第26話 テイクオフ

 恵那は前原に連れられて、廊下を歩き出す。

 「護衛って・・・あなた一人?」

 恵那の質問に前原は笑う。

 「俺は超人じゃないからね。ちゃんとチームで君を護衛する」

 「チーム・・・何人ぐらい?」

 「小隊・・・と言いたいところだが、俺も含めて10人」

 「頼りないわね」

 「皆、特殊な訓練を受けた連中だよ」

 「特殊ね・・・弾丸を躱せる能力でもあるの?」

 「ははは・・・それで、君の荷物は?」

 「はっ?」

 前原の言葉に恵那は訝し気な顔をする。

 「荷物だよ。これから出発なんだから」

 「聞いてないわよ?」

 「時間が無いんでね。2時間後には出航だよ」

 「出航って・・・どういう事?」

 恵那は前原に喰って掛かる。

 「ははは。必要な荷物を纏めてくれ。あくまでも自分で運べるだけだけど」

 「ちっ」

 恵那は諦めて、装備を揃える事にした。

 いつも使っている拳銃に弾倉と弾丸。事態が事態だけにいつもなら制限される携帯弾数も無制限に持てた。それと予備として、グロッグ19を狩り出した。

 「拳銃だけで大丈夫かね?」

 前原はシューティングレンジで銃の確認をする恵那を見て、心配そうに言う。

 「なに?自動小銃でも持って行けばいいの?秘匿しないとダメでしょ?」

 「まぁ、そうだけど・・・短機関銃ぐらいは持って行くのかと」

 「警備会社にそんな物騒な物は無いわよ。あるのは拳銃とスタン弾を撃つ為の散弾銃ぐらいよ」

 「なるほど・・・警備法は疎くてね」

 「警備会社の人間に接するなら、少しぐらい勉強して来なさいよ」

 恵那はショルダーホルスターを装着して、それを隠すように制服の上着を着る。

 「まさか・・・学校の制服で中国に行く羽目になるとは・・・」

 「着替えればいいじゃない?」

 「面倒臭いわ。時間が無いんでしょ?」

 「まぁ・・・そうだけど」

 恵那は銃をホルスターとポーチに入れて、歩き出す。

 地下の駐車場には黒田が居た。

 「やぁ、そんな恰好で向かうかい?」

 黒田も制服姿の恵那に驚く。

 「面倒だからね。それよりもその車で向かうの?」

 黒田の後には自衛隊の高機動車が置かれている。

 「みたいだね。僕はこっちの車で外務省に戻るけど」

 黒田は黒塗りの高級セダンを見て、言う。

 「頑丈で良いけど・・・日本を出る前に襲撃されるなんて事は無いでしょうね?」

 恵那の言葉にその場の全員が黙る。 

 「ひょっとして・・・可能性があるの?」

 恵那の言葉に黒田が笑う。

 「ははは。ここはスパイ天国だよ?この事だって・・・どこまで漏れているやら・・・そして、君を襲撃する為の人材だって、腐る程居るしね」

 「自慢しないでよ。せめて、国内ぐらい、最大限の警護を付けるとかって発想は無いの?」

 「あくまでもこの事に日本政府は関わってない事にしたいんだよ。日本は良くも悪くも民主主義国家だからね」

 黒田はそう言うと、黒塗りのセダン車に乗り込む。

 「そういう事だ。まぁ、君の運に掛けるよ」

 前原も高機動車に乗り込む。恵那も嫌々ながら乗り込んだ。

 

 彼女達が到着した場所は関西国際空港だった。

 「へぇ・・・密入国かと思った」

 恵那は笑って答える。

 「そんな簡単じゃないよ。因みに・・・飛行機はチャーターだがね」

 「へぇ・・・奮発したわね」

 そう言って、関西国際空港の特別な通路から滑走路へと出た。そこに用意されていたのは貨物ジェット機だった。

 「私は荷物って

 「ははは。向こうの国に潜入する為さ。中には特別に座席もある」

 飛行機に乗り込むと9人の男女がすでに居た。皆、背広やカジュアルな服装だ。

 「とても、護衛には見えないけど?」

 恵那は嫌味たっぷりに前原に尋ねる。

 「当然だろ。目立つのが一番まずい。一般人に溶け込む方が良い。特に向こうは監視国家だからな。監視カメラですぐに察知される」

 「その対策は?」

 「ハッキング・・・と言いたいところだが、むこうもその対策はしてあるかからね。まぁ、今のところ、カメラ映像に欺瞞する技術ぐらいだ」

 「そんなのあるの?」

 「最新技術だぞ?」

 前原は丸い球体の付いた道具を取り出す。

 「マッサージ器?」

 恵那は蔑んだ目で前原を見る。

 「違う。光学欺瞞機だ。研究中の奴だが、50メートル以内の光学機器に対して、特殊な光を当てて、機能を欺瞞する。つまり、ちゃんと映らなくするって事だ」

 「へぇ・・・それでこちらの情報を敵に気取られないようにするって事ね」

 「直近の監視カメラ映像さえ潰せば、個人の特定は難しいからな」

 前原が自慢気に言う間に離陸の時間が迫っている事をコクピットから告げられる。

 「まぁ、あとは離陸してからだ」

 そう言って、二人は座席に座った。

 

 飛行機はタキシングを始め、ゆっくりと離陸に向かった。

 簡易的に作られた座席は窓などは無く、ただ、揺られるだけだった。

 「なんか・・・荷物になったみたいね」

 恵那は酷い乗り心地に不満を呟く。

 「お嬢ちゃん。自衛隊の輸送機に比べたら、まだ、こいつはタクシーに乗ってるみたいなもんだぜ」

 後ろの座席に座る中年の男が笑いながら言う。

 「マジかこれでタクシー並なら、自衛隊の輸送機は暴走族のシャコタンみたいなもんだな」

 「ははは。言えてる。ケツが痛くならないだけマシさ」

 そう言うと、笑いが起きた。前原は不満そうに嘆息する。

 「大湊陸曹・・・自衛隊の恥部をあまり若者に広めないでくれ。募集に陰りが出来てしまう。ただでさえ、人材不足なんだ」

 「はいはい」

 前原に言われて、大湊は不貞寝をする。

 「さて・・・そろそろ、自己紹介をして貰おうかしら・・・現地に着いたら、そんな時間は無いでしょうから」

 恵那は飛行機が安定してから、前原にそう尋ねた。

 「そうだな。よろしい。私はこの部隊の隊長の前原だ」

 「知ってるわ。あんた以外よ」

 恵那の冷たい一言に前原はがっかりする。

 「じゃあ、俺からだな」

 大湊が笑いながら告げる。

 「俺は大湊だ。階級は陸曹で、前原三等陸佐の次に偉い」

 「おっさんなだけでしょ?」

 恵那の一言に大湊はまた笑う。

 次に若い筋肉質な男が挙手をする。

 「私は島田です」

 「なんか・・・めっちゃ身体を鍛えてない?」

 恵那は背広姿からでも解る体躯を眺める。

 「はぁ・・・筋トレが趣味でして」

 「ボディビルダーか。目立つだろアレ?」

 恵那は前原に尋ねる。

 「いやぁ、でも彼、凄いよ。軽機関銃を片手で楽々撃てるんだから」

 「化け物か。あんなムキムキが背広って・・・もっと恰好を気にして」

 恵那は島田の恰好にダメ出しをする。それに笑いが起きた。皆が同じことを思っていたのだろう。

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