誇れ
スカーレットとの戦いで、原子レベルにまで分解されてしまったユキナだったが、その意識はちゃんと存在しており、体は少しずつ、時間をかけて再生しようとしていた。
そのことを両軍とも理解しており、さらに第三勢力である人類軍もまた、
これから起こる戦の女神を飼う少女と、時空神を飼う青年の戦いの規模を考え、人類軍を一度撤退させる。
本来ならばそのまま介入して、ユキナを討ち取りたいところなのだが、アンラ・マンユとの戦いで負った人類軍の傷は深く、大きい。このまま戦えば、全滅こそしても勝ちはしないだろうことは明白だった。
ユキナが用意している軍は、アンラ・マンユのダエーワらと同等以上の悪魔で構成されている。疲弊した軍では、太刀打ちすら困難であることは間違いない。
故に滅神者は撤退せざるを得ないこの状況に、悔しさから唇を噛む。
彼一人残ってユキナと戦う道もあったが、もしもユキナの軍の悪魔達が人類軍へと襲い掛かったとき、/一人では力不足であったが故に、そうすることは許されない。
かつて神々との戦争で大きな功績を遺した英雄とて、他人の命を無駄にする権利は、一縷たりとも存在しない。
「あの小僧に任せるほかないとは。我々大の大人が、情けない話よ」
「これもまた、運命という奴なのかもしれないよ。彼ら二人の喧嘩に、他人の介入する余地など、初めからなかったのさ」
「フン。また知ったような口を聞きおって。気に入らん」
「それは失礼。だけど気付いているかい、滅神者。今回のアンラ・マンユの復活や暴走までの件もだけれど、遡れば天使の暴走やミーリくんと
「奴の中の時空神の仕業、とでも言いたいのか。だが奴とて、異世界との扉を繋ぐほどの力はあるまい」
「そうだね、時空神の仕業じゃあない。もっと、もっと強大な……それこそ、神の御業と呼ぶに相応しい、そんな存在の――」
そこまで言って口を結んだ/の、その言葉の先を滅神者は読み取った。
周囲に人がいるので口を結ばざるを得ない状況だったのだが、しかしそれでも滅神者は問い質したかった。
たかが一貴族の許嫁同士の、言ってしまえばたかが痴話喧嘩程度に、それほどの高位の神祖が何故介入してくるというのか。そんなはずはない。あの二人が、そこまで特別なはずはない。
だがそれを訊くことはできず、そして/も語ることはできなかった。
それは唯一、全知とすら思われる/が、知らないこと。彼が何でも知っていると豪語せず、知っていることだけ知っているというのは、彼ら二人のその特別的な価値を、知らなかったからであった。
その特別たる片割れのミーリは、空中庭園より雲海の下を見下ろしていた。
各方に散ったユキナの粒子、と呼ぶべきなのか、とにかく彼女の欠片が徐々に収束して、元に戻ろうとしているのを感じ取っていた。
スカーレットの霊力に焼かれ、再生にかなりの時間を要している様子だが、しかし確実に復活する。
天の女王の権能の凄さは、ミーリも実際に戦って理解している。同時、自分にしかその権能を崩し得ないことも理解していた。理屈も根拠もない、野生の勘とも言える第六感が、そう訴えていた。
「ミーリ、大丈夫か?」
空虚が声を掛けてきた。
事実アンラ・マンユを真に打倒した彼女は、エレシュキガルの霊力を使った影響で頭髪の中に白髪が現れ、黒と白の縞柄のようになっていた。
それだけエレシュキガルの霊力による負荷が、彼女の体には大きかったということだ。とても、疲れ切った顔をしている。とても他人を心配できる余裕などないだろうに、心配してくれるその言葉が嬉しかった。
ミーリはそんな彼女を抱き締めて、その頭を梳くように撫でる。
「大丈夫、大丈夫……俺は勝つよ。勝って、必ず戻って来る」
そう、自分に言い聞かせる。
自分は強い。彼女に勝てるくらいに強い。そう、自分を強くする。
ここにきて何度も、何度も何度も何度も何度も、イメージトレーニングを重ねた。自己暗示じみた、そんな催眠ですら、今は強さの源になる。
すでに彼女とは百回以上戦って、九分九厘は勝っていた。そういうイメージがすでにミーリの中で出来上がっている。
その前段階で億を超える戦闘を想定して、半分以上負けていたが、残り半分は自分が勝った。負けたならその負けた経験を活かし、勝てばいい。それだけの話だ。
相手がどれだけ強かろうと、どれだけ強大な敵であろうと、やることは変わらない。
自分が勝てる想像をし、そこまで行く経路を百通り以上想定して、用意して、それを実行するだけの話だ。
それだけの話が、これ以上なく難しいのだが、そんなことは考えない。
強大な敵の前に立つとき、一瞬でも難しいと考えた瞬間に、そこから気迫で崩される。そうなったら忽ち、負ける想定ばかりしてしまう。
自分がそれだけ弱いと自覚しているからこそ、だからこそ、勝てる想定だけを固めておく。
自分に自信を持っておく。それがかつて、最初の後輩にも教えた自分の強さ。きっと今彼女は、学園に残って第二陣として待機していることだろう。
ただ待つだけというのが一番怖い。目の前から何かが迫って来るとだけ知っていて、やれることが待つだけというのが、とても、一番恐ろしいのだ。
だからきっと、彼女も負けているかもしれない。恐怖に怯えているかもしれない。
そんな彼女に見せつけるが如く、自分は伝え教えた心構えを貫くのだ。
たかが心構えと侮ることなかれ。その心構えが、一人の人間を英雄にまで――少なくともここまで強くした。その成果を、侮ってはいけない。
この戦場に立つまでに強くした彼を慕い、ついてきた彼女達が彼の成長の証とも言える。
この戦場に立つ彼らこそ、ミーリ・ウートガルドの成長そのものの証明だ。その隣に立つ素敵な奥さんとて、その例外ではない。
自分の胸の中に頭を埋め、同じ悲しみを抱えて泣いてくれる人がいてくれるのも、彼が人として、愛を獲得した証明だ。
「ミーリ、あまり奥さんとだけイチャイチャしないで頂戴」
ロンゴミアントに言われて、渋々離れる。
だがそれは無論、ロンゴミアントがイチャイチャしたいからであって、彼女はミーリに撫でられると少し安堵したように微笑んだ。
そして二人を連れていく。庭園に用意されたそれは、ベアトリーチェとウィンの墓だった。
即席なので墓石はないし、二人共そこに眠っているわけではなかったが、しかしハルセスが作ってくれた立派な墓だった。一面、美しい花に満たされている。
ベアトリーチェもウィンも、別段花が好きというわけではなかったが、しかしこれで粗末とは言わせないほどの大量の花々が敷かれていた。
「ありがとう、ハルちゃん」
無言のハルセスは、撫でられてもはにかまない。
だが確かにうんと一つ頷いて、ミーリに花束を差し出した。お供えしてあげて、と、その目は言っていた。
ミーリはそれを受け取って二人の墓前に供え、そしてウィンの墓にはセミラミスが出してくれた剣を差し、そこに彼女の帽子を被せてやった。
彼女は嬉しいとき、喜ぶときに、照れ隠しでよく帽子を目深に被っていた。もしもそうしてくれるなら、この帽子は必須だろう。
ウィンは死んだわけではない。再度召喚可能な状態に、言ってしまえばその座に戻っただけの話。だから再度呼ぶことはできるかもしれない。
だがその可能性はとても低いし、何より呼んだところで彼女に自分達と過ごした記憶がない。だからというわけではないが、呼ぼうなどとは思わない。
もしもそんなことをしたら、ウィンはきっとミーリを叱責することだろう。
俺がいなくたって、てめぇはもう最強だろ? と言ってくれるだろう。だったらその最強を、俺に見せてみろよ、と言ってくれるだろう。
勝て。
その遺言一語が、すべてを物語っていた。
だから、負けない。負けることなど、絶対にない。
「みんな!」
全員の顔を見揃えて、ミーリは深呼吸する。
皆の微笑が語る。大丈夫、あなたなら勝てる。
あなたを信じてついて来た。その信頼を、ここで失わせないでくれ。
あなたなら、勝てると信じてる。
皆の期待を一身に背負って、ミーリは強く、言葉を発する。
「ここまでついて来てくれてありがとう! 俺達の我儘に、こんな自分勝手について来てくれてありがとう! これから最終決戦! どうか最後まで付き合ってほしい! 俺らなら勝てる! 絶望の化身にだって打ち勝った俺達なら、必ず勝てる! 俺はみんなが、それだけ強いって信じてる! だからみんなも、俺を信じて、戦ってほしい! お願いだ! 最後まで力を貸してくれ!」
「「「「「おぉ!!!」」」」」
力強く、皆が応える。
掛け声が揃っていたのは、示し合わせたのかそれとも偶然か。
いずれにせよ、皆がまとまったことにミーリは落ち着きを取り戻した。
自分にずっと言い聞かせていた無理矢理な理想像が、信頼を得て落ち着くのを感じた。
勝てる。今なら勝てる。
もう絶望なんてしない。人間はいつだって、希望に向かって歩いて行ける。
これはただの弔い合戦で、私利私欲に塗れた汚い戦いだけれど、それでも――誇れ、ミーリ・ウートガルド。
おまえはその我儘と身勝手で、ここまで来たぞ。その私利私欲で、ここまで上り詰めたのだ。
誇っていい。おまえのその身勝手さは、今、世界を動かそうとしている。
そんなことに、ミーリ自身はまだ気付けていない。
だが誇っていた。皆の存在を。皆をまとめられた、己の価値を。
自分は自分が思っていたほど、何もできない人間ではなかった。だから誇れ、その胸に。
自信を持て。大丈夫、おまえなら勝てる。
いや、勝て、ミーリ・ウートガルド。
「じゃ、行こうかみんな」
皆の足が揃う。
これまでの戦いのすべてがこのときのため。すべては、この戦いのために。
すべての自信と誇りを賭けて、ミーリ達
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