第18話 包囲網突破!

 恵那は裸足で歩き回るわけにもいかないので、公園のベンチでどうするかを考えていた。

 「時間が経ったら・・・スマホだけでも取りに戻るか・・・いや、あんだけやたれたら、警察官がずっと警備しているか・・・」

 何ともならない状況だった。金も靴も武器も無い。そして、警護対象は多分、奴等に拉致された。何が目的だったのか知らないが、彼らは目的を達成した。これで、自分は狙われないかもしれない。いや、事情を知り過ぎている。消されるには十分だった。何かをしても、しなくても、多分、自分は殺される。そんな考えが脳裏を巡る。

 これまで、何度もピンチを潜り抜けてきたが、これはそれらに匹敵する程の危ない状況だった。

 陽子達は恵那の位置が解らないので、とりあえず、マンションの近くまで来た。

 「警察がウロウロしているな。多分、犯人に繋がる手掛かりを探っているんだろうなぁ」

 ブラウンは茂みなどを探る警察官の姿を見て、呟く。

 「警察はどうでも良いわ。問題は恵那がどうなっているかね。襲撃したのは芹沢の手下だとは思うけど、何を狙ったのか」

 「美緒って子だろ?」

 「多分・・・ね。だとすれば、用済みの恵那は殺されていても良いはず。それが警察無線で死体の話は無いとすれば、まだ、死体になっていない可能性が高いって事よ」

 「一緒に拉致られたとか?」

 「否定は出来ないわね。そうだとすれば、始末される前に奪還しないと・・・私達がまずい事になるわ」

 「まずい事?」

 「事情を知り過ぎた奴は消されるって事よ」

 「嫌な話だな」

 「この世界じゃ、よくある話よ。オタクにここを襲撃した奴を洗わせるわ。多少、危険でもやって貰わないとまずいわね」

 「それで・・・俺らは?」

 「当初の予定程、時間を掛けていられなくなった。かなり手荒な方法で情報を集めるわよ」

 陽子は眉間に皺を寄せながら、スマホで情報を検索する。

 関東某所

 そこは危険度の高いウィルス研究をする為に厳重な警備が敷かれた医療研究施設だった。小さい山の頂上に造られ、周囲には幾重にもフェンスとコンクリートの壁が設けられ、山一つが要塞のようになっている場所だった。施設へ向かう唯一の道路を5台のセダン車とワゴン車が駆けていく。三つの検問を抜けて、施設に入った車列を迎えたのが、完全武装した兵士と、数名の白衣の男女だった。

 「ふむ・・・覚醒は失敗だったか・・・」

 その中の一人が残念そうな表情で、そう呟く。

 「やはり、情緒面からの覚醒は困難なようですね」

 彼の傍に経つ白衣の女性がそう告げた。

 「ふむ・・・安定的な運用を考えると、理想的なんだがねぇ・・・強制的に覚醒をさせようとすると、また、壊れてしまうんじゃないかと不安だよ」

 溜息をつきながら男は言う。

 「それでも今回はかなりの時間を掛けて、彼女の情緒は育ったと思います。成功する可能性は高くなった可能性も・・・」

 「そうだな。すぐに研究室に運べ。実験の準備を」

 ワゴン車から降ろされたストレッチャーには美緒の姿があった。

 その頃、恵那は公園で呆然としていた。まさか、自分が急転直下で何も無価値になるとは思ってもいなかった。きっと、このままだと、いつか見つかって殺される。そう思っていた。

 「あれ?佐伯じゃん」

 不意に声を掛けられた。慌てて顔を向けると、そこにはバーガー屋でアルバイトをする同級生の正木愛実が居た。

 「あぁ・・・愛実か」

 「何だかボロボロじゃん。どした?」

 「うん・・・仕事でミスってね」

 「それで裸足で公園に居るの?何の罰ゲーム?」

 「五月蠅い」

 愛実はケタケタと笑った。それだけで、落ち込んでいた恵那も笑えてきた。

 「まぁイイや。これ、バーガー。店で新製品だとかで貰ったからやるよ。それと靴も買って来てやるから」

 愛実は右手を出す。

 「すまん。スマホもサイフも無いんだ」

 「そっか、じゃあ貸しね!利子付けて返せよ」

 「あぁ、ありがとう」

 愛実は元気よく走り去って行く。恵那は知らずと頬に涙が伝っていた。

 偶然とは言え、同級生に発見して貰い、靴まで手に入れた恵那はバーガーを口に含みながら走った。まずはセーフティハウスだ。まだ、三人が行動をしているとすれば、そこに奥田が残ってる可能性がある。そうで無くても、色々、必要な道具類も手に入れる事が出来る。まだ、勝負は終わっていない。

 恵那はひたすら走り、1時間でセーフティハウスに到着した。尾行されているとか、そんな事はお構いなしだ。荒々しく、扉を開き、中に乗り込む。

 「げっ・・・佐伯か・・・驚かすなよ」

 「奥田・・・無事だったか。状況は?」

 「状況は最悪だ。お前を襲った連中の目星がついた。陸自の特殊戦団だ」

 「なるほど・・・手際が良かったし、荒っぽいのもそのせいか。それで・・・美緒の居場所は?」

 「確証は無いが・・・この研究所だろうな・・・芹沢が所長を務めている」

 「そこに連れ込まれた・・・ってわけね」

 恵那は壁に設けられた隠し扉を開く。

 「おいおい・・・そんな所に何を隠しているんだよ?」

 「ちょっとした秘密よ。まぁ、違法には違い無いけど」

 恵那はそこから色々と取り出す。そして、着替えを始めた。

 「あんたもこれに着替えなさい。まぁ、そのままの恰好で捕まって陽動してくれても構わないけど・・・助けないわよ?」

 恵那に言われて、奥田も慌てて、投げ渡された着替えを手に取る。

 「しかし、こんな物をどこで手に入れるんだか・・・」

 「色々、技はあるのよ。何処かで役に立つ時が来ると思って、用意しておいてよかったわ」

 恵那は笑いながら、伸縮式警棒を振るう。

 「陽子とブラウンは?」

 「何でも情報を集めるって・・・美緒についての情報が足りないとかナントカ」

 「美緒についての情報ねぇ・・・確かに知りたいわね。私は行くから、何かあれば、このスマホの番号に入れて頂戴」

 「あぁ・・・って、ここ・・・大丈夫なのか?」

 「さぁ・・・怒りに任せて、突っ走って来たから・・・」

 警報が鳴った。それは不審者が警報装置に掛かった証だった。

 「やっぱり・・・お客さんが来たから、歓迎の準備をしないと・・・。さぁ、あんたもウェイターをやりなさい」

 恵那は奥田にも伸縮式警棒を渡した。

 セーフティハウスの入り口付近には地面に加圧センサーが埋め込まれている。それを踏めば、自動的に警報を発する。監視カメラや赤外線と違って、相手に探知され難い。短機関銃を手にした男達は、自分達がすでにそれを踏んでしまってる事に気付かない。彼等は皆、警視庁が誇る対テロ部隊、SATのメンバーだった。静かに、ハンドサインのみで彼らは建物へと近付き、そして突入の為に唯一の侵入口である金属扉の丁番を破壊するためにトーチが用意され、溶融切断を開始した。

 その様子を近くに停めた指揮車で見つめる指揮官は苛立ちを覚える。

 「ちっ。思ったよりも頑丈そうな扉だと思ったから、バリスティック・ブリーチングじゃなしにトーチを用意したが・・・時間が掛かるな」

 横に立っていた参謀が苦虫を噛み潰したような表情をする。

 「仕方がありません。あの扉、見た目以上にしっかりしています。爆薬を仕掛けても一回じゃ、破壊が出来ませんよ」

 「対戦車ロケット弾でも貰ってくればよかった。倉庫とは言っても、完全に窓が無いからなぁ。いっそ、換気口を探してそこから催涙ガスでも流し込んだから良かったかもな」

 「換気口もかなり念入りに作られていて、外からガスが入らないそうですよ」

 「前から・・・この建物については調べてあったみたいな口ぶりだな?」

 隊長は副隊長を睨む。彼はこの副隊長が嫌いだった。影で何をやっているか解らない。今回の任務も警視庁総監より直々の命令ではあったが、この男は事前に全ての情報を用意していた。仕事が出来るとかってレベルじゃない。

 「密輸された銃火器が集められているという噂がありましたので・・・」

 「俺は聞いていないし、それは刑事部の仕事だ」

 「いえ、刑事部の知り合いから・・・」

 「黙れ・・・とにかく、この仕事を終わらせる。それだけだ」

 無駄な問答をしている暇は無い。部下達は突入するために必死なのだから。だが、この胡散臭い部下だけはいつか始末してやる。そう心に留める。

 トーチによって、扉のヒンジ部分が溶かし切られようとしていた。誰もが後、少しで突入だと気負った時、建物内部から爆発が起きた。それは建物全体を吹き飛ばすような爆発で、重たい金属の扉も中からの爆風で吹き飛び、ヒンジ部分が千切れて、その前で作業していた隊員達事、吹き飛んだ。

 「こちら、突入班!作業中の5人が扉の下敷きになっている。すぐに救助を!」

 建物至る所から黒煙が上がる。

 「自爆?」

 隊長は唖然として呟いた。

 「すぐに建物周辺の警戒を。これを隠れ蓑にして、逃げ出すつもりかも」

 副隊長がすぐに叫ぶ。それに我に返った隊長は同様の指示を出した。

 負傷した隊員を救助するのに現場は慌てた。だが、狙撃の為に四方に配置された狙撃隊員達は鼠一匹逃さないように建物周辺をスコープで探った。だが、建物周辺には動き回るSAT隊員や警察官ばかりで、とても、容疑者と思われるような不審人物の影は無い。

 「建物に突入しろって?まだ、中から煙がいっぱい出てますよ?火災が発生している可能性が高いです!」

 SAT隊員が無線に対して怒鳴る。副隊長が兎に角突入しろと五月蠅いのだ。

 「あの野郎、俺らに黒焦げになれって言ってやがる。生きて帰ったら、絶対に殺してやる」

 「班長、警察官の言葉じゃないですよ」

 部下が笑った。

 「ウルセェ。中にはまだ、容疑者が生きている可能性もある。訓練通りにやれ。突入!」

 短機関銃を持った隊員達が建物へと突入する。中は煙が充満して、ガスマスク無しだったら、とても入れる場所では無い。

 「視界不良!探索は困難です!」

 先頭の隊員が無線機で言う。とてもハンドサインでやり取りするような状況じゃなかった。

 「わかっている。もう少しだけ、中を探索したら戻るぞ」

 突入命令を受けて、入っているのだから、せめて、中の状況を確認が出来るまでは入ろうと班長は部下に指示を出した。そして、5人の隊員達はゆっくりと中へ入った時、再び爆発が起きた。

 隊長はその爆発を見て、絶望的になった。

 「くそっ、見ろ、大変な事になったぞ。何で無理して突入をさせたんだ?」

 隊長は副隊長の無茶苦茶な指示を驚きの余り、見過ごしていた。危険だとは思ったが、容疑者を確保しなければならないとも思ったからだ。

 「まさか・・・」

 副隊長も驚いているようだ。

 「すぐに救出だ。消火装備を用意して、突入に備えろ」

 「ガガガガ・・・こちら、突入班・・・聞こえるか?」

 その時、無線機に突入班を名乗る声が入る。

 「こちら本部。大丈夫か?」

 「仲間がやられた。二人・・・二人だけは動ける。これより脱出する」

 「支援する。終われ」

 二人、生存者が居た。絶望的な爆発ではあったが、何とか二人が黒煙が上がる建物から出て来る。

 救援に来た仲間の隊員達が二人を囲む。ガスマスクを外させようとするが、彼らはそれを拒み、すぐに救急車の方へと歩んでいく。それを妨げる者など誰も居ない。銃も持ったままだが、彼らは用意されていた救急車の荷台へと乗り込む。救急隊員はすぐに彼らに寄り、やはりガスマスクなどを外そうとした。

 「黙れ・・・死にたく無かったら、このまま、車を発進させろ」

 女の声がマスク超しに聞こえ、救急隊員の腹にはSATが使用しているシグ・ザウエルP228R自動拳銃が押し付けられる。

 「その人、ヤヴァイ人だから、逆らわない方が良いよ。殺すの何とも思っていないから」

 もう一人の隊員もMP5短機関銃を他の救急隊員に向けている。彼等は緊張した面持ちで救急車に乗り込み、二人を乗せたまま、現場から発進した。

 その後、消火活動に手間取り、建物内部への侵入が出来たのは火災発生後3時間余り後の話だった。残されたSAT隊員達を確認するために入った消防隊員とSAT隊員だったが、そこに残されていた焼死体は5体。いずれもSATの装備を身に纏っていた。この事から先に脱出をした2人の隊員の身元を確認すべく、消防に確認をしたが、彼等を乗せた救急車との連絡が取れないままになっていると報告を受けただけだった。

 「ボディガードの小娘を逃した?」

 この報告を受けた鈴木総理大臣は怒りを露わにする。

 「自衛隊が逃して、警察も逃したのか?何をやっているんだ?」

 その叱責を受けるのが、伏屋官房長官だった。

 「すいません。まさか、あれだけの戦力を投入して、逃げられるとは思わず。現在、公安と警視庁が全力を持って、捜索をしていますが・・・」

 「あまり・・・事態を大きくするな。事が世間に流れたら・・・内閣総辞職ぐらいじゃ足りない事になる」

 「分かっております。全ては極秘裏に動いておりますから」

 「本当に頼むぞ・・・俺はこの座に着いてから聞かされた話ばかりだから、本当にこの件に関わるのは嫌なんだ。くそっ、とんだ貧乏くじを引かされた」

 総理大臣は疲れたように席に座った。

 「大統領にホットラインを繋いでくれ」

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