第12話 襲われて・逃げて・戦う
陽子は奥田の家から出て、すぐに駆け出した。移動にあまり金を掛けないのも高校生賞金稼ぎの基本だ。あくまでも生活費を稼ぐ為に賞金稼ぎをやっているのだから。
産業科学研究所は東京武蔵野市に拠点を置いている。世界中に研究所を持っているが、この武蔵野研究所が中枢的な役割を果たしている。陽子はその前に立っていた。
「さて、一番怪しい所へ来たけど、簡単には入れてくれないわよねぇ」
研究所の周囲は高さ5メートルの壁で覆われ、その上には有刺鉄線が張り巡らされ、多分、高圧電流まで流れている。3か所ある出入り口も全て、厳重な警備態勢が敷かれ、警備員が数人、在中していた。
「なるほど・・・外からじゃ、ただの研究所か・・・当然だわね」
陽子は研究所の周囲をそれとなく見て歩く。だが、そこに一台の車が通り掛かった。それは警備会社の車だ。
まずい。
陽子は心の中でそう思いつつも、下手な動きをすれば、余計に怪しまれるので冷静に車を見るだけにした。車からは二人の警備員が降りて来る。
「お嬢ちゃん、ここに何か用かな?」
彼等は相手が女の子だからか、笑顔で接してきた。陽子も笑顔で返す。
「凄い建物だなぁと思って見ていたの」
「そうか・・・でもねぇ。ここはあまり面白い場所じゃないから、あまり近付かない方が良い」
「そうなの?」
「あぁ・・・色々、危険な研究とかもしているからねぇ」
「どんな研究?」
陽子は屈託の無い笑顔で尋ねる。
「ははは。それはおじさん達にもわからないよ。なにせ、ただの警備員だからねぇ」
確かにそうだろう。ただの警備員に研究内容が教えられているはずなど無い。だが、彼等は多分、敷地外を映す監視カメラで陽子を発見して、わざわざ、遠ざけるために来たはずだ。そこまで厳重に警備されているこの施設は明らかに怪しかった。
「もう、帰るね」
「そうかい。じゃあね」
警備員と別れて、陽子は素直に研究所から遠ざかっていく。だが、警備員の眼光は鋭く、陽子が見えなくなるまでその場で見ていた。
陽子は研究所の警備状況を把握しつつ、次にこの研究所に関わっている警備会社について、調べる事にした。自動車に書かれていた警備会社の名前は「セントラル警備保障」。インターネットで調べれば、ちゃんと会社のホームページが出て来た。会社の規模としては中堅と言ったところ。主に施設の警備やビル管理をやっている会社だ。ただ、これだけでは普通の警備会社と言うだけだ。
陽子は奥田に電話をする。
「セントラル警備保障について、調べてくれる?」
「セントラル警備保障か。産技研と繋がっている警備会社だな。そこはすでに調べてある。かなり裏のある警備会社だ。正直、調べるのは簡単だったが、とんでもない会社だよ。情報は送るよ」
すぐに奥田から電子メールが送られた。添付ファイルを開くと幾つかの資料が表示された。解り易く奥田がまとめて製作したようだ。さすが情報屋と言うだけあって、この手の作業は早い。
「なるほど。セントラル警備保障は警備会社とは名ばかりで、産科研の私兵みたいな連中なんだ。海外でも民間軍事会社を別会社として持って、産科研の実験などを本当の戦場でやったりしているのね。これは完全にクロだわ」
奥田の情報は、非公開にされている機密事項ばかりだ。これが簡単に取り出せたという事はセントラル警備保障は産科研に比べて遥かに緩いセキュリティと言えるだろう。陽子は情報を確認した後、これ以上はやる事が無いと判断して、家に戻る事にした。あとは奥田の情報待ちであった。
奥田は技術の全てを駆使して、産科研のサーバーにアクセスを試みていた。だが、アクセス可能なのはやはり一般的な研究のみで、幾つかのプロジェクトに関してはネットワークから物理的に隔離されたコンピューターで管理されていることがわかった。
「ダメだな。セキュリティが堅い割りに出て来る情報はクソみたいな物ばかりだ。いっそ、クラッキングして、騒動を起こした上で、どこかに退避させるだろう情報をトレースするか?だが、それだと、リスクは半端なく高まる。どうしたもんだか」
奥田は深く考える。現状において、まだ、産科研はハッキングには気付いていないと思われる。だが、こんな事を続けていればいつかは見つかるだろう。見付かっても自分の居場所までを突き止めるには困難なはずだ。それでも用心は怠らない。いざとなれば、ここから脱出する事ぐらいは考えている。この手の違法をやるには相当の覚悟を持ってやらないといけない。だが、それだけの事をして、得られた情報こそ、高い金で取引されるのだ。
奥田は一旦、産科研を諦めて、セントラル警備保障に目を向けた。普通に考えれば、警備会社に研究の重要な情報を与えるとは思えない。だが、考えてみれば、柊木や警護対象の卜部はかなりの腕前の敵に襲撃されている。彼等の出自は当然ながらセントラル警備保障だろう。そうなれば、ある程度の情報を与えておかないと、意図した作戦行動は行え無いはずだ。奥田はその考えに従って、セントラル警備保障のシステムにアタックを開始する。
セントラル警備保障のシステムは思った以上に単純だった。基本的なセキュリティが施されているが、全てのシステムがネットワーク上にあり、一度、ネットワークに入ってしまえば、どうとでもなる。しかも、社内で使われている中継用のルーターなどは初期設定のままだ。あまりにチョロくて、奥田はコーヒーを飲みながらやっている。
「ほほぉ、この鍵付のフォルダだけ、特別扱いだな」
生体認証まで必要なフォルダを発見した。このフォルダを開くには生体認証アプリにて、指紋や静脈と言った生体認証を済ませないといけない。だが、奥田はとっとと、生体認証アプリを解除して、フォルダを開いた。
「ビンゴか。計画の指示書が出て来た。暗号化されているが・・・まぁ、解けないわけじゃないだろう。こいつで任務完了だろう」
ファイルのコピーを行う。ダウンロードが始まった。ファイルの重さの割に時間が掛かる。
「時間が掛かっているな・・・ちっ、追跡用のプログラムでも仕込まれているのか。こんな手の込んだ事が出来るのは産科研の連中か」
奥田はすぐにプログラム解析ソフトにて解析させる。確かに、ダウンロードしたファイルの中にダウンロード先を検知するプログラムが潜まれていた。すでにこちらのIPアドレスが送られている可能性が高い。だが、ここでダウンロードを止めるわけにはいかない。20分掛けて、ダウンロードを終えた後、奥田はすぐにファイルの入ったノートパソコンをデイパックに押し込んで、家から飛び出る。多分、すでに場所は判明しているだろう。どんな連中が来るかわからない。幸いにして、家族は父親の海外転勤で家には居ない。だからこそ、情報屋なんて商売が出来るわけだが。奥田はとにかく逃げた。
その頃、陽子は一度、情報を整理する為に奥田の家に向かっていた。だが、家の前にはセントラル警備保障の車が停車していた。それを見た陽子はすぐに勘付く。
「へぇ・・・やるじゃない」
陽子はポケットから黒いメリケンサックを取り出し、左手に嵌める。人差し指から小指までを入れて使う金属製のそれは打撃力向上もそうだが、パンチによって指が損傷するのも防ぐ目的がある。そして、玄関前までに歩み寄る。すでに玄関は突破されて、中に入っているようだ。
「頼むから死体での再会だけはやめてよねぇ」
そう呟きながら、鍵が壊された扉を開く。そして家の中を進むと二階から音がする。どうやら奥田の部屋の扉を破壊しているようだ。何とも荒っぽい連中だ。陽子は階段を静かに上がっていく。
「おい、誰も居ないぞ?」
「とりあえず、パソコンを回収して会社へ戻ろう」
部屋の中から声が聞こえる。相手は二人。陽子はそのまま部屋へと入る。そこにはパソコンを外そうとしている二人の警備員の姿があった。手前の男の顔面に左パンチを食らわす。彼は頬にメリケンサックの形の跡を付けて倒れる。
「て、てめぇ」
もう一人が腰から何かを取ろうとしたが、その前に陽子の右手は腰から伸縮式特殊警棒を抜き、上から振り下ろしながら伸ばす。警棒の先は男の額に命中する。男は額を割られて、悲鳴を上げながら尻もちをつく。
「男がみっともない声をあげるんじゃないわよ」
陽子は容赦なく、最初に倒した男の首筋を警棒で叩く。嗚咽を挙げながら彼は床に転がる。
「こ、殺してやる」
男は拳銃を抜いた。だが、陽子は慌てず、その銃を警棒で殴り落とす。
「馬鹿ね。この距離で拳銃を抜いたって叩き落とされたら意味が無いでしょ?」
陽子は笑みを浮かべて二人をボコボコに殴り倒した。気絶した二人の手足を縛り上げて、一人を叩き起こす。
「あんた達、セントラル警備ね?なんで、奥田を狙った?」
陽子に睨まれても男は黙ったままだ。
「喋りなさい。痛い目を見るわよ」
「う、うるせぇ。尋問は保安官の職務を逸脱する行為だろ?」
「あら?わかっているじゃない。そうよ。これは違法行為よ。だから・・・あんた達を警察に突き出す気は無いわ。コソ泥程度じゃ、安いし、どうせあんた達の事だから、すぐに釈放だろうしね」
「お、俺らをどうするつもりだ?」
「簡単よ。コソ泥を捕まえようと入ったら、拳銃を発砲してきたから、自衛の為に撃ちましたってエンドよ。それで終わりよあんた達は」
陽子は拳銃を抜いた。その銃口を男の左頬に押し付ける。
「や、やめろ。そんなのまともじゃない」
「まともかどうか。今の時代、殺される奴なんてゴマンと居るわ。あんたもその一人になるだけ」
「そんなのすぐにバレる」
「そうかしら?あんた達のバックはこの事件を公にしたくないんでしょ?だったら死人に口無しで処理されるんじゃない?」
そう陽子に言われて、男は黙った。
「頼む。殺さないでくれ。死にたくはない」
「だったら・・・言いなさいよ。何しにここに来た?」
「俺らは上からの命令で、ここに会社のシステムに入ったハッカーが居るから連行して来いと最悪、殺しても構わないとだけ指示されたんだ」
「なるほど・・・それ以外は?」
「何も聞いていない」
陽子は少し考える。
「わかったわ。信じてあげる。ただし・・・あんた達のお仲間はどう、思うかわからないけどね」
男は押し黙る。
「まぁ、あんた達が消されたとしても、私の知った事じゃないけど」
「な、何か助かる方法は・・・」
「無いわ。そんだけ危ない橋に乗っているという事よ。主人はもっと選びなさい」
陽子は男の首筋に手刀を入れて、気絶させる。そして、拳銃を構えたまま、部屋から出た。奥田は多分、逃げているだろう。何処かで捕まっていなければ良いが、確率的には半々だ。玄関から外を確認する。敵の姿は無い。拳銃をホルスターに戻して、用心深く、外に出る。
「さて、まずはオタクを追うか」
陽子は駆け出す。その頃、奥田は家から脱出して、近所の公園まで来ていた。
「どこか安全な場所をと思うが、咄嗟には浮かばないもんだな。僕はこの手の行動は苦手だ」
息を切らせながら走ったので、喉が渇く。ベンチに座り、休憩をした。傍らにノートパソコンを置く。その中にはさっきダウンロードしたデータが詰まっている。これを解析すれば、答えが見えて来るだろうと思う。
「こんだけの事をやったら、もっと高く請求した方が良かったかな?」
疲れた顔して、奥田はそう呟く。公園には子どもやその母親、高齢者などがノンビリと過ごしている。まさか、ベンチに座る若者が命を狙われているなんて誰も思っていないだろう。いくら重大事件の発生率が高くなったとは言え、それはあくまでも繁華街などでの場合だ。普通の住宅街では、殺人なんか、夢のような世界だ。
奥田はなんとか息を整え、次にどうするかを考える。普通に考えれば、ボディガードをやっている柊木か、賞金稼ぎの佐伯と接触して、保護して貰うというのが手だろう。警察という手もあるが、そもそも彼が手に入れた情報は違法な手段によるものだ。その事が発覚した段階で、自分もお縄になってしまう。
「まぁ、ここは佐伯に連絡を取るのが最優先だな」
奥田はポケットからスマホを取り出す。すると、電波が受信されない状態だった。おかしい。こんな住宅街の公園でそんなスポットが存在するはずがなかった。奥田は慌てて立ち上がる。すると前から背広を着た中年男性がやって来る。その眼光の鋭い瞳に奥田はやばいと思った。彼とは反対方向に走り出す。だが、すでに体力が限界に来ている彼が逃げ切れるはずがなかった。男が迫って来る。彼は背広の懐に手を入れる。そして、スタンガンを取り出した。
「わああああ!助けてぇ!」
奥田はとにかく叫んだ。男はすぐに奥田を黙らせようと、一気に加速して、奥田に襲い掛かろうとした。
パン!
一発の銃声が鳴り響く。奥田と男は銃声の方を見た。そこには陽子の姿がある。彼女は空に向けて、拳銃を発砲した。
「おい!そこのおっさん。今のは警告よ。それ以上、その少年に襲い掛かるのなら、実力で阻止する事になるけど、構わないかしら?」
陽子は銃を水平に構えた。その銃口は確実に男の胸元を捉えている。男は舌打ちをしてから、スタンガンをポケットに入れて、逃げ出した。すぐに陽子は奥田に駆け寄る。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫なわけないだろ?家は襲撃されるし、追い掛けられるし」
「あんたが、ドジを踏んだからでしょ?それより情報は?」
「まだ、解析してないけど。多分、奴らがあれだけ必死になる代物だ」
「上等。早速、安心して、解析が出来る場所へと行くわよ」
陽子は奥田を連れて、公園から出る。奥田はふと、陽子に尋ねる。
「なんで、俺の場所がわかったんだ?」
「ふん、私は賞金稼ぎ。別名では追跡者と呼ばれるのよ。あんたみたいな素人が本能的にどうやって逃げるかぐらいはすぐに察しがつくわ。あの男も同じようにしてあんたの逃走路を探ったんでしょ」
「そ、そうなのか?」
奥田は驚いた。陽子はすぐにタクシーを捕まえて、乗り込む。そこから30分程、走った場所で二人は降りた。そこは廃墟になった病院だ。陽子はタクシーから降りると迷うことなく、その不気味な病院の敷地へと立ち入る。奥田はその不気味な雰囲気に少し躊躇する。
「ここは大丈夫なのか?」
「安心しなさい。不法侵入じゃないから」
「どういう事?」
「ここは私が不動産屋に個人的にパトロールをして欲しいと、依頼を請けている場所なの。だから、自由に入れるわ」
病院の中には勝手に入れないように板が貼られている。唯一の侵入口は裏口の鉄扉だけだ。陽子は鍵をポケットから取り出して、その扉を開く。中は昼間でも真っ暗だ。陽子はマグライトを取り出して、中を照らしながら進む。
「電気は無いのか?」
奥田がそう尋ねると「無いわ」の一言が返ってくる。奥田はビクビクしながら陽子の後を歩いた。
すると手術室に到着した。
「いま、予備電源を入れるわ」
陽子は手術室の中にある電源用の操作盤を触る。すると、手術室の中に灯りが灯る。
「まだ、非常用の発電機が動くから、半日程度なら、電源は問題が無いわ」
「へぇ・・・」
奥田は関心したように呟く。
「それよりも、手に入れたデータを見せなさい」
「あぁ・・・それね」
奥田はすぐにタブレットパソコンを開く。そこにある鍵付フォルダを陽子に見せる。
「中身は?」
「これから、解析をするところ」
「どれぐらい掛かるの?」
奥田は考え込む。
「家のパソコンなら10分ってところだけど、こいつは見ての通り、それほど、ハイスペックじゃないからね。1時間は欲しい」
「1時間・・・か。追手が来ない事を祈らないとダメね」
追手と聞いて、奥田が怯える。
「ふ、振り切ったんじゃないの?」
「さっきの男が追い掛けては来なかったけど、この情報社会よ。それなりの組織なら、追えない人間なんて、そうは居ないわよ」
陽子は拳銃を抜く。そしてシリンダー弾倉をスイングアウトさせて、中から一発だけ弾を取り出す。それはすでに発射済みの空薬莢だった。
「さっきの威嚇射撃で使った奴?」
「そうよ。これは空薬莢に火薬を詰めただけの自家製空砲よ。下手に弾を撃ったら、処罰の対象にされる事もあるから、こういうのを用意してあるの」
「色々、大変なんだね」
「私も一応、警察の一部だからね。不当な発砲などは出来ないのよ」
陽子はポケットから実弾を取り出して、空いた薬室に弾を装填する。
「それよりも、早く作業を始めて。その情報の価値によってはこれからの行動が変わるから」
「わかったよ」
奥田はタブレットパソコンを動かし、解析を始めた。陽子は静かに立ち上がる。拳銃はホルスターに戻し、警棒を抜く。
「私は周囲を見て来るから、しっかりとやりなさい」
陽子はそう言い残して、手術室を出る。
この病院は3階建てで、手術室は2階にある。全ての窓にはガラスの破損を防ぐために板が貼られている。まだ、外は明るいはずだが、病院の中は板の隙間から漏れる光で微かに照らされるだけだ。陽子は大きめの隙間から外を見る。すると病院の敷地の外に一台の高級セダンが駐車している。さっきまではなかった。
「5人乗りのセダン車。相手は4人から5人か」
陽子はすぐに1階へと降りる。敵は案の定、通用口の鉄扉を開けようとしていた。特殊な開錠工具によって、開けようとしているが、無駄である。予め取り付けておいた内錠があるからだ。相手は鉄扉を何度も力押ししているようだ。そうこうしている内に別の部屋からガチャンというガラスを割る音がした。どうやら、板で目隠ししている窓を板ごと打ち破ったようだ。迷惑な話だ。陽子はガラス代は絶対に頂こうと決意した。
陽子は音のした方に歩み寄る。窓からの光に照らされるのは4人の男達。手には消音器付マイクロUZI短機関銃。暗視ゴーグルまで被ってやる気満々のようだ。陽子はポケットから手榴弾を取り出す。安全ピンを抜いて、室内に投げ込む。カーテンと床を鳴らす音に男は気付いた。刹那、爆発が起きる。激しい閃光と音。スタングレネードである。特殊部隊などが突入時に用いる非殺傷系の武器だ。
男達が使うのは赤外線暗視装置なので、これで機能が停止する事はないが、一時的にも暗視装置は真っ白な画像になる。そこに陽子は飛び込む。相手は4人。しかも手には短機関銃を持っている。普通なら自殺行為と捉えられてもおかしくは無い。
陽子のナックルを持った左腕が一番奥に居た男の顎を捉える。突然、アッパーパンチを受けた男は少し身体が浮き上がりながら、背中から倒れる。陽子はすかさず、男の手から短機関銃を奪う。それはまさに一瞬の出来事だった。すぐに暗視装置の画像は元に戻る。だが、その瞬間、陽子の機関銃が彼等の背中を撃った。三人は背中を撃たれて次々に倒れる。一番、入り口に近かった男は撃たれながらも部屋から飛び出て、何とか無事だった。陽子は残弾を残さず、倒れた男達の背中に撃ち込んだ。さらに彼等の延髄に警棒で一撃を叩き込む。部屋から飛び出た男が短機関銃を構えて、室内に飛び込もうとした。だが、室内に居たのは拳銃を構えた少女の姿だ。
「あんたが撃つ前にあたしはあんたの眉間を撃ち抜く。それで良いか?」
冷静な口調で彼女はそう告げた。男は引金に掛けた指が震えて動かなくなった。この状況であれだけ冷静に居られる奴を知らない。長い軍隊生活の中でもそんな奴は見た事も無かった。多分、本当に撃つ前に撃たれる可能性はあった。身体は防弾チョッキを着ていても顔は無防備だ。撃たれたら、死ぬ。死ぬためにこんな仕事をやっているわけじゃない。男は諦めて、銃を置いて、両手を挙げた。陽子は銃口を向けたまま、彼に近付く。だが、その時、最初に倒した男がダメージから復活したのか、静かに立ち上がり、陽子を背後から襲おうとしている。だが、陽子は振り向く事なく。拳銃を左脇に入れて、背後へと銃口を向け、撃った。3発の銃声が鳴り響き、至近距離で男の腹に弾丸が叩き込まれる。男は嗚咽を漏らしながら、その場に崩れ落ちる。
「殺されなかっただけ、ありがたいと思いなさい」
陽子はそう言って、両手を挙げた男の下へと向かい、そいつを拳銃で殴り倒す。四人を縛り上げた陽子は彼等をライトで照らす。
「さて、楽しい尋問の時間よ」
陽子は古びた医療用メスを手にして、笑う。男達は怯えていた。
「あんた達、軍隊とかで、この手の訓練は受けたんでしょ?」
男達の身体は屈強だ。多分、全員が何かしらの軍隊経験などを持っているのだろう。だが、陽子にそう言われた男達はただ、怯えるだけだった。それほどに目の前に立つ少女の雰囲気は恐ろしかった。
「怯えなくても良いわ。別に殺そうと言うわけじゃないから」
それを聞いても男達の怯えは消えない。
「それでは質問よ。あんた達の雇い主は?」
男達は黙ったままだ。陽子は少し口角を上げて、ニヤリと笑う。一番近くに居る白人男性の二の腕にメスを近付ける。そして、筆で字を書くよう、皮膚を裂いた。あまりの激痛に男は歯を食い縛って我慢する。書かれた文字は『犬』のだった。
「殺しはしないけど・・・自分で死にたいと思えるぐらいの事はしちゃうかもしれないわよ?」
陽子は彼にそう告げる。その目は本気だ。
「よ、止せ。止してくれ。俺は傭兵だ。金で雇われただけだ。何でも話す」
「素直なのは好きよ。それで雇い主は?」
「レイドオンというアメリカの民間軍事会社さ」
「へぇ・・・アメリカの軍事会社に依頼するなんて・・・変な話ね?」
事態の特殊性を考えると、情報が漏れ易いアメリカの民間軍事会社などは使わない。もし使うとすれば、何かあった時でも、足切りが出来るようにだ。
「あんた達の会社に依頼したのは?」
「知らない。俺らは会社から派遣されただけだ。仕事の内容は奥田という少年の確保だけだ。彼が重要な情報を盗み出したから、確保しろと」
「こんな短時間でそんな事が出来るわけないでしょ?」
陽子はそう問い詰める。
「いや、俺らは元々、半年前からセントラル警備保障の動きをマークしろと命じられていたんだ。すると、突然、そういう指示が来てね。こうやって移動してきたわけだ」
「なんだか、情報通なわけね」
「あぁ、俺もそう思うよ」
「これ以上は知らないわけね?」
「あぁ、悪いが、これ以上、答える事は無理だ」
男の様子を見た陽子はメスを下げる。
「それより・・・窓のガラス代はあんた達、持っているの?」
陽子が男にそう聞くので、男は一瞬、何を言っているのかわからなかった。
「ガラスを破ったでしょ?あのままにしていたら、私が怒られるのよ。ガラス代を出しなさいよ」
陽子は男のポケットをなどを探り、サイフを取り出す。
「ちっ、しけているわね。1万円も無いじゃない。ほれ、そこの3人も出しなさい」
三人からも金を没収した。
「まぁ、ガラス代にはなるわ。あとでガラス屋さんに電話しておかないと」
そう言い残して、陽子は縛り上げた4人を残して部屋から出て行く。
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