幾つにも重なって

 まず先に断っておこう、ここからしばらく説明である。

 まず魔女メディアは、結局取り逃してしまった。

 後日命からがら戻って来た彼女は偶然によって殺されるわけだが、しかしそんなことをミーリ達が知る由もない。

 メディアの捕縛、最悪処刑という依頼を達成できなかったということで、報酬は無論もらえなかった。

 だが報酬の代わりに、ミーリは大事な戦力を得た。

 アステュアナクスとジャヴェル・ザ・ハルセス。この二体の神が神を討つ軍シントロフォスに加わったのである。

 アステュアナクスは元々そのつもりだったが、ハルセスは正直予定になかった。

 ミーリがそうしたのは、彼女の心が壊れていると発覚し、同情したからである。

 メディアの召喚術式に最初は抗ったものの、それでも無理矢理異世界に連れて来られてしまったための影響だということは、ミーリにもわからない。

 しかし元の世界に戻って来たハルセスは応答はするものの、まったく喋ろうとしない。放っておけば何もせず、何もしようとしない。

 このことに同情したミーリが神を討つ軍に勧誘。牢獄で処刑を待つよりはマシだと判断し、おそらくちゃんと意味も分かってないで頷いたのだろう彼女を連れ出した。

 そんな彼女を軍の本部としても使っている師匠スカーレットの屋敷に送るため、オルアと共に連休が続く日を使って行くことを決めたわけだが、そのとき同行を求めて来たのが、荒野空虚あらやうつろだった。

 魔法世界でずっとメディアの支配下にいたとき、彼女は意識が朦朧としている状態だった。

 しかしそれはメディアの力ではなく、魔法世界への転移の際にミーリから漏れ出したエレシュキガルの力が、空虚に移ってしまったからだと、エレシュキガル本人が証言した。

 何故そうなったのか。

 機械仕掛けの時空神デウス・エクス・マキナの不在と異世界への転移という時空に関する歪みが二つ以上発生したことで起きた、偶然なのかそうでないのか。原因は不明である。

 しかしエレシュキガルはブラッドレッドの件のとき、自らの力に合う適合者を探していた。最終的にはミーリになったが、しかしその次に合ったのが空虚だったらしい。

 方法としては、過去の記憶を見せて自分の存在を見つけた存在がなんたらかんたら――結局説明されたところで、わからないのだが。

 とにかくそんなわけで、ミーリの中に神様がいるということを知ってしまった空虚。

 そしてアステュアナクスとハルセスを集め、何かしようとしていることまで勘付かれ、さらには勘付かれたが故に尾行され、オルアとの会話を聞かれてしまったことと、幾つもの理由が重なって、もう彼女には隠せないところまで来てしまったわけである。

 何より、もう隠し事はなしだと言われたのに隠し事を続けるのもどうなんだと問い詰められてしまって……正論に応えなければならなかったわけだ。

 そのためにミーリは一度話し合いの場を設け、空虚に計画から始まってすべてを説明した。

 ミーリとユキナの因縁は、エレシュキガルが過去を見せたこともあって知っていた様子だったが、そのために軍を組織したことやオルアが神様だったこと。

 そして師匠がスカーレットだったことなど、とにかくこの現代では罰せられるようなことをしていると明かした。

 当然、怒りなりなんなり、何かしらのリアクションを期待覚悟していたし、最悪通報されるようなことすら覚悟していたのだが、空虚はすべての話を聞き終えてこう言った。

 おまえの計画を見てみたい。

 否定するのではなく、話を聞くだけにとどまらず、彼女は今度は見てみたいと言って来た。まさか見せられないような代物でもあるまいと言い寄られ、断る術もなくなってしまったミーリは――

 ――こうして、連れて来てしまったわけである。

「ウム、見ておったぞ青の戦士。そして神を討つ軍の者どもも、実に見事な腕じゃった。確かに大口を叩けるだけはあるな」

 とにかく長い。長すぎる青紫色の長髪。

 自身の姿を覆えてしまいそうなその長い髪がとにかく印象的な灰色の衣装に身を包んだ女性は、両脇に二人の従者を従えてふんぞり返っていた。

 まるで、ではなく生前は本物の女王様である。

 彼女が治める空中庭園兼城は、先ほどまで戦況を間近で見ていた王ネブカドネザルと彼女の霊力によってその効力を保っているのだそうだ。

「盟約と我らが王の命により、我らもまた其方に力を貸そうぞ、青の戦士。我は女王セミラミス。右に控えるのは悲劇の娘ベアトリーチェ・チェンチ。左に控えるのは教会の聖人シスター・アグネス・ゴンジャ・ボヤジュ。あとはここにいないが……まぁ、あれの紹介はあとでもいいだろう」

「じゃあセミさん、ちょっとお部屋を貸して貰えないかな。みんな少し疲れてるから、休ませてあげたいんだ」

「よかろう。我と我らが王が許す。しばし楽にしているとよい」

「ありがとう、セミさん」

 ネブカドネザルとセミラミスの空中庭園。

 庭園と二人が言うが、ミーリ達からしてみれば城、それどころか国に近い。

 街一つが存在する上に、湖まで存在する雲の上の空中王国。

 その湖のほとりにある小さな小屋。セミラミス曰くVIPに貸す最高の宿泊部屋らしいその部屋に、ミーリのパートナー達がいた。

「あぁぁ、釣れねえ……」

「珍しいですね、あなたが釣りだなんて」

「ゲームばっかりしてっと、生徒証のバッテリーが持たねぇからなぁ……」

 そう言ってネキが日向ぼっこをする隣で釣り糸を垂らして早二時間。

 一向に釣れず、ウィンはイライラしていた。基本的に敵を倒して爽快軽快なアクションゲームを好む彼女としては、このようになんの変化もない状況はつまらないばかり。

 ときどき魚の影が釣り糸に近付き、かかれかかれと祈るときもあるのだが、しかし賢い魚ばかりらしく一匹もかからなかった。

 正直影を銃で撃ってしまった方が速いとも思うのだが、ウィンの銃弾の威力では銃撃が水面に叩き込まれた段階で銃弾が砕けてしまう。

 結局魚を取りたければ、釣るか素潜りしかないわけだ。

 故にウィンは釣りを続ける。釣り糸の側で浮き輪に乗り、寝息を立てるヘレンの見張りも兼ねて。そのすぐ側に大きな背びれを水面に突き出して悠々と泳ぐ巨大魚がいたが、ヘレンは気付かず眠っていた。

 それを見て、ウィンの隣でハラハラするレーギャルン。巨大魚が草食とは知らず、絶えずヘレンを見守って巨大魚の上に刀剣をスタンバイさせていた。

 するとヘレンの側に忍び寄る謎の影。

 みるみるうちにヘレンに迫り、ついにヘレンの浮き輪をその手が掴んだ時、レーギャルンは予備動作なしで刀剣を放った。ヘレンの浮き輪を斬ることなく、影だけを撃ち抜く。

 しかしその正確な狙撃でも、影は討てなかった。何せそれは、魚でもなければ半魚人でもなく、自慢の鎌で素潜り漁をしていたブラックリストだったからである。

 とっさの狙撃にも鎌で受けきり、水中数メートルまで押されたところで受け流して戻って来た。

「レーギャルン死ぬぞ! 今のは下手すれば私が死ぬ!」

「ご、ごめんなさい……ヘレンさんが食べられちゃうと思って……」

「……というか其方、反射速度が少し上がったか」

「リストさんほどじゃありませんよ。私なんてまだまだ……」

「いやそうではなく、我々神霊武装ティア・フォリマには身体的成長はもちろん、戦闘能力の成長もないはずであろう?」

「それはおめぇ、持ち主が変わらない限り……正確には、持ち主の霊力の質が変わらない限りの話だろ? そりゃおめぇ、我らがご主人様がさらに強くなったっていう、何よりの証拠だろうぜ? なぁ、ロンゴミアントよぉ」

 細く白く、長い脚。

 白銀のブーツを脱ぎ素足を晒すロンゴミアントは、ベッドで丸まりながら主の帰りを待っていた。

 さらに女性的な体つきになり、妖艶に光るオッドアイまで輝いて、もはや同性の人間ですらドキドキしてしまいそうなほど魅力的になった彼女。

 そんな彼女の心は、魔法世界でずっとミーリと離れていたことで、さらに強くミーリを思うようになっていた。

 故に今も、主人の帰りを待つばかりである。

「たっだいまぁ」

「ミーリ!」

 今までならば、飛びつくなどと言うことはしなかっただろう。

 とても重い槍脚だったこともあるが、何よりお姉さん的な彼女の性格からしてそういうことはしなかった。

 だが実際、彼女は人前では控えるが誰も見ていなければとことん好きな異性に甘える猫のような人。以前よりも強くなった思いも相まって、気の許せる人の前なら遠慮なく甘えられるようになった。

 そしてどうも、独占欲も少し強くなったようで。

「ミーリぃ」

「うん、ただいまロン」

 そしてミーリもとことん、お気に入りの神霊武装には甘い。

 ロンゴミアントの求められるがまま、額と唇に口づけを這わす。

 さらに抱き締められるロンゴミアントは、まるで新婚の妻のごとく幸せで満たされていた。

「おいおい、熱い抱擁だなぁ。そろそろ俺らにもご主人様を分けてくれよ」

「いぃや」

 これは言っているだけだ。

 基本お姉さんのロンゴミアントは、甘えられれば妥協点を自ら設けられる性格である。

 故にミーリの頬に自ら口づけすると、自ら腕をほどいてミーリを離した。

「主様、お疲れ様でした」

「おお先駆者! 魚取ったぞ、食うか?」

「ネッキー、リスッチ、ただいま。お魚? 食べる食べる。捌いて捌いて」

 リストとタッチし、ネキの頭をポンと叩く。

 そしてそのままヘレンを見守るレーギャルンの側に胡坐を掻いた。

「お帰りなさい、マスター」

「うん、ただいまレーちゃん。ヘレン、そんなとこいたの? って寝てるのか……ボーイッシュ、ただいま」

「おぉ。お?」

 ここに来て初めて釣り糸が動く。

 ウィンが勢いよく引っ張ると、中くらいのトゲトゲした赤茶色の魚が釣れた。

「なんか、毒ありそうだな……」

「ヒレにあるかもね。気を付けないと」

「で、だ。交渉の方はどうなったんだ、主様よ」

 魚をリストに手渡し、ウィンは再び釣り糸を落とす。

 ちなみになかなか釣れなかった原因は、糸の先に釣り針も餌もないことである。故にそのまま入れた釣り糸に魚がかかるのは、また数時間後のことだろう。

「王様もセミさんもオーケーだって。これでとりあえず、このお城を軍の拠点にできるよぉ。いつまでも師匠のお屋敷にいさせるのは師匠が嫌がるだろうから、助かるよねぇ」

「ってかあの屋敷って元々おまえのなんだろ? あの人文句言える立場じゃねぇだろ」

「まぁ屋敷を貸してる代わりに俺に稽古つけてくれたんだから、仕方ないよね……」

「ふぅん……まぁ、いいけどよ。これで、軍の巨大化に成功か……あの花嫁の無限の兵士も手に入れたし、もうホントに軍になってきたな……まぁ相手は、もっとでっけぇの作ってるみたいだが?」

「ね。なんかもっとすごい神様が必要なんじゃないかって怖くなるよ」

「……ま、いざとなったら俺が必要な分働いてやるよ。俺の目標は、てめぇと最強になることなんだからな」

「……そんなこと言ってたねぇ。ま、もうすぐそれも達成できるかもしれないし」

「言ったなぁ? なら期待するぜ、構わねぇよなご主人様!」

「もちろん」

 拳を合わせる二人の元に、捌かれた魚が運ばれる。しかしその側で魚のヒレに刺されたリストが今更痺れて動けなくなっていて、全員その対処に追われることとなってしまった。

「ハァ……」

「空虚ぉ、大丈夫か?」

「大丈夫、とは言い難いかもしれん……すまない、心配させるような言い方をして」

「……いくさ、主にはしばし休息が必要なようです。ここはそっとしておきましょう」

 空虚に用意された部屋から、彼女のパートナーであるてんと戦は出ていく。

 一人残された空虚はベッドの上で、疲れが重さとなってのしかかってくることを理由に起き上がらないまま考え込んでいた。

 ミーリが従えていた神々も、これから従えようという神々も、そして戦おうとしている彼女も、皆が皆、自分では苦戦を強いられた挙句、一歩間違えれば負けてしまいそうな猛者ばかり。

 そんな神様達を従えるミーリも、それに匹敵する力を持つ神々を組織しているらしいミーリの彼女――ユキナも、自分ではもはや敵わないどころか、近付き難い存在となっているのは言うまでもなくて。

 でもそれでもそんな彼の力になりたいと考えたとき、自分にできることは何だろうかと考えて、でも結局わからなくて。

 ユキナにすら、ロンゴミアントにすらできなかった支えが必要なのではないかと思い立ったところまではよかったが、婚約者にもできない戦いのパートナーにもできない支えとは、一体何なのかという疑問にせき止められて。

 彼のためにできること、したいこと、しなければならないこと。

 彼がして欲しいこと、して欲しいもの、させてあげたいこと。

 それら一切を理解でき、一切を考察し、一切の中から一縷を選択できるようにならなければならないというのはわかっているのだが、一体どうすればいいのかはわからなくて。

 結局、疑問と言う疑問が幾つにも重なって。

 重なったこれらは消火できなくて、それで——

 ――結局自分には、何もできないと落ち込むのだ。

 何をしているのだと、そんなことをしている場合ではないと言い聞かせるが。

 ここに来たいと言ったのは、見たいと言ったのはなんのためであるかと言い聞かせるが。

 結局自分には何もできていなかったのだしできないのだと思い知らされて、自ら絶望の淵に立って――

「ウーウー」

 見ると、そこにはしゃがみ込む少女の姿。

 龍の姿しか知らない空虚は、それがティアマトの落とし子であるティアだとは知らなくて。見た目の割に、言語機能の乏しい女神なんだなと思うくらいであった。

 故に少々、警戒もする。乏しいのが言語能力だけでなく、思考回路までもだとしたら、行動が読めないからだ。そういう敵がもっとも先読みしにくく、対応しにくい。

 空虚の中の警戒心は、非常に強かった。だからこそ次の行動には、唖然として固まってしまった。

 空虚の側に近寄ったティアは、スンスンと鼻をヒクつかせて臭いを嗅ぐと、空虚の脚に自身の頬を擦り、甘え始めたのである。

「ウーウー。ミーミーヌォ、クンクン」

「ミーミー……ミーリのこと、だったか」

 ミーリの匂いが空虚からすると言いたいのだが、空虚にはその意図は伝わらない。

 しかし子供というより懐いたペットのように甘えてくるティアを蔑ろにできるはずもなく、頭を撫でてやるとピンと立った耳をフルフルさせて喜ぶティアを愛でた。

 そのときばかりはずっと考えていたこともモヤモヤも忘れ、ただティアの愛嬌に癒される。

 さながらそのために来たかのように、ティアは空虚の心が元気となってとある決心をするまで共にいたのだった。

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