはちゃんと学校側の許可を得ているので問題は無い。先に恵那が降りて周囲を確認する。そして、美緒の盾になりながら、彼女を校舎内へと引き入れる。

 無事に登校が終わった。だが、恵那は気を抜かない。敵は校内に絶対に居ないという可能性は無いからだ。現在、多くの高校生は生活の為に働いている。それはまともな就労ばかりじゃない。中には犯罪集団との繋がりもある者だって居る。そいつらが金で雇われている可能性はゼロじゃない。常に美緒の傍に居て、警護しないといけない。教室に入ると、友人の佐伯が挨拶をしてくる。

 「よう!柊木・・・あれ、その子は?」

 佐伯に言われて美緒は恥ずかしそうに会釈をする。

 「転校してきた卜部美緒よ。仲良くしてあげて」

 「へぇ~、転校生か。なんで柊木が知っているの?」

 「色々あってな」

 その一言で察しの良い奴は気付く。この子が警護対象だと。

 「まぁ、そういうわけだから、イジメるなよ。友達でも食い扶持を潰す奴は許さないから」

 「わかっているよ。柊木を敵に回すアホなど、この学校に居ないわよ」

 美緒の席は恵那の隣になるように一番後ろの席にした。当然ながら、恵那も席を移動した。少しでも全ての動きが視界に収める事が出来る位置取りは大事だ。そして、美緒は窓からの狙撃を警戒して、廊下側にする。ただし、窓は防弾窓に変えておいたので、一番、危険なのは実は廊下側から突入されることだ。扉に鍵を掛けるわけにはいかない。仲間が使えるなら、廊下に一人立たせておきたいぐらいだ。

 そして、朝のホームルームが始まる。担任によって、美緒が紹介される。美緒は黒板の前まで行って、名前を書いて、自己紹介を無難にする。思ったよりも緊張していない様子だ。同級生達の動きを見て、美緒に対して敵意などを向けていないかを確認する。例え、見知った者でも疑わないといけない。それが仕事だ。幸いにして、彼らから敵意は感じ取れない。無事に自己紹介を終えた美緒が席に戻って来た。

 ホームルームが終わり、僅かな休み時間にも同級生達が美緒を囲む。やはり転入生は珍しいのだろう。この状況はボディガードとしては好ましく無かった。距離が近付ければ、どんな危険が起きてもそれを妨げることが困難だからだ。恵那は常に美緒の横に位置して、同級生達の動きをそれとなく制した。それで何とか1時間目が始まる。

 この日、恵那は同級生達から美緒を守ることで全精神力を使った。

 「柊木。まぁ、暫く、放課後は遊べんなぁ」

 友達がそう言う。確かにその通りだ。警護対象が居るのだ。帰りに寄り路など出来るはずがない。

 「あの・・・私は良いんですよ?」

 美緒は心配そうに言う。佐伯はそれを右手で制する。

 「あのなぁ。柊木はプロなんよ?自分の遊びたい欲求の為に仕事を疎かにはしないの。あなたも守られている側なんだから、しっかり自覚して、動きなさい」

 恵那は友人の言葉に涙が出そうだった。

 「佐伯・・・あんた・・・バカかと思ったら、ちゃんと考えているんだなぁ」

 「バカは余計だ!」

 放課後。恵那達は帰る為に裏口に向かう。例え校内であっても、確認作業が終わっていない経路を通るのは常に危険が伴う。たった一人のボディガードは色々な意味でリスクが大きい。その分、チームでやるよりは貰いは大きいわけだが。無時に裏口に辿り着くと、朝と同じ黒いセダン車が停まっている。運転手を確認してから、美緒を後部座席に押し込む。そして、車は走り出した。

 車内では緊張感を漂わせながら静かに走る。不意に美緒が話し掛けた。

 「佐伯さんは柏木さんの親友なんですか?」

 「親友?・・・そうね。私が日本に来て、初めて出来た友達よ」

 「日本に来て?以前は外国に?」

 「外国・・・外国ね。アフガニスタンに少し、居ただけよ」

 「はぁ・・・」

 恵那が少し暗い表情をしたので美緒はそれ以上、聞くのを止めた。

 車は無時にマンションのエントランス前に到着する。ここで襲撃に遭う危険性は少ないが、それでも基本は忘れない。恵那はしっかりと周囲を確認しながら、美緒をマンションへと誘導する。

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