vs アンラ・マンユ『拡散希望』
そのあまりにも強大過ぎる力ゆえ、人格を封印された
天地を返せ、の開号と。
今の持ち主、スカーレット・アッシュベルの三番弟子、
その結果、樟葉は身体的成長が止まってしまったが、すでに大人びた姿をしていることもあって、今はまだ苦とはしていない。だが将来、ミーリや他の皆が老いていくのに対し、彼女だけ姿が変わらないというのは、なんとも寂しいものだろう。
故にこれからが辛いのだが、樟葉にそれに対して躊躇するようなことはなかった。召喚のため、己の成長をすべて止めることも臆さなかった。
その無謀とも言える勇気と、大好きな兄弟子のためにやれることをしたいという愛情が、今この戦場において、奇跡たる結果を齎しているのは、それだけ彼女の勇気と愛情が、常人離れしていた表れとも言えた。
その能力でもって、彼女は奇跡を起こした。この戦いの勝敗を左右する、大きな奇跡だ。
強いものは弱く。速いものは遅く。あらゆる性質を反転させる天之瓊矛。その能力でもって、樟葉は反転させた。
“
“拡散不浄”の効力を、絶望の拡散から、希望の拡散へと反転、変換したのだ。
希望の拡散。具体的には、溢れる霊力と気力の拡散。人々に勇気を与え、尻込みしていた気持ちを駆り立てる。絶望する理由はどこにもなく、今まであったどうしようもない不安と絶望が、まるで救世主が登場したかのように綺麗さっぱり消え去っていた。
むしろその逆だ。力が、霊力が、気力がどんどん湧いてくる。
「師匠の言う通りでしたね。スプンタ・マンユが現れない今、私達人類が勝つにはこれしかありません。樟葉がずっと山に籠り、霊力を蓄えていた意味を、ようやく理解したのですよ」
「クーちゃん!」
「ミーリお兄ちゃん! 樟葉が戦場全体を反転させます! これだけの範囲となると、傷や攻撃の反転まではこなせませんが……お兄ちゃんならこれだけで充分でしょう! 戦ってください! お兄ちゃんなら、この程度の修羅場どうってことはないはずです!」
『マスター!』
『ミーリ!』
ダエーワ同士が合体し、巨大なアエシュマと化して襲って来る中で、ミーリは深く呼吸する。そして、右手の指揮で魔剣の群れを落とし、左の引き金を引いて魔弾を放つ。動きの止まったアエシュマらを一直線に魔弾が貫通し、さらにミーリの指揮で魔剣が爆散。悪魔達を散らした。
さらにミーリの猛攻は止まらない。
自身を中心に八つの銃を回転させると、そのままの陣形で銃を飛ばし、ダエーワとアエシュマの群れへと突っ込ませる。そして回転させながら、魔弾の乱射。無差別攻撃が、悪魔を襲う。
戦っていた人類軍と対神学園の面々は、すぐさまに離脱。魔弾は、悪魔のみを打ち抜き、一掃した。
「ミーリ・ウートガルド! 私らまで撃ち殺す気?!」
「先輩方なら躱してくれるって、信じてましたって!」
ミーリとミストのやり取りも、いつも通り。
それはミストを含め、周囲の人間もまた、希望の力というものに助けられ、本来の調子を取り戻していることを示していた。
「フィースリルト、今はそれどころじゃない」
「わかってるわよ! あぁもう、なんで私がこう怒鳴らないといけないわけ?!」
ミストの氷結でダエーワらの動きを止め、ヘラクレスがその怪力で凍った個所を叩き折っていく。
それを見た
「ハッ! 俺らも負けてられねぇぞ! 軍のクソ共! 俺に続けぇ!」
「お、俺らだって子供に負けて堪るかってんだ!」
「野郎共いくぞぉ!」
今まで底をついていた軍の士気が、グングンと向上していく。
誰もが絶望の中にあった。しかしそれを、樟葉が掬い上げた。その結果、臨時基地を襲い掛かって来ていたダエーワの群れを掃討した。
樟葉が来てから、三〇分も経っていなかった。皆が本来の実力を出せれば、この程度だったということだが、今の今まで苦戦していたのが信じられないと言った感想が、皆の中で共通してある様子だ。
「ありがとうクーちゃん! でもどうしてここに?」
能力を展開したまま、樟葉は能力を広く散布するために跳んでいた宙から降り立ってきた。そして能力を一度解除する。そうしなければ、樟葉の霊力が持たないからだ。
「元々、樟葉が天之瓊矛を召喚したのはこの戦いを師匠が予見していたからです。予見というよりは、予想、と本人は言ってましたが。ユキナお姉ちゃんなら、アンラ・マンユを利用するだろうと思っていたようです」
「なるほど、亀の甲より年の劫ってわけ。それで? 師匠は来てるの?」
「……はい。師匠は、ユキナお姉ちゃんを殺す気です」
「なんでそうもみんな、余計なことをしたがるのかなぁ……俺とあいつの決着だって言ってるのに。ま、気持ちは嬉しいけど……ひょっとして、クーちゃんもそのつもりで来たわけじゃないよね?」
「まぁ、今は……とりあえずはこの戦場をどうにかしませんと。ユキナお姉ちゃんのことはその後です。今は師匠が向かっていると思いますが、おそらくその目の前にはアンラ・マンユ……と、アエシュマの本体、もしくはアジ・ダハーカがいるかと思われますが」
「まぁ師匠なら問題にはしないだろうねぇ……いや、でも待ってよ? 確か、アジ・ダハーカって……」
「はい。アジ・ダハーカには能力があります。決してアエシュマや、ましてアンラ・マンユを先に倒すようなことがあってはなりません。アジ・ダハーカは、アンラ・マンユの力の象徴。決してあれを最後に倒してはいけません。もし最後に倒した場合……アンラ・マンユが、絶望が復活します」
アジ・ダハーカ。
アンラ・マンユの従僕たる悪の巨龍。
その能力は、アンラ・マンユの持つ絶望を溜め込み、己が物とする“
アンラ・マンユの伝承には、アジ・ダハーカについてこのような記述がある。
悪魔アジ・ダハーカこそアンラ・マンユの力の象徴。彼を殺せば、スプンタ・マンユによって封印されたアンラ・マンユが、再び蘇るだろうと。
この記述については、多くの議論がある。アンラ・マンユを再誕するのか、それともアンラ・マンユを蘇生するのか、はたまた力の象徴たる自身が、アンラ・マンユに成り代わるのか。
様々な議論が交わされて、ついに人類が辿り着いた答えが、成り代わりであった。
アンラ・マンユの力、その本分をアンラ・マンユと同等に発揮できる存在、アジ・ダハーカ。その能力を以ってすれば、アンラ・マンユとして成り代わることができるのではないかと。
そしてそれが死の間際に発動する点から、アンラ・マンユの魂を己が身に宿すことでアンラ・マンユを蘇生、復活させるのだろうと。
故にアンラ・マンユを倒したそのあとで、アジ・ダハーカを倒すわけにはいかない。アジ・ダハーカの次にアンラ・マンユ。この順番がセオリーだ。
故に人類軍は、アジ・ダハーカの元に
龍に対しては特別攻撃力を発揮する神霊武装、龍殺しの剣。それならば、龍たるアジ・ダハーカをも打倒し得るのではないのかという、安直で愚直ながら、しかしこれ以上ない良策だった。
伝承では、アジ・ダハーカの実力はアンラ・マンユよりも上とするものもある。まさか戦闘狂じみたディアナとあれど、アンラ・マンユと二度も三度も戦いたいがためにアジ・ダハーカを後回しにするような真似はしないだろう。
彼女とて、人類滅亡は好ましくないはずだ。そう信じたい。アジ・ダハーカの実力で、充分に満足して欲しい。
だからそういう意味では、なんとなくアジ・ダハーカには微量の応援をしたくなるのだが。
「まぁ……最強先輩なら問題ないだろうし、リエンもイア先輩もいることだし……大丈夫……だ、と思うけど――まぁ、大丈夫だよ。それよりも、俺達は散らばった軍をまとめないと。散らばってるより、一緒に居た方がクーちゃんの武装能力の効果範囲内に入れるだろうし、何より霊力の温存になるしね」
「ではどうしますか。一つ一つ散らばった部隊を回収していては時間が掛かり過ぎますが」
「それに関しちゃ、考えがある。交渉が必要だけどね……
調度よく、都合よく、その場に降り立ったのは、人類最後の三柱の一人。/・ホワイトノートだった。
戦況を先読みして来たのかというくらいの早さ、そしてタイミングの良さだったが、誰も疑問に感じることはない。何せ彼は/・ホワイトノート。知っていることはすべて知っていると豪語する男。しかしそれでも謙遜で、本当はすべて知っている――かもしれない人だ。
故に自分の登場シーンもタイミングも、すべていいときを知っているに違いない。
「状況はわかっているよ、ミーリくん。そして祖師谷くんだったね。スカーレットもいい子を寄越してくれた。貸して欲しいと思ってずっと連絡を取ろうとしていたんだが、ずっと取れずに参っていたんだ」
やっぱり樟葉の武装のことも知っている。
彼の持つ武装の能力だというが、それにしたって秘匿された情報すらも筒抜けとはいい気分ではない。個人情報も国家機密も、すべて同じ情報として有されては、堪ったものではない。
そう言いたげで、樟葉は/を睨んでいた。無論、/はそんな樟葉の心境をも知っている。その不服さも知ったうえで、/は世界のトップらしく、世界の平和を護るために、命令を下す。
「祖師谷くん。今すぐ君は、アンラ・マンユの元へミーリくんらと向かってくれ。他の部隊もすべて、アンラ・マンユへと走らせる」
そう、それはミーリも考えていた。
一々別の場所にいる部隊を回収して回るよりも、皆が同じ目的地に向かって集結した方が速い。そうしてアンラ・マンユと対峙する決戦の場を樟葉の武装の能力効果範囲にしてしまえれば、この戦況を覆すことができる。
悪意の類を吸収し強くなるアンラ・マンユの能力を相殺し、むしろ弱体化させる。あれの弱点は、希望や勇気と言った小説コミックならば主人公とその仲間が持ち合わせてなければならなさそうなものだ。
天之瓊矛の能力でアンラ・マンユが齎す不安や恐怖、憎悪の感情をすべて希望や勇気と言った感情に変える。人そのものが発する負の感情を変えることまでは叶わないから、アンラ・マンユの力を完全に無力化することはできないが、しかしそれで弱体化は狙えるだろう。
急遽立てられた作戦ながら、しかしこれ以上ないくらいの良策とも言える作戦が立案されたところで、/は無線を借りて動き出した。全部隊に連絡し、アンラ・マンユの元へ走らせる命令を出したのだ。
立案から計画実行まで、猶予はない。即断即決。それが最も、今後の生存率を跳ね上げる方法だった。
「ではミーリくん。祖師谷くんを頼んだよ」
部隊をまとめて移動させなければいけないため、/が率いて先に移動する。しかしそれでも少数で移動するミーリと樟葉が、先に着くだろう。
部隊が/に率いられて先に移動したのを確認すると、残った二人はアンラ・マンユの方へと視線をやって、深呼吸する。片方は緊張のため。片方は乱れた呼吸を整えるため。
「よしっ……行こうかクーちゃん」
「はい、お兄ちゃん。では、仲良く手を繋いで参りましょうか――」
『マスター! 警戒を!』
「わかってる!」
突如として、何かが飛んできた。
上から自分を押し潰さんとするそれを跳ね除け、ミーリは魔剣と銃で牽制しながら離脱する。樟葉もミーリの側まで跳ぶと、矛を構えて飛来してきたそれを威圧した。
土煙で姿は見えない。が、霊力感知でその実態は掴んでいた。
正直言って最悪の展開である。作戦のすべてが台無しになるくらいの事態。まるで作戦の内容を知ったうえで実行したかのような絶妙なタイミングで、それはやって来た。
「待っていようとも思ったけれど……退屈だし、なんかゾロゾロ集まって来たし……ムカつくから、来ちゃったよ? ミーリ・ウートガルド」
部隊が調度、アンラ・マンユの方へ向かいだしたタイミングだった。そして何故か、部隊が向かっている方向にも、アンラ・マンユの霊力が感じられる。
そんなはずはない。何故ってそれはアンラ・マンユが今ここに、ミーリと樟葉の目の前にいるのだから。
だがすぐさま思い返った。
アジ・ダハーカはアンラ・マンユの力、能力そのもの。つまり霊力も。
「少し二人切りになりましょうか」
一瞬。
一瞬で、アンラ・マンユとミーリを黒い物体が取り囲んだ。側にいた樟葉を押し退けて、二人だけにされ、閉じ込められる。不意に足場を失ったため、落下しそうになったミーリは咄嗟に霊力で足場を作り、そこに立った。
可視化できないはずの霊力の足場が、白く輝いている。異次元か、それとも別空間か。まぁどちらにしても、違う場所という意味では同じだが。
「母さんがあなたの死を望んでいるわ。だから……私が直々に殺してあげる。ミーリ・ウートガルド」
正直ロンじゃなきゃ心配だけど……。
不安を感じつつ、ミーリは魔剣を複製。武装を解除してウィンをそこに立たせ、自身は霊力を解放して、口づけなしの上位契約に持って行く。
「上位契約・
『はい、マスター!』
「行くよ……“
唐突ながら、絶対悪との戦いが始まった。
その最初の一手で、人類悪は両腕を切断された――
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