認められる
アストー・ヴィダーツ。
死神として語り継がれる神。死の概念そのもの。
故に回避不可。
鎖は確実に人間を絞め殺し、その魂を喰らいて生きる。
まさに死神。
異世界であるこの魔法世界でも、それは同じ。
アストーの鎖はすべての人間の首に巻き付いており、絞めるも緩めるも彼女次第。
そんな彼女の欲望は、無限の食事。
夢幻のごとく、無限に魂を喰らい続けられる世界。
それは叶わない世界。魂は無限ではない。生命の数だけ存在し、生命の数だけ循環を繰り返す有数の存在。無限に近い数も、食っていけばいつしか枯渇する数である。
だがだからこそ、アストーは夢見る。
無限に新鮮で、良質な霊力を放つ魂のみを喰らい続けられたら、なんと幸せなことだろう。
滅多に外道に落ちることなどない、そんな良質な魂を無限に食べられたのなら。
最高ではないか。
それは傍から見れば、自己中心的でくだらない願いだと笑われるだろう。
しかしそんなことは関係ない。
これが願望ならば叶えるまで。例え誰からも認められなくとも、この願いは、私だけのものなのだから。
「死ぬがいい! 貴様らの魂、このアストー・ヴィダーツが喰らい尽してくれようぞ!」
すでに霊術たる一なる魔法は、発動の時を待つのみ。
しかし今、こちらに向かって来る厖大な霊力を放つ者が一人。
四体の生贄を捧げて、その血と霊力で足りない分を補うつもりだったが、来てくれるのなら好都合。殺して、霊術の糧にしてやる。
「来い
「“
「“
「“――
二人の大規模な攻撃が、音を置き去りにしてぶつかる。後に広がった衝音が炸裂し、周囲の空間を薙いでいく。
全身から限界まで出した鎖を収束させ、巨大な刃を作り上げて振り下ろした一撃と、青と紫の閃光をまとった紅色の槍とがぶつかった。
すべての人間の首に繋いでいた鎖を解き、この一撃のために集約したアストーは、自身の敗北など考えていなかった。
自身は死神であり、武神ではない。こと戦いにおいては、戦士よりも劣るだろう。死神は一方的に魂を刈り取る存在であって、そのために戦う存在ではないのだから。
故にこと戦いとなれば、ここまでの戦いを制してきた彼に敵うことはない。
しかしすべての霊力をこの一撃に集約し叩き込めば、勝機はある。たかが人間一人の霊力に、純粋なる神である自分の霊力が負けるはずもない。
それがアストーの勝算だった。
だがそれは、あっけなく、ことごとく散る。
まずミーリは一人ではない。
吸血鬼の魔神に冥府深淵の女王、時空神すらもついていた。
だが神々の加護など、今のミーリにはないようなものである。彼には今このときだけ、かの神の子を殺した聖槍の神殺し、槍持つ者と時代に名を遺した英雄の力が、その手にあったのである。
「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! ロォォォォォォォォォォォォォン!!!」
紅色の聖槍は、鎖の塊を貫通してアストーの脇腹に刺さり、貫通する。
血を吸い上げた聖槍はそのまま四人の拘束を解き、その霊力で包み込んでゆっくりと下ろす。
脇腹を貫かれたアストーは、自らの傷口から血がとめどなく溢れ出てくるのを見て言葉を無くす。そして輝く軌跡を残し、一瞬で主人の元へと舞い戻った聖槍を見つめ、持ち上げた口角から血を漏らした。
「は……何が聖槍だ……それは、そん、な……神聖なもの、じゃ……」
アストーの体が崩れながら、落ちていく。
血と共に流れ出る霊力の粒子が舞い散って輝き、共々槍に吸収された。
「血だけじゃなくて、霊力を吸うんだね……いや、そうじゃなくって、本来血と霊力の両方を吸うのか」
『血は体の、霊力は魂の生命力を担うもの。それらを奪い取り、殺す。それが私の、不死身殺しの能力ということなのでしょう。そんなことより、ミーリ』
「うん、そだね」
魔力――この世界の星の力を受け、変質した霊力の塊へと歩み寄る。まるでブラックホールのように漆黒のそれは、ただ自身を操る者を待ち続けているようにも思える。
確かにこれならば、操者の思うがままに変質し変貌する、すべての根源となっただろう霊力の質を見た。
「マキナ」
自分の精神世界。
久し振りに入り込んだその世界で、小さな少女が目の前で座り込んで泣いていた。
右目の未来、左目の過去を表す秒針が、止まっていた。
両膝をつき、マキナを自身の胸の中に受け入れる。その小さい青紫の頭を撫で下ろし、ミーリはよしよしと呟いた。
すると少女は耐えきれずに、ミーリの温もりの中で泣きじゃくる。その声が悲しみに溢れているのを感じ取ったミーリには、思いつく言葉がなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……マキナは……マキナは失敗してしまいました……お兄さんを、あなたを助けようとしたのに……なのに……」
「いいんだよ、いいんだ。君が何をしてたのか、どうしようとしてくれていたのか、俺は知らない。だけどわかる。俺のことを思ってくれたんだってこと。俺のことを助けようとしてくれたんだってこと。その涙を見れば、わかるから」
「ごめんなさい……ごめんなさい、お兄さん……」
「大丈夫、大丈夫。君達がいる俺に、バッドエンドなんてあり得ない」
少女はミーリから離れると、自ら涙を拭って鼻をすすりながら泣き止む。そして手首の歯車を回し、小さな霊盤を現出した。
「あの霊力の塊を操って、元の世界に戻ればいいんですよね……?」
「そう、できるよね?」
「はい。お兄さん、そのために、その……お願い、しま、す……」
赤面して恥ずかしがる少女に、ミーリは再び高さを合わせるため片膝をつく。そして少女の頭をそっと抱き寄せ、歯車のついた額に口づけした。
霊力パスが色濃く繋がり、少女の力が膨張する。そしてミーリから受け取っている霊力を数倍にして、ミーリへと送り返した。
それを繰り返し、ミーリの霊力が高まっていく。
「お兄さん、その……」
「何をしたかは、あとで聞く。だから、今度こそ助けて欲しいな」
「……はい、お兄さん」
増幅した霊力によって、その姿を少女は変える。それと同時に操作された霊盤が機能し、一なる魔法を次元を司る霊術へと変貌させた。
一なる魔法が膨れ上がり、振動を始める。
『お別れね』
「うん」
この世界の大都会、新宿。
天を突くほどのビルの群れと、人の目を引く建造物と、休まない駅。眠らない町というのが、一番近い表現か。
そしてそこにはたくさんの人達と、人間に憧れる人間味のあった猫が住んでいて、とても楽しい場所だった。
だけどこの世界では他人に認められるということが難しいらしくて、皆、自身の存在の証明に力を注ぐ。その姿に、ミーリと言う人間は一種の憧れを抱いていた。
元より強く、その実力を発揮できる神との戦いという場を得られた自分は、すぐさま人々に認められた。自分は恵まれたのだと、この世界に来て思った。
他人に認められると言うことはそれだけ難しくて、他人に魅入られるということはそれだけ大変だ。それが簡単にできてしまっている自分は、本当に恵まれている。
思えばそれは、生まれてすぐにマキナに同情されて、ミーリ・ウートガルドという名前に
その後ユキナに好かれて、ロンゴミアントに好かれて、みんなに好かれて――なんて恵まれた環境だろう。こんなにも多くの人に恵まれた環境は、そうないはずだ。
だがもしも、もしも大切だと思っている人に認められていなかったら。好きだと言ってもらえなかったら、どうしよう。
そのとき自分は、何かすることができるだろうか。
自分は、あの人に認められることができるだろうか。
『ミーリ、そろそろ』
「……起動、
青の混じった白銀の長髪。
右の青い瞳に宿った時計は進み、左の赤い瞳に宿った時計は戻る。
白と紫で編まれた衣装はたなびき、背には時針も分針も秒針もない時計盤を宿す。
紅色の聖槍を握り締めて、一なる魔法へと入り込んでその時計盤に吸収していく。
純度の高い霊力を吸いこんで、時計盤は時針と分針を現出する。二つの針は急速に回転し、一二時で止まって鐘を鳴らす。
一二時の霊術は巻き戻しの霊術。ミーリ自身の時間を巻き戻し続ける。
その霊術を、一なる魔法によって強化。ミーリの霊力に触れたことのある相手の時間と空間のみを巻き戻し、全員がこの世界に転移するより前へと戻る。
記憶や経験までもを戻すことは、神造の神では叶わないが、しかしそれもこの場合は幸いである。この世界での記憶は、あった方がいい。
だって今、こんなにも思っているのだ。
認められたい、と。
そう思えていることは大事であり、かけがえのないものである。今後同じく思えるかわからない。時空神の力を得ても、未来を視ようとは思わないからだ。
だから、知らないというのが正しい。
でも知ろうとは思わない。だからいい。この世界での記憶と経験を、大事にすればいいだけの話だ。
「開闢は同時に終焉である。しかし誰もその終焉を知らず、開闢は繰り返される。一度の終焉も訪れぬ世界に生きる我ら生物は、絶望色の空を見て希望を見る。自壊を遠ざけて生きる我らに、永久の眠りは訪れない……! 一なる魔法、俺達を元の世界へ! そして、この戦いの記憶をこの世界に残せ!」
鐘の音が、世界に溶け込んでいく。
血の色の空は徐々にその青さを取り戻し、ミーリ達はその姿を徐々に薄くしていく。そうして消滅していった槍使いを想いながら、ミーリは空を仰ぐ。
もう一度、彼女と一緒にいたかった。しかしそれは、叶わない願い。
だが悲しまない。だって今、自分の隣には彼女の槍がいるのだから。
「ミーリさん!」
ネキが運転していたバスを降りて、ケットシーが呼ぶ。
ミーリは一瞥をくれたが、振り返ることはしなかった。
もう、言葉は残した。言いたいことは全部言った。あれが最後だった。もう、いいのだ。
故にミーリはグッと親指を立てて、その拳を伸ばして見せた。
そしてそのまま、姿を消す。ミーリを最初に
その消失を屋上で仰ぎ、スネークはまだ体力の少ない体を奮い立たせる。校長を含む、アストーによって捕らえられていた全員の無事を確認すると、胸を膨らますほど息を吸いこんだ。
「決着!!! 魔法戦争はここに決した! 勝者、ケットシー・クロニカ! 魔法学校校長フォックス・ロバーツと、この私スネーク・スターズが、其方の勝利をしかと確認した! 一なる魔法によって願いを叶えし者よ! これからも技術の研磨を怠るな! これが、始まりである!!!」
学校全体に響き渡る、スネークの言葉。
それを受けて数秒遅れで、理解した生徒達から凄まじい声量の波が巻き起こる。
まるでこれまでの戦いを見て来たが如く、ほとんどの人間が納得したかのように、ケットシーに惜しみない拍手と称賛を送る。
その光景を目にしたケットシーは、思わず涙した。
一なる魔法は、ミーリ達の世界では別段珍しくない普通の力。すべての魔法の根源となった、万能の力などとは程遠かった。
だがミーリの力を受けて時空に変化をもたらしたそれは、異なる時空にあったケットシーらの戦いの記憶を魔法学校の生徒、教員らに伝え、彼らに信じさせたのである。
そんなことを知る由もない彼らは、スネークの宣言を聞いて歓喜と興奮の渦を生み出す。
学校最強のクンシーを、ケットシー自ら打倒したことも知っている彼らは、もはや疑うことをほとんどしなかった。
ミーリの力によって、一なる魔法は確かに力を得た。それは決して万能ではなく、しかしそれは彼女にとっては憧れの力だった。
斯くしてすべての願いを叶えるという誇大広告を掲げていた一なる魔法は、その広告を実現し、ケットシーという一人の少女の願いを叶えたのである。
しかしこれは、ただの序章。
これはただの基盤。ここからこの状態を保ち続けることが難題であり、過酷である。
ケットシーは、これから先さらなる努力を重ねなければならない。それがケットシー・クロニカの、これからの使命だ。
「ケット。これからが大変だぞ」
「……女の子言葉、止めたんですか?」
「あぁ、なんか……恥ずかしかったこととか、どうでもよくなった」
「……そうですか。はい、そうですね。これから……これからですよね!」
ロンゴミアントは呆然と、自身の中に心を終着させる。
自らの姿――特に脚の変化に、今更ながら驚いていた。
元の世界の、メディアを追い詰めた崖の上に戻って来たことに気付くのが半分遅れるくらいに、自身の変化に今更驚いていた。
確かにあの状況では、自分の変化に浸れるほどの余裕はなかったのだが、しかしそれでも驚きを禁じ得ない。
そして何より驚いたのは、自分がミーリの手によって、抱き上げられていたことである。
以前だって霊力強化を施せば、決して不可能ではなかった。槍脚が重すぎて、百キロを超える体重を持ち上げるには、強化せざるを得ないので仕方ない。
だがそんなロンゴミアントの夢は、ミーリの手によってなんの負担もなく抱き上げられること。それは普通の人間ですら、難しい課題に入るだろう。
しかしロンゴミアントの現在の体重は、人間としても軽いと思われる部類に入る。今まで霊力強化で持ち上げていたことを忘れて普通に抱き上げたミーリが、思わず驚愕で二度見するくらいの軽さだった。
「えっと……ロン、大丈夫?」
「えぇ。ありがとう、ミーリ」
「うん。みんなも大丈夫?」
その場にいた全員の無事を確認する。もちろんその中には、空虚もいた。元の姿に戻ってはいるが、ミーリが貸した上着は羽織っていた。
ロンゴミアントを下ろしたミーリが駆け寄り、そして片膝をつく。
「大丈夫、ウッチー」
「あぁ……なんだか、長い夢を見ていたかのようだ」
「空虚ぉぉぉ!!!」
「皆様、ご無事ですか?!」
空虚のパートナー、
メディアの討伐依頼を共に受けたエデンの生徒達だ。空虚達が行方不明になったとでも聞いて、駆けつけて来たらしい。
空虚はそれに手を振り返すと、ミーリに耳打ちした。
「後で色々説明してもらうぞ、ミーリ。隠し事は、もうなしだ」
「……参ったなぁ……うん、わかった」
天と戦に駆け寄る空虚を、ミーリは疲れた様子で見つめる。
しかしその喜ぶ姿を見れば、どこか疲労感を忘れてしまいそうになるミーリだったが、魔法世界でのことを忘れることは、これからの生涯できなかった。
何故ならこれが、ミーリ・ウートガルドの転機となる心を与えた、出来事だったからである。
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