ルシフェルvsベルゼビート

 主よ、我が質問に答えてください。

 我々天使と、彼ら悪魔の違いはなんなのですか?

 悪魔が私利私欲のために人間を利用し、時に輪廻するはずだった魂さえも堕として喰らう邪悪な生き物であることは理解しているつもりです。

 しかし、天使の中には彼らに同調し、破壊と混沌をもたらす者達がいる。

 彼らは口を揃えて言うのです。私達は、愛に飢えているのだと。

 誰かに愛されたい。誰かを愛したい。何より、自分自身を愛したい。そのためならば下法にも触れよう。悪にも堕ちよう。

 例えこの身が我らが主の怒りを買い、翼を焼き尽くされて地に堕ちたとしても、それは悪へ堕ちたことにはならぬ。

 彼らはそう訴え、愛に飢えた悪魔と成り果てました。

 主よ、主は我々を愛してくださっているのではないのですか?

 我々は、主の寵愛と加護を受けているのではないのですか? 

 主よ、我々は――愛されていなかったのですか?

「ルシフェルぅぅ。俺とやり合ってる最中に考え事たぁ、随分と余裕じゃあねぇかぁ?」

 挑発するベルゼビート。

 だが彼が言うほどの余裕は、ルシフェルにはない。

 すでに六対一二枚、漆黒と純白の翼を広げた最終形態。悪魔の頂点たる彼を相手に、余裕を持てるだけの実力はない。

 だがそれは彼も同じ。挑発しているのは、自分もまた同じくらい疲弊していることを悟らせまいとしての虚勢も混じっていた。

 互いに互いの実力はわかっている。

 最強の堕天使として、悪魔の頂点を巡る戦いを繰り広げたこともある両者は、互いに相手の実力も手のうちも理解しているつもりだった。

 故にどちらかが先手を打とうとすれば、相手は後手で対抗策をすかさず撃ち込んでくる。

「光陰矢の如し。風穿つ光、雷帝の肩を掠めて青色に染まりて大気に刻む。陰に隠れる魔を穿て、青雷の流星」

「風林火山陰雷。陰に隠れた魔から放つ漆黒の矢。静かなる林を風切り音が穿ち、怒涛の速度で加速する」

「“霹靂降来エゼキェル・ティルス”、収束発射」

「“駆翔多魔矢ナインテイル・ダーク”!!!」

 収束された一撃に対し、九つの小さな光が放たれる。

 すぐさま飛翔して回避を試みるが、九つの光は追尾型で逃げ続けたところで追って来る。

 だがそんなことは既知の事実。幾度も重ねた戦いの中で、幾度と放たれてきた攻撃だ。故に対処法はわかっている。

 どこまでも追い続けてる九つの光球は、標的をどこまでも追い続ける代わりに追い続けるだけ、段々と威力を削がれていく。

 それでも果てしないくらいには追って来るが、ある程度まで逃げ続ければ容易に防御可能なまでに威力を落とせるのだ。

我が声に応えて眼前に舞えスィミィ・パトゥロォン――“四大天使・洗礼水天ガーブリェル”」

 ルシフェルの頭の上から、包み込むように水の膜が広がって彼女を包み込む。

 彼女の姿が見えるほど薄く、透き通った水の膜だが、見た目以上に堅固な防御力で襲い来る九つの光球を防ぎきる。

 九つの光球が爆ぜて、漆黒の爆煙が膨れ上がった次の瞬間に、攻撃を躱したのだろうベルゼビートがルシフェルの真下から水の膜を突き破って飛び上がる。

 指先を揃え、剣のように鋭く尖った爪で貫いてやらんと突進したベルゼビートの一撃を、ルシフェルは両足で挟んで受け止め、そのまま蹴り砕く。その一連動作に、ベルゼビートはこの戦いの中で初めて驚いた。

 何せ元は神の使いであり、天の使いである彼ら天使にしては、足で受け止めてそのまま蹴り砕くなどといった行動は今でいうところの行儀が悪い、という風に捉えられる。

 特に彼女は堕ちた身とはいえ元々最高位天使。その手に関してはこれでもかと言わんばかりに仕込まれているはずだが。

 さらにルシフェルは今までの彼女にはなかった戦い方を見せる。

 翼で自分を覆ったかと思えばすぐさま広げ、風圧と舞い散る羽とでベルゼビートの動きと視界を鈍らせたかと思えば、直後に懐に入り込んで見るからに悪人面のベルゼビートの顔を思い切り殴りつけ、鼻の骨を折るだけに留まらず地面へ落とさんと殴り飛ばす。

 鼻血が止まらない鼻を押さえながら体勢を立て直すため羽を広げたベルゼビートに、ルシフェルは隙を与えない速度で突っ込み、咄嗟にガードしようと伸ばされた腕の隙間を掻い潜って、体勢を立て直すために広げたベルゼビートの羽を切り裂いた。

 羽が切られたことで体勢がまた崩され、四苦八苦するベルゼビート。

 だが片方だけ切られたならもう片方も切ればいいと安直な結論に至り、自ら切られた片翼と同じ分だけ、もう片方も切ってバランスを取る。

 結果ホバリングに成功し、墜落を免れたが、そこで安堵したのも束の間。突如目の前にあった地面が盛り上がり、現れた巨岩がベルゼビートに体当たりしてきた。

 吹き飛ばされたベルゼビートは再び空中での体制維持を強要されるが、吹き飛ばされた際に空を仰いだ時にはもう、そんなことは忘れていた。

 何せ詠唱破棄で放たれたルシフェルの霊術――燃え盛る巨岩の雨が自分へと降りかかって来ていたからだ。

我が眼前に聳える門を開けろプレサェーレ・エクスクルスィオ――“四大天使・煌焔楽土ウリエル”」

 容赦などない。

 最上位天使に恥じぬ大規模かつ、壮大な威力の霊術には悪魔とて肝を冷やす。

 だが今回の彼女には、今までにはない何かを感じてならない。燃え盛る巨岩の雨を躱しながら、ベルゼビートは天を舞う天使を仰ぐ。

 そして次に巨岩を避けたときには今まで仰いでいた天使の姿はなく、さらに次の瞬間には体が真横からの力に吹き飛ばされて、それがルシフェルの膝なのだと目が理解した頃には降り注いできた巨岩に地面へと叩きこまれた。

「っくしょぉぉぉがぁぁぁっっっ!!!」

 無論、この程度で決着が付くようなら今までの対決のどこかでベルゼビートは死んでおり、悪魔の頂点などにはなってない。

 それでもいくつものクレーターとその中央で熱を放つ巨岩の数々を見れば、人は確実に死を予感し、想像することだろう。

 だが天使と悪魔の戦いにおいて、この程度は些細なもの。頂点同士の戦いとなれば、充分にあり得るしあり得なければならない程度の規模だ。

 故にベルゼビートが起き上がってもなんら不思議はない。

 ベルゼビートも自分がこの程度で死ぬはずがないと、理解している。だが同時、理解し切れない何かが胸の中で渦巻いていて、それが酷く気持ち悪く、吐き気すらして、何もかもを喰らい尽す貪食かつ貪欲の蠅の王たるベルゼビートが、今にも吐きそうな気分になっていた。

 そうさせる正体は、未だわからない。だがルシフェルが原因であることだけは確かだ。

 そもそもがルシフェルの戦い方だ。

 行儀のいい天使様が、霊術だけでなく体術を組み込んで戦っていることは珍しくはない。実際、四大天使の一体は体術を駆使していたし、他の天使も体術ができないというわけではない。

 だが今の彼女の身のこなしに関していえば、

 言ってしまえば、天使の体術など現代で言うスポーツだ。ある一定の動作がすでに織り込まれ、用意され、礼儀作法に縛られている一種の儀式的なものだ。

 だがルシフェルが今披露しているそれは、そんなお上品なものじゃない。

 人が生きるために身に付けた、相手を壊し、自分が生き残るための戦い方。

 武術、体術とは似て非なる、しかしそう呼ばれるよりまえの原初の戦い方。命を懸けた者同士が行う野生の戦い。

 殺して生きるか、殺されて死ぬか。それを極めた生きるための戦い方が染み込んでいる。

 その、遥か太古より刻まれた獣の本能に従うかのような戦い方はまるで――

「悪魔のよう、ですか? 当然です。何故なら私は天使であり、悪魔でもあるのですから」

 純白と漆黒。

 相反する力と色、迫力を兼ね備えた翼を広げてルシフェルは語る。

 炎と水を同時に操るくらいなら、驚きはしない。

 光と闇を同時に操るくらいなら、驚きはしない。

 水の中を自在に泳げるうえ、空も飛べることに驚きはしない。

 だが天使でありながら悪魔でもあるなど、認めないし許せない。

 何せ天使より堕ちた汚物が悪魔であり、天使であり続けることを許されなかったのが悪魔じぶん達なのだから。故に天使であり、悪魔でもあるなど許されないはず。

 そう聞いていた。そう思ってた。そう諦めていた。なのになのになのになのになのになのになのに――

 奴だけは、許されると言うのか?

「てめぇぇ……俺と悪魔の頂点かけて殺し合ったよな? 何度も、何度も何度も殺し合ったよな……? だのにてめぇ、おまえは天使だったのか? まだ、天使だったのか? 天使のまま、悪魔になろうとしたのか?! ふざけるな!」

 ベルゼビートは自身の胸座に爪を立てる。

 肉が切られ、血が滲み、黒い肌に滴って落ちていく様はおぞましいの一言で片付くだろうが、彼の憤慨に満ちた顔は憤慨の二文字で片付けるには何か足りない、複雑な感情が入り混じったもので出来上がっていた。

 それら複雑に絡み合っている感情を辛うじて絞り出すならば、憤慨、混乱、後悔、嫉妬――そのほか様々な感情が渦巻き、悪魔らしい顔つきに仕立て上げている。

 牙を剥き、唸り、怒りのままに悪魔は吠える。

「おまえら天使が主と仰ぐあいつらはクズだ! 俺達もあれを尊敬してたし、敬ったし、崇拝したさ! 俺達を作ってくれたんだからな! だが奴はそれ以外、俺達に何もしてくれねぇじゃねぇか! 俺達は奴のために戦い、傷付き、それでも奴は何も与えてくれねぇ! それどころか奴へと存在が近付いた天使は、それまでの功績も関係なく落とされた! 俺も、あんたも、そうだったじゃあねぇか!」

 ベルゼビートは訴える。

 それを聞くルシフェルは次の霊術発動のための詠唱をするわけもなく、構えるわけでもなく、黙って彼の主張を聞いている。

 それは天使の振る舞いではない。かといって悪魔の素振りでもない。人の姿だ。

 故にベルゼビートの苛立ちは、さらに増していく。

「俺もあんたも、同じ憎しみを持ってたはずだ! あの野郎を天から引きずり下ろす! そのための戦いがあの終焉だったはずだ! なのになんでおまえは天使で、俺は悪魔なんだ! 何故奴はおまえを許した! 俺とおまえの、何が違うって言うんだよ!」

「……その問いに答えるには、私の持ちうる知識は浅く、また的確な言葉を見出す能力もなく、結果、答えになっているかは不明ですが、ただ一つ、言えることがあります」

――翼、もう治ったね。よかった

――樟葉くずはも心配でしたが、治ってよかったのです

――うんうん、これも私の献身的な介護のお陰ね!

 ずっと昔を思い出す。

 翼が傷付き、体力も消耗し、もはや死ぬしかないと思っていたまだ小さな天使に手を差し伸べ、優しく手当してくれた三人の少年少女。

 その中の一人が今、自分に道を指し示してくれている。

 それこそベルゼビートの訴えたすべてを、主が与えてくれなかったすべてを与えてくれた青年の姿を思い起こして、ルシフェルの手はゆっくりと合掌した。

「私には今、主すらも与えられないものがたくさん詰まっているのです。それは時に光、時に希望、時に熱情、時に活力――そして、時に愛情。私には今、主の命令ではなく彼の愛が入力されている。故に私はもう枯れていない。飢えていない。故に、天使としての権能を半分だけ取り戻せたのです」

「愛、愛、だと……んぅっ、っぁぁああああっっっ!!!」

 自らの胸座をこれでもかと掻きむしり、血飛沫を散らす。

 だが滴り落ちた血が加速しながら渦を巻き、ベルゼビートの姿を覆い隠す。

 中で霊力が膨張したかと思えば、直後に血の膜に亀裂が入って大量の血飛沫が飛び散り、膜を破って巨大な怪物が姿を現した。

 全身毛むくじゃらの体から生えている四本の腕には、それぞれ龍種にも勝るとも劣らない強固で鋭い剣のような爪。

 三対六枚の羽は羽ばたくと鼓膜を斬り刻みかねないとさえ思える摩擦音が響き、狼の如く生えそろった牙が並んだ口を開けると熱を帯びた白い息を放つ。

 双眸を形成する数億単位の複眼が一斉にルシフェルを剥き、真っ赤に血走って色を変える。

 龍に狼、その他怪物と呼べる獣のすべてを集結させた蠅の王――ベルゼビートの真の姿が、ルシフェルを見下ろした。

「愛、愛だと? おまえはそのお陰で天使に戻れたって言うのか、ふざけるな。そんなもので、そんな形も影もないもので満たされるなら、俺は悪魔のまま死んだりはしなかったんだ! 俺はベルゼビートだぞ! 貪欲のままに欲し、貪食し、すべてを喰らい尽してきた悪魔、七つの大罪の一角、悪魔の頂点だぞ! この俺が手に入れられなかったものなんてねぇんだよ!!!」

 ルシフェルの翼を引き裂かんと振られる爪が、風を切る。

 頭上スレスレを通過した爪に翼の先と髪の毛先を散らされたルシフェルは急降下から低空で滑空、その後空高く飛翔する。ベルゼビートもそれを追う。

「黎明輝く空の元、光の槍を掲げる無敗の王――」

「“吹き荒ぶ無慈悲の颶風バアル・ゼブル”!!!」

 ただでさえ騒々しい摩擦音を出すベルゼビートの羽ばたきが加速して、より耳障りな高音となってルシフェルの頭に深く響く。

 直接鈍器で殴られるよりも酷い頭痛に襲われ、霊術の詠唱と霊力の集中がままならない。

 耳を塞いでも、空気の振動が肌を伝って脳を揺らし、襲い続ける。普通の人間がこれに晒され続ければ最悪ショック死はするだろうし、しなくとも言語障害は必至なほどに脳が破壊されていることだろう。

 実際、戦場で戦う味方の悪魔すらも巻き込まれて、耳を塞いでのたうち回らせている。

 ハルセスが召喚した騎士は、いわば彼女を護るため彼女が操る傀儡に過ぎず、音や光で怯むことはない。

 故に音で苦しむ悪魔を騎士が一方的に斬り殺す展開があちこちで起こって、結果自陣を殺しにかかっていた。

 ベルゼビートに訴えたいが、脳を破壊するほどの雑音の中で声など届くはずもない。

 故に撃つ。

 我が障害を払い除け給えレトラスィム・プレッスィス――“四大天使・暴風反天ラファィエル”。

 一二枚の翼がそれぞれの色で輝き、小さな風の塊を作り出す。それらが螺旋に走ると竜巻を生み出し、ベルゼビートの雑音の波長に対抗して衝突、相殺した。

 ようやくベルゼビートに声が届く。だが彼にはルシフェルの言葉を聞く気などなかった。すでに次の一撃の発射寸前まで、霊力を溜めていた。

「“抗えず覆らぬ死の予言バアル・ゼブブ”!!!」

 ルシフェルが一二枚の翼から光を放ったのに対し、ベルゼビートは数億単位の複眼の一つ一つに光を収束させ、それらをまとめて一つの巨大な破壊光線として放つ。

 遥か彼方の空まで飛んだ光線は、音を置き去りにして膨張して爆ぜる。

 漆黒と純白の羽が数枚散りゆく中、ベルゼビートの複眼の一部が自分よりもずっと高い空へと飛び上がるルシフェルの姿を捕らえた。

「愛がなんだ! 愛で腹が膨れるか?! 愛で満足なんてできるのか?! 愛で胸が満たされるのか?! 俺達が受けた屈辱が、堕天という烙印が消えるのか?! そんな影も形もないもので、救われるなんて言うのかルシフェル! それをたかが人間に与えられるというのかルシフェル! 俺達を作った神なんてほざくクソ野郎ですら、与えてくれなかったものを!!!」

 我が剣に御身の炎を与え給えプラッスィーレ・ルクス・ア・プィラム――“四大天使・滅魔灰燼ミークァーエル”。

 翼から無数に舞い散る羽が、ベルゼビートに降り注ぎ、順に爆発していく。

 先ほどのベルゼビートの光線が爆ぜた際の爆発よりもずっと小規模だが、数があり、様々なところにあるので前に進ませてもらえない。

 やがて爆発が爆発を生んでいく連鎖を繰り返して、ベルゼビートの体を炎に包む。

 その間に、ルシフェルはさらなる霊術発動のための詠唱を口ずさむ。唇と舌が限界まで高速を保ちつつ、長い詠唱を紡ぎ続ける。

「てめぇも知ってるだろ、ルシフェル! 俺達悪魔こそ人間の飢え、そのものだ! 人間が遥か昔から、自分も他人も愛し抜けない生き物だということは、てめぇもよく知ってるはずだ! そんな人間から愛を貰った?! ふざけるな! 人間にそんな余裕はねぇよ! 人間にそんな心はねぇよ! 人間の心が満たされてるなら、俺達悪魔が力を振るえるはずもねぇんだ!」

「確かに、人間はか弱く脆弱……すぐに助けを求めるのに、自分から誰かを助けようとする者は少なく、それ故に死に逝く者も多く、心が病む者も多いことは紛れもない事実として、記録しています……ですが、すべての人間がそうではないのです。例え自分が枯れ果てていようとも、自分ではない他人に水を与えて潤し、それによって自分も潤す人間がいるのです。だから悪魔は、すべての人間に憑くことができないのです」

「そんな綺麗事で片付けるな!!!」

 燃え果てた怪物の姿から抜け出て、人に近い姿で飛び込む悪魔の拳を受け止める。

 だが一つ止めたところで、まだ三本の腕が残っている。

「“悪魔的暴力ベエルゼ・ビート”!!!」

 四本の腕で殴る、殴る、殴る、殴る。

 防御させる間も与えず、息すら、瞬きすら許さぬ猛攻で殴り続ける。言葉を挟もうとすれば、舌を噛まされそうになる。故に何も許されない。

 制止しようと伸ばした腕すら、拳によって払われる。

「他人を愛せる人間はいるさ! ごく少数、ほんのわずかな一握りの絶滅危惧種が! だが他の奴らは違う、周りは違う! そんな希少な人間から絞れるだけ絞り尽して捨てて行く! そしてその希少な人間が死んでいく! そんな奴が報復のためにと、俺達悪魔を利用する! その連鎖だ! その連鎖が今日までの数万年間、ずっと続いて来た! これからだってそうに違いねぇ! てめぇだってそんな人間に失望したんじゃなかったのか! それを許すあの野郎に失望したんじゃなかったのか! だから堕ちてきたんじゃなかったのか! なのになんで、てめぇはあの野郎に許された!!!」

 最後の一撃が顔面を撃ち抜く。

 だがまだ足りないとルシフェルの首根を捕まえたとき、ベルゼビートが見たのは自分を憐れむ表情で見つめる血まみれのルシフェルだった。

「理解、しました……あなたは、主に、許して欲しかったのですね。過ちを、正して欲しかったのですね」

 ルシフェルの翼が光り輝く。

 眩すぎる光に目が眩んで、咄嗟に首根を放して腕で顔を覆ったベルゼビートが、光の落ち着いた後で見たルシフェルの翼は、彼女の髪色と同じ黄金と白銀の二色に変化して、彼女の肉体もまた成長したものとなっていた。

 美し過ぎる黄金比の中に納まった天使の顔の中で、悪魔のような黒い眼光が鋭く光る。

「あなたは満たされたかったのですね、ベルゼビート」

 ルシフェルの翼の背後より、小さな陣が現れて後背へと広がりながら伸びていく。

 それらは何かしらの記号を浮かべていたが、象形文字にも見えるそれらが何を示しているのかは、ベルゼビートにすら理解できなかった。

「発動記号圧縮――以下、縮小かつ省略。最終詠唱、完了済。生涯において幾度となく対峙し、また共に戦った我が宿敵たる蠅の王に、私の最後の霊術を手向けましょう」

 なんだ、何が起こる。

 こんな霊術、今まで一度も――

「“失楽園アウト・オブ・エヴァーガーデン”――すべての愛は、ここから始まったのです」

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