燃え上がる中華
第23話 チャイナ・ノスタルジィ
横浜中華街。
元々中国人が多く住む場所だったが、かつての大国は現在、激しい民主化革命と民族紛争の最中にあり、多くの難民が流出していた。当然ながら、日本政府は余り多くの難民を締め出しているわけだが、知縁を辿り、多くの不法難民がこの地に集まっていた。
結果として、そこを牙城としていたチャイナマフィアは巨大化を続け、警察当局でさえもその全容を把握する事が困難となっていた。だが、そのような存在を野放しにしておくわけにもいかず、警察はその牙城を崩す為に躍起になっていた。
「逃げたぞ!」
私服刑事達がチンピラ風の男を追いかけていた。
彼らの手には拳銃が握られている。通常、私服刑事は拳銃を携帯しない。必要と判断された時だけ携帯許可が下りる仕組みになっている。だが、この中華街においては例外だった。私服刑事は常に拳銃を携帯し、なにかあれば、すぐに発砲する事が推奨されている。それだけ危険な場所だった。
銃声が鳴り響く。
途端に刑事の1人が崩れ落ちる。
撃ったのは逃げている男じゃない。偶然、中華街に居た男だ。多分、逃げている男の仲間なのだろう。逃走を手助けする為に彼は突如として発砲した。
「安岡!・・・てめぇ!」
撃たれた刑事を庇う刑事が発砲した男に向けて発砲する。刹那、撃った男は胸板を撃たれて、その場に倒れた。撃たれた刑事はフラつきながら立ち上がる。
「大丈夫か?」
「あぁ・・・防弾チョッキで何とかな。撃った奴は?」
倒れた男は別の刑事達が取り囲み、確保していた。その顔を見るとまだ、10代半ばぐらいの子どもだった。だが、腕にはチャイナマフィアを示すタトゥーが彫られ、手には黒星と呼ばれる中国製トカレフ自動拳銃が握られている。
「56式か。防弾チョッキが貫通しなくて助かった」
「56式ですけど、弾は安物ですから、オリジナルに比べて威力は無いですよ。むしろ、ジャムが酷くて、使い物にならんそうですが」
粗悪な火薬を詰められた弾丸は反動不足で薬莢が排莢口に挟まっている。
「この日本で、そんな物が出回っているのが怖いよ。死体と銃を回収して、今日は終わりだ。さっきの野郎は後日、必ず、とっ捕まえてやる」
刑事達は子どもの死体を運び、街を後にした。こんな事が日常茶飯事にある。かつての平和だった中華街など、微塵も存在しない。日本人は誰も近寄らなくなった。犯罪者が集まる街。それが横浜中華街。
その街に住み続けて50年になる老婆はキセルを吹かしながら、昔を思った。活気あるあの頃を。
危険な場所になった中華街に一人の女子高生がフラりと姿を現す。
柊木恵那。
女子高生警備員。その任務の多くは身辺警護。通称、ボディガード。
危険な任務程、高い報酬を得る事が出来る仕事に従事する理由は単純に金だ。
ガムを噛みながら中華街を闊歩する。その大胆な姿にその場を根城にするチャイナマフィアの男達もただ、凝視するしか無い。
この街に女子高生となれば、単純に援助交際目的となるが、それでも彼女達を手引きする者の存在がある。簡単に言えば、チャイナマフィアが斡旋するという事だ。だから、女子高生が一人でこの地に来ることは無い。それが今の中華街の常識だった。
「おい・・・ガキが一人でフラフラしているって事は、俺らと遊んでくれるって事か?」
3人の若者がヘラヘラとした顔で彼女に近付く。
「ふーん・・・仕事にならない事はしたく無いけど?」
恵那はそう答える。
「仕事?エンコーでもやりに来たのか?」
若者の一人が笑いながら尋ねる。
「エンコー?そんな面倒臭い商売はしないわよ。邪魔だからどきなさい」
恵那はそう言うと、男達を避けて、通ろうとする。だが、彼らはその進路を妨げようとする。
「邪魔よ・・・警告はしたから」
恵那がそう言うと、若者の一人が彼女に手を伸ばそうとした。多分、それは単純に彼女の動きを止めようとしたのだろう。
パン
銃声が鳴り響いた。
「悪いけど、状況的にすでに暴行未遂は成立しているから」
恵那は腰のホルスターから抜いた拳銃を発砲した。弾丸は彼女へと伸ばされた男の腕を貫いた。
「いてえええええええ!」
腕を撃ち抜かれた男はその場に崩れ落ちる。
「ホ、ホアン!」
他の二人が突然の事に驚く。
「て、てめぇええええ」
もう一人がナイフを抜いた。瞬間、銃声が鳴り響き、そのナイフの刃が折れた。
「悪いけど・・・ナイフまで抜いたら、撃ち殺されても文句は言えないわよ?」
恵那は笑みを浮かべながら銃を構える。
「ここが何処だか解っているのか?」
若者が恵那を睨みながら呟く。
「神戸の中華街でしょ?」
「ガキの癖に・・・後悔するなよ。てめぇを散々、輪姦してやる。頭がぶっ壊れるまで突っ込んでヒーヒー言わせてから、シャブ漬けにして、変態に売りつけてやる。壊してやんよ」
若者がそう毒づいた瞬間、恵那は彼の脛を撃ち抜いた。悲鳴と共に彼は路上を転げ回る。
「汚い事を言うな。糞」
恵那はそう告げると空気の変わった街を見渡す。皆、殺気立っている。何処から撃たれてもおかしくない。だが、それでも恵那の余裕の表情は変わらない。
「待ち合わせの場所にこんな所を指定するなんて・・・糞みたいな依頼人ね。会わずに帰ろうとかしら・・・やっぱり」
恵那は軽く嘆息して、来た道を戻ろうとした。
「待ってくれ」
呼び止められて、恵那は振り向き様に拳銃を構えた。そこには一人の爺さんと拳銃を抜いた背広を着た男達が立っていた。
「撃ち合いが御所望?」
恵那は彼らを見据えて、そう尋ねる。尋ねられた側も緊張感を感じているように彼女をサングラス越しに睨んでいる。
「銃を下ろせ。客人だ。そこに転がっている奴らは掃除しておけ」
爺さんはがう告げると男達は銃を下ろす。それを見てから、恵那も銃をホルスターに戻した。
「あんたが依頼主のチャンさんね?」
恵那がそう尋ねると爺さんは頷く。
「そうだ。あんたが柊木恵那さんか。噂通りの方だ。安心しました」
「私を試したの?」
「いやいや・・・少し待ち合わせの時間より早かったようで、お出迎えに間に合いませんでした」
「お出迎えね・・・解ったわ。それで依頼の話をしましょうか?」
恵那は爺さんに近付く。
「あぁ・・・ありがとう。誤解が解けて良かった。私の家で構わないか?」
「どうせなら詫び替わりに美味しい中華料理が食べたいわね」
「あぁ、それなら用意させてある」
恵那は彼の用意した高級車に乗り込んだ。
車の中では仕事の話をせずに互いの他愛もない会話をして過ごす。そして、到着したのは中華街から少し離れた住宅街であった。その中でも明らかに大きな豪邸に車は入った。
「ここが私の家だ」
隣に座る爺さんは自慢そうに言う。
「なるほど・・・幾らでも身辺警護をしてくれる私兵が居るみたいだけど?」
恵那が見るだけで何人もの男達が居た。
「あぁ・・・確かに・・・あなたも解っていると思うが、こんな身なんだね。私兵はそれなりに居るんだ。だから、私がボディガードを必要としているわけじゃない」
「じゃあ、何故、私を呼んだの?」
「それは食事をしながら・・・」
邸宅の中に通されると大きな回転テーブルの置かれた部屋に爺さんと恵那は二人きりにされた。回転テーブルにはメイドが次々と食事を持って来る。
「なるほど・・・確かに美味しいわね」
大皿から取り分けられた料理を美味しそうに食べる二人。
「本国でも超一流の料理人だからね。内戦で逃げ出した難民の1人さ」
爺さんは笑いながら告げる。
「なるほど。そういう難民は結構だけど・・・悪いのは困るわね」
「それがあんたの仕事の種だろ?」
「確かに・・・嫌だけどね」
恵那は苦笑いをした。
「それで・・・仕事の話だけど・・・解っていると思うけど、聞いた上で断る権利は私にはあるから」
恵那が少し語気を強めに尋ねる。
「あぁ・・・無論だ。こいつを見てくれ」
爺さんはある物を取り出した。
それはブレスレットであった。
「それは・・・あまり高価な・・・てか、宝飾品には見えないわね」
何の飾りも無いブレスレットだった。
「こいつは・・・あるシステムを強制停止させる為のキーデバイスだ」
「あるシステム・・・嫌な感じね」
「あぁ・・・そう思うだろう。だが、これはこの国にも関わる事だがね」
「そういう国家的な何かは個人にあまり良い思いをさせてくれないから断るわ」
「まぁ・・・話だけでも聞いてくれ。こいつは本国の核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルの発射システムの強制停止キーだよ」
「核・・・あの国の核兵器ってそんなので強制停止が出来るの?」
「あくまでも大陸間弾道ミサイルだけじゃよ」
「なるほど・・・それをなんで、ただのチャイナマフィアのあんたが?」
恵那に問われて爺さんは軽く笑う。
「確かに・・・今はただのチャイナマフィアだが・・・私はかつて将軍と呼ばれていた身分でね。このシステムの開発を指揮したのも私だ。母国の経済が崩壊すれば、国は荒れる。そうなると遺された核兵器は世界の脅威となりかねない。それを危惧した私が、特に危険となるだろう大陸間弾道ミサイルのシステムを統合して、全てのコントロールを一括管理下にする事で最悪の事態が起きる時にそれを食い止めるシステムの組み込みをさせたのだ」
「それが・・・そのブレスレット?」
「そうなる。これにより、ミサイルは全て、自己破壊をして、発射不可能になる。それと同時に核弾頭も無効化されるという仕組みだ。このシステム自体は極秘裏に組み込みをしたから、大抵の奴らは存在自体を知らない」
「それで・・・私に何をやれと?」
恵那は訝し気に尋ねる。
「これを守って、このシステムの作動範囲になる所まで運んで欲しい」
「私は運び屋じゃないわ。この仕事、降りさせて貰うわよ」
「運び屋か・・・それなら手配してある。あくまでも君にはそれを護るだけを願いたいのだが」
「ちょっと・・・割が合わないわ」
恵那は立ち上がった。
「食事はまだ、残っているが?」
爺さんは目の前に並んだ皿を見て、言う。
「もう、お腹いっぱいよ」
恵那はそう答えると扉を開いた。
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