第2話 出会いから最悪「わるぢえ」はとにかく質《たち》の悪いやつだった。
あれは高校一年の初夏だったと記憶しています。
当時の私は知恵とはまだ親しくなかったのですが、そのころ三年生だった知恵の姉ちゃんのほうは、学校では《ちょっとした有名人》でした。私には首から上はまるで別世界の人間のように思えたし、どこまでも男の都合で彫られた彫刻みたいに繊細で、まさしく女性そのものだったと証言します。
私は姉ちゃんに、初めて会ったときから憧れていました。もちろん他にもたくさんのファンがいました。そんな私たちにとって、信じられないような発言をする女が現れたのです。
ホームルームの直後に知恵がいきなり教室の前に飛び出して、姉ちゃんのことについて語り出したのだから、驚きです。
「うち、妹やねん」
こうなるとクラスの男子はこぞって、知恵と友達になりたがりました。私も例外ではありませんでしたが、出遅れたために取りつく島もなかったです。もうすぐ姉ちゃんは卒業してしまう。焦りが頂点を迎えたとき、事態はいきなり好転しました。
帰宅途中の私に向かって、知恵のほうから私に声を掛けてきたんです。
「姉ちゃんのファンなん?」
初めての言葉がそれで、私がうなずくと知恵は人なつっこい笑みを浮かべて近づいてきました。
それからは根掘り葉掘り、知恵のやつから姉ちゃんの個人情報を聞き出すために頑張りました。どんな男がタイプなのか、どんな食べ物を好むのか、どんな寝相で眠るのか、それを知恵は箇条書きにして、親切にも私に手渡してくれました。家族で行った旅行の写真まで添えられてあったんですから、当時の私はなんと頼りになるやつだとひどく感心もしましたし、心から感謝もしました。
ところがある日、私宛に一通の手紙が送られてきました。封筒を開けてみると請求書として、二万円也の記載がありました。送ってきたのは知恵のやつです。
ノート一枚の情報で二万円も請求できる非常識さを前にして、目眩がするほど頭に来ました。だけど詳しく読んでみると、備考欄に『お得意様だけの大サービス、姉ちゃんの水着の写真、もしくは使い古しの下着等々、格安にて販売します』と記されてあったのです。
これには参りました。まさに、キラーアプリです。
私は二日ほど悩んだ末、二万円プラス、水着の写真と使い古しの下着を買いました。全部で知恵には六万円ほど払った覚えがあります。
しかも被害者は私が知っているだけでも、うちのクラスで五人以上いました。
「お前もやられたんか、俺もや」
妙な連帯感で結ばれた私たちはさっそく被害者の会を作り、知恵に対して抗議をしました。そのときの、知恵の言い草にはほとほと呆れました。
「なんやったら、出るとこ出てもええよ。どうせあんたらも同罪やし。エッチなもん買(こ)うたことがバレたら、あんたらの母ちゃんが泣くだけや」
全く悪びれず、逆に私たちを脅迫したんだから、驚きです。こうなると、分が悪いです。弱みは私たちのほうが抱えていたわけですから、大人しく泣き寝入りするしか仕方がなかったのです。
ところが被害者の会のメンバーうちで、やがて妙な噂が飛び交いました。
「あれはきっと、姉ちゃんのもんやないぞ」
「ほんだら、いったい誰のもんや」
姉ちゃんの物として、販売された下着の話です。
「知恵のもんや、絶対に間違いないわ」
当時の被害者の会はそんな結論でまとまったものの、今の私には真相がはっきりと分かっています。
知恵はいい加減なところはあったものの、親しくなってから知ったのですが、そっち方面では意外と奥手でした。
自分の下着を他人に渡すほどの度胸は、おそらくありません。
姉ちゃんの物である可能性も、全くゼロとは言えません。が、下着の柄からいって、若い女性が好むようなデザインではなかったです。
私の部屋には緑色のタンスが置いてあります。一番下の引き出しに、今も大事にしまってあるあの下着は間違いなく、知恵や姉ちゃんのママの物だと断言できます。
絶対に、間違いありません。
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