第13話 謎めく少女

 陽子は奥田のもとへと戻ると、奥田は必死にタブレットパソコンを弄っていた。

 「そろそろ、1時間ぐらいになるけど、どう?」

 「あぁ、今、解析が終わった」

 「それで・・・どんな情報なの?」

 奥田はタブレットパソコンを陽子に見せる。

 「さすがに警備会社への指示資料だから、詳しくは書いてないが、どうやら、人造人間に関するプロジェクトらしい」

 「人造人間?」

 「内容的にはわからないが、人間のクローンや何らかの方法で人間のような生物を作った事になる。一番、可能性が高いとすれば、クローンかな」

 「クローン・・・ねぇ。それがこれだけの事件になるような事なの?」

 陽子は正直、あまりにどうでも良いような情報なので、呆れていた。

 「まぁ、確かに。クローン人間は倫理的に禁止されているが、クローン技術自体はすでに家畜などで使われるぐらいの実用的技術となっている。それで人間を作ったとしても、倫理的な問題以外は何も隠すほどの事じゃないな」

 「まぁ、あの子がクローン人間だったとして別に・・・ねぇ」

 奥田は少し考えた。

 「クローン人間か・・・だとすれば、遺伝子操作などを受けた可能性はあるな」

 「遺伝子操作?」

 「デザイナーズチルドレンさ。その遺伝子操作の中に何か秘密があるのかもしれないけど・・・。だけど、それでもこれだけの問題になるような事などあるのか?」

 「何かの実験体なんだじゃないの?」

 陽子が不意にそう告げる。奥田は考え込んだ。

 「何かの実験体か・・・それならあり得るかもしれない。かつて、クローン人間に最強の兵士となる遺伝子操作と教育を施して、死ぬ事を恐れない最強の生物兵器を作ろとした計画があったぐらいだからね」

 「なにそれ?」

 「それ自体は某国のとんでも計画で、すぐに破綻したよ」

 「理由は?」

 「クローン人間って言っても、成長するのは人間と同じ、まともに戦闘が出来るぐらいまで育てようと思うと15年ぐらいは掛かる。その間に教育や食事、医療など、与える物が多過ぎる。ロボットの方が安いのさ」

 「なるほどね」

 「だけど、それがロボットじゃ、不可能な事なら、クローン人間の価値はある」

 「ロボットが駄目な事なんてあるの?」

 すでに時代はロボット万能な時代だ。コストを無視すれば、ロボットがある程度の事はやってくれる。陽子の疑問もそう言った事から出てきている。

 「万能性とか、色々あるけど・・・どうも釈然としないなぁ」

 「まぁ。良いわ。いつまでもここに居るのも問題よ。あんたを狙っているのは産科研だけじゃないようだし」

 「どういう事?」

 「アメリカ・・・とかね」

 陽子は奥田を連れて、ここから脱出をする事にした。1階で縛り上げた男達の一人を解放して、車を運転させる。

 「とりあえず、柊木の所へ行くわ。あそこが一番、安全よ」

 車は恵那達が居る病院へと向かった。20分ぐらい、車を走らせていると、後部座席に座った陽子が何度か後ろを見た。そして、運転席の黒人男性に声を掛ける。

 「ブラウンだっけ?あんた、追跡されているのわかっている?」

 「あぁ、あの黒い車だろ?」

 「あんたの仲間?」

 「さぁ・・・俺らも全てを知らされているわけじゃないからな。チーム以外の事は知らされていない」

 「なるほど・・・振り切れる?」

 「俺は運転の専門じゃないからな。まぁ、やってみる」

 ブラウンは車の速度を上げた。それに呼応して後ろの車も速度を上げて来た。確実に追跡をしているようだ。

 「次から次へと・・・いやらしいわね」

 陽子は拳銃をホルスターから抜く。奥田はゴクリと唾を飲み込んだ。

 「こ、こんな街中でやるのか?」

 「相手がやってこればね」

 「俺、怖いよ」

 奥田は情けない声を出す。

 「これぐらい刺激のある日は初めてよ。情けない声を出すんじゃないわ」

 陽子は楽しそうに後ろを見た。

 「へい、ガール!ヤバいぜ」

 陽子は前を振り返る。そこには対向車が道を塞ぐように停車したのだ。

 「突破しなさい!奥田、頭を下げて、衝撃に備えて」

 車は速度を上げて、横になって道を塞ぐ車の前部分に体当たりをした。道を塞いだ車はスピンして、道を開く。陽子達を乗せた車は前グシャリと潰れながらも突破した。

 「奴等、本気ね。柊木に連絡を取る」

 これまで、電波などで追跡されないようにスマホの電源を落としていたが、相手に位置がバレている以上、意味など無い。すぐにスマホの電源を入れて、柊木に電話を掛けた。

 「あら、電話とは珍しいわね」

 すぐに恵那が電話を取った。

 「あぁ、ちょっと野暮が入ってね。それより、情報が手に入ったわ」

 「情報・・・どんな?」

 「今、手が離せないから、これから、そちらに向かうから、受け入れ準備をして」

 「なんか、嫌な感じね」

 「あんたのせいでもあるのよ」

 「わかったわ」

 「助かるわ」

 陽子がスマホを切ると同時に銃声が窓ガラスがガシャリと言った。振り返るとガラスに幾つも弾が着弾した痕が残る。

 「とりあえず防弾で助かったわね」

 「ただのフィルムだよ。そんなに防弾性能は高くない」

 運転手がそう告げる。

 「撃ってきたか。何でもありって感じね。あれ、本当にあなたのお友達じゃないの?」

 「お友達か。俺ごと、撃ち殺そうとする奴は友達じゃないな」

 運転手は必死に車を蛇行させながら、後の車の銃撃を躱す。そこにサイレンの音が鳴り響く。パトカーだ。パトロール中のパトカーと遭遇したらしい。これは助かったかもしれない。さすがにパトカーを前には無茶は出来ないだろう。そう思った矢先、パトカーに銃弾が撃ち込まれて、スピンして歩道に突っ込んだ。

 「奴等、警察相手に本気なの?」

 陽子は窓を開けて、拳銃を後ろに目がけて構えた。体勢が悪いのと、そもそも蛇行して走る互いの車の関係で、簡単に当たるわけがない。それでも陽子は連射して、全弾を撃った。数発が黒いセダン車のフロントガラスに当たるが、防弾ガラスなのだろう。弾はガラスに僅かな傷を残して弾かれた。

 「やばい。相手はちゃんとした防弾処理車よ」

 「どうします?」

 「民間軍事会社の車なら、対戦車ロケットぐらい載ってないの?」

 「無茶言わないでくれ。サブマシンガンを持ち込むのだって、やっとだったのに」

 陽子は怒鳴りながらもスタングレネードを手にする。

 「これが最後に一個よ。高いんだからね」

 安全ピンを抜いて、後方へと投げた。それは車の前で爆発する。激しい閃光に運転手の目がやられたのか、車は急ブレーキを踏んだまま、ガードレールに突っ込んだ。

 「よっしゃ。上手くいった」

 「最初からそれを使っていれば?」

 奥田が無駄にツッコむ。

 「失敗したら、元も子も無いわよ。相手が必死に追い掛けて来る時に使わないと」

 陽子はそう言って、笑う。

 車は無事に恵那の居る病院へと到着した。ボロボロの車が突然、目の前に現れたので、守衛が訝しみながら、腰のホルスターに手を当てている。そこに恵那が現れる。

 「あれは友達・・・みたいだから」

 恵那は守衛にそう言って、車に近付くと、陽子と奥田が降りて来る。そして、黒人の男も降りて来た。見慣れない男に対して、恵那はいつでも拳銃が抜ける状態で身構えた。それを見た男は慌てて両手を挙げて、弁明する。

 「ま。待て、俺はこの女の子に脅されて、ここまで運転しただけだ」

 「脅されて?」

 黒人の男がそう言うので恵那は訝し気に陽子を見る。

 「あんた、何をやったの?」

 「こっちが聞きたいわよ。あんたに頼まれた事を奥田がやったら、この様よ」

 陽子の言葉に恵那は軽く笑う。

 「ドジを踏んだって事ね?」

 「簡単に言ってくれるわね。それよりも、狙われているわ」

 「まぁ・・・入りなさい。そこの運転手は車で待機って言うかそれ、どこかに隠してきて、目立つから」

 恵那に軽く言われて、黒人はオロオロする。

 「お、俺だって、狙われているかもしれないじゃないか」

 「大丈夫よ。あんたはあっち側の人間でしょ?向こうだって無駄な殺しはしないわ。じゃあね」

 陽子はそう言って、恵那の後からマンションへと入っていく。

 陽子達が恵那の部屋に入って来る。中は思ったよりも広い。

 「よく・・・来たわね?」

 恵那はそう言って、陽子達をリビングへと通す。彼女達をソファを座らせて、自分もイスに腰掛ける。陽子は部屋を隈なく見渡す。

 「ここ、防諜は出来ているの?」

 「警備会社の持ち物だから完璧よ。私も毎日、簡単にはチェックしているわ」

 奥田もスマホで何かをチェックしている。

 「盗聴器も盗撮カメラも無いね」

 奥田のスマホには電波受信装置と電波を解析するアプリ。レンズや赤外線に反応するカメラアプリが搭載されている。

 「それで・・・あんた達がニュースで話題になるぐらいのネタって何?」

 どうやら、陽子達のカーチェイスはニュースで話題になっているようだ。

 奥田がタブレットパソコンを取り出す。

 「まぁ、セントラル警備にあった情報だから、たいしたもんじゃないはずなんだけど、クローンに関する事が書かれていたよ」

 「クローン・・・人間ねぇ。無人兵器の代わりに使おうとした国があったわね」

 「あぁ、結局はコストが勝って、頓挫したけどね。人権団体が散々騒いでいたのを思い出すよ」

 「それで・・・この子がクローン?」

 恵那は寝ている美緒を見る。

 「可能性は否定できない。クローンと言っても、現在の技術なら、それほど大きな問題が起きるとは思えないしね」

 「それほど大きな問題という事は、逆に言って、別に何も特別じゃないただの人間をなんで、普通の人間が束になって襲ってくるのかしらね?」

 恵那の言葉に奥田は答える。

 「それは僕も不思議に思った。だが、彼女に何かしらの実験が施されていたらと思ったらどうだい?」

 「何かしらの実験?」

 恵那は訝し気に奥田を見る。

 「あぁ、例えば、遺伝子操作で何かの能力を追加されているとか?」

 「そんな重要な実験体をなんで、外に出すのよ?」

 「うっ」

 奥田は恵那にそう言われて言葉に詰まる。そこに陽子が口を挟む。

 「例えば、内部でいざこざがあって、反目した奴が実験体を持ち逃げしたとか?」

 「まぁ、考えられなくもないわね。なら、なぜ、大事な人質みたいな実験体を私に預けるの?その合理性が見えないわ」

 陽子は少し考えて答える。

 「連れて逃げるのにも限界があるとか?」

 「でも、私がこの子のを諦めて、渡したらそれで終わり。何も残らないわよ?」

 「・・・むー」

 陽子は頬を膨らませて黙る。

 「理由は不可解だけど、この子に大きな謎がある事はわかった。問題は、この子の命を狙っているのか、奪還を狙っているのか。そこがはっきりしないから、守り辛いわね」

 恵那は考え込む。すると奥田が声を掛けた。

 「それより、報酬をくれ。さすがにこんだけやばい橋を渡ったし、暫く、家には帰れないからなぁ」

 「それは言えているわね。多分、私の事も調べがついていると思うし」

 二人の言い分を聞いて、恵那は考える。

 「まぁ・・・あんた達は私の想像通り、良いところまで踏み込んでくれたけど、結果として、敵に素性がバレているのよね?」

 二人は顔を見合わせる。

 「相手は国家とも繋がる巨大組織よ?簡単に諦めてくれるかしらね?」

 恵那の言葉に陽子が訝し気に尋ねる。

 「何が言いたいのよ?」

 「簡単よ。この事件が決着するまで、あんた達はどこに居ても狙われるって事」

 「そ・・・そうかぁ」

 奥田は落胆する。確かに、その通りだった。奥田も陽子もいつまでも狙われる事は確実だった。そうだとすれば、簡単に報酬を貰って終わりとはいかないわけだ。

 「だったら、報酬を上げてちょうだい。割りが合わないわ」

 「ダメよ。それに解決しないと、海外に逃げたって、無駄よ。相手は巨大組織。むしろ海外の方がやり易いしね」

 「嫌な感じね。・・・この事件を解決しろと?」

 「やらないと、自分の命が危ないわよ?」

 「言うじゃない。だけど、無報酬じゃ~ねぇ」

 陽子は渋る。そこに恵那は話し掛ける。

 「これだけの犯罪行為よ。事件となれば、主謀犯かなりの賞金首になるんじゃない?」

 恵那はにやりと笑う。それを見て、陽子もにやりと笑う。奥田だけが嫌そうな顔をしたままだ。

 「それで・・・私達をどうするつもり?」

 恵那はポケットから鍵を渡す。

 「工業団地にあるセーフティハウスの鍵よ」

 それを受け取る陽子。

 「へぇ~、会社が用意した奴?」

 「違うわ。私個人の物よ。丁度、良い物件が競売に掛かって安く出ていたから、買い取っておいたの」

 「ボディガードって、儲かるのね?」

 「そうでも無いわ。ただ、稀にヤバい要人を警護するとボーナスがあるのよ」

 「命を賭けた分って奴ね」

 「まぁ・・・そんなところね。ここを拠点にして活動して頂戴。私はこの子を警備しないといけないから、任せたわよ」

 「ちぇっ、そんな役回りね」

 「賞金首を取ったら、全額を上げるわよ」

 「当然よ」

 「あの・・・僕の取り分は?」

 奥田がおずおずと尋ねる。陽子が景気よく返す。

 「あんたの取り分は私が分けてあげるわよ。とにかく、死にたく無かったら、とっとと、この事件、解決するわよ」

 陽子は奥田の奥襟を掴んで、引き摺って、部屋から出て行った。彼等がエントランスまで行くと、一人の中年男性が立っている。陽子は彼の前で立ち止まる。

 「あら・・・立ち聞きですか?」

 「ふん、俺は柊木の上司だよ。お前等かぁ。あいつの仲間は?」

 陽子は男を睨む。

 「俺は敵じゃない・・・と言っても簡単には信じて貰えなさそうだな。柊木に渡そうと思って、持って来た資料だ。お前等が使った方が良さそうだ」

 男は陽子に茶封筒を渡す。

 「ふーん」

 陽子はそれを興味無さそうに受け取る。

 「信じるも、信じないも、お前等次第だ。俺にしてやれる事はここまでだからな」

 そう言って、男は帰って行く。陽子はその後ろ姿を見送った。

 「オタク、今の男・・・どう思う?」

 奥田は少し考えて。

 「仕草や声の感じ、顔色等の変化も見えないから、嘘をついているようには思えないけど・・・訓練された奴なら、それぐらいはと思う」

 「だよねぇ・・・」

 陽子は奥田に茶封筒を渡す。

 「とりあえず、その書類の内容を確認して・・・」

 「了解!」

 奥田は茶封筒をタブレットパソコンを入れているデイバックに突っ込んだ。

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