第19話 猟犬達
車を止めたブラウンは田畑と山が見える光景を見ている。
「すげぇ田舎・・・」
彼はうんざりするように呟いた。それを聞いた陽子は笑う。
「関東っつっても、都会から一歩、外に出たら、こんなもんよ。まずは情報を集めましょうね」
陽子は車から降りて、近くの商店に行く。そこには田舎らしく、一人のお婆ちゃんが店番をしている。店の雰囲気は金物や食料、雑貨などがあり、何でも扱っている感じだ。
「田舎のコンビニエンスストア」
ブラウンは笑いながら言う。
「失礼よ。あんたの国の田舎だって、似たような店あるでしょ?」
「おっと、俺、ニューヨーカーだから、知らないね」
「臭い仕事をしているニューヨーカーね」
「ウルセェ。それよりもこんな婆さんに何を聞くんだよ?爪一枚でも剥ぎ取ったら、心臓が止まっちまいそうだぜ?」
「黙りなさい。まずは周辺の普通の人達から、情報を集めるのよ」
「面倒だな」
陽子はアルミサッシのスライドドアを開いて、店内に入る。
「こんにちわ」
「はいはい。何か御用ですか?」
店番をしている婆さんが愛想笑いを浮かべながら、寄って来る。
「えぇ・・・あの山の研究所について、お聞きしたいんですが」
「あぁ、あそこね。何でも国の研究をされているとか」
「国の研究ね・・・こんな人、見掛けませんでした」
陽子は婆さんにタブレットPCの画面を見せる。そこには芹沢の顔写真が載っている。
「あぁ・・・何回か・・・買い物にいらしたわね」
「そう・・・最近はいつ頃?」
「そうねぇ・・・1ヵ月ぐらい前だったかしら」
ブラウンが興味無さそうに店内を物色している。
「へぇ・・・何を買っていったの?」
「あぁ、タバコだよ。これこれ」
婆さんは国産の煙草を取り出して、教えてくれた。
「なるほど・・・ありがとう。これ、買って行くわ」
陽子は炭酸飲料と缶コーヒーを買って、店を出て行く。
「あまりに収穫にならないなぁ」
ブラウンは炭酸飲料を口に含んで、ペェッと吐き出してから言う。
「汚いわね。それに何で、あんたがそっちなのよ?」
陽子は缶コーヒーのプルタブを開けながら文句をブラウンに言う。
「アメリカ人はこっちに決まっているだろ?それで、次はどうするんだ?どうせ、こんな田舎の家を回っても、返ってくる答えは同じだぜ?」
「ふん・・・むしろ、ここに来ている事が解っただけでも大収穫よ。次はあの施設の周辺を探るわ。真正面から向かって行っても、中には入れないだろうしね」
「なるほど・・・山登りでもするって事だな?」
「そうよ」
二人は車を走らせて、研究所の周辺をただ、回った。
その頃、セーフティハウスから脱出した恵那と奥田は救急車を乗り捨て、近くの公園のトイレで着替えをしていた。目立つ特殊部隊の恰好から、どこにでもあるような地味な高校の制服に着替えを終えた二人がトイレから出て来る。白線が二本入った紺のセーラー服を着た恵那と黒の詰襟を来た奥田。
「制服は目立つんじゃないのか?」
奥田が着慣れない詰襟にソワソワしている。
「こんな何処にでもあるようなセーラー服と、詰襟の制服なんて、目立たないわよ。むしろ、没個性が私達の顔まで消してくれるわ」
「そんなもんかねぇ。それよりも詰襟って、むしろ、少数派じゃないか?」
「大丈夫よ。一般人のイメージじゃ、まだ、一般的なんだから」
「そんなもんかねぇ・・・」
「そんなもんよ。看護師のナースキャップとか、現実では廃れた物も、普通の人々の中じゃ、当然あるもんだと思い込んでるわ」
「なるほどね。それで、これからどうする?」
「決まっているじゃない。陽子達と合流するわ。相手がこれだけ強大だと解ったら、情報無しに無暗に突っ込んでも良い餌だからね」
「なるほど・・・あいつらも上手くやっていてくれると良いけど・・・」
陽子は奥田からの連絡で恵那が生きている事を知る。
「あれで生きていたなんてね」
呆れた様子の陽子。
「あんたの友達は戦争映画のヒーローかい?」
「そんな大層なもんじゃないはずだけど・・・正直、あの子の経歴はよく分からないのよねぇ」
「へぇ、あんたぐらい調べものの上手な子が、友達の経歴を調べられないと?」
「中学生までは海外に行っていたらしいんだけど・・・そこの情報がプッツリ無くてね。さすがにヤバいから、それ以上は調べて無いけどね」
「そんなのと友達に良くなれるな」
「そんなのだから、友達になったのよ。普通じゃないってのは武器よ。それに・・・あの子、居場所の無い野良猫のように寂しそうだったから」
「へっ・・・猫を拾ったぐらいの気持ちか?」
陽子はブラウンの顔面を殴る。それもかなりの力で。
「止めてくれ。車を路肩に落とすぞ?」
「変な事を言うからよ。その辺の山の中に車を入れて、隠すわよ」
車を未舗装の山道へと入れる。どんどん、細くなる山道をブラウンは器用に運転して最後は車が停めれそうな空間を見付けて、そこに入れた。
「とりあえず、すぐに使えるようにもしとかなくちゃならないから、偽装はこんなもんかな?」
ブラウンは車を茂みの中に入れて、適当に枝などで車を覆った。
「上等よ。だいたい、そんなボロ、廃車だと思われてもおかしくないわけだし」
「だけど、重要施設の周辺だろ?普通の警備ならこういった廃車なんかは要注意するはずだぜ?」
「あら、そう?日本じゃ、山奥に車が捨てられているなんてよくあるわよ」
「そうかい」
二人は山から出て、周囲の様子を窺う。
「さて、警備員なんてのは・・・巡回している様子はないけど・・・」
その時、離れた場所から車の音が聞こえる。二人は慌てて、路肩の茂みに隠れた。車の数は3台。全部、警察車両だった。
「こんな田舎に三台も警察のワゴン車やら走って来るなんて・・・クマが人でも襲ったか?」
ブラウンは笑いながら言う。
「ふん、そんなわけないじゃない。民間の警備員が銃を持って、ウロウロ出歩けないから、堂々と銃を持って歩ける連中を送って来たのよ。奴等、本気ね」
陽子の予想通り、村の駐在所には15人の警視庁機動隊銃器対策部隊が到着した。
「これは・・・連絡は受けておりましたが・・・凄い事ですね」
駐在している警察官はボディアーマーを身に纏った完全武装した機動隊員に驚く。彼が驚いていると指揮官の男が彼に尋ねる。
「連絡した通り、村人には外に出ないようには伝えていただけたか?」
「はい、今しがた、全員に知らせました。田畑に出ていた人も多かったので大変だったです」
「御苦労様です。これから東京で起きた銀行強盗事件の容疑者を確保するまで、外には一歩も出ないようにお願いします。無論、あなたもですよ。相手は凶悪な犯罪者です。武器も機関銃を持っていますので、大変危険ですから」
「は、はい」
指揮官は駐在を脅すように言ってから、全員を連れて、出て行った。彼等は手にMP5E短機関銃やホーワ1500ボルトアクションライフル銃などを持っている。
「3班に分かれて捜索する。怪しい奴は片っ端から捕まえろ。身元が分かるまで、逃がすな。良いな、油断するなよ。東京で機動隊の仲間をやったやつらだからな。向こうは容赦なく殺しに掛かってくる。そのつもりでやれよ」
指揮官の言葉に全員が威勢良く、返事をする。
陽子とブラウンは研究所の周囲で、どこから忍び込めるかを探っていた。
「ヤヴァイな。斜面が思ったより厳しい。木の間隔が狭いから、敵に発見され難いとは思うが、これを登るのは生半可な装備じゃ駄目だ」
ブラウンは山の斜面を丹念に確認する。道以外の方法で上に登っていくにはかなり困難な感じだった。それにフェンスなども設けられたしているから、これを登るのは意味は無いだろう。
「じゃあ、正面突破か・・・空からって事かしらね?」
陽子は冗談っぽく言う。
「ヘリボーンか・・・悪くないアイデアだが、下から撃たれて終わりじゃないか?」
「戦闘ヘリで制圧してからとか?」
「派手だな。そもそも、そんなの手配が出来るのかよ?」
「さすがに無理ね」
「やれやれ・・・だけど、正面突破と言っても、あの頑丈そうなゲート・・・車じゃ、ビクともしないぜ?」
山の麓にある検問所には頑丈そうなゲートが敷かれ、常に閉じている状態だ。
「戦車があれば、楽勝なのに・・・」
陽子の呟きにブラウンはやれやれといった顔をする。
「それより、どうする?あの検問を突破しないといけないわけだが?」
「何か裏口めいたものでもあれば・・・と思ったけど、これはかなり面倒な話ねぇ。こういう時は業者に扮装して入る込むなんてのがあるけど・・・」
眺めていると、まさにその業者らしきワゴン車がやってくる。ワゴン車には高田食糧なんて書いてあるから、給食か食材でも運んで来たのだろう。陽子は注意深く、動向を窺った。
ワゴン車は検問所の前に停められ、運転手が降りて、検問所で何かを話していた。それから検問所のゲートが開けられ、車が中に入って行く。
「あの業者はどうだ?」
ブラウンは指で銃を撃つマネをする。
「そうね。常套手段だけど・・・使わせて貰うわ」
陽子もニヤリと笑い、彼女達あワゴン車やって来た方へと向かった。
その頃、村に最も近い駅では恵那と奥田が居た。二人は駅の前のバス停に置かれたベンチに並んで座っていた。恵那は必死にパソコンを操作する奥田に話し掛ける。
「さて・・・一時間に一本しか無いバスを待つわけだけど・・・状況はどう?」
「5G回線が使えないから・・・あまりはかどらないよ。ただ、機動隊の銃器対策部隊が派遣されたみたい」
「銃対か。完全武装の特殊部隊を探索に送り込んだってわけね」
「まるで猟犬だな」
「猟犬?ふん・・・ただの番犬よ。獲物に食らい付く牙なんて持って居ないわ」
「すげぇ自信だな・・・警察の特殊部隊にそんだけ言えるのはお前だけだぜ?」
「悪いけど・・・私を倒したかったら、デルタかSASを連れて来なさい」
恵那は涼しい顔で言い放つ。
「周りに誰も居ないからってあんまり強気な事を言わないでくれよ。こんな田舎でも監視カメラはあったりするんだから」
「だけど、それだって、あんたが潰してくれてるでしょ?」
「ちっ・・・スタンドアローンタイプならどうするつもりだったんだよ?」
「それだったら、リアルタイムに確認しているわけじゃないから、怖くないわよ」
「よく、それだけ堂々としていられるな。俺はここに来るまで、冷や冷やだったぜ?」
「何を怯えているのよ。相手だって、隠したい事があるから、全ての警察官を動員が出来るわけじゃないわ。だとすれば、普通の警察官に遭っても、相手は私達の事なんか何も知らないわよ」
「ちっ、それは解っているよ。だけど・・・」
奥田は黙り込んだ。
「それより・・・研究所の情報ね。さっきの連絡だと・・・正面突破しか無いとか言ってたわね?」
「そうだろうな。セキュリティ重視の造りになっている。ハッキングされないようにネット回線も極限られている。物理的に繋がっていない以上、俺にはどうする事も出来ない」
「正面突破ねぇ・・・あまり、利口なやり方じゃないし・・・火力なら向こうの方が上だからねぇ」
「俺は戦力に入れるなよ」
「分かっているわよ。あんたはここに残って、情報収集をして頂戴。これ、用心の為に預けておくわ」
恵那は鞄から一丁の拳銃を彼に渡した。
「ちっ・・・拳銃なんて・・・」
「シグのP230日本仕様よ。初弾を装填してあるから。マニュアルセーフティが付いているけど、飾りみたいなもんだから、掛けなくて良いわよ。あとは引金を引くだけ。32口径だけど、何も無いよりマシでしょ。抵抗せずに嬲り殺しに遭いたいなら良いけど?」
奥田は拳銃を受け取る。
「嬲り殺しね・・・上手く隠れる事にするよ」
そう言い残して、彼はバス停から離れて行く。入れ替わるようにバスがやって来た。恵那は奥田の背中を見送りつつも、バスに乗り込む。
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