黒白告白

青率いる神殺し軍

 中央大陸北側のとある王国から、数キロ離れた広原。

 そこではそのとある王国の対神軍と、魔神率いる軍勢との戦争が起きていた。

 対神軍の援軍として北の対神学園・グングニルとミョルニルの生徒達が参戦し、戦場は過激さを増していた。

「ヘラクレス先輩ヘラクレス先輩! ご報告申し上げます!」

「……話せ」

 北の最強、スキロス・ヘラクレス・ジュニアとその後輩である霜月子猫しもつきこねこ

 グングニルでも最終兵器の彼らは切り札として、まだ戦場に投入されていなかった。

 北で最速の脚を使ってもらってきた情報を、子猫はヘラクレスに伝える。

 走りながら。

「はい! ミョルニルのフィースリルト先輩姉妹を筆頭に、我々学園連合軍も敵陣に突入! しかし思いのほか敵が多く、まだ敵将を確認できておりません! 戦闘開始から六時間! 連合の被害は二割程度です!」

「軍は……なんと言っている」

「それが軍の被害は予想外に大きく、先行した突入隊は九分九厘全滅! ベースキャンプを襲撃され、死傷者多数! もはや健全な戦力は微塵の一言で、ぶっちゃけて言うともう頼りになりません! どうしましょう、先輩!」

 走り終えたと同時に伝え終わる。しかしまだまだ走りたい様子の子猫。

 彼女は何故か走っていないとうまく話せないくらいに、落ち着きのない子であった。

 座り込んでいたヘラクレスはおもむろに立ち上がり、やや腰を曲げた状態でウズウズしている子猫を置いてテントを出る。

 ようやく真っすぐ立てるようになったヘラクレスは、その良すぎる視力で戦場を上から見下ろす。その場から見えるだけでも多くの死傷者が確認でき、正直劣勢もいいところだった。

 ミスト、イリス姉妹がどれだけ強くとも、覆すのは容易ではない戦況だろう。

「ディアナ・クロスでもいれば……大きく変わるのだろうが」

「要請しますか?!」

「いや、ここからでは間に合わない……俺達で、なんとかするしか、ない」

 軍から支給された対神兵器を手に、ヘラクレスは戦場に向かおうとする。

 それに気付いた軍が制止命令を繰り返すが、事態の重大さをわかっているヘラクレスは止まろうとしない。

 そんな彼を止めたのは、空からやってきた黒い巨龍の咆哮。

 腕が四つ、脚が二つ。左右に三つずつの赤い眼に、うねる尾。世界を包み込みかねないほどの大きさを持つ巨翼をはばたかせて、巨大な龍種が戦場の空に飛んできたのだった。

「て! てて! 敵の増援ですか?!」

 慌てふためき走り回る子猫。

 ヘラクレスの巨大な手はそんな彼女を捕まえて落ち着かせ、自身は上空の龍に注意を注ぐ。

 しかしすぐにその抜群の視力で龍の背に乗っている人影を見て、以前にも見た黒龍だったと思い出した。

「違う……こちらの、援軍、のようだ」

 黒龍の背で、戦場を見落ろす影が十一体。

 龍の頭に乗った一人はその戦況を見てわざとらしく頷き、全員の注意を集めるために手を叩いた。

ひこさん、ドゥルさん、アン姉、アーさん。ここを任せるよ。とりあえずあの敵の軍、一掃よろしく」

「承知!」

 和装の紺髪男性、彦星ひこぼしが我先にと飛び降りる。

 そして着地と同時に敵の声を上げぬ軍勢を、柄の長い長剣で斬り払い始めた。

 一人でも充分に一掃できそうな勢いだが、しかし勢いだけでは敵わないほどの数が敵にはいた。

 それを見下ろすアンブロシウス・アウレリアヌス。そして、アルトリウス・ペンドラゴン。

「気合入ってるわねぇ……」

「彼は我らが大将に恩があるそうだからな」

「じゃ、私達も行きましょうか」

「ったく、実践訓練とは言ってくれる……」

 文句を言いながら全身甲冑で武装したアルトリウスと、手刀を構えたアンブロシウスが彦に続く。

 三人の戦場投下を見届けて、武神ドゥルガーもまた続く。十本の腕にそれぞれ武器を持った彼女は、彦にも負けない勢いで敵を薙ぎ払い始めた。

 戦場に四人投入して残り七人。

 その中の一人、不思議の国のワンダーランドアリスは龍の頭に乗っている彼に後ろから抱き着く。まるでその首を掻こうとでもしているかのように、妖艶に、しかし狂気的に首根に指を這わせた。

「ねぇえぇ、私はまぁだぁ?」

「もう少しだよ、アリス。だけどまぁだ、やることがあるからねぇえ。ってなわけで出番だよ、ハルちゃん」

 対神学園・ミョルニルのミスト・フィースリルト。イリス・フィースリルト姉妹率いる先遣隊。彼女達は今声なき軍勢に正面から挑み、そしてほんの少しずつ押しているところだった。

 だがどうしてもあと一歩踏み出せるだけの力がない。突破したいのに突破できず、停滞を余儀なくされていた。

「お姉様、このままではこちらの全滅も時間の問題です……!」

「泣き言は許さないわ、イリス。私達の全滅イコール国の壊滅と言う状況まで来てしまっている今、そんなことは冗談でも言ってはいけないの」

「ですが――」

 不意に落ちてきた何かによって、その場にクレーターが開く。

 その衝撃によって吹き飛ばされた他の生徒達の中で一人耐え抜いたミストは、落ちてきたそれが一人の女性であることに驚愕し、そして霊力探知で神だと気付いて警戒レベルを激しく上昇させた。

 橙色の長髪をベールの下で揺らし、光を宿した碧眼でミストらを一瞥すると、天高く組んだ両手を掲げ、そして胸に当てて祈り始める。

 無力な女性の象徴にして花嫁の神、ジャヴェル・ザ・ハルセスの祈りが届き、彼女を護ろうとする騎士達が光より生誕。声なき騎士達に挑んでいく。

 その光景を見たミスト達は、当然状況の理解が追いつかない。しかしハルセスを神として、討つべき敵として判断したイリスは、背後から斬りかかった。

 しかしハルセスに張られた光の膜が、攻撃から彼女を護る。その光を見たミストは、再度斬りかかろうとしているイリスに手を差し出して止めた。

「久し振り、で合ってるのかしら。あなた、私のよく知る後輩と同じ霊力を感じるわ」

「久し振り、であってるよミスト先輩。僕は僕、あなたの知っているオルア・ファブニルだよ」

 赤髪のセミショートを揺らし、木陰からオルア——ジャンヌ・ダルクが現れる。

 魔神である彼女の霊力は神と人とのハーフであり、差別化は非常にしにくいのだが、しかし今のオルアの霊力を感じ取ったミストは完全に神だと認識していた。

 そして同時、彼女を知ったそのときより、彼女が神であったことを察した。

 それを察せない妹のイリスは、オルアを警戒して剣を向ける。さながら彼女に変じて接触を試みようとする、一種の怪異に思えたのだろうことは、容易に想像できた。

 故にオルアは咎めることもせず、警戒することもせずただ立ち尽くす。

 ただイリスを見つめ続け、彼女から警戒心が抜け切るのをひたすら待った。

「それで、彼と付き合っているの? オルア。男を見る目は残念ながらないわね」

「付き合ってはいますけど交際はしてませんよ、先輩。確かに僕は人の頃も、そして神様になってからも、人を信じすぎるし疑わなさすぎって言われますけどね、でも彼のことを見間違ってはいないと、強く思っています」

「……まぁ、恋は盲目というから。あなた本人の目が一番信用ならないのだけれど――」

「聞き捨てならんな、娘」

 銀の長髪を揺らす、全体的に赤い女。

 頭につけたカラスの羽根飾りと頭蓋骨が不気味で、その目は怒りに満ちて光っていた。

 ジルダ・レィ。

 かつて聖女ジャンヌ・ダルクと共に戦った英雄。そしてジャンヌ本人も神となった彼女に出会うまで知らなかった事実、ジャンヌと同じ戦乙女であった。

 ジャンヌに対する崇拝度はもはや、唯一神すら軽く超える。

「我がジャンヌが恋、恋だと? 笑わせるなよ気娘が……こちらにいるのはジャンヌ・ダルクなるぞ! 祖国の繁栄と平和のために命を賭した我が友我が盟友我が命!!! 永遠の聖処女であらせられる彼女が恋して盲目になるなどと、侮辱するとはいい度胸――」

「処女言わない!」

「あべしっ!!!」

 子供のオルアと、大人のジルダでは身長差が大きい。

 しかしオルアはそんな苦など感じさせず、軽やかに垂直跳びをするとジルダの頭頂部に手刀を落とした。ジルダのチャームポイントの一つであるヒュン毛が、ピョコピョコと揺れる。

「ジルダ! 恥ずかしいから言わないでっていつも言ってるでしょ!」

「しかしジャンヌ! 我らが栄光の騎士であるあなたが穢れていないという何よりの証である純潔を語るのは当然と――あばっ!」

 今度はみぞおちに決まる。

 急所を叩かれたジルダは悶絶し、その場でうずくまった。

「次から言わないの……い・い・よ・ね・ジ・ルぅ?」

「あ、はい……」

「ん……なんですか、先輩」

 珍しく、とても珍しくミストが笑んだ。

 それはとてもわずかな微笑だったが、しかし氷の女王とも呼ばれた冷ややかな彼女が、人の前で笑むのは珍しいことであった。

「べつに……ただ、あなたがそんな冗談を言えるようになったのなら、彼に負かせて間違いではなかったということなのだと、思っただけよ。それで、ここに彼は何をしに来たの」

「うぅん……彼が言うには、実践訓練、だそうです」

「そう……戦争を訓練の場に選ぶだなんて、自信過剰なのね」

 その自信過剰――ミーリ・ウートガルドは上空から戦況を見て唸る。

 戦場全体を上から見下ろしているが、その大将と思える神の姿が見て取れない。霊力探知を以てしても、探知できずにいた。

 それを見たアリスは、龍の背中でゴロゴロゴロゴロ。行ってくれるかと言われるのを、待ち続けていた。

「よし、じゃあ――」

 来た!

「アスナ、行ってくれる?」

「そっち?!」

「ウム、任せておけ」

 背中に無数の武器を携えて、魔神アステュアナクスが舞い降りる。

 襲い掛かってくる軍に対して背中に携えた武器をただ投げつけるという攻撃のみで対抗し、その投擲で次々と敵を撃ち倒していった。

 それによって余裕ができたアンブロシウスとアルトリウスが霊力を高め、それぞれの聖剣を構えて放つ。

 光の剣撃によって焼却された道をドゥルガーと彦星が先行し、さらに迫って来た軍勢を薙いでいった。

 ミーリが見たかったのは、その軍勢の出どころ。結界か何か、正体はわからないが、いくら隠していてもどこからか必ず軍は出てくる。それがその神の能力であるならなおさらである。

 そしてアステュアナクスの投入によって増援を余儀なくされた敵軍の増加を見つけたミーリは、龍の背で座って眠る少女の頭をポンポンと撫でる。

 金銀髪の長髪を揺らして起きた熾天使ルシフェルは、半分寝ぼけ眼で戦場を見下ろし、ミーリに指示を囁かれて頷いた。

 白と黒。六対一二枚の翼を広げ、飛び上がるルシフェル。

 黒龍がその場から離れるとおもむろに合掌しながら静かに詠唱し、手と手の間に光輪を作り出す。手を広げると光輪もまた広がり、最終的に直径三〇〇メートル程になるまで広がった。

「“堕ち逝く天界ホーリー・ダウンコード・ツー”、発動」

 光輪が分裂して三つに分かれて重なり、その中に白と黒が混じった光の柱を落とす。

 気配や霊力を遮断していた結界が崩壊し、その中から巨躯の大男が出てくると、光の柱を浴びて潰れていった。

 が、死んではいない。震えながらもすぐさま立ち上がり、上空のルシフェルに目をやる。

 そしてルシフェルを落とそうと現出した槍を投擲しようとしたそのとき、空から降って来たアリスが彼の首根を捕まえ、一八〇度捻って殺した。

 力なく倒れる神の首筋に、ルシフェルは唇を這わせて吸い上げる。体内に残っていたすべての霊力を吸い上げて、ルシフェルはまた霊力を貯蔵した。

「……実戦試験終了ミッション・コンプリート

「おぉわったよぉ! ミーリぃ!」

 手を振るアリスに手を振り返し、ミーリは龍の背に。唯一戦場に出ずに残っていた彼に対して、ミーリはにこやかに語りかけた。

「後は残った軍勢を片付けておしまいっと……これが俺の率いる神を討つ軍シントロフォスです。ここにあなた達を加えて、最強の物にしたい。彼女を――ユキナを倒すためには必要なことなんです、王様」

 獣の爪と皮で作った籠手を両手にまとい、獣の耳と瞳を宿した黒肌の男。

 ミーリが王様と呼ぶ彼は、フムと少し考えた素振りを見せると、頭についている耳を震わせてほくそ笑んだ。

「いいだろう、上出来だ。確かに貴様らの力、見させてもらった。あの女を倒すなどと虚勢かと思ったが、まだ人の身でこれだけの神格をよくぞまとめ上げたものだ。称賛に値する」

 上空より、巨大な黒龍すらも覆うほどの影。

 それは建造物で、城と呼ぶべきなのか国と呼ぶべきなのか。とにかくそんな巨大な建造物がどういう原理か浮いており、そして今の今まで霊力も気配も感じさせないどころか姿すらも見せずに飛んでいたわけである。

「約束通り力を貸そう。この俺ネブカドネザルと、俺の空中庭園。その力存分に振るって見せるがいい。奴らも同意の上だ。こき使ってやれ」

「ありがとうございます、王様」

「ウム、では掃除が終わったら来るがいい。丁重に迎えてやる。そこの娘もな」

 宙を蹴り上げて、ネブカドネザルは一人庭園へと帰る。

 ミーリは彼を一時見送ると、頭の上に乗っているもう一人の隣に座り込んだ。

 掛ける言葉を探ったが、しかし探したところで見つからないとすぐに悟ってやめた。

「みんな戻ってきたら、あのお庭に戻るから……大丈夫? ウッチー」

「……あぁ、大丈夫だ。少し気疲れしてしまったがな」

「じゃああとでお部屋用意してもらおっか」

「あぁ、すまないな」

 他の誰にも秘密にしていた、ミーリ組織の対ユキナ戦闘軍、神を討つ軍。

 対神学園の友達の誰にも教えず、学園でも知っているのは軍に入っているオルアのみだった。

 そんな軍の実戦試験兼、戦争の鎮静化兼、新戦力の入軍交渉に、何故荒野空虚あらやうつろを連れて来ているのか。

 話は、およそ数日前に遡る。

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