vs アンラ・マンユ『鮮黒召致』

 人類悪――アンラ・マンユは両腕を切断された。

 だが次の瞬間、その両腕が跳ね飛び、片方がミーリの片腕を背中に回して押さえ込み、さらにもう片方はミーリの首根を捕まえ、絞めに来た。

 女性の姿をしていながらその見た目に反する物凄い怪力は、神である証拠か。ともかく凄まじい力で、ミーリの首根をへし折ろうとしてくる。

 酸欠で意識が朦朧とし、あわや落とされるというところまで来たそのとき、複製された魔剣がミーリの首を捕まえている腕に刺さり、激しい炎で灰に変え、ミーリの呼吸を助けた。

 めいいっぱい呼吸したミーリは霊力を押さえられている片腕へと集中させると拘束を解き、首を絞めていた腕が焼かれたのを見て咄嗟に飛び出してきたアンラ・マンユに魔剣で殴りつけた。

 体を捻った体勢がやや不安定で刃の方を向けられなかったのが悔やまれるが、それでも鋼鉄の塊を叩きつけた。臓物の二個や三個、潰れていてもおかしくはないはず。

 だがアンラ・マンユはそんな攻撃などまるで効かないとばかりにすぐさま体勢を立て直すべく後退。そしてまた当然のように蜥蜴の尻尾のごとく腕を生やすと、首を鳴らして一息ついた。

 ミーリはアンラ・マンユに聞こえないよう、手の甲の印に口を付けるくらい近付けて、レーギャルンとコンタクトを取る。精神内でも会話は可能だが、こうすることでより鮮明に声が聞こえるため、やり取りがスムーズにいくのだ。

 レーちゃん、さっきはありがとう……もう少しで首折れるとこだった……。

 いえ、うまく行ってよかったです……。

 魔剣のコントロールはレーギャルンが単体でやるよりも、ミーリの力を借りて行った方が精密だ。故にミーリの首まで燃やさないか、貫かないかと心配していたが、うまくいったことでレーギャルンは一安心。だがすぐさま緊張が戻ってしまったようだった。

 故にミーリは手の甲の印を、レーギャルンの頭代わりに撫でて落ち着くよう言い聞かす。

「ミーリ・ウートガルド……しつこい。母さんの言ってたとおり」

「って、まだちょっとしかやり取りしてないでしょうに」

 だがそのちょっとのやり取りでも、わかったことはある。

 祖師谷樟葉そしがやくずは神霊武装ティア・フォリマ天之瓊矛あまのぬほこが効いているのか、実力はそこまでのことはない。

 ミーリ・ウートガルドの実力を数値化して十とするのなら、彼女の実力はせいぜい七――いや、六がいいところだろう。

 彼女自身の実力は、魔神程度。名のある神々の中では中の下、くらいのものだろう。

 故に解せない。

 あれだけ人類悪。人類にとって最大の強敵と言われながら、この程度。

 確かに脅威ではある。不死に近い生命力。人類の悪心を糧に成長し、どんどん強くなっていく能力は、確かに脅威でしかない。

 だが逆に言えば、それしかない。

 悪心を吸い取る能力が封じられた今、彼女はこれ以上強化する術を持たないはずだが、それでもこの程度の力しかない。

 ならばさほど脅威とも言えない。

 絶望の肥大化もない今、この程度の力を脅威と感じるほど心が弱ることもない。

 霊力を押さえれば確かに、数値上は強さを偽れるだろうが、ミーリ・ウートガルドとて機械ではない。実際に戦ってみた感触で強いて言えばで数値にしているのだから、正直すぎる機械とは違って、相手が隠している霊力の量、質を加味しての数値だ。

 故に勝てる。

「“鮮黒刀シャー・ナーメ”」

 自らの黒ずんだ血の色の長髪から、束を引き抜き、それが硬化して刃と化す。

 さらに髪の毛が両腕に絡みつき、硬化。鎧、というよりは打撃と斬撃を同時に与えられる特殊な武器と化した。

 レーちゃん、行くよ。

 はい、マスター。

 抜き出したのは、魔剣害なす魔剣レーヴァテイン原型オリジナル

 他の複製品と比較して圧倒的な熱量を持ったそれを抜いたのは、本気の証。

 例え勝てる相手だとしても、その相手が敵軍の大将でさらに人類悪ならば、本気で殺しに行って過ぎるということはないはずだ。

 舐めてかかって殺されては、何の意味もないのだから。

「燃え盛れ、赤き巨人……英雄殺しの灼熱を抱いて、害なす魔剣の錆と化せ……!」

 魔剣から燃え広がる炎をまとい、ミーリはその瞳の色を炎によって橙色に輝かせる。

 邪悪の権化、化身たる彼女と対するのに相応しい聖なる炎をまとったミーリは、魔剣で横に一薙ぎ。暗黒の世界に火を放ったが、自分達を閉じ込めているそれが燃えることはなかった。

「無駄よ? “鮮黒召致ホルダ・アヴェスター”は私を中心に広がっているの。私を殺さない限り、あなたを包むこの闇が途切れることはない」

「うん……そんな感じだね。なら先に倒すだけ! ――“燃え盛る巨人の栄光スルト”!!!」

 自らと共に燃える魔剣を振りかぶって、ミーリはアンラ・マンユと刃を交える。

 上段から振り下ろしてから一歩踏み込み斬り上げ。それを躱したアンラ・マンユの胴体を両断しようとさらに踏み込んで横に薙ぐ。

 刃で受けながらその威力を殺すことなく、吹き飛ばされることで離脱したアンラ・マンユは暗黒を蹴り飛ばして肉薄、突きを繰り出す。

 それを躱したミーリに連続で繰り出される突き。最低限の動作で紙一重で体を反らして躱すミーリが首を傾けて頭への突きを躱したとき、アンラ・マンユはそのまま横に斬り払う。

 咄嗟にしゃがんで躱したミーリはその勢いで再び立ち上がると同時に斬り上げる。

 躱されるとそのまま魔剣を頭上高くほうり上げ、アンラ・マンユの腕を捕まえて背負い投げ。倒れたアンラ・マンユに帰って来た魔剣を受けながらその重さを利用して振り下ろし、回避したアンラ・マンユの髪を切った。

 立ち上がったアンラ・マンユに向けて、ミーリは追撃する。

 全身で回転しながら魔剣を振り、アンラ・マンユの刃とぶつかって火花を散らす。

 攻防の最中に剣を複製すると頭上から叩き落とし、咄嗟に身を翻したアンラ・マンユの脚を切り、黒黒とした鮮血を走らせた。

 その脚から繰り出された蹴りによって、ミーリは蹴り飛ばされる。体が宙にあるミーリは体勢を立て直すために全身を振り回し、その最中に魔剣を大量複製。自身を中心に逆立つように震え立つ魔剣は一斉に駆け出し、アンラ・マンユへと迫る。

 アンラ・マンユもまたその場から駆け出し、魔剣の群れと速度を競うように平行に走りながら、向かって来る魔剣を全身の力で振る刃でもって撃ち落とす。

 だが一本一本が順に向かって来るならまだしも一斉にかかってくると回避しかなく、アンラ・マンユは跳躍する。

 だが跳躍した先の頭上には、すでに先に跳躍していたミーリが両手で魔剣を持ち、その脳天をかち割らんと振りかぶっていた。

 アンラ・マンユは咄嗟に刃と両腕の装甲並の硬さを持つ頭髪で受けるが、燃え盛る魔剣の一撃からその身を護ったと同時に粉砕された。

 そこでミーリは畳み掛ける。

 もう片方の手にも魔剣を複製、握り締めて。

 その一撃は、かの栄えある吸血鬼の代名詞。

「“串刺し狂乱カズィクル・ベイ”!!!」

 駆け巡る斬撃が、アンラ・マンユの全身を斬り、黒い血を派手にぶちまける。

 斬撃と共に駆け抜けたミーリは宙で霊力による足場を作ると蹴り飛ばして方向を転換。再びアンラ・マンユと対峙すると、自身の周囲に魔剣を多数複製し、そのまま突撃。

「“巨人の国よ、煌々と燃え盛れムスペルヘイム”!!!」

 両腕に持った魔剣の斬撃に加え、後から続いていた魔剣の群れが深々と、アンラ・マンユに刺さる。

 だがミーリのダメ押しは終わらない。

 さらに魔剣を並列させる形で複製し、一斉に射出。

「“裏切りに燃える剣スキールニル”!!!」

 アンラ・マンユの目の前で魔剣と魔剣がぶつかり、爆発。爆炎と、それを目くらましにしての剣の突撃を躱せず、アンラ・マンユは焼き斬られる。

 追い打ちに続く追い打ち。ダメ押しに次ぐダメ押しが、面白いように決まる。力なく倒れ伏したアンラ・マンユは必死に立ち上がろうとするが、腕に力が入らず立つまでに至らない。

「どしたの? 俺を殺すとか言っておいてこの程度? この一年で戦った中で、一番弱いよ」

「絶望が……絶望が足りない……ダメ、今のままじゃ……勝てない」

「勝てると思って乗り込んで来たんじゃないの? 浅はか過ぎない?」

「クソ、このぉっ……」

『マスター……これは、罠、ですか?』

 あまりの弱さに、レーギャルンですらそう思う始末。

 しかし仕方ない。それほどアンラ・マンユとミーリの実力は、かけ離れているのだから。

 だがミーリは迷わない。迷う余地はない。

 ここで人類悪を仕留めることが、この戦争を終わらせることに繋がるのだから。

「レーちゃん、一気に燃やすよ……!!!」

『え……ま、M――?!!』

「おい待てミーリ! てめぇW――?!?!?!?!」

 ミーリは魔剣を振りかぶり、叩き割る構え。

 アンラ・マンユはその場で狼狽え、ひぃひぃと泣くだけ。もう先ほどまでの身のこなしは、できないということか。

 この手を逃すわけにはいかない。

 ここで見逃せば、また彼女は自身の能力によって強くなり、そのときこそ手が付けられないかもしれない。ならばここで仕留める。

 やけに心臓の音がバカでかく聞こえる。興奮しているのか、脳内ノイズが酷い。

 彼女と対峙しているこの間にも、絶望の肥大化が進んでいるのかもしれない。ならば早く、早く殺さなくては。

 話し合いの余地も許容の余地もない。即刻、殺す。

「ごめんね」

 容赦なく。

 慈悲もなく。

 ミーリはアンラ・マンユの頭を両断した。

 取り巻いていた漆黒は消え去り、魔剣を握り締めたミーリとウィン、そしてアンラ・マンユの死体だけが残っていた。

「お兄ちゃん!」

 大好きな兄弟子の無事の帰還に、樟葉は喜びのあまり抱き着こうとしたが、すぐさま顔を青ざめさせる。ミーリの足元に、アンラ・マンユの死体が転がっていたからだ。

 絶句。

 言葉が、声が出ない。

 まさかミーリがやったのか。それとも彼女の自殺か。

 後者であれと思った樟葉だったが、しかし魔剣から漂う血の蒸気の臭いを嗅いだ瞬間に、前者であることを確認し、言いようもない絶望感に襲われた。

「どうしたの? クーちゃん。そんな怖い顔をして」

「お、お兄ちゃん……なんで、なんでアンラ・マンユを殺して……」

「なんでって……それが最終目標だったじゃない。何を今更」

「まだアジ・ダハーカを倒してないのです! 先にアンラ・マンユを倒しては、あとでより強力になって復活を――」

 ここまで言って、樟葉は理解した。ミーリが平常ではないことを。

 ミーリの体から湧き出ている禍々しい黒い霊力。もはやそれは、ミーリのものではなく――

「おいミーリ! てめぇ何してやがんだ! 分かれたときに打ち合わせたよな! 頃合いを見て俺の魔弾で動きを止めて、拘束するって! なのにてめぇ、なんで殺しやがった!」

 怒りに震えるウィンが、ミーリの胸座に掴みかかる。

 そのまま問い質そうとしたウィンだったが、逆にミーリに抱き寄せられて、口づけを交わされた。いつもながら、しかしあまりにも唐突過ぎることにウィンは自ら突き飛ばされ、離脱する。

 口づけ行為はまだ当たり前だとして、この強引なやり方はミーリではない。酔っているときならまだしも、ミーリは基本、唐変木紳士なのだから。

 ウィンはすぐさま拳銃を取り出し、ミーリの眉間に銃口を向ける。

 ミーリの姿をしたミーリならざる者――とウィンが考えているそれは魔剣を振りかぶると、その場に魔剣を突き立てて、燃え盛る灼熱を走らせ、ウィンと樟葉の二人を遠ざけた。

「アハハ! いいわ、いい! ママには殺せって言われてるけど、利用価値あるわ、この体!」

 ミーリの体で語るそれは、まるでミーリの体を乗っ取って、その使い心地の良さを謳うように剣を振るい、その感触と威力を確かめて、ミーリの声で高笑う。

 そしてウィンのことを見つけると魔剣を複製し、一斉に射出した。

 それを樟葉が斬り払い、対峙する。

「ミーリお兄ちゃんを返してください。さもないと……」

「さもないと? どうするって? 私をどうするって? この体を殺します? でぇもぉ? それで死ぬのは彼だけですので、どうぞご自由に!」

 ミーリの声で語るそれは聞くからに上機嫌で、明らかに他の誰かであった。

 そしてその正体を、樟葉は迷うことなく突き止める。

「まさか他人に乗り移れるとは思いませんでしたよ、アンラ・マンユ。そのような史実は、どこにも存在しませんでした」

「そりゃそうよ。私と直接対峙した人間にしか効かないもの。人の悪心にこそ悪神は棲み憑くもの。故に私と対峙した人間は自らも気付かぬうちに内の悪心を膨らまされ、私に憑かれる隙を与える」

「悪心……うちのお兄ちゃんには、かけ離れたものだと思っていましたが」

「七つの大罪と呼ばれるものをご存じでしょう? 私に対して怒れば憤怒。勝てると思えば傲慢。ここで倒しておきたいと思えば強欲の悪心が働き、私に憑かれる隙が生まれる」

「それが人類では、あなたを倒せない本当の理由ですか」

 群れてかかれば“本悪質タローマティ”で一斉に士気を下げ、その絶望を糧に強くなる。

 単独でかかれば今の能力を使って強者を乗っ取り、強くなる。

 人間に対して絶対的な力を持つ反面、弱く脆いその姿すらも武器となる。人の悪心を誘発し、力を得る。それがアンラ・マンユの本質か。

「そう。私を倒すのなら純粋なる神を用意するべきだったのよ? もっとも、今更もう遅いけれどね……この体はもう私のものです。こんなに使い勝手のいい体、返すものですか」

「レーギャルン! 戻って来い! そいつに武器を与えるな!」

 ウィンが呼び掛けるが、レーギャルンが応答しない。

 ミーリと共に乗っ取られたのか。

 ウィンが思考を巡らせていると、アンラ・マンユはミーリの体と能力を動かして、魔剣の群れを頭上に複製。自らは霊力を足場に上空に立ち、ゆらりと手を降ろして。

「“裏切りの厄災レイヴォルト”!!!」

「天地を返せ! 天之逆鉾あまのさかほこ!」

 降りかかって来た魔剣の群れの方向をすべて逆転させ、アンラ・マンユへと攻撃を跳ね返す。

 魔剣の群れを撃ち落とすアンラ・マンユの動きを止めるために魔弾を撃ったウィンだったが、相手が弾いた魔剣の一つに弾丸が弾かれ、決まらず、大きく舌打ちした。

「待ちやがれ、てめぇ!」

「少々状況が不利なので、引き下がらせてもらうわ。追いかけてくるのは自由だけれど、それなりの覚悟を持って来てくださいね。ではまた後で。今度は確実に殺してあげる」

 自ら漆黒に包まれて、転移の霊術で消えようとするアンラ・マンユ。

 ウィンは全力で走ると思い切り跳躍し、消えゆく上着の先だけでも掴んでやろうと手を伸ばす。

 が、ウィンの跳躍力では高さが足りず、ミーリの体を乗っ取ったアンラ・マンユが消えていくのを、わずかに届かない距離で見逃してしまった。

「畜生がぁぁっ!」

 虚しく、ウィンの悔しさが滲む声が響く。

 その声に気付いて駆けつけて来たかのようなタイミングで、宙よりドゥルガーが、前方よりオルアとジルダがやって来て、状況の整理をしようとしたが、できずに説明を求める表情を見せた。

 それに応じて、樟葉はミーリとレーギャルンが乗っ取られ、連れ去られたことを語り始めた。

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