第9話 強襲・・・そして、拉致

 事情聴取の間、離されていた美緒と数時間ぶりに再会する。美緒は余程、ショックだったのか、ずっと泣いていたようだ。赤い目をしながら朦朧としている。隣で付き添っていた女性警察官も心配そうだ。

 「あの、犯人は?」

 女性警察官に聞いたが、わからないの一言だった。ただ、相手が自動小銃まで武装した危険な集団なので、このまま警察が身辺の警護を行うと言ってくれた。そして、警護態勢が整わないという理由で、このまま警察署で一晩を過ごす事になった。

 警察署の周囲には普段の倍の警察官が投入され、皆、銃撃戦用の防弾アーマーとヘルメットを装着し、手にはH&K社のUMP短機関銃が握られている。警察側には幸いにも死者が出なかったが、重傷者4名を出した事件があったばかりだけに皆、一様に緊張している。

 恵那は窓から警備態勢を見た。さすがに警察署だけあって、隙の無い感じだ。ここを襲撃しようと思えば、特殊部隊でも1個小隊は必要とするだろう。これなら安心して眠れると思った。彼女達には仮眠室が専用で与えられた。そこには身辺警護と身の回りの世話をする為に高梨という女性警察官が不寝番を担当した。彼女も分厚い防弾アーマーを装着しているが、武器は腰のホルスターに納められた回転式拳銃のみのようだ。

 「何かあれば、起こしますので、安心して眠ってください」

 高梨は優しく微笑みながら言う。二人は安心して、眠りに就いた。昼間からの事で余程、疲れたのか、恵那も蒲団に入るとすぐに眠ってしまった。

 夜が更けて、日付が変わった。警察署の周囲は厳戒態勢を維持している。誰一人、近付く者を見逃さない態勢だった。だが、空を飛ぶ小型ドローンまでは彼等も気付かなかった。

 「警察はしっかりと警備態勢を固めているな」

 ドローンから送られてくる映像をチェックしながら男は呟く。彼の後ろから画面を覗く男は手に古臭いAK74自動小銃を組み立て終えた。

 「所詮、警察官だ。皆殺しにして良いと言われている。それよりも中は大丈夫なのか?」

 「あぁ、あれなら大丈夫だ。さっきも連絡を取った。少し、不安そうにしていたが、やってくれる」

 「頼むぜ。敵の応援が来る前に目標を確保して撤退したい。これで一人につき、1億円のボーナスだからな。簡単な仕事だぜ」

 「あぁ、そうだな。では準備をしよう」

 彼等は暗闇の中で動き始める。

 恵那は微かにウトウトと目が覚める。多分、周囲で誰かが動いているからだ。仕事柄だろうか、周囲に異変があると、自然と目が覚める。ふっと体を起こすと近くに高梨が立っていた。

 「あら、目が覚めたんですか?」

 「えぇ、ちょっと」

 「喉でも乾いたのなら、お水をお持ちします」

 「ありがとうございます。でもその程度は自分で出来ますから」

 恵那はベッドから立ち上がる。高梨が歩き回ったから、目が覚めたのか。そう思えば、不思議な事では無い。時刻は深夜1時。目は覚めてしまった。このまま、眠ることは出来ないので、起きていようかと思う。

 恵那が眠りから覚めた頃、警察署の正門には一台のダンプカーが突っ込んで来た。警察官達は慌てて、制止を求める。だが、運転席には誰も乗って居なかった。無人のダンプカーはバリケードを蹴散らし、正面と扉へと突っ込んだ。そして、荷台に爆薬が仕込まれていたようで、大爆発が起きた。一発で警察署の正面入口が大きく開かれる。周囲の警察官達は爆風で吹き飛ばされた。

 「消火を急げ!」「周囲の警戒を怠るな!」「誰か!救急車を呼べ」

 怒号と悲鳴が交錯する。そこに銃声が混じった。

 暗闇から激しい銃撃が警察官達を襲う。投光器に照らされた警察署正面に居る警察官達は彼等にとって、良い的だった。幾ら、銃撃戦用の厚い防弾アーマーでも自動小銃のライフル弾までは止めきれない。警察官達は短機関銃を乱射しながら逃げ出すしかない。

 「アルファはそのまま正面から中に進入。ベータは正面入り口を守れ。チャーリーはしっかり周囲を警戒しろよ」

 覆面をした男達が暗闇から姿を現す。彼等は手にした自動小銃で的確に残っている警察官を撃ちながら爆発で開いた穴から建物内へと侵入していく。

 ダンプカーの爆発は建物全体を揺るがす。音と震動で恵那は何かが起きたと判断した。

 「襲撃ですか?」

 恵那は高梨に尋ねる。高梨は耳に掛けたイヤフォンで無線を聞いているようだ。

 「ダンプカーが突っ込んだみたい。外で銃撃戦が始まっているわ。すぐに卜部さんを起こすわ」

 恵那は脇から拳銃を抜く。銃撃戦となれば、拳銃の使用は問題ないだろう。扉へと近づく。

 パンパンパン!

 突然、銃声が鳴り響き、恵那の胸と腹に強い衝撃が走る。恵那はその場に倒れ込む。最後に見たのは拳銃を構える高梨の姿だった。

 「寝ている所を狙ったら起きたからどうしようかと思ったわ」

 今の銃声で美緒は起きたが、何が起きているかわからない様子だ。

 「早く行くわよ。こんな所でグズグズしていられないんだから」

 高梨は拳銃を美緒に押し付けながら、強引に歩くように言う。美緒は横目で倒れている恵那を見た。

 「え、恵那さん」

 「そいつは死んだわ。三発も喰らったんだから」

 「ひ、ひどい」

 高梨はさっきの優しい笑みを浮かべた人間と同一人物とは思えない程、醜悪な顔で美緒を見た。

 「五月蠅いよ。あんたらの為に私は捨てられるかもしれないんだ。グズグズしない」

 高梨は美緒を連れて部屋から出て行く。

 「ぐぅうう。がはっ」

 恵那は大きく息を吐く。胸を左手で押さえた。痛みはあるが、問題は無い。着込んでいた防弾チョッキが弾の貫通を防いでくれた。ただし、僅か3メートルにも満たない距離での射撃だったので、強い衝撃を受けて、気を失い掛けたようだ。気付けば、すでに二人の姿は無い。痛みを堪えながら立ち上がる。廊下に出ると銃声が聞こえる。

 「戦争でもしているのか?」

 聞きなれたカラシニコフの銃声。恵那はとにかく廊下を進んで、二人を追い掛けた。

 高梨は出逢う警察官に対して、美緒を安全な場所に移す命令を受けたと言って、その場を逃れ、建物からも出た。そして、そのまま暗闇へと入る。そこには自動小銃を持った男達が居た。

 「菜々子。よくやってくれた」

 覆面の男がそう言うと、高梨は嬉しそうな顔になる。

 「アレクセイ、私やったよ。ちゃんと言われた通りにやったわ。だから、私も連れて行って」

 「あぁ、わかっている」

 バシュバシュバシュ

 彼の手に握られていた消音器付マカロフ自動拳銃が火を噴く。高梨は腹を撃たれて、顔を歪ませながら何か言いたげに倒れた。

 「娘を車に詰めろ。行くぞ」

 他の男がすでに美緒を捕まえていた。美緒は怯えるしか出来ない。手荒く、彼女をワゴン車の後部座席に押し込む。

 「簡単な仕事だぜ。しかし、こんな小娘一人にここまでやる価値があるのかねぇ」

 「それは俺らが考える事じゃない。兵士は与えられた命令に疑問を持たずに実行することだ」

 「なるほどね。じゃあ、撤収を命じるぞ」

 男達はワゴン車を走らせた。恵那は何とか、建物の外に出て、美緒の行方を追い掛けようとするが、すでに銃撃戦は止み、襲撃者達も撤収を始めていた。

 「まずいわね。何処かに連れ去られたみたいね」

 恵那はスマホを取り出す。美緒には位置を常に確認する為に発信機を持たせてある。敵がこの対策をしてない限りは位置を知る事が出来るはずだ。スマホのアプリを起動させる。すると、マップ上に光の点を確認した。

 「港の方角へと進んでいるか。船で国外へと出るつもりか」

 恵那は近くに居る警察官に美緒が連れ去られたことを伝える。だが、ここは酷く混乱している。港方面への緊急配備も上手くいくかわからない有様だった。

 逃走をする男達は、怪しまれないように覆面を外している。

 「検問の予定地点は抜けた。奴等、混乱して、上手く指揮が出来ていないな」

 リーダー格の男は笑みを浮かべながら、順調に目的地に向けて走っていた。美緒は何かあった時に面倒だと、睡眠薬を飲まされて眠っている。

 「しかし・・・こんだけ派手にやって、大丈夫かね?」

 部下の一人がそう呟く。幾ら、治安が悪化した日本とは言え、警察署が自動小銃を持った集団に襲われるなんて事件は前代未聞だった。世界的に見ても極悪な犯罪だと言えるだろう。普通なら国家を総動員して解決に乗り出す事案だ。無事に逃げ出せるとは思えないのも仕方がないだろう。

 「安心しろ。依頼主はそれも込みで全てを何とかしてくれるらしい」

 リーダー格の男がそう、部下達の不安を和らげようとする。

 「まぁ・・・とにかく金さえ貰えれば良いよ。危ない橋を渡るに見合う金がな」

 あと少しで港に到着する。リーダー格の男は少し、気持ちが緩んだ。突然、車が衝撃を受けて、スピンする。運転手は車を立て直そうとするが、何ともならずに信号機に衝突した。ブレーキ音が聞こえる。前に一台と後方に二台。後方の方は多分、仲間の車だ。だとすれば、前に停まったのは誰だ?リーダー格の男は自動小銃を握りながら、考える。

 襲撃者達の車を追い越しざまに銃撃したのはタクシーだった。タクシーは信号機に衝突した車を盾にするように停車する。

 「お嬢ちゃん!ワシに出来るのここまでや!」

 「おっちゃん、助かったわ」

 後部座席から降りて来たのは恵那だった。彼女は拳銃を構える。タクシーが走り出すと同時に停まったワゴン車から男達が降りようとする。恵那はそれを狙い撃った。正確無比な射撃は降りてきた男達の額を撃ち抜いていく。

 「おい!こいつがどうなっても良いのか?」

 衝突した車から降りて来たのはリーダー格の男だ。彼は眠っている美緒を左腕で抱えて、拳銃を突き付けている。

 「その子を離しなさい」

 「馬鹿か?てめぇは死んでおけ」

 生き残っている敵の部下が自動小銃を構えて恵那を狙う。無理か。そう思った瞬間、突如、去って行ったはずのタクシーがドリフトをしながら交差点を曲がって来た。そして、タクシーは凄い速度で自動小銃を構えていた男達を次々と撥ね飛ばしていく。

 「なんだと!」

 リーダー格の男は流石にその行動に驚く。刹那、恵那は彼に向けて発砲した。弾丸は彼の眉間を撃ち抜く。そして、次々と他の生き残りの敵を撃った。全てが終わり、恵那は倒れている美緒を抱き起す。近くにベコベコに凹んだタクシーが停まる。タクシーの運転手が降りて来た。

 「その子は大丈夫か?」

 「眠らされているだけみたい。すぐに病院に運ぶわ」

 「おお、そうかい。乗せいや」

 恵那達は美緒をタクシーに乗せて、この場から立ち去る。

 「おっちゃんがタクシーで近くを走っていて、本当に助かったわ」

 恵那は運転手に感謝する。

 「気にするなって、まぁ、しっかり報酬とタクシーの修理費は貰うけどな」

 「わかっているわ。でも、おっちゃんが居なかったら、どうにもならなかった」

 「運が良かったわけやな。でも、こないな子どもをあんが大仰なやり方で連れ去ってどうするつもりやろな?おっちゃんには見当もつかんわ」

 「私もよ。明らかに割が合わないと思うけど・・・。それだけの何かがあるって事ね。それを何とか掴みたいけどね」

 タクシーは無事に警備会社が契約している総合病院に到着して、美緒は治療を受けた。幸いにも飲まされた睡眠薬の量は適正のようで、胃の洗浄を終えてから、暫く眠れば良いとされた。警備会社からは警備員が増員され、さらに警察官まで来て、病院はまるで要塞のような警備態勢が敷かれた。美緒は個室が与えらた為に恵那が一緒に部屋に居る。さすがに眠れない状況だった。さっきの連中が一部だとすれば、まだ、襲われる可能性がある。警戒は続けないといけない。

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