第5話 同級生
「なーなーせーさん!」
昼休みになった途端、女子グループに囲まれて、ビクビクと身を縮める。
「これ、瑠偉先輩と琉香先輩に渡して!」
「こ、こんなに、すみません……」
女子たちから、ラブレターやらプレゼントやらをたくさんもらって、さらに恐縮。
だから、兄妹だってばれたくなかったのに……。
校門にポルシェで乗り付けるという琉香さんの暴挙により、あっという間に、『憧れの双子の王子は、どうやら貞子の兄らしい』という噂が広がり、教室の隅でひっそり生きて来た私の周りには、今や人が絶えることはない。
「今度、七瀬さんのお家に遊びに行っていい?」
クラスの中でも美少女という部類に入り何かと目立っている千歳さんが、ずいと顔を近づけて来た。
うっ。ついに、来たか……。
いつかそう言われるだろうと恐れていた展開に、私は、「お、おうち……汚いから……」となんとか抵抗してみる。
「大丈夫、大丈夫。そんなの気にしないから!」
だが、王子の家見学ツアーに嬉々と迫りくる同級生。今まで話したことすらなかった他のクラスの女子まで集まってきて、極度に人見知りな私は、めまいがしてきた。
「おい。千歳。係決めの準備手伝ってよ」
突然、クラス委員の坂倉君が大きな声をあげて、呼ばれた千歳さんは、「えー。昼休みなのにー?」と言いながら、言葉とは裏腹に嬉しそうな笑顔を浮かべて去って行った。イケメンの坂倉君に頼まれたらそうなるよな。イケメンって得だな。やっぱり、世の中、見かけなのだな。
言いだしっぺの千歳さんが去ったことで、王子の家見学ツアーはうやむやになり、他の女子たちも、それぞれに散って行った。ホッと胸を撫でおろして、安堵のため息をつく。ふと、坂倉君と目が合って、なぜか彼はクスリと笑った。
およ?
もしかして、助けてくれた?
女子に囲まれて困っていた私のために、助け舟を出してくれたのだ。私は慌てて彼にお辞儀した。
坂倉君って、結構いい人なんだな。
明るくておしゃべりでクラスの人気者の坂倉君は、もっとも苦手なタイプ。だから、彼とは一度も話したことはなかったけれど、その日、私は彼と、急接近することになった。
◆◇◆
「七瀬って、いっつも誰も手を上げなかった、めんどい係を引き受けんのな。小学生の頃からずっと」
放課後、飼育小屋の掃除をしようと昇降口に向かっていた私は、突然、後ろから男性に声をかけられた。驚いて振り返った私の目に入って来たのは……。
「さっ、坂倉君!」
思わず声が裏返ってしまう。
キリッとした眉と瞳が印象的で、毎日サッカーに励む彼は、真っ黒に日焼けしている。
手にスパイクを持っているから、これから部活に行くのだろう。彼は、グラウンドで走っている姿が一番似合っている。去年のサッカー選手権では、エースとして輝いていたっけ。大学はすでにスポーツ推薦で決まっているって話だ。
「うさぎ小屋の掃除に行くの?」
「う、うん」
自分とはなにもかも正反対の彼に、緊張して手にじっとりと汗が滲む。
「外行くから、手伝うよ」
坂倉君は私の持っている掃除用具に手を伸ばした。
「だ、大丈夫だからっ」
彼から掃除用具を避けようとして、バケツからはみ出たほうきやら塵取りやらが、手元から落ちそうになった。
「あっ!」
慌ててバランスを取ろうとしたものの、運動音痴な私は、脚を絡ませ無様に尻餅をついた。
衝撃で、どこかに飛んでいった眼鏡。ド近眼の上に、パニクって眼鏡を見つけられず、私は海岸に打ち上げられた魚のように廊下の上で一人慌てふためいた。
「これ……」
差し出された手に眼鏡があって、「あ、ご、ごめんなさい。ありがとう」と私はその眼鏡をとって、慌てて付けた。顔を上げると、じっと私を見ている坂倉君。
「な、なに?」
「七瀬って俺の事、嫌いなの?」
「え? え? なんで?!」
「だって、昔から、俺のこと避けているから」
あぁ、違います。それはあなたがイケメンだからです。
「そ、そんなことないよ。坂倉君、今から、部活でしょ? 遅れちゃいけないし……」
「なら、いいんだけど。これでも、結構、勇気だして話しかけたんだけどな、俺」
坂倉君が、勇気だして話しかけるなんて。こんな私になんと申し訳ない。
「み……身に余る光栄です……」
本当にそう思ったのに、言った途端、彼に大笑いされてしまった。
「あいっかわらず、七瀬って面白いな。それとさ、七瀬、コンタクトにしたら?」
突然、そんなことを言われて、「えっ? なんで?!」と動揺してしまう。
「お前、眼鏡取った方がかわいいよ」
ドッヒャー!
今のは効いた。頭が爆発した。
か、かわいいって。私に一番似つかわしくない言葉だ。
動揺して、頭から湯気が出ているであろう自分に、彼の視線から逃れるようにして散らばった掃除用具を拾い始めた。
「その反応もすげーかわいいし」
今度は、すげーという修飾語付き! もう、心の受容制限を超えている。
「かっからかわないでよっ!」
思わず叫んで、私はそのまま逃げ出してしまった。
◆◇◆
はぁ……。
家に帰ってからも、ずっと坂倉君の言葉が頭の中を回っている。
『すげーかわいいし』
そんな言葉をかけてもらえるなんて。私の人生の中で、もう二度と聞くことができないかもしれないから、録音しておきたかったな。
リビングのソファに座ったまま、手鏡を取り出して、眼鏡をとってみる。
にへらと締りなくニヤけている自分の顔。
はぁ……。
「どうしたの? 今日はため息ばかりついて」
気が付くと、瑠偉兄が楽しそうに私を見ていた。
「あ、あの……コンタクトに、してみようかなって……」
思い切って言ってみたら、
「ブスが何シャレっ気づいている。やめておけ。ブスは何してもブスだ」
と後ろから琉香さんの声が響いた。
うぅぅっ……。意地悪。
ジワリと滲む涙。
「琉香。莉兎は可愛いだろ。そんなこと言うなよ」
何も言い返せない私の代わりに、瑠偉兄がフォローしてくれる。
ありがとう。瑠偉兄。でも、もういいの。かわいいなんて言われてちょっと舞い上がった私がバカだった。私にはこの丸尾君眼鏡がお似合いだ。
そう結論づけて、私はコンタクトにするなんていうバカな考えを捨てることにした。
その夜、洗濯ものをたたんでいた私のところに琉香さんがやってきた。何を言われるのだろうと思わず身構えてしまう。
「なぁ、お前、男でもできたの?」
「なっ、何急に!」
驚いてたたんだタオルを落としそうになった。
「だって、コンタクトにするとか、馬鹿なこと言い出したから。誰のためにやってんのかなって」
坂倉君の顔が思い浮かんで、慌てふためく。
「そっ、そんなんじゃないっ! とと友達に、勧められたから……」
動揺丸出しの私に、琉香さんはふーんとつぶやくと、その目を冷たく凍らせた。
あ。この顔は、私を虐める時の顔だ。
「お前ブスなんだから、一丁前に恋愛しようとかやめておけよ。振られるのがオチだぞ」
案の定、私の心に大きな傷を作る。
「そんなこと言われなくたって、分かってるよ……」
恋愛なんて、そんな大それたこと考えていないもん。
ただ、ちょっと嬉しかっただけなのに……。
涙が出そうになって、うつむくと、
「お兄ちゃんはさ。お前が傷つくのを見たくなくて、アドバイスしてやっているだけなんだから。そんな顔するなって」
と琉香さんは私の肩に手を置いた。自分が一番傷つけているくせに……。
「アドバイスなんてしてもらわなくても分かっているから。どうせ私は誰からも愛されなくて、結婚も出来ずに孤独死するんだ」
私は地の底まで落ち込んでゆく。
「よく分かってんじゃん」
琉香さんは私の頭を撫でて、
「まぁ、安心しろ。そん時は、優しいお兄ちゃんが責任もって面倒見てやるから」
そんなことを言い残して、去って行った。
あれれ?
こないだの貰い手がいなかったら貰ってやる発言といい、行き遅れたりしたら、鬱陶しいと真っ先に家から追い出しそうな琉香さんが、面倒見てくれるなんて。
酷いことを言われ続けたせいか、なんだか優しいお兄さんだと感じてしまうから不思議だ。
調教されているのか、私?
思わずそんなことが頭をよぎった。
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