第13話 告白
「あれ、琉香先輩じゃない?」
「ほんとだ!」
キャーキャーとざわめき立つ周囲の女子たちに、私はドキリとして彼女たちの視線を追った。
校門にもたれ掛かって立っている姿は、それだけでさまになっている。けれど、見るからに分かるその不機嫌オーラに、誰一人として声をかけられず遠巻きに彼を見守っていた。
「ねぇ、握手してもらおうよ」
「えー、でもなんか、ちょっと恐くない?」
「だけど、こんなチャンスめったにないじゃん」
そんな中、前にいた女子グループが意を決した様子で、彼に近づいて行った。
「あの、琉香先輩……」
「何?」
チラッと上目遣いに彼女たちを見た琉香さんのその瞳の冷たさったら。
「い、いえ……何でもないです」
さぁっと、彼の周囲から人だかりが遠ざかる。
背筋が凍りそうなくらい彼が不機嫌な理由は、私のせいであることは明らかで、とは言え、私はどうしたらよいのか分からず、慌てて校舎に引き返した。
昇降口を横切り、裏庭へと避難し、とりあえず時間を潰そうと、飼育小屋でうさぎと戯れていた私の頭上から、
「うさぎが、うさぎ小屋に入って、なんの冗談だ」
と琉香さんの冷ややかな声が落ちて来た。
「るっ琉香さん!」
「なんで……逃げんだよ……」
彼の声が切なげなものに変わったので、驚いて見上げると、傷ついた顔をした琉香さんが私を見つめていた。
「瑠偉兄が……二人きりにはなるなって……」
途端、琉香さんはぶすくれた顔をして、横を向いた。
「お前が本当に嫌がってんなら、もう二度と触れたりしねーよ」
その横顔に申し訳ない気持ちでいっぱいになり、私はうさぎ小屋から出て行った。
「ごめんなさい……」
謝った私を琉香さんが横目で見る。
「本当に嫌だったの?」
「嫌っていうか……」
「っていうか、何?」
「……ビックリしたし、怖かったし。きゅ、急にあんなことするから悪いんだからね!」
開き直って、彼を睨みつけると、琉香さんは不機嫌そうに眉をしかめた。そして、しばらく沈黙が続いた後、彼はため息交じりに言った。
「……悪かったよ」
え……? えええっ!?
琉香さんが……謝った……。
「なんだよ、その顔」
「だだだって……」
彼が私に謝ったのは、この八年間で初めてかもしれない。
「あの時は、お前も俺と同じ気持ちなんだって思ったら、止められなくて……」
拗ねたように言う琉香さんにトクンと胸が高鳴った。
「……同じ気持ちって、どんな気持ち?」
「知るかよ」
「き、聞きたい……な。だって、琉香さんは私の事、ペットくらいにしか見てくれていないと思っていたし」
そう言ってみたけど、彼は何も答えず目を逸らしたまま不機嫌そうに眉をしかめている。
「だから、どんな気持ちで、キスしたのかなって……」
「あぁ、もう、うぜーな。好きだからに、決まってんだろ。いちいち言わせんな、クソ」
苛立った様子で舌打ちをついた琉香さんが私のことを見つめた。
「好きなんだよ。お前のことが」
怒ったように、けれど切なげに言った琉香さんの言葉は、私の心臓を打ち抜いた。
琉香さんが、私を……好きだと言った。
「お前は?」
「え?」
「だから、この俺様がお前みたいなブスを好きだと言ってやっているのに、え? じゃねーよ、クソバカ。なんで、あの時、寝ている俺にキスしたの?」
心の中を覗き込むように瞳の奥を見つめて来るから、カァッと耳まで熱くなった。
「なんでって……こないだ琉香さんが私をかばってくれたから……感謝の気持ちを込めてっていうか」
恥ずかしくて言いながらうつむくと、「それだけ?」と彼は顔を覗き込んだ。
「それは……」
「それは?」
「もしかしたら……」
「もしかしたら、何だよ」
真剣な顔で聞いてくる。
「……琉香さんを好きなのかもしれない」
私の言葉に、彼は、
「ふーん」
とつぶやいた後、
「うさぎのくせに……すげー嬉しい」
そう言って、私に唇を重ねた。
それは長いキスだったけれど、ファーストキスのようにただ優しく唇に触れるだけで、琉香さんは私から離れた。
「今日、今から仕事に行かなくちゃならないんだけど、帰ってきたら……」
そう言って、彼は私の顔をじっと見つめた。
「デートしよう。お前と二人きりになりたい。瑠偉にはちゃんと俺から話して二人のことを認めてもらう」
デートとはどこまでを指すのだろう。その熱い眼差しに、鼓膜が震えるほどに心臓が高鳴っている。
コクリとうなずくと、琉香さんはこれまでに見たこともないような無邪気な笑顔を見せた。
やばい……キュン死にする。
それは息が止まるほど素敵な笑顔で、私は頭の中が沸騰しそうになりながら、夜のデートを思って苦しくなった胸に、ふぅと吐息を漏らした。
◆◇◆
それから、家に帰って、私はすぐにお風呂に入った。
ま、まぁ、別にそういう流れになるかどうかは分からないけど……。
と自分に言いながらも、入念に体をチェック。
お腹の肉をつまんで、あぁ、ダイエットしておけばよかったな、なんてため息をつく。
可愛い下着あったっけ? まさか自分がデートする日がくるとは思わなかったから、勝負下着なんて持ってない。
しかも、相手があの琉香さんだ……。
再び鼓動が早く鳴りだして、実際にその時を迎えたら、止まってしまうのではなかろうかと心配になってくる。
『好きなんだよ、お前のことが』
あの琉香さんが、私を好きだと言った。
「……手の込んだ、嫌がらせとかじゃないよね?」
家に帰ってきたら、そんなわけねーだろ、ブスなんて言われるオチはないだろうか?
結構な確率でありえそうで、私は身震いした。
お風呂から出て、髪を乾かしながら、琉香さんにメールする。
『ねぇ。琉香さん。さっきの、私を虐めるための仕込みだったり、しないよね?』
『そんなに俺って信用ない?』
『うん』
『てめぇ、ふざけんな。仕込みかどうか、お前の体に思い知らせてやるから、待ってろ、バカ』
返って来たメッセージにドキリとして、思わず携帯を閉じた。
爆走する心臓に、髪を乾かし始めた手が震えてしまう。その時、突然、携帯が鳴りだした。琉香さんかと思って焦ったけれど、瑠偉兄からの電話で、なんだか後ろめたさに一瞬でるのを躊躇する私。まるで、親に内緒で悪いことをしている気分だ。実際、そうなんだけど。
「もしもし?」
「莉兎?」
瑠偉兄の声があまりにも固かったので、心臓がギュッと縮こまった。
琉香さん、瑠偉兄にもう話したんだ……。
「琉香から、今日二人で出かけると連絡があった。……それが莉兎の出した答えなんだよね?」
それは、私が琉香さんを受け入れるのかどうかの確認ってことは明白で、私はバクバクする心臓の音を聞きながら、「うん……」と答えた。
しばらく間があって、「莉兎にもう一つだけ、聞いておきたいことがあるんだ」と、瑠偉兄の少しだけ迷いを含んだ言葉が続く。なんだか、彼の声が重い響きを持っていて、その先を聞くのが怖くなった。
その時、まるで二人の会話に割り込むように、家のインターホンが鳴った。
「ごめん……瑠偉兄、誰か来たみたい」
ホッとした私の気持ちを見抜いたのだろう、瑠偉兄がため息をつく。
「出ていいから、そのまま、切らないで。今ちゃんと話しておきたいんだ」
「うん……分かった」
彼の有無を言わせない声に、私は何を言われるのだろうと不安な気持ちを残したまま、インターホンの画面を覗いた。
「坂倉君……」
そこに映っていた人は意外な人で、私は一瞬電話のことを忘れて、「どうしたの? 坂倉君」とインターホン越しに話しかけた。
「話があるんだけど……少し、いい?」
いつも明るい彼には珍しく、うつむき加減に、暗く思い詰めたような声を出す。
「ちょっと、待ってね」
私は一旦インターホンの通話を切って、携帯を再び耳にあてた。
「瑠偉兄、友達が来て……」
「うん。聞こえていた。いいよ、一旦、切る。僕も落ち着いて話したいから。だけど、要件が終わったらすぐに電話ちょうだい。いい?」
「うん。すぐかけ直す」
それじゃぁと電話を切ろうとした時、「莉兎」と呼び止められた。
「なに? 瑠偉兄」
「家には入れるなよ。今一人なんだろ?」
あぁ。優しい瑠偉兄、いつだってこうして私のことを気遣ってくれる。
「うん。分かった」
ただのクラスメイトなのに、ちょっと心配性だななんて、苦笑いしながらも、私は彼の優しさに感謝しながら、電話を切った。
だけど、その時の私はまだ知らなかった。
いつもは明るくてみんなから慕われている信頼のおける人だったとしても、人間は時として、心の闇に乗っ取られてしまう弱い生き物だということを。
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