第17話 略奪

 陽子とブラウンは再びセーフティハウスまで戻って来た。井上事務次官の家では派手にやったが、当然ながら、事件としては表沙汰になっていない。事態が事態だけに表沙汰にはならない。それは陽子が踏んでいた通りとなっている。

 「さて・・・新人類計画の事は何となく解ったけど・・・ディアン大尉の事は大丈夫?」

 陽子は不安そうにブラウンに尋ねる。

 「あぁ、多分、大丈夫だろう。べレンジャー少佐ってのはかなり堅物で約束は違え得ないらしい」

 「・・・まぁ、そうなら良いけど。井上から聞き出せたのは新人類計画の触り程度。ディアン大尉がどこまで詳細を知っているかがポイントよねぇ」

 「あぁ、そんなアテにならない話より、井上から聞き出した芹沢って研究者の事なんだけど・・・」

 二人の話を聞きながら奥田はパソコンで調べていた。

 「何か解ったの?オタク」

 「かなりスゴイ研究者って事だけ」

 「意味が無い」「まったくだ」

 陽子とブラウンがガッカリした様子を同時にする。

 「ふん、そこから色々と調べて、奴が現在、どこで研究をしているかの場所を突き止めた」

 「そんな簡単に突き止められるの?」

 陽子が素直に驚く。その様子を見て、奥田が笑う。

 「いや、簡単な事さ。本人の短文投稿サイトに上げている画像から、割り出した」

 自撮りや風景などを撮影した大量の画像からその背景などを頼りに合致する場所を割り出す。当然ながら、人間技じゃない。そのようなアプリを作り、走らせることで自動的に場所が割り出される。奥田はそれを一人で開発した事になる。

 「何だよ。自分で場所を晒しているのか。くだらない。とっとと、場所を教えろ。まったく・・・」

 それがどれだけ凄い事なのをまるで考えようとしない陽子。奥田は少し承認欲求を躱された感じがして寂しかった。それでも言われた通りに彼女達に芹沢の居場所と彼に関する個人情報を教える。

 「芹沢信夫・・・53歳・・・元はあの有名な大学で研究してたんだ。それから転々として、今の研究所に至るわけね。この研究所の警備もセントラル警備?」

 「あぁ、その通り。だからこの間、ハッキングした時、バックドアを用意したのが役に立った。警備状況とかを調べておいたよ」

 「じゃあ・・・忍び込んで、こいつを締め上げたら・・・私達の勝ちね」

 陽子はやる気満々だった。それに水を差すように奥田が考えを言う。

 「ただ・・・計画の全容が明らかになっていない。そもそも・・・何故、こいつは大事な検体をボディガードに預けて、それを襲撃するかだ。あまりに納得がいかない。普通に考えたら、不合理過ぎる」

 「不合理ね・・・その辺に鍵がある気がするわ。どんな事にも意味が無い事など無い。それが手間暇掛かっていればね。きっと、彼にとって、この事がとても大事な儀式みたいなものなのよ。この計画を完成させるための大事な儀式。その生贄が・・・恵那って事になるのかも。恵那を生贄に・・・あの娘の身体に神が宿るのよ」

 「なるほど・・・あまりに不気味な話で、僕はそんなオカルトな話題は大好物だけど、それに絡んで死にそうになるのは勘弁だね」

 奥田はそう言うとブラウンは笑う。

 「それより・・・この事を恵那に伝えておいて・・・私達は芹沢を潰すから」

 「あぁ・・・狩りの時間だ。こいつを使え」

 ブラウンは数丁のM9自動拳銃と予備弾倉と弾を出した。

 「BARで沢山、落ちていたから拾ってきた」

 陽子は拳銃を取り上げる。使い込まれた感は多いが、作動はスムーズ。

 「武器が足りなかった所よ。助かるわ」

 「本当は自動小銃ぐらい欲しかったが・・・さすがにそこまでは・・・」

 「無い物強請りはダメよ。拳銃だけでも構わないわ」

 陽子は拳銃を学生鞄に詰めた。ブラウンも腰や腋に提げたホルスターに持てるだけの拳銃と弾倉を入れて、弾丸をポケットに詰め込んだ。

 「さぁ・・・ちょっと行って来るね」

 陽子はまるで何処かに遊びに行くような笑顔でセーフティハウスを後にした。

 陽子達の動きに関して、まったく知らされていない恵那は状況が分からない事で不安を感じていた。ソワソワとした雰囲気で彼女はいつでも拳銃を抜けるように準備をしている。情報は最大の武器だ。銃など、最後に相手を殺す道具でしか無い。全ては情報が左右する。何も知らないということはその武器を持たないという事だ。

 「さて・・・あのバカ達。騒ぐだけ騒いで、こっちに情報を寄越さないなんて・・・折檻物ね」

 テレビのニュースには陽子達の事は流れない。それは彼女達が対峙している勢力の関与があるからなのはすぐに解る。だが、それでも隠し切れない事故などは、それとなく流れていたりする。だから、恵那には陽子達が暴れている事が解った。

 こんな状況なので、学校に通えないが、それは後で補習を受ければ大丈夫。問題はこれがいつまで掛かるかだ。さすがに単位を補充する事が出来ない所まで落とせば、留年である。仕事を掛け持ちしている生徒は多いから、留年する輩も多い。しかし、やはり同級生よりも1歳でも老けているのは恥ずかしいわけだ。だから、恵那は早くこの事態を解決したいと思っていた。

 「相手も苛立っているでしょうね。本当ならば、もっと早く、全ては終わっていたのだから。だけど・・・相手は何を求めているのかしら?この子を返して欲しいだけなら、契約を打ち切れば良いだけだし・・・」

 恵那はそんな事を考えながら、卵焼きを作っている。卵焼きはほんのりと焦げ目がついて、美味しそうな焼き上がりとなっていた。

 「朝は久しぶりに和食にしたけど・・・」

 美緒は起き上がって、着替えを終えていた。私服がないので、制服を着ている。恵那の服を着せても良かったが、生憎と彼女はあまり服には無頓着で、余分があまり無かった。今思うと、さすがにそれは女子力というのが無さ過ぎたかと反省する。

 「さて・・・今日も一日、何事も無く、無事に済みまっ」

 恵那は祈るようにいつも通りの願いを口にした瞬間、外で爆発音がした。微震を身体に感じつつ、その爆発音が爆薬であると確信する。耳を凝らし、全ての意識を集中して情報を感知する。

 「一階・・・エントランスを吹き飛ばしたのか?」

 恵那は拳銃を片手に美緒を抱き寄せる。

 「い、一体、何が・・・」

 美緒はただ、怯えるばかりだ。

 「黙ってなさい。襲撃を受けているわ。いきなり爆薬を使うなんて非常識にも程があるけどね」

 エントランスを爆破されたとなれば、そこに常駐している警備員もすでにやられている可能性が高い。そうなれば、ここの警備は実質、無いに等しい。異常に気付いて、応援が本社から来るとしても、かなりの時間が掛かるだろう。

 「奴等、10分で片付けるつもりね」

 恵那はとにかく耐えるしかないと思った。相手はすでにこの部屋も嗅ぎ付けているはず。一気に襲い掛かって来るだろう。扉に銃口を向ける。刹那、ベランダの窓ガラスが爆発する。防弾仕様になっている掃き出し窓のガラスも、耐え切れぬ量の爆薬の爆風で恵那と美緒を吹き飛ばす。飛び散った破片で二人は傷だらけになる。

 「動くな」

 ベランダから入って来たのはヘリでラぺリングしながら降りて来た完全武装の兵士が二人。そして、扉も破壊されて、数人の完全武装の兵士が入って来る。皆、覆面を被り、手には消音器付のMP7PDWを手にしている。とても拳銃一丁でどうにかなる状況では無かった。

 「どうするつもり?」

 恵那は彼等を睨む。

 「銃を捨てろ。そして、床に腹這いになれ。両手両足は大きく広げるんだぞ」

 恵那は言われた通りに拳銃を床に置き、腹這いになる。

 「え、恵那さん、うっ」

 美緒は男達に何かの薬品を嗅がされて、意識を失う。恵那は死を覚悟した。このような状況で殺されないとしたら、ラッキーな方だろう。一か八か抵抗しようか。生き残るにはそれしかない。身体は強張る。たった一つのミスも許されない。

 まずは体勢を整えながら、相手を一人、倒す。うつ伏せで大の字にさせるのは相手が自分達の位置を悟らせないため、武器になる物を持たせない。または反撃の為の動きをさせないため。すなわち、この体勢にした段階で奴等の心には全てが終わった感じがあるはずだ。すなわち隙がある。相手の位置など、その重たいブーツで歩いていれば、静かに歩いたつもりでも音はする。それで大体、解る。

 恵那は勢い良く、クルリと体を横に回す体は仰向けになった。奴等の銃口はこちらに向けられているだろう。だが、動きを止めない。咄嗟の動きに合わせて撃てるほど、人間の反射神経は簡単じゃない。すでに相手の位置は予測していた。一番身近に立っている男の腕に両足を絡ませて、上半身を腹筋の力で上げる。彼の短機関銃はすでに左腋に挟まっている。そのまま奴の両目に指を突っ込む。ゴーグルをしていないのが奴等の欠点だっただろう。悲鳴が上がる。同時に彼は慌てて、引金を引いてしまった。いつでも撃てるように安全装置を掛けていなかったのも災いした。弾丸は周囲に立っている男達の身体にも着弾する。その場は混乱した。恵那は美緒を見る。だが、美緒はがっちりと敵の一人が抱え込んでいる。

 「畜生!」

 恵那は逃げる事に集中した。奴等が破ったベランダ側の窓を飛び出し、そのまま、ベランダから飛び降りた。ここは5階だ。誰もが自殺だと思った。だが、恵那は落ちる瞬間、ベランダの柵を左手で掴み、身体を建物側へと近付ける。そして、その勢いを殺すことなく手を離した。体は下の階のベランダに落ちる。転がるように落ちた恵那は痛みを堪えながら、窓を叩く。だが、住人はそこには居なかった。

 恵那は運が無いと思った。防弾仕様のガラスを叩き割る事は出来ない。火災用の脱出シュートはあるが、そんなのを使えば上から狙い撃ちにされる。いつ、奴らがラぺリングで降りて来るとも限らない。恵那は立ち上がり、備えた。

 その時、ヘリのプロペラ音が聞こえる。恵那はまずいと思った。上から一機の大型ヘリが降りてきた。飾られた塗装こそ、民間機を意識した派手なものだが、中身は軍隊で使われている輸送ヘリだった。

 「ブラックホーク!」

 恵那はやばいと思った。ブラックホークと呼ばれる軍用ヘリには軽機関銃を装備する事が出来る。並の民生用ヘリとは違う。彼女は咄嗟にコンクリートの床に伏せた。その瞬間、激しい銃撃がベランダに加えられる。機関銃の大口径ライフル弾が防弾ガラスも壁も関係なしに穴だらけにしていく。弾丸の風圧だけで、恵那の身体は引き裂かれそうな痛みを感じる。だが、それでも耐えるしかなかった。とにかく、この場から逃げる。恵那は必死に匍匐前進していく。何度も銃弾が頭の上を過ぎ去る。いつ死んでもおかしくない。何秒の事だっただろうか。それは永遠にさえ思えたが。

 「終わった?」

 銃撃が止んだ。弾切れか。それともラぺリングで敵が上階より降りて来るのか。恵那はとにかく対応するしか無いと思って、四つん這いにする。するとヘリのプロペラ音が遠ざかるのが解る。代わりにサイレンの音が聞こえた。どうやら警察がやって来たようだった。

 恵那はこの状況で警察官に捕まるの厄介だと思って、マンションから逃げ出す事を決める。靴も無い状況だが、何とか、一階まで降りて、駆け付けた警察官達が破壊されたエントランスを見て呆然としている横を擦り抜けた。

 暫く、走り、近くの公園のベンチで休憩をした。状況が状況なだけに武器もない。金も無い。身分証明証も無い。本部に行くという手もあるが、現状で本部もどこまで安全か分からない。本部にも裏切り者は居る。そいつに殺される可能性はあるのだ。だとすれば、まずは陽子達と合流して、情報を得るのが先決だろう。だが、そうするにも移動する手段が無かった。

 その頃、陽子はブラウンの運転でとある場所に向かっていた。

 「相変わらず、お前が用意する車は安っぽいな?」

 ブラウンは不満たっぷりにハンドルを握る。彼らが乗る車はスバルディンゴという乗用ワゴン車だ。軽ワゴン車そのもののデザインでありながら、乗員定数の多さ、セパレート式四輪駆動など、優れた性能を秘めた古いワゴン車だ。遥か昔に製造なんて終わっている完全なレトロカーだった。

 「黙って運転しなさい。知り合いの板金屋のオヤジから強引に奪って来てあげたんだから」

 「へいへい。それで、場所は合っているだろうな?」

 「オタクの情報が確かなら、私達の目的地はココ。ザナップスバイオテクノロジー研究所。表向きは食料生産などを研究している事になっているけど、実績はゼロに等しい。何かを研究しているようだが、ネットワークは完全に遮断され、独立した謎の施設。怪しさ満点でしょ?」

 「本当だな。そんな所に二人で入れるのかよ?」

 「バカね。入らなわよ。まずは情報収集。上手く、芹沢の行動パターンが読めたら、拉致って終わりよ。幾らなんでも研究所の中でずっと生活する馬鹿は居ないでしょ?」

 「なるほど。ご機嫌な話だ。そいつを拉致る前にどんだけの奴等が悲鳴を上げるかと思うと、興奮するね」

 陽子はジト目でブラウンを見る。

 「あんた、そんな趣味があるの?」

 「おいおい、止せよ。俺は紳士だぜ?そんなサディスティックな感性は備えていたいないぜ。むしろ、あんただろ?」

 「バカね。私だって、そんな趣味は無いわよ」

 「えっ?でも、俺らを叩きのめす時も笑っていたような・・・」

 「笑うも何も所詮、仕事だから、楽しんでいるだけよ」

 「怖い女の子だ・・・日本の将来を憂うね」

 その時、陽子のスマホに着信が入る。それは奥田からだった。

 「なに?」

 「どうやら佐伯のマンションが襲撃されたようだ。佐伯のスマホも応答が無い」

 「なに?恵那・・・殺されたの?」

 「分からない。僕も偶然、ネットの速報で見て、慌てて確認しただけだから」

 「状況は?」

 「映像で見る限り、マンションの一階が吹き飛ばされて、佐伯の部屋周辺が派手に壊されている感じ」

 「負傷者の情報とかは?」

 「調べたけど、警察にも救急にも搬送情報は無いね。無線を確認しているけど、死体があったという話も無い」

 「OK。どうやら、厄介事が増えたみたいね。まずはそっちをやっつける。オタクは情報を吸い上げて、精査してから、逐一、私に頂戴。芹沢の野郎。こっちの動きを察知して、先に手を出して来たって事ね。なかなか面白い事してくれるじゃない」

 陽子は即座にブラウンに目的地変更を告げる。

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