第14話 襲撃・襲撃・襲撃

 「まずは・・・拠点の確保ね。どうせ、このマンションはあいつらにマークされている。出た瞬間から狙われるわよ」

 「だったら、マンションに居た方が・・・」

 「バカね。いつまでもマンションが安全なんて、誰が決めた?幾ら警備が厳重でも、やり方なんて、幾らでもあるわよ」

 陽子達が歩き始めようとすると、前から住人らしき女性達が歩いて来る。陽子はその様子を見て、腰に手を伸ばした。

 「あんたが、変な心配するから、呼び寄せたようよ」

 陽子は小声で言ってから、右手を引き抜く。そこには特殊警棒が握られていた。

 カシャン

 軽い音と共に警棒が延びた時には3人の女性が手に消音器付の小型自動拳銃を握っていた。陽子は真っ先に先頭の若い女性が銃を構える前にその顔面に警棒を振り下ろす。そしてその女性を盾にして二人目の中年女性のコメカミに一撃を加える。最後尾の中年女性は突然の事に慌てたのか、発砲したものの、銃弾は天井を穿つだけだった。陽子は警棒を振るい、その拳銃を持った腕を横に払い除ける。そして、盾にした女性を投げ付けて、倒す。その様子に慌てて、エントランスの警備員も寄って来た。陽子は彼を体術で投げ倒す。

 「オタク!駐車場へ走れ」

 陽子に怒鳴られて、奥田は駆け出した。陽子も後に続く。どれだけの暗殺者がこのマンションに入り込んでいるかわからない。

 正面入り口を突破して、駐車場に出る。どこから狙われているかわからない。まずは物陰に隠れた。どうするか思案していると声が掛けられる。

 「おい、車が居るなら、ここにあるぜ?」

 見ると、さっきの運転手だ。

 「あんた・・・まだ、逃げてなかったの?」

 陽子は呆れたように言う。

 「冗談じゃない。どこに逃げろって言うんだ?あんな街中でぶっ放すヤバい奴等に喧嘩を売ったって言うのに」

 「あら?所詮、民間軍事会社でしょ?契約が切れた終わりじゃないの?」

 「普通はな。ただ、今回はかなりヤバそうな感じだ。俺の中で、デッドラインを越えた気がするんだ」

 「良い勘ね。その通りよ。あんたは国家的な犯罪行為の片棒を担がされて、その挙句に裏切者として処分されるのよ」

 陽子の言葉に男は驚く。

 「本当かよ?くそっ、簡単な仕事の割りに金が良かったと思ったから変だとは思っていたんだ。マークスの野郎。帰ったら、ぶっ殺してやる」

 「あんたが貧乏くじを引いたのは良いけど、車ってあの事故車の事?」

 「あぁ、ボロボロだけど、走るぜ」

 「すぐに警察にマークされるし、目立ち過ぎよ」

 陽子は呆れたようにボロボロの事故車を見た。

 「じゃあ、さっき、あんた達を襲った奴等の車は?」

 「見ていたの?」

 「なんだか、おかしな女達が突然、来たからな。外からずっと見ていた」

 「どうやって、警備員をすり抜けたの?」

 「なにか、変な紙を警備員に渡していたな。そしたら、ノーチェックだった」

 陽子はなるほどという顔をする。

 「それで、中年の男が一人、エントランスに居たけど、そいつが手引きしたの?」

 「男は女よりも先に来たよ。慌てて、来たって感じだ」

 「俺の事を話しているのか?」

 陽子は警棒の柄を握りながら振り向く。そこにはさっきの男が立っている。

 「悪いな。ゴタゴタしてしまって。あの女達はうちの警備員が確保した。すぐに警察に引き渡すよ。それと、これ」

 男は陽子の拳銃を取り出した。

 「ありがとう」

 陽子はそれを受け取る。

 「あの女達は何者?警備会社所有のマンションに拳銃を携帯したまま、入れるって?」

 「あいつらの持っていた紙は、うちの会社の正式な書類さ。マンション内の調査をするってな」

 「偽物じゃなくて?」

 「偽物・・・なら、すぐにわかるよ。確認したら、うちのネットワークにもそれらしき情報が書き込まれていて、警備員はノーチェックで通したのさ」

 「面白いわね。恵那の敵は・・・身近に居るのかしら?」

 「俺にはそれ以上は何とも。内部調査をするのは別の課の仕事でね」

 「サラリーマンは大変ね。隣に犯罪者が居ても、我慢しないといけないなんて」

 「お嬢ちゃんも、社会人になれば、わかるよ」

 男はそう言って、再び、去って行った。

 「さて・・・無事に拳銃は手に戻ったから行くわよ」

 陽子は運転手の男に向かって言う。

 「さっきの女の車を奪うのかい?」

 「当然じゃない」

 運転手の男は器用に車のロックを外す。最近の車は軽四でも、セキュリティが標準となっている。普通に鍵で解除しただけでもエンジンキーシリンダーにキーを挿すとエンジンが掛かるまで、アラームが鳴ったりする。ましてや、これから男がやるのは盗みだ。女達が乗って来た車は少し古い小型乗用車。軽四よりも安く売られたモデルだ。

 「これならチョロい」

 「あんた、器用ね。泥棒もやっていたの?」

 陽子がそう言うと、男は嫌そうな顔をする。

 「そんなわけあるかよ。戦場で車を調達するためのテクニックだ」

 「民間軍事会社は戦場で自動車泥棒もするわけ?」

 「死なないためのテクニックだろ?車を失って、徒歩で歩いていたら、どこかで野たれ死んでしまう」

 そんな事を言っている間に彼は車のエンジンを掛けた。

 「そう言えば、あんた、名前は?」

 「ブラウンだよ!覚えておけよ。畜生」

 ブラウンがハンドルを握り、車は発進を始める。

 「さて・・・どうせ、追跡者が居るわ。適当に振り切って」

 陽子の言葉にブラウンは嫌そうな顔をする。

 「簡単に言ってくれるぜ」

 ブラウンは車の速度に緩急を付けたり、無意味に停まったりして、追跡者を炙り出す。

 「やっぱり・・・1台。白色の安っぽい国産セダン」

 「スマホで画像を押さえたよ」

 奥田がスマホの画像からナンバーの数字を読み出し、陸運局の登録から検索する。

 「持ち主は、都内の会社のようだけど、会社情報にヒットして来ないから、実体の無いペーパーカンパニーだな。確実に敵だ」

 「あれを吹っ切りなさい」

 「わかったよ!」

 ブラウンは一気にアクセルを踏み込んだ。

 キキィイイイ。派手なスキーム音を鳴らして、車は尻を振りながら住宅街へと入って行く。追跡者の車も慌てて、加速してきた。

 「追い掛けてきたわよ!」

 「俺は運転が専門じゃないし、なんで、この車、カーナビが搭載して無いんだ?」

 ブラウンが不満を言う。

 「カーナビならスマホを貸しましょうか?」

 奥田がスマホを取り出す間も与えず、車は滑りながら住宅街の道路を右へ左へと走り回る。途中で自転車や歩行者に当たりそうになったり、出会い頭で衝突しそうになりながら、車は速度を緩めない。

 「し、死にます!死にます!」

 奥田は必死に頭を下げて、叫んでいた。

 「うるせぇよ!そいつ黙らせろ。本当にぶつかりそうだ」

 ブラウンも必死だ。ハンドルにしがみつくようにして運転している。

 「黙れ、クソオタク。後ろの奴は大分、引き離したわ。その辺で隠れてやり過ごせない?」

 その瞬間、急ブレーキで後ろを見ていた陽子も前の座席の後ろに押し付けられる。

 「いったーい!何よ?」

 「行き止まりだ?こんな所でよ!」

 ブラウンは後ろを振り向きながら、車を一気にバックさせようとする。だが、そこに道路を塞ぐように白いセダンが停車した。

 「やられた!」

 ブラウンが叫ぶ。陽子は拳銃を抜いた。そして、ブラウンに聞く。

 「あんた、拳銃は?」

 「さっき、あんたに捨てられたままだ」

 「使えない奴ね。ほら、これで、あんたとオタクぐらいは守りなさい」

 陽子は特殊警棒をブラウンに投げ付けて、車から降りた。向こうの車からも男達が次々と降りて来る。その手には消音器付の大型自動拳銃だ。

 「やる気満々じゃない?殺さずにはいかないわよ」

 陽子は相手を見据えて、拳銃を構えた。

 奥田は車の座席の足元で蹲る。ブラウンも運転席で後ろを見ながら成り行きを伺った。陽子は真っ直ぐに相手に向かっていく。その様子に敵も警戒する。

 「あんた達!何者なの?」

 陽子は大声を張り上げて、尋ねる。だが、返事は拳銃の銃口だった。相手の銃が水平になる時、陽子の拳銃が火を噴いた。戦いは先手を取った者が有利だ。先に放たれた弾丸は車を盾にした男の右目を捉えた。頭や身体は防弾出来ても、目は防弾ガラス採用のゴーグルぐらいしか無い。それだって、人が携帯出来るサイズには限りがる。防弾ヘルメットに装着しているのが最大とも言える。簡単に言えば、シューティンググラス程度のメガネでは拳銃弾の直撃に耐え切れるわけがない。

 陽子の放った弾丸は彼の眼鏡を破砕して、その眼球を貫き、脳を貫く。その間に衝撃によって変形した弾丸は彼の頭の中を大きく抉りながら、最後に頭蓋骨を破り、大きな穴を後頭部に開けて、飛び出す。その勢いで、潰れた脳から脳髄と血液が一気に噴き出す。

 男達は最初に隠れていた方が狙われて、少し動揺したようだ。てっきり前に出た方が狙われると思ったのか、そいつは撃たずに飛び退いていた。だが、これは陽子の狙い通りだった。奴等は決められた動きをしたまでだ。前に出る奴は囮で、そっちに陽子が食い付ている間に後方に陣取った奴が狙撃する。そんな狙いはお見通しだ。だから、難しい後ろの奴から喰った。次はすぐに反撃をしようとする右の男。こいつも陽子から見て、右側の方が狙い難いことを知っての動きだ。だから、先にやる。それだけだ。

 銃声が響き渡る。男は喉を撃ち抜かれて仰け反るように倒れた。首も人間にとっては急所だ。銃で撃たれた場合、気道に穴が開く事で息が出来ないのと、動脈を切れば命に関わる出血となる。さらに首の後ろは神経が集中しているし、首の骨がある。どちらを断たれても、自力で動く事は不可能になる。だが、首は大きな可動部でもあるために大事だと解っていてもなかなか防弾などをする事が困難な場所でもあった。

 最後の一人は他の二人の様子など見ている間も無いだろうから、自分の職務を達成すべく、狙いを陽子に定める。陽子は身を翻し、その銃口から逃れる。銃というのは銃口から弾が発射されてしまえば、その弾道の先にさえいなければ当たる事は無い。そうした物だ。すなわち、銃口から逃れていれば当たる事は無い。陽子はステップを踏むように小刻みに動き、そして、スラリと伸びた右腕の先にある拳銃が火を噴いた。弾丸は狙うに必死だった男の鼻を撃ち抜く。鼻も人にとっての急所だ。その奥には脳にとって、最も重要な下垂体がある。ここを撃ち抜かれたら、死ぬしかない。

 陽子は三人を仕留めた。それは1分以下という早さで。

 「俺、あんたと本気で撃ち合いしなくて良かったと今、改めて思ったよ」

 ブラウンが車から降りて来て言う。

 「あら?そう・・・そいつらの銃を奪って頂戴。それと車もいただきましょう」

 「死体はこのままで良いのか?」

 「あれだけの組織なら、そっちも上手くやるでしょ?」

 「なるほど」

 ブラウンは納得して、倒れた敵から拳銃と予備弾倉を奪い取った。

 「ちょうど、三丁あるから、ほれ、お前も持っておけ」

 ブラウンは奥田に拳銃を渡す。

 「すげぇ。本物かよ?」

 奥田は珍しそうに拳銃を触る。

 「何だよ?拳銃は初めてか。下手に引金を触るなよ。暴発の流れ弾で死ぬなんて最低だからよぉ」

 ブラウンは慌てて奥田から離れた。奥田はとりあえずデイバックの中に拳銃と予備弾倉を入れて置く。

 「準備は出来た?行くわよ」

 襲撃してきた男達が乗ってきた車に三人は乗り込む。今の銃声で付近の住人達が通報したのだろう。パトカーのサイレンが五月蠅く鳴り響く。

 「この車もどこかで換えないとね」

 「まぁ、どうせ、追跡装置が装着してあるだろうしな」

 車を安全運転で走らせて、近くのシッピングセンターに止めた。そこからは徒歩で暫く、移動する。

 「さて、普通なら、あれだけの事件を起こせば、警察がウロウロしてそうなもんだけど・・・まるで、平穏ね」

 「日本の警察ってのはこんなもんなのか?」

 ブラウンはのんびりしたように言う。

 「バカね。日本の警察はひき逃げ程度でも10キロ範囲の道路を封鎖するぐらいよ。殺人事件なら、今頃、警察官総出でやっているわよ」

 「じゃあ、これは上に圧力が掛かっていると?」

 「多分、そうでしょう。現場警察官は動き回るでしょうけど、すぐに鎮静化されるわ。その間に私達は敵の目を掻い潜って、セーフティハウスへと入る」

 陽子達はバスや地下鉄を使って、目的地の近くへと到着した。

 「尾行も無かったし、全ては問題が無しね」

 陽子がそう言うと、奥田が口を挟む。

 「もし、人工衛星で追跡されていたら?」

 「人工衛星・・・ねぇ。そんな独占的に使える人工衛星があるの?」

 「限られているけど、国家規模な相手なら可能かと」

 陽子は空を見る。

 「雲一つ無いわね」

 「今時、雲があっても、透過して、ある程度は見えるよ」

 「じゃあ、聞くけど、人工衛星から逃れる手は?」

 「人工衛星を管理する施設へのハッキング、クラッキングかなぁ。さも無ければ、車などを使って欺瞞をするか」

 「欺瞞?」

 「幾ら人工衛星が高性能って言っても、所詮は光学式か電波式程度の話。建物の中などは透過して見ることは出来ない。だから、車を使って、相手にこちらを特定できない状態を作って、攪乱する。すると相手も複数の目標を一機の人工衛星で監視をする事は困難だから、隙が出来るというわけ」

 奥田は自信満々に答える。

 「オタク・・・良いアイデアかもしれないが、そんな力は我々には無いわ。まぁ、ブラウンが一人で盗んだ車で走り出して、どことでも走り去った挙句に敵に射殺されてくれるなら別だけど」

 「何気に酷いな」

 ブラウンは不満そうな顔をするが陽子はそれを無視する。

 「じゃあ、どうするのさ?」

 「ふーん、そこまでやっているとは思えないけど・・・リスクは削るべきよねぇ」

 陽子は周囲を見渡す。

 「じゃあ・・・地下へ行こう」

 陽子の言葉に残りの二人は顔を見合わせる。

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