第24話 お粗末な展開

 恵那は屋敷から出ると、足早に大阪へと戻る。

 正直、今回の仕事は外れだった。あまりに法外な程に高い報酬額程、こういった事が起こり得る。要はまともな相手じゃないって事だ。だが、今回は指名されていたこともあり、とりあえず、話だけを聞きに来ただけに過ぎない。

 最初から断るつもりだった。

 この手の依頼主は断られると・・・大抵、口封じを謀る。

 恵那は屋敷から外れたバス停の途中で路地に飛び込んだ。そこは車では通り抜けが出来ない程の細い路地であった。

 彼女が路地を駆け抜けると、背後からいくつもの足音が聞こえた。

 「やっぱりね」

 恵那は拳銃を抜き、臨戦態勢になる。

 状況は最悪。

 地の利は相手にある。

 数は多数。

 武器は・・・中華街のマフィアだから、自動小銃だって、持っているだろう。

 「この場合は・・・皆殺しもOKよね?」

 恵那はニヤリと笑う。

 公的に登録されたボディガードでも濫りに発砲したり、殺害したりは出来ない。相手が相当に暴力を加える恐れがあると思われる時だけだ。

 つまるところ、相手がそんな相手なら、殺しても構わないという解釈もある。

 この手の荒事が専門の警備会社はその為に高い報酬で腕利きの弁護士を雇っていたりするわけで、この世界においても弁護士は需要が高く、良い仕事でもあった。

 一人で多数を相手にする時、必要なのは相手を凌駕する火力か。相手の予想を上回る事が必要となる。まともにやって、勝てるなんてのは創作物の世界だけである。

 恵那は左手を腰に回す。そこには非常用に様々な荷物を入れたウェストポーチがある。そこから取り出した物を彼女は投げる。

 

 一瞬、閃光と轟音が発せられる。

 高らかと投げられたスタングレネードは路地に入って来た男達の頭上で炸裂した。

 警戒して、角から覗き見ようとしていた男達は一瞬にして、視界と聴力を失う。

 パンパンパン!

 恵那は角に迫り、彼らに向けて、発砲した。彼らは何も抵抗が出来ずに彼女の銃弾に倒れて行くしかなかった。

 「3人・・・他は・・・車の音・・・運転手を残していたか」

 恵那は冷静に状況を確認する。敵はこれで始末を終えたつもりだったか。このまま、ここに残れば、追手が来るだろう。素早く逃げ出す必要があった。

 

 さすがに電車に乗ってしまえば、追手が来る事は無かった。幾ら、危ない組織だとしても、あまり派手にやれば、警察の介入を招き入れる事になる。そうなれば、組織崩壊の危機だってあり得る。だから、一度、失敗すれば、後々まで怨恨は残るにせよ、大抵は諦める。恵那はそれを知っていた。

 「あぁあ・・・時間と労力と・・・リスクに銃弾を無駄にしたわ」

 そもそも、会う事も止めておけばよかったと後悔した。

 多額の報酬はリスクも大き過ぎるのだ。

 疲れた顔でベンチシートに座っていると目の前に男性が立つ。恵那は僅かに警戒する。まだ、追手が完全に居なくなったとは言い難いからだ。

 「柊木恵那さんですね?」

 彼はそう声を掛けて来た。

 「さっきの連中?」

 恵那はいつでもを警棒を腰のホルダーから抜けるようにした。

 「いえいえ・・・私はこういう物です」

 彼は事前に手にしていたのだろう名刺を差し出した。

 「外務省・・・」

 目に入った文字は外務省だった。

 「はい。外務省のアジア大洋州局の黒田と申します」

 「中国関係ね・・・突然・・・このタイミングは何なの?」

 恵那は警戒を解かない。

 「さっきの連中は我等の方で…これ以上はあなたに手を出させませんようにしましたから・・・」

 「あら・・・。あの連中とはお知り合い?」

 「まぁ・・・顔見知り程度に」

 「さっき聞いた話の続きなら・・・何でもお断りよ。私はボディガードだから」

 「解っています。だから・・・ボディガードを頼みたいと思いまして」

 「お断り・・・割の合わない仕事はやらないの」

 「割りですか・・・・報酬は・・・破格だと思いますが」

 「死んだら貰らえない金は・・・破格とは言わないのよ」

 「辛辣ですね」

 「ふん・・・話が終わったら・・・どっか行ってくれないかしら?景色が見えないわ。それにこの車両に乗っているのはあんただけじゃないでしょ?」

 恵那は周囲を目配りをする。

 「ははは。僕はただの官僚なんで、荒事は苦手で」

 「そいつらにやらせればいいでしょ?」

 「確かに・・・だけど・・・どこかに所属している連中を使うと色々、面倒な事を招き入れるもんでね。出来れば・・・民間の活用を率先したいのですよ」

 黒田は常に笑顔だった。

 「民間・・・なるほど・・・まずは会社を通しなさい。そしたら、私以外の誰かが仕事を請けてくれるわ。それでいいでしょ?」

 「手厳しいな。私としては、すでにしっかりと事態を把握しているあなたにお願いしたいのですが・・・」

 「残念ね・・・私は命を安売りする気はないもんでね」

 「ははは。あれだけの活躍をされた方が・・・」

 「活躍?」

 「有名ですよ。米軍とたった一人で戦った事は・・・」

 「嫌な噂ね。そんなのはデマよ。映画の主人公じゃあるまいし」

 「そうですね。だけど・・・我々はそういう仕事なもんで」

 「これ以上は・・・さすがに穏やかな会話じゃ・・・済まないわよ?」

 恵那は怒りに満ちた瞳で男を見上げる。

 「怒りましたか?しかし・・・ここで何かをすれば・・・むしろ、あなたの方が分が悪いですよ?不要な暴力行為はボディガードの資格はく奪にもなる」

 「嫌な・・・良い方ね」

 「ははは。まぁ・・・名刺は受け取ってください。きっと・・・近い内にちゃんとした席でお会いする事になるでしょうから」

 「金輪際・・・近付いて欲しく無いわね」

 恵那が彼の名刺を取り上げると彼は静かに立ち去る。そして、偶々、停車した駅で降りた。彼と数人の男女も含めて。

 「黒田・・・和樹・・・調べておく方が良いわね」

 恵那は名刺をポケットに入れて、疲れたように天井を見た。


 二日後・・・恵那は会議室に呼び出された。

 嫌な気がした。

 断った仕事と黒田の件は会社に調査依頼をしておいたが、まだ、結果は出ていない。

 恵那が会議室の扉を開くと、そこには会社の重役の1人と黒田が居た。

 「やぁ、柊木さん。また、お会いしましたね」

 黒田はにこやかに挨拶をした。恵那の顔は引き攣った。

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