ラグナロク学園祭
ラグナロク学園祭 前編
未来のミーリ・ウートガルドにとっての特別は、きっとロンゴミアントだったんだろう。彼女の存在は、彼——彼女にとって光だったはずだ。だからこそ、未来のミーリは彼女との時間を欲しがった。
「あの、ミーリ?」
「なぁに? エクス」
「その、私はこの状況をどうしたらいいのかしら……」
ミーリの精神世界の中で、初の試みが行われていた。それはデウス、エクス、マキナと三種に別れた
そのためエクスには、少々手荒いが貼り付けになってもらっている。貼り付けといってもかの神の子のようにではなく、長い袖に引っ掛けている状態だが。
「最近デウスとマキナに会えてないからさぁ、会えないかなぁって」
「でも、デウスもマキナも私の過去の姿みたいなものだし……」
「未来の俺と俺が同時に同じ空間にいられたんだから、できるよね。時間と空間を操る機械仕掛けの時空神なら、できるはずだよ」
神格化によって姿を変える。このときのミーリは髪がとても長くなって全体的に細くなるので、一見女性になったのかと思われるが、列記とした男だ。未来の中で最強のミーリ・ウートガルドと似た姿だから、ロンゴミアント達には勘違いされるが。
「じゃ、呼ぶよ……!」
貼り付けにした彼女を中心に、円が広がる。ある程度の大きさになると、中に五芒星を刻んで光り輝いた。
神の召喚など例はないが、時空神なら多分やれる。そんな自信がある。
「東より昇る日輪、西に沈む月。北の極星から南の極星を繋ぎ、流れる天の川。太陽の戦人から月光の狩人へと、放たれる極光の矢。極星の剣撃は轟き、神々の信託に異を唱える。星よ、星よ、星。繋げ、紡げ、伝えよ。響き、轟き、届け。神々の耳にこだまし、警鐘と化して呼び出せ。来たれ、機械仕掛けの時空神。人によって作られた、時空を司る幼子よ!」
光に包まれ、その場が真っ白になる。だがそれと同時、ミーリは現実へと叩き起こされた。
いつもの姿で、時間は真夜中。右にはロンゴミアント、左にはレーギャルン。足元にはヘレンが寝ている。最近買ったキングサイズベッドに、自分は寝ていた。
あれ、もしかして失敗した?
もう一度精神世界へとダイブする——しようとした。が、入れない。どれだけ意識を深く沈めても、眠くなるだけだ。違う。精神世界に行くのに眠くはならない。
「あれぇ……」
その後どれだけ粘っても精神世界に行けず、結局眠気が勝って寝てしまった。しかし中途半端な浅い睡眠で、起きたあともものすごい眠さに襲われた。
「ミーリ、眠そうね。今日は一緒に寝る?」
どれだけ寝ても、ヘレンはいつも眠そうだ。ときどき、すっきりできてるのかなと思うこともあるが、本人は睡眠に関して不満足というわけではないらしい。
「いやぁ……今日は学園祭の手伝いがあるからさ、行かなきゃ。ヘレンはどうする? 来る?」
「私が行っても、何もできないでしょう? だから待ってるわ。大丈夫、ご飯も勝手に済ませるから」
「でもなぁ……」
ヘレンには夢遊病がある。深く寝ると歩き回り、あちこち徘徊してしまう。しかも鍵なども開けてしまうため、一人にはしておけない。
だから心配だった。ヘレン一人を残しておけない。
「いいぜ、ミーリ。俺が残る」
「いいの?」
「学園祭なんて行っても食うしかねぇしよ。このまえのおまえへのプレゼントで、すっからかんなんだよ。だから行ってこい。んでもって稼いできてくれ。今月ピンチだろ?」
「……そだね。じゃあお言葉に甘えます」
「おぉ」
バレてたか……。
引き出せばまだ大量にあるのだが、生憎と貴族時代の遺産にまだ手をつけたくない。来週には
「あなたはバイトしなくていいわ。あなたのやることは今、戦うことよ」
そしてヘレンに見透かされている、と。まったく彼女達には、嘘の類が通じない。まぁ嘘なんて、滅多につかないのだが。
「主様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
「ありがとネッキー、ちょうだぁい」
ネキにお茶を入れてもらって、それを飲んでから学園に向かう。羽織っているのは無論、先日プレゼントしてもらった青の上着だ。
少々早めの時刻に来たつもりだったのだが、どうやら少し遅かったらしい。学園ではすでに、最後の調整が行われていた。
「遅いぞ、ミーリ! 主役が遅刻しちゃあしょうがねぇだろ?!」
「ごめぇん。でもまぁ、寝坊はしてないから許して」
やる気満々の
「で、メール見たんだけど……握手会もやるの?」
「まぁフルタイムなんて言わねぇよ。午前一時間、午後一時間の計二時間でいい。それ以外は受付にいてくれ。いいか、ぜってぇそのときに握手するなよ? 握手会にならねぇからな」
俺で商売する気満々だ……。
まぁ今回の稼ぎはほぼそのまま生徒達がもらえる仕組みなので、張り切るのも当然と言える。自分だって金欠状態でお金は欲しい。頑張るべきだ。
「ロンゴミアント達も受付やってくれ。ミーリ一人だと不安だから、見張りも兼ねて」
「俺、全然信用されてないの?」
「わかったわ。大丈夫よ、暁人。私達が見張ってるから」
ロンにも信用されてないの? 俺。
「じゃあそういうことだから、よろしく頼むぞ」
そう言われて受付に座る。まだ店は開いていないが、調度目の前を
「レオくん、その格好……」
「せ、先輩……いや、あの、これは……!」
背中には小さな悪魔を模した翼、そして尻尾。いや悪魔は、そんな小さな翼もしてないし尻尾も可愛くないのだが、そこはあえてツッコまないとして。
短い丈の黒いワンピースも、悪魔を模したものだろうか。頭には、猫なのか犬なのか黒い耳までついている。いやだから、悪魔はそんなに可愛くないのだが。本物は。
「可愛いじゃん。レオくんのとこは何やるの?」
「……っさです」
「へ?」
「め、メイド喫茶です! その……この格好は、その……小悪魔だ、そうで……着ろって言われて、それで……」
「ダイジョブ、ダイジョブ。可愛いよ、レオくん」
「し、しししし、失礼します!」
ほぼ全速力で走って行ってしまう。戦闘時より速いんではないだろうか。どうやら、ものすごく恥ずかしいらしい。まぁわかるが。
「なんですか、ここは」
次に来たのはリエン・クーヴォの妹エリア・クーヴォ。彼女は姉の真似でもし始めたか、それともそういう店なのか、鎧をまとって騎士の格好をしていた。
「何故こうも先輩が全面に出されているのですか? なんか、見ているこっちが恥ずかしいのですが」
「俺だって恥ずかしいんだよ? でもみんながやるって聞かないんだもん。俺がいないうちに準備して、もう断れない雰囲気だったんだよ」
「まぁ、先輩の人気は認めますが……これでは姉様との結婚はまだなさそうですね。まったく、いい加減ハッキリしてください。先輩は、誰が好きなんですか?」
ミーリは笑ってごまかす。
この頃この話題が多い。だからこそ自覚せざるを得ない。こうして自分がハッキリ好き嫌いを自覚しないから、今まで損をしてきたのだ。本当に、理解しないといけない。自分にとっての特別な存在を。
「そだな……君みたいに、ハッキリものを言う子が好きだな」
ユキナしかりロンしかり、ね。
「え、それって……まさか口説いてるつもりですか? 先輩、最低ですよ」
「えぇぇ? ただ好みのタイプを言っただけじゃんかぁ」
「……まぁいいです。うちはコスプレ喫茶なんです、先輩もよければどうぞ。お茶くらいならサービスして差し上げますよ」
「ありがと、行けたら行くよ」
「では、私はこれで」
エリアと別れて三十分くらいしてから、学園祭が始まった。一般人の立ち入りを解禁し、多くの人を呼び込む。全部で百にもなる喫茶店やゲームコーナーに、エディオン中の人々が集まった。
午前中は三時間だけだが、多くの人が集まる。主に集客したのは喫茶店や食べ物を扱う教室で、最高一二〇〇円のランチがバンバン出るところもあったようだ。
しかしながら、一番の集客をしたのは案の定というべきか、ミーリと出会えるカフェだった。
「ウートガルド先輩! 私、来年ここを受験するんです! 応援してください!」
「そっか。試験厳しいけど、頑張ってね」
「はい! ありがとうございます!」
思わず握手しそうになっているミーリの手を、隣からロンゴミアントが押さえる。もう片方の手で整理券を
「もう……暁人に注意されたでしょ? あとで怒られるわよ」
「ごめんごめん。握手して欲しそうだったから、つい」
「おいミーリ! 握手会だ! すぐに来てくれ!」
「わかったぁ。ロン、レーちゃん、ネッキー、ちょっと行ってくるね。リスッチ、出番だってさ」
「やっとか! 待ちくたびれたぞ!」
受付もやらず、待っていたリストの出番。それは握手会の順番を守る警備員だった。順番に一人ずつを通し、二分経ったら次の人に流すという単純作業。それを、死神の鎌を持ってやっていた。故にちょっと怖い。
だがそこは死神の一番弟子。狭い室内で鎌を自在に操り、しっかり役目を果たしていた。
むしろ役目を果たせていないのはミーリの方。ただ握手をして一言二言言葉を交わせばいいだけなのに、相手の勢いに負けて長く聞いてしまっている。故になかなか時間が守れない。
ミーリとしても時間は順守したいのだが、相手の熱がすごすぎて時間ですよと断れない。相手の話をちゃんと聞きたいという優しさも相まって、なかなか言えずにいた。
「ミーリ、時間厳守だ。でなきゃ一時間で終わらないぞ」
「んなこと言ったって……」
そもそも並んでいる列が長すぎる。そもそも一時間でなんて終わりそうにない。これこそ整理券を配るべきだ。
それに、相手は自分のことを気に入って来てくれているのだ。そんな粗く扱えない。それは余りにも失礼だ。だから言えない。はい時間ですだなんて、絶対に。
「仕方ねぇ。これは使いたくなかったが、おまえがそう言うのならこっちも奥の手だ」
「へ? 何々、なんか怖いんだけど……」
暁人が用意した策はあまりにも単純。しかしながら絶大に効果的だった。何故ならミーリの隣に、風紀委員長のリエン・クーヴォを配置するだけなのだから。
彼女は決して何もしない。時間を計ることもせず、威圧することもしない。ただいるだけ。
だがその聖女を思わせる雰囲気と気迫が、来る人の勢いを殺す。ケイオス準優勝の彼女に声を掛ける者もいたが、リエンはありがとうとただ一言交わすだけで次々と人を二分以内に流していた。
「ごめんねぇ、リエン。風紀委員で忙しいのに」
「何、構わないさ。風紀の仕事は後輩達がやってくれるし、それ以外もロー先輩らがしてくれるからな」
リエンのお陰で一時間——とはいかなかったが、一時間半で終わる。終わったと言うよりかは一端区切ったという形なので、午後はもっと来るだろう。そう思うとドッと疲れた。
「お疲れミーリ、午後も頼むぜ」
「ってかもしかして俺、基本休憩なしなの?」
「さすがにそれはねぇから安心しろって。でも午後の握手会までには帰って来い。今から二時間だ」
「二時間か……」
誰か誘おうか。でもカフェは休みなくフル稼働。働く人間も午前午後に別れるが、みんなそれぞれの仲間で学園祭を回るようだ。生憎自分にはお声はかかっていない。
そもそも女子勢はミーリに声を掛けたいのだが、恥ずかしくて誘えないのだ。好きすぎて、逆に話せない。
ロンゴミアント達はまだ、受付の仕事がある。休ませたいが、絶えずお客さんが来て休めない。これを見越して、人間と比べて体力も気力もある彼女達を置いたのだ。
暁人め、抜け目のない。
ならばリエンは。残念ながら、さすがに後輩に任せてばかりもいられないと戻って行ってしまった。握手会のときにまた来ると言っていたが、かなり忙しいようだ。
「しゃあないか……」
ロン達に断ってどこか行こ。
そんな感じで、受付に顔を出しに行こうとしていた、そのときだった。
「ミーリ」
呼びかけられる。そこにいたのは他でもない、空虚だった。
「どしたのウッチー」
「その……だな……」
あの物事をハッキリ言う空虚が、モジモジしている。明らかに気恥ずかしそうに。その姿を見たとき、ミーリは思った。
そういや、ウッチーにもかかってるんだよね……魅了。
「今日はもう、私は上がりなんだ。だから、少しの間……わ、私と回らないか?」
「え、回ってくれるの? うわぁ、いや調度これから一人で回ろうと思ってたからさ。行こう行こう」
「いいのか?」
「もう、是非。むしろ一緒に来て」
「そうか……それは、よかった。うん、よかった」
「じゃあ行こっか、時間もないしさ」
こうして、ミーリは空虚と共に回ることとなった。そのとき胸の内からする声に、ミーリは気付けなかった。
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