第9話 ダンスパーティー

 西之宮学園の文化祭は、高等部、大学と一緒に行われ、年間イベントの中でも相当な盛り上がりを見せる。

 そして、一番のメインイベントが、最終日の夜に行われるダンスパーティーだ。

 それには甘ぁい言い伝えがあって、午前零時の鐘が鳴る間に、カップルがキスをすると永遠に結ばれるっていうよくあるあれです。乙女なら誰もが憧れてしまう伝説。


 きっと、イチャイチャしたいカップルが言い出した作り話でしょ、なんて思っているのは、彼がいなくて一度もダンスパーティーに参加したことのない私のひがみだけど。


 あぁ、瑠偉兄はやっぱり美姫さんと行くのかな。二人のダンスしている姿なんて、あまりにお似合いすぎて、嫉妬を通り越して憧れてしまう。

 鐘のの中で、二人は永遠の愛を誓うのだろうか。


 はぁ……。

 いずれにしても、今年もまた、彼のいない私には関係のない遠い世界の話だ。


「ダンスパーティー、俺、お前と行くから」


 そう思っていた矢先に、突然、琉香さんがそんなことを言い出した。


「え? なんで? 琉香さんなら誘える子いっぱいいるじゃん」

「だから困るんだよ。一人に絞ったら、いろいろ面倒なことが起こるからさ。その点、お前なら無害じゃん? 妹だし。ブスだし」

「最後の言葉いる?」

「ま、そう言うことだから、予定しておけよ。どうせ、お前のこと誘ってくれる物好きなんていないんだからさ」


 そ、そうなんだけどさ。そこまで正直に言われると、分かっていても傷つくんですけど……。

 微妙にへこむ私。だけど、その日、私は予想外のことに出くわした。


「ねぇ、七瀬。ダンスパーティー、俺と一緒に出てくれない?」

「えっ!」


 目の前の照れた顔した坂倉君に、私は絶句する。


「ダ、ダメだよ。坂倉君! 私みたいなのと、ダンスパーティーなんかに参加したら」


 ブンブンと手を振って後ずさり。


「どうして?」

「だ、だって、私と坂倉君じゃ、釣り合わないし。私みたいなブス連れて歩いたら、坂倉君が笑われちゃう!」


 そう言うと、彼は少し怒った顔をして、

「前から言っているけど、七瀬はかわいいんだからさ。自分のことブスなんて言うなよ」

 と言った。


 それは、坂倉君がブス専だから……。

 さすがにそれは口には出せなかったけれど、私は焦って、彼の申し出を辞退した。


「ご、ごめん。私、お兄ちゃんと一緒に参加する約束しちゃっていて、だから、ダメなんだ」


 きっとその約束がなくても、お断りしたと思うけど。

 だって、いくら坂倉君が私のことをかわいいと思ってくれていても、周囲の人はそう思ってくれない。私みたいのが、人気者の彼の横に居たら、嘲笑をかってしまうだろう。


「ねぇ、踏み込んだこと聞いて気を悪くさせたら申し訳ないけど、七瀬ってお兄さんと血が繋がっていないって本当?」


 突然、坂倉君は、話の脈絡がつかめないことを言い始めた。


「え、うん。私が小四のころに、両親が連れ子再婚したの」

「そう、なんだ……」


 彼はつぶやいたきり黙りこんだ。


「それが、どうかした?」

「何か、妬けるな。お兄さんって言ったって、血が繋がっていないんじゃ、男には変わらないだろ」


 ひゃー。

 さ、坂倉君。こんな私のために、妬いてくれているの?

 もうほんっと申し訳ない。私なんかには勿体ないお言葉です。


「全然、そんなんじゃないから。どちらかというと、私のことを動物くらいにしか思っていないし」


 実際、ペットだなんてひどい扱い受けているからね。

 私がそう言うと、坂倉君は「だといいけど」とため息交じりに言った。

 あぁ、ありがたや、ありがたや。

 彼がもたらす有難いお言葉の数々に私は心の底から感謝を申し上げた。


◆◇◆


「おい。お前、ダンスパーティーの準備は?」


 文化祭も最終日を迎えて、クラスの出し物だったクレープの出店を片付けているところに琉香さんがやってきた。


「え? 準備って何を? 別に用意するものないし」


 ダンスパーティーを控え、そわそわし始めたクラスの女子を見かねて、特に準備する予定もなかった私はひとり片づけを引き受けたものだから、結構、時間がかかってしまった。


「まさか、制服で行く気か?」

「うん。どうせ私がドレス着たりしたら、ブスのくせに似合わないことするなって言うでしょ?」


 そう言うと、琉香さんはぐっと言葉を呑み込んで、苦み潰した顔をした。


「お前の言うことはもっともだが、制服姿のお前を連れてダンスパーティーに行くのはさすがに俺のステータスに傷がつく。ちょっとついてこい」


 私の腕を引いて歩きながら、携帯を取り出す。


「あぁ、俺だけど、今からそっち行くから、ダンスパーティー用のドレス一つ用意しておいて。ん、いや。モデルじゃないから普通サイズでいいよ。胸は小さめ。うさぎだよ、うさぎ。あと、メイクとヘアセットもよろしくな」


 胸は小さめとか、そんな情報いるのか?

 私は心底気分を害して、ムッとした表情で琉香さんを見上げると、「何か文句ある? 小さめなのは、俺のせいじゃないだろ。それとも大きくなるよう手伝ってやろうか?」と言ってニヤリと笑った。


「け、結構です! 服のサイズ伝えるのに、胸のサイズまで伝えることないじゃん」

「バカ、胸元が大きく開いたカクテルドレス用意されたらどうすんだよ。その貧弱な胸を晒す気か?」


 くぅ。悔しいけど、何も言い返せない自分の体形が恨めしい。


「セットして帰ってきたら、もう始まっているな」

「もしかして、青山まで今から行くの?」

「あぁ、飛ばせば間に合うだろ」


 面倒くさがる私を引きずるようにして、琉香さんは青山の事務所まで向かった。

 すぐに笑顔で出迎えてくれたケイタさん。


「今日はこれからデートだったのに、この貸しは大きいからな」

「ああ、悪いな」


 そう言いながらも、全然悪びれていない琉香さんに私は冷や汗を流しながら、

「す、すみません! ケイタさん」

 と謝った。


「冗談だよ。うさちゃんに魔法をかけるなら望むところ。相手がそこいらのモデルだったら、断っていたさ」


 ケイタさんはニコリと笑って、私をメイクアップルームに連れて行った。


「琉香は、あっち行ってろ。仕上がるまでのお楽しみ」


 ケイタさんに言われて、琉香さんは肩をすくめると、「時間ねーから、パパッと頼むな」と相変わらず、頼んでいる側とは思えない態度で去って行った。

 その後、私は、ケイタさんによって、まずドレスに着替えるように言われた。


「はい、これ。うさちゃんのイメージにぴったりのドレス選んでおいたよ」


 渡されたドレスは薄いピンク色で、フワリと広がったスカートに、白い鳥の羽がたくさんついた、何ともラブリーなドレスだった。


「い、いやぁ。これはちょっと……。もう少し、地味なのないですか? 色も黒とか紺でシンプルな形の……」

「文句言わないの。シンデレラが、魔法使いのおばあさんにドレスを変えろなんて言わないだろ?」

「で、でも、私みたいなのには似合わないと思うんですけど……」

「プロの俺の目を信じて。さ、早く着替えておいで」


 ケイタさんは強引に私をカーテンの奥に追いやった。

 やだなぁ。こんなドレス着て行ったら、琉香さんになんて言われることか。

 私は大きなため息をついて、ドレスに着替えた。


「ほら、似合っているよ」


 カーテンから、恐る恐る出て行った私を見て、ケイタさんが微笑む。

 高等部の制服を試着したときに見た、デパートの店員さんの「よくお似合いですよ」という張り付いた営業スマイルを思い出して、寒気がした。あぁ、帰りたい。


「じゃぁ、次は顔と髪の毛だね」


 縮こまる私をケイタさんは椅子に座らせて、髪を結い始めた。アップにした髪に、ドレスと同じ白い羽の付いたピンク色のリボンをつける。

 もう私は借りてきた猫のごとく、されるがまま、おとなしくしていた。


「化粧するから眼鏡取るよ。ねぇ、うさちゃん、せっかくだから今日は眼鏡やめたら?」

「眼鏡ないと、歩くことすらままならないので」

「僕のカラコンあげるよ。度がそこまで強くないから、よく見えないかもしれないけど、少しは違うんじゃない?」


 ケイタさんに勧められて、私は生まれて初めてのコンタクトレンズもした。


「どう? いけそう?」

「ちょっと、違和感あるけど、大丈夫そうです」

「僕の顔は見える?」

「この距離ならなんとか」

「オッケー。じゃぁ、最後の仕上げをするよ」


 水色のアイシャドーにピンクの口紅に付けまつげまでつけて、若干、不安になってきたところで、ケイタさんが、

「僕さ、いろんな子に魔法かけて来たけど、うさちゃんほどワクワクしたのは初めてだよ。さぁ、完成だ」

 と言って微笑んだ。


「どう? 鏡に近づいてみて。自分の姿見える?」


 ケイタさんの問いに私は答えることができなかった。

 だって、鏡の中にいる人は、私じゃなかったから。

 陰気くさくて、ジメッとした、貞子の私はそこにはいない。


「あぁ、うさちゃん。泣いたらダメだよ。化粧崩れちゃうでしょ」

「……だって、ケイタさんすごいですぅううううっ。ハリウッドの特殊メイクでもしてくれたんですか? うっうう……」


 私は感極まって泣き出してしまった。


「特殊メイクなんてしてないよ。あぁ、マスカラ落ちちゃったじゃない」


 ケイタさんが苦笑いしながら、化粧を直してくれる。


「うさちゃん。君は本当に素材がいいんだから、自信を持って」


 最後にそう言って、彼は私の心にまで魔法をかけて、送り出してくれた。


「琉香、お待たせ」


 ドアを開けて、ケイタさんが外にいる琉香さんに声をかけると、苛立ちながら入ってきた彼は、「おせーよ、何時間かけ……」そう言って、息を呑んだ。


 ケイタさんがクスリと笑う。


「あのさ、前回みたいに、ガキみたいな態度取ったら、さすがの僕も今日は怒るよ?」


 琉香さんはその声もまるで届いていない様子で、私のことを食い入る様に見つめた。


「な、なんか、私じゃないみたい……だよね」


 あまりに見られて恥ずかしくなって照れ笑いすると、琉香さんは何も言わずに、不機嫌な顔をしてうつむいた。

 そんな琉香さんを楽しげに見ていたケイタさんは、

「ちゃんと素直に感想を言ってやれよ」

 そう言って、部屋から出て行った。


 二人だけになって、でも琉香さんが何も言ってくれないので、居心地が悪くなってそわそわしてしまう。


「や、やっぱり変だよね。やめた方がいいかな。め、眼鏡どこ置いたっけ」

「きれーだよ」


 目を逸らしたまま、ボソリとつぶやいた琉香さん。

 え……? ええ……?


「えええっ?! いっ今、なんて言った?」

「もう二度と言わない」

「そ、そんなこと言わずに、もう一回。で、できれば録音させて……」

「口が裂けても言わない」


 頑なに口を閉ざす琉香さん。

 あぁ、勿体ないことした。ちゃんと今の言葉、しっかり心して聞いておきたかった。


「じゃぁ、いいよ。瑠偉兄に言ってもらうから」

「ふざけんな。そんな姿、誰が見せるか」

「え? だって、ダンスパーティーは?」

「黙れ、クソバカ」


 琉香さんはすこぶる怒った顔をして、それでもって、部屋から出て行ってしまった。

 帰り際、「ここまでやれと言った覚えはない」と、ケイタさんに文句まで言って、「相変わらず、素直じゃないね。天邪鬼」と苦笑いするケイタさんに、私は心の底から同情したのである。

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