第10話 疑念

 扉がノックされる。このノックは敵味方が解るようにノックの仕方が決められている。そして扉が開かれた。姿を現したのは一人の中年男性だ。

 「警備部長の石倉だ。柏木君、大変だったね」

 警備会社の幹部クラスだ。さすがにこれだけ大事になれば、警備会社も幹部が出て、事態収拾を行うしか無いだろう。

 「はい。そもそも、請ける気も無い依頼だったので、まさか、ここまで大事になるとは思いもしませんでした」

 恵那は率直に言う。ここで変に媚を売っても意味が無いからだ。

 「そうか。我々も請ける時にもっと、しっかりと情報を確認すればよかった」

 「では、この契約は解約で良いですか?彼女は普通の警備会社で手に余ります。警察が警備をするのが妥当かと」

 恵那がそう答えると石倉は考え込む。

 「悪いが・・・解約は出来ない」

 「相手は自動小銃を持って、警察署を襲った連中ですよ?普通じゃありません」

 「普通じゃないのはわかっている。だが、君が彼女を警護する。それしか無いんだ」

 「あまり・・・納得が出来ない話ですね」

 恵那は石倉を睨む。

 「言っている事がおかしいのは自分が良くわかっている。だが、上からの要請でね」

 「上とは?」

 「知らない方が良いだろう。俺も社長から直接、言われただけだ」

 「こっちは殺され掛けたんですよ?」

 「そっちは会社から特別手当を出す」

 「どっちにしても、私の手には負えません。死ぬために仕事をしているわけじゃないですから」

 「わかっている。警察の方からも警護を出して貰うし、会社からもチームを出す。君は彼女の一番近くで警護をしてくれれば良い」

 石倉は必死に恵那を説得する。だが、恵那はその様子を見て、訝し気に尋ねる。

 「そこまでして、何故、私を指名するんですか?」

 「俺にもわからん。社長にも尋ねたが、先方からの強い要請としか答えて貰っていない」

 「なんか、仕組まれている感じがして、嫌ですね」

 「何と言われても仕方がない」

 石倉は狼狽するだけで、これ以上の話し合いは無駄のようだ。どっちにしても美緒があのような武装組織に狙われているのに放り出していくのも気が引ける。ただ、プロである以上、悪戯に自分の命を掛けるつもりは無いが。

 長い夜だった。明け方近く、美緒は目を覚ました。

 「お目覚めですか?」

 恵那は冗談っぽく、彼女に声を掛ける。

 「あの・・・ここは?」

 「病院だ」

 「私は・・・確か、連れ去られたと思うんですが」

 「助けたわ」

 「ありがとうございます」

 「気にしなくて良いわよ」

 テレビは点けない。今頃、ニュースは警察署襲撃を大きく報道している。死者34人。負傷者多数。それが全て、美緒を守る為に起きた事件だとすれば、美緒はショックを受けるだろうからだ。

 日が昇る頃になるとマスコミは事件の中心人物が入院している事を嗅ぎ付け、病院の前に集まっていた。情報管理は徹底したとしても漏れる。すでにマスコミは美緒の事を調べ上げているだろう。恵那はスマホでネットサーフィンする。そこでもすでに美緒の名前などは流れている。

 「真実は隠せない・・・か。出来れば、狙った側の情報も欲しいんだけどね」

 襲った側は武装組織とか勢力とか、そんな表現しか無かった。警察の方の方も捜査しているが、武装勢力側の生存者は無しという事らしい。恵那は病室で事情聴取をされた。事態が事態だけに相手を射殺するつもりで撃ったが、全員が死んだとは思っていない。だが、実際は全員が射殺されていたらしい。ただし、まだ、鑑識の鑑定が終わっていないので、恵那が撃った銃弾で全員が死んだかどうかはわからないらしい。それは朝まで病室で待機する石倉から聞いた。

 「美緒の事は世間に広まっているわね。学校には通わせられないけど?」

 恵那は石倉にそう投げ掛ける。

 「そうだな」

 「そうだな。じゃないわよ。まだ、夏休みまで1カ月以上あるわ。私、出席日数が足りなくて進級が出来ないのは勘弁して欲しいの」

 「そうだな」

 「いや、そこはどうにかしてよ」

 「そうだな」

 「ちっ」

 何とも歯切れの悪い石倉との問答に飽きた恵那は個人のスマホを見る。そこには幾つかメールが入っていた。その中の一つを開く。内容は何処かの宣伝だ。ただし、これは擬装であり、周到に情報が隠された暗号メールになっている。暗号メールと言えば、添付された画像データを解析ソフトを使うことで、そこに隠された暗号文が明らかになるというやり方がテロリストなどで流行ったが、これもその一種だ。一見、何でも内容なメールには幾つかプログラムコードが忍ばせてあり、それを特殊な解析ソフトに掛けると、別の文章に再構成されるというわけだ。

 襲撃の黒幕は国家が関与している可能性がある。

 解析された暗号文にはそう記されていた。

 国家・・・。

 単純に国家と書かれているだけでは恵那もさすがに理解が難しかった。他のメールも見ていく。

 国立科学技術研究所

 遺伝子操作

 生物兵器

 単語が並ぶ。この方法ではあまり文字数が多く入れられないのと、一つのメールで全てがわかると危険という理由でこのような方法が取られている。

 一番、怪しいのは国立科学技術研究所か。

 国立科学技術研究所、通称、科技研。戦前からある研究機関で、軍事研究を主に行っていた所だ。戦後は平和目的の研究を根ざしているとされたが、防衛産業とも深い繋がりがあるとされる。一節には極秘で核兵器の研究もしているとか、黒い噂は絶えない。

 恵那はこの事件が科技研の仕業なら、可能性としては高いと思った。これだけ派手にやれば、警察以外にもマスコミだって騒ぐ。そうなると隠し通すのが本来、難しくなるはずだ。それを平然とやってのけるには、何らかの後ろ盾があると考えるべきだ。それは国家さえも動かす力でなければならない。科技研がどれほど闇世界に深く根付いているかわからないが、多分、彼らが裏で手を回しているのだろう。

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