第11話 賞金稼ぎも女子高生

 「なるほど・・・私は警護の仕事があるから・・・あの子に任せるしかないわね」

 恵那はメールを打つ。それは暗号メールだった。恵那には何人か頼れる仲間が要る。彼女は会社の人間では無いので、100%会社の力を頼る事も出来ないし、信用もしていない。その為、何か問題が発生した場合、会社以外の方法も持っておく必要がある。それは一般的に「保険」と言われるものだ。恵那が情報収集を依頼した飯島もその一人である。一般的に情報屋と呼ばれる手合いで、警察から犯罪組織まで、手広く、情報を売買している。

 メールの着信音が鳴る。制服の女子高生はスカートのポケットからスマホを取り出した。

 「へぇ・・・柊木、何だか面倒な仕事を請けているんだねぇ」

 そのメールを受け取ったのは恵那の友達である佐伯陽子だ。

 丁度、コンビニの朝シフトが終わって更衣を終えた所だった。

 「さぁ・・・仕事の時間だ」

 彼女は笑いながら制服姿で更衣室を後にする。店を出て、向かった先は恵那達が居る病院である。警察官が病院の正門に近付く女子高生に職務質問をする。彼女は一枚の許可証を見せる。

 「保安官許可証か・・・こんな所で何の用だ?」

 警察官は陽子を上から下まで見て、尋ねる。

 「柊木恵那・・・彼女に呼ばれたのよ。あと、スケベな目で見るな」

 「なっ・・・くそっ・・・おい、お前、中へ行って、尋ねて来い」

 警察官がすぐに確認すると、確かに恵那が呼んだ事が判明した。警察官は女子高生を睨むが、彼女は笑いながら病院へと入っていく。病室の前でもチェックを受けてから、病室内へと入る。

 「よう、私に助けて欲しいと言ってる仔猫ちゃんはここかなぁ?」

 陽子はふざけたように恵那に言う。

 「ふん・・・コンビニのバイトはどうしたの?」

 「もう、終わったよぉ。これから学校じゃないかぁ」

 「もう、そんな時間か。今日は登校が出来ないかも知れないな」

 「あれぇ~、授業日数足りるのかなぁ?まさか・・・ダブリっすか?」

 恵那はとりあえず、陽子のゲスそうな笑顔にパンチを食らわせる。陽子は慌てて、顔を両手で押さえる。

 「い、痛い。顔が歪んだらどうすんのよ」

 「そんな分厚い顔は歪まない」

 そんなやり取りをしてから、陽子は石倉を見た。

 「おっさんは・・・どっちの味方?」

 「どっちとは?」

 「敵か味方かって事?」

 突然現れた女子高生に威圧的に尋ねられて石倉も少し遅れを取る。

 「君は何者かね?」

 陽子はそう尋ねられて、保安官許可証を出す。それは警察から発行されている身分証であり、国が治安維持を名目に作った保安官という職種の許可証である。保安官はパートタイマー警察官と揶揄される事もある。警察官不足を補うために設立された制度であり、本業とは別に保安官として試験を受けて登録をすれば、犯罪者を逮捕した時に報酬が支払われる仕組みである。

 「保安官が何用かな?」

 石倉は訝し気に彼女を見ながら尋ねる。

 「こんだけ派手に銃撃戦やっておいて、何を言ってるの?相手が危険な武装集団なら、逮捕した時の報酬はとんでもない数字になるわよ」

 「確かにそうだが・・・相手は自動小銃も持っているのだぞ?回転式拳銃程度しか持たせて貰えない保安官では何も出来ないと思うが?」

 石倉が言う通り、保安官は拳銃を携帯する許可が貰えるが、使える拳銃は国から支給される38口径5連発回転式拳銃だけだった。支給されるニューナンブM360はミネベア社が開発した拳銃で銃本体にスマートチップが内蔵されており、グリップのセンサーにて、生体情報を確認する。それによって、登録された射手以外が握っても撃てないようにロックされる仕組みになっている。また、遠隔操作にて警察が拳銃にロックを掛ける事も可能にした点も世界的に見て、ユニークだと言われる拳銃だ。あくまでも保安官は民間人の扱いの為に生まれた拳銃なので、使う弾薬も38スペシャル弾までであり、これ以上、プレッシャーの強い弾丸を使用すると弾倉自体が歪み、次弾以降を発射不可能にする。相手が自動小銃などを持つ本格的な武装集団となれば、相手にならない可能性が大きかった。

 「ふふふ。何も火力だけが問題じゃないわ。銃を使わずに相手を捕まえる事が出来れば、最良なんだから」

 保安官の報酬の計算には幾つか加点や減点項目がある。その中には周辺への被害を発生させずに逮捕した場合などの項目があり、平穏に逮捕が出来れば、報酬は倍近くになる事もあるわけだ。これは不必要な火力や暴力を抑制する意味もあった。

 「それで・・・保安官を呼び寄せてどうするつもりだ?」

 石倉は恵那に尋ねる。

 「私はボディガード。敵から護衛対象を守るのだけが仕事です。だが、それだけでは正直、足りない。相手は軍隊並の火力で相当に無茶をする連中。だとすれば、先手を打つ事も必要かと」

 「それが・・・保安官か。警察だって、動ているだろう?」  

 「警察の上層部に犬が居なければの話でしょ?」

 「スパイか・・・どうしてわかる?」

 「勘ですよ。これだけ派手に動いて、尻尾さえ捕まえられていない。日本の警察がそれほど無能だとは思えませんが」

 「なるほど・・・まぁ・・・せいぜい、頑張るしかないな」

 「石倉警備部長・・・私はあなたも信じてませんよ?」

 そう言われて石倉は苦笑いをして、部屋から出て行った。

 「それで・・・私が狙う獲物の話は?」

 石倉が出て行ったのを見て、陽子は恵那に話し掛けた。

 「当然。私を狙った奴。それと目的も聞き出して欲しいわね」

 「それはオプションよ」

 「わかっているわ。前金で20万。成功報酬で30万でどう?」

 「OK」

 陽子は軽く返事をして、病室から出て行く。

 保安官という職業を持つ者は大きく分けて二通りある。一つ目は自分の住む地域などを警らする目的の者だ。自警団などを組むケースが多いが、治安維持の為にボランティア的意識で資格を得て、活動する者が多いのが特徴の一つだ。これらは本来の趣旨に合致しており、広く全国に普及している。

 二つ目は賞金稼ぎだ。報奨金を狙いで、犯罪者を捜し歩くハンター。陽子は二つ目のカテゴリーに入る。だからと言って、賞金稼ぎだけで飯を食べていけるようにはなかなかならない。幾ら犯罪率が上がったと言ってもそこら辺に犯罪者が転がっているほど、日本が無法地帯では無いからだ。その為、多くの保安官は本業を持っている。陽子もそのためにコンビニでのバイトを欠かせない。

 「さて・・・まずは情報ね。ある程度、目星を付けないとどうにもならない」

 陽子はスマホを弄って、ある連絡先にメールを送る。すると、1分もせずに返事があった。

 俺はこの件には関わらない。二度と連絡するな。

 何とも冷たい返事だった。だが、陽子はもう一度、メールを送る。すると同様に返事がすぐに来た。

 関わらないと言っただろ?お前は文字も読めないのか?バカか?バカなのか?わかっていたが、やっぱりバカなのか?

 陽子は額に血管を浮かばせる。顔は笑っているが明らかに怒っている。

 「そうか・・・オタク君。私を怒らせるとは良い度胸だね」

 陽子は早足である場所に向かう。彼女が向かった先は閑静な住宅街だ。高級とは言えないが、治安もしっかりしていて、平穏な感じだった。その中を制服姿の女子高生がのしのしと闊歩する。

 「なるほどぉ・・・なかなか良い家に住んでるじゃない」

 陽子はある一軒家の前で足を止めた。そこは明らかに高級そうな佇まいの家だった。門にあるインターフォンを鳴らす。一度、鳴らすが返事は無い。二度目も鳴らすが返事は無い。三度目も同じだった。陽子はスマホを取り出す。そして、通話を押した。何度かの呼び出しで、相手が出た。

 「君は・・・佐伯君だね?」

 「知らん番号で、よく、わかったね」

 「まぁ・・・このタイミングで鳴らすのは君ぐらいだろう。それより、君からの依頼は断ったはずだが?」

 「柊木からの頼みは請けて、私は断るの?」

 「いや、柊木君の依頼と同じだろうから断っただけだ。柊木君の依頼も断っている」

 「なんでも良いわ。情報を寄越しなさい」

 「情報なんて・・・無いよ」

 「一瞬、間があったわね。何を隠しているの?」

 陽子は間髪入れずに相手に話し掛ける。

 「悪いけど」

 ガチャ。電話は切れた。すぐにリダイヤルするが、着信拒否された。

 「やるじゃない。だけど、目の前に確実な情報があるのにみすみす逃さないわよ」

 陽子は門を開いて、玄関へと向かう。玄関には鍵が二つ。その内、一つは電子式ロックになっている。登録された人の静脈認証でしか開かない代物だ。

 「流石、金持ち」

 陽子は軽く驚きながらも、小型のタブレットパソコンを取り出す。

 「オタク君には悪いけど、電子関係に強いのはあんただけの特権じゃないのさ」

 電子式ロックのメンテナンス用のコード差し込み口にあるゴム蓋をマイナスドライバーでコジって取る。そして、露わになった差し込み口にタブレットパソコンに接続されているケーブルの片方を挿し込む。するとタブレットパソコンにインストールされているアプリの一つが動き出す。これは接続先の機器を自動検出して、分析、コントロールを支配下に置くアプリだ。1分程度で、電子ロックは陽子の自由になった。そして、タブレットパソコンが動いている間に陽子は特殊工具で下の普通の鍵を解除した。ピッキング防止の難しいモデルだが、彼女が持つ、特殊工具は電子デバイスと人工筋肉によって出来た物で、鍵を自己複製してしまう物だった。無論、どちらも特別に許可されない限り、処置も違法な道具だ。

 数分で扉を開き、陽子は家の中へと入った。家の中の調度品も金持ちを伺わせる。

 「佐伯君・・・。保安官が不法侵入をしても良いのかね?」

 玄関に立っていたのは眼鏡を掛けた小柄な少年だった。

 「よう、オタク君」

 「僕は奥田だ。オタクなどと呼ぶのは止めてくれ」

 「じゃあ、情報屋のディープ・ナイト。あんたが知っている情報を寄越せ」

 「君は契約者じゃない。教えられないな」

 「ふん、こっちは柊木からちゃんと依頼を請けている。柊木が買った情報も提供して貰う権利はあると思うが?」

 陽子は胸の前で両手を握り、指の関節を鳴らしている。それに奥田が怯える。

 「ぼ、暴力は反対だ」

 「暴力?違うわよ。これはただの指導よ」

 「何が指導だ。明らかに俺を殴って、無理矢理に従わせようとしているだけじゃないか?君はいつもそうだ。力で何でも従わせようとする。このガサツ女が」

 陽子の眉間に皺が寄る。全身から放出される怒りのオーラ。それを感じた奥田は恐怖を感じて、硬直する。

 「誰が・・・ガサツだって?」

 「い、いや、今のはちょっと・・・」

 「ちょっと・・・が、何だ?」

 硬直する奥田の顔面を陽子の右手が掴む。それはアイアンクローと呼ばれるプロレス技だ。陽子が手に力を入れるとミシミシと頭蓋骨が鳴るような感じがして、奥田は激痛で言葉にならない叫び声を上げた。陽子は力の加減などせずに手に力を入れる。奥田は必死に手から逃れようと、その陽子の手首を両手で掴んで離そうとするが、ビクともしない。

 「悪いがけど、あんたみたいに育ちが良いお坊ちゃんと違って、こっちは幼い頃からバイト三昧で鍛えられてきているからね。簡単には外されないよ」

 「わかった。わかったから、全てを出すから許せ」

 「それで良いのよ。出し惜しみしたら、頭を潰すからね」

 「くそっ、だからゴリラは嫌いだ」

 「あああん?」

 奥田はすぐに陽子の睨みから逃れるようにパソコンへと向かった。

 「それで・・・僕から欲しい情報はあの女の子に関する情報かね?」

 「まぁ・・・まずはそれね」

 「まず・・・ね。君達は情報屋のリスクを知らないから、簡単に言うんだ」

 「リスク?そんなやばいもんなの?」

 奥田は眼鏡をグィと押し上げる。

 「今回の奴はマジでやばい。まずは簡単に彼女の事を調べるつもりだった。だが、どこを調べても国民番号や住民票、果ては健康保険証など、彼女の身分を示す物はこの国の機関の何処にもなかった。試しに外務省の外国人登録にもアクセスしたが、どこにも彼女らしき情報は無かった」

 「不法入国したんじゃない?」

 「それも考えたよ。だとすれば、途方もない情報量だ。とても僕に扱える代物じゃない。そこで僕は調査対象を変更することにした」

 奥田はパソコンを操作して、ある画面を表示した。陽子はそれを凝視する。

 「何の表?」

 「卜部の警護を依頼した父親が勤める産科研。そこが持っているサーバーにアクセスした」

 「ようやるねぇ」

 「そう、簡単じゃないよ。相手は防衛産業に主軸を置く、研究所だ。ハッキング対策もしっかりしている。幾つかのサーバーは完全にシステムから外されているようだ。実際に研究所にでも忍び込まないとアクセスが出来ないだろう。まぁ、簡単に覗ける一般サーバーの中から、関係のありそうなファイルを幾つか見付けてコピーさせて貰ったよ」

 「それで、この表なんなのよ?」

 「これは研究所で現在、進行中のプロジェクトの一覧のようだ」

 「へぇ・・・ようわからんわぁ」

 「名前しか書いてないからね。補助金などを貰った一般的なプロジェクトには分かり易い名前が並んでいるよ。その多くは一般に公開されている情報だ。幾ら調べてもそこに卜部の名前は出てこない」

 「ほんとうね。レーザーなんたらって難しそうだけど」

 「それは公開されている情報だから、要らない。問題はアルファベットや一文字だけで表されているプロジェクトだ。これは研究内容を知らないと、何のプロジェクトかわからないようになっている」

 「それは・・・研究所の独自プロジェクトって事?」

 奥田は指を鳴らす。

 「その通りだよ。これは、情報が公開されていない。全てが完全に秘匿されている。無論、研究というのは全世界規模で競争だ。敢えて敵に悟らせる必要も無いのだが、どんな研究がされているかは気になるじゃないか?」

 「そう?」

 「当たり前だ。街中で銃撃戦をやるような連中が狙っているとすれば、相当の価値のある情報。だとすれば、この中にそのヒントが隠されていると思うのが普通じゃ無いかね?」

 奥田は自信満々に言う。

 「じゃあ、探ったの?」

 陽子は素直に尋ねる。それに奥田は怯む。

 「君ね・・・さっきも言っただろ?ここは防衛産業を担う最先端研究所なんだ。下手に手を出せば、僕は逮捕されちゃうかもしれないんだよ?」

 「だって、すでにそうなってもおかしくない事してるじゃない?」

 「君はねぇ。ここまでは僕の技量なら、難なく出来ただけ。こっから先になると覚悟を決めないとやれないよ」

 陽子は奥田の瞳を見た。

 「だったら・・・やりなさいよ」

 「き、君は解っているのか?キケンなんだよ?」

 「だって、あんた、楽しそうじゃない?キケンとか言っている奴の目じゃないよ?」

 陽子にそう言われて、奥田は笑った。

 「わかったよ。だけど、ここからは本当にヤバい。追加料金になるけど、良いか?」

 「どうせ、お金は柊木持ちだから。それにあんたがヤバい事になっても私が守ってあげるわよ。どうせ、やって来るのは犯罪者でしょ?」

 「お前を稼がせる為に餌になるわけじゃないよ?」

 「何でもいいわ。とっとと、やりなさい」

 奥田はパソコンを数台、動かして、何かのプログラムを動かしたりした。

 「さて、何かわかったら、連絡を頂戴。私はこれから、また、やる事があるから」

 「どこへ?」

 「相手が解れば、この目で見ないといけないでしょ?」

 「あまり派手に動かないでくれよ。向こうが変に身構えたら、こっちがやり難くなるからさぁ」

 「そんなヘマはしないわ」

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