第25話 どうにもならないこと
恵那は露骨に嫌な表情を見せる。
「可愛い顔をそんなに歪ませないでください」
黒田は笑顔で恵那に声を掛ける。
「あら・・・二度と顔を見せるなと言ったはずだけど?」
「そうでしたっけ?」
黒田は飄々と受け流す。
「あぁ・・・悪いけど、そう・・・怒らないでくれ」
重役の1人である真下は少し困惑した表情だった。
恵那は真下の横に立った。
「それで・・・これはどういう事ですか?」
「あぁ・・・説明するよ。彼は・・・知ってるよね。外務省の黒田さんだ。主に中国を担当されているそうだ」
「中国ね・・・この間、お断りしたチャイナマフィアと関係があるの?」
「あぁ・・・そうだ。と言うより、チャイナマフィアの件も彼の仕業だよ」
「へぇ・・・」
恵那は黒田を睨む。
「ははは。仕業って・・・我々は彼らの事を事前に調べていただけ・・・彼らが柊木さんを選んだのは偶然ですよ・・・まぁ、予想はしておりましたが」
「予想・・・私が以前に請けた依頼で大事だった事は国家機密だったと思うけど・・・それがチャイナマフィア如きが知っていたのは気持ちが悪いわ」
「そうでしょうね・・・まぁ、国家機密と言っても・・・日本はスパイ天国ですから・・・」
黒田は笑う。それが恵那には気に入らなかった。
「悪いけど・・・帰らせて貰うわ。どんな用事か知らないけど・・・お断りよ」
恵那は踵を返し、ドアに向かった。
「悪いけど・・・断る事は出来ませんよ」
黒田は立ち上がり、恵那の背中を眺めながら、そう告げる。それに呼応するように恵那は振り返る。
「どういう事?」
「簡単ですよ。マフィアの連中が言っていたでしょう?ミサイルがどうとか」
「あぁ・・・ミサイルを発射する機能を停止させるとか」
「そう・・・あれは本当にあの国のICBMを全て、破壊する鍵」
「だったら・・・特殊部隊でも放り込んで・・・あいつらを抹殺して、奪い取ればいいじゃない?」
「そう・・・簡単なら、彼等も日本になんて居ないでしょう」
「もっと、自分の身が守れる場所に隠れる・・・か」
「そういう事です。日本だから安全なんて事は無いのは彼等だって知っている」
「じゃあ・・・なんで?」
「お前さんの遺伝子情報があのキーデバイスのセキュリティ解除になっている」
「はっ?」
黒田の言葉に恵那は訝し気な表情を浮かべる。
「解らないでもない。我々もその謎がよく分からないんだ。だが、彼等は君の遺伝子情報をどこからか手に入れて、セキュリティ情報に組み込んだ。つまり、君が装着しないとあれは動かない。あれだけをかの国に運び込んでも意味は無い」
「ふーん・・・だけど、あの国のミサイルを破壊なんてしたら・・・戦争になるんじゃない?」
「残念ながら、すでに戦争・・・と言うか、あの国では革命が勃発しているようでね。いつ・・・間違って、核弾頭を搭載したミサイルが発射されるか解らない状態なんだよ」
黒田の言葉に増々、困惑する恵那。
「意味が解らない。さっきから・・・何を言っているの?」
恵那の我慢は限界を超えた。これだけ理解不能な事だらけでは怒るのも無理なかった。
「まぁ、怒らないでくれよ。我々も謎が多いが・・・確認済の事実だけを話している。君はこの国を核の危機から守ってくれる唯一の存在となったわけだよ」
「嫌な存在ね・・・仮にそうだとして、革命をしている奴がうっかり発射するようなシステムなの?」
恵那の問い掛けは当然だった。
「それは・・・日本人の発想だよ。かの国の電子技術は昨今でこそ、目覚ましく発展したが、かつては遥かに稚拙で、酷いもんだった。管理状態は今でも変わらず、それに無理矢理にくっつけたのがこのシステムだったってだけだよ」
黒田は笑いながら答える。
「だったら・・・普通は最高指導者の遺伝子情報とか使うでしょ・・・何故、私なの?」
「ふーむ。謎だが・・・恐らく・・・君の遺伝子情報を設定したのは・・・ある種の賭けなんじゃないかと思うね」
「賭け?」
「そうだ。ただの女子高生でありながら、特殊部隊とも渡り合える戦闘力を有している君を選ぶ事で・・・このシステムが作動して、かの国の全てのICBMが破壊されたとして・・・誰が責任を追及が出来る?」
「メンツって奴?」
「そうさ。メンツさ。女子高生にICBMを全て破壊されたなんて・・・誰が認められるか。そして、それを追求する事も無く・・・闇に葬られるって寸法さ」
「その為に道具にされるって・・・私の意思は尊重されないわけ?」
「目立ってたのが運の尽きさ。そういうわけで・・・頼むよ。請けてくれ」
「それはお願いかしら?」
恵那は左手で髪を巻き上げながら尋ねる。
「いいや・・・命令さ」
黒田はニヤリと笑う。
「ここで殺し合いでもご所望かしら?」
「武器は携帯してないだろ?」
黒田は余裕がある雰囲気だった。
「そう・・・」
恵那は突如として、腰から特殊警棒を抜き放ち、黒田に振り下ろす。その素早い動きに黒田は座った姿勢を動かす事も出来ず、ただ、それを凝視しているしかなかった。
「やめろ!撃つぞ!」
それを制止したのは扉を蹴破って入った一人の男だった。その手には20式自動拳銃が握られている。
「ドアの前で聞き耳を立ててのね?」
恵那は振り上げた警棒を止めて、彼を見た。
「彼は君の護衛を務める陸自の前原君だ」
黒田は表情を強張らせながら、冷静さを装い、男を紹介する。
「陸自?ボディガードに護衛なんて・・・皮肉かしら?」
恵那は警棒を縮めて、腰のホルダーに戻す。それを見た男も拳銃を背広の上着に隠れたショルダーホルスターに拳銃を戻す。
「皮肉・・・相手は国家だからな。あんた一人じゃ・・・向こうについた瞬間に逮捕されるか・・・殺されて終わりだ」
「国家・・・私が相手するのは国家って事?」
恵那の問い掛けに黒田は少し考える。
「国家と言うか・・・今、あの国はどこがどちら側なのか・・・多分、あの国の人間でも解らない状態だよ。皆、勝ち馬に乗りたいだけだからね」
「勝ち馬か・・・つまり、核弾頭を搭載したICBM自体が権力を握るためにも必要な交渉材料って事ね」
「そうだ。それをチラつかせれば・・・支援をする輩も居るって事だよ」
黒田の言葉に恵那は飽きれたように溜息を漏らす。
「解ったわ。やるわよ。それで・・・いつから?」
その言葉に前原はニヤリと笑う。
「今からさ」
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