ラグナロク学園祭 後編
「いらっしゃいませぇ!」
「ミーリ先輩! 寄っていってくださいよぉ!」
「どする? ウッチー」
「そ、そうだな……このままだと何もせずに終わりそうだし、行ってみるか」
「そだね。えっと……教室どっちだっけ」
「「はぁい! 二名様ご案内でぇす!!!」」
こういうバイトを日頃からしてそうな後輩二人に案内されて、ミーリ達は教室に入る。大人気のミーリが入ると、メイドも客の女性もすぐさま写真を撮り始めた。
「まるで芸能人だな、ミーリ」
「ハハハ……」
これも
「せ、先輩!?」
一人だけ違う反応をしている子がいるなと思うと、それは
今朝も会ったというのに、小悪魔姿を隠そうと必死になっている。だが結局どうしようもなくて、なんとか自分と同じ背くらいの同級生の後ろに隠れた。
「玲音、明らかにおまえから逃げているぞ」
空虚に耳打ちされる。何かしたのかと訊かれているのだ。
たしかに玲音は一応だが師弟関係。だがミーリが厳しい修行や特訓を強いるはずもない。故に、無自覚で何かしてしまったのではないのかと訊かれているのだ。
「レオくぅん、来たよぉ」
「は、はい……い、いらっしゃいませ……」
恥ずかしいだけ……だよね?
「ミーリ先輩、
「ご指名か……」
なんか、いけない店みたいなシステムだな……これはいいのか?
そんな空虚の疑問をよそに、ミーリは指名リストを受け取る。だがその中から見て選ぶことはなく、最初から決まっていた。
「ど、どうぞ……」
「ありがと、レオくん」
選んだのは無論、というかもちろん玲音。元よりミーリの弟子であるということで周囲から羨ましがられているが、今日このときばかりはより一層羨ましがられていた。
「め、メニューです……先輩」
「どれどれ……」
「こ、これは……」
メイド喫茶なんてものに、二人は行ったことがない。だが空虚は、たまにやるTVだとかの情報で知っていた。
やってきた客をご主人様と呼び、メニューに乗っている食事を傍から見ると恥ずかしいサービスと共に出す。ときにそのサービスは、ラブビームなるものを放つこともあると。
「じゃあ……この、ホットケーキで」
「ほ、ホットケーキ、ですか……? か、かしこまり、ました……」
おいミーリ、よく見ろ。確かにホットケーキとあるが、その下にメイドが蜂蜜をかけるとあるぞ。やらせるのか、やらせるのか? 玲音にアレをやらせるのか?!
「ウッチーも同じにする?」
ダメだ、気付いてない……。
「で、では……そうだな……」
玲音に負担がなさそうなの。玲音に負担がなさそうなの……と。
「じゃ、じゃあバニラアイスをくれ」
「は、はい……」
アイスなら大丈夫だろう。
そう思っていた空虚だが、アイスが来て早々に反省した。アイスには、チョコレートソースがかけられるのだ。しかも、玲音がおいしくなぁれと呟くオプション付きで。
「すまん、玲音……」
「ウッチー、早く食べないと溶けちゃうよ?」
「い、いや、胸が痛くて食えないというか……大体おまえは平気なのか? 自分の弟子があんな目に遭ってるというのに」
「逆に、恥ずかしがったら恥ずかしくなっちゃうから。レオくんが恥ずかしがり屋なのは知ってるし、俺もここは、ね」
そうか、ミーリも恥ずかしいんだ。
ずっとミーリは天然で、気付いていないのかと思っていた。だけど本当は、恥ずかしがる玲音がさらに恥ずかしくならないよう、堪えているのだ。
ならばそもそも入らなければいいのではないかという話だが、誘われた手前断れなかったのだろう。依頼などの間接的な申し出なら断れるが、直接来られると弱い。それがミーリだ。そのことを忘れていた。
「で、では……先輩、蜂蜜の方かけさせていただきます」
「うん、頑張ってねレオくん」
まったく、気を張って損したな。
そうだ、ミーリはそこまで鈍感じゃない。事戦闘においては右に出る者はいないくらいに鋭く頭が回る。まぁ他の事となると少し回らないがそれはそれだ。
「はい、ありがとうございました……」
「はい、お疲れ様。ありがとうね」
いかにも普通に——というかさりげなくミーリが玲音の頭を撫でる。それに周囲からは羨む声が上がり、玲音に注目が集まった。
「ご、ごご……ごゆっくりどうぞ!」
玲音がものすごい速さで店から出て行く。同級生数人に追いかけられたが、あの速度では当分捕まらないだろう。というか、問題はそこではなくて——
「じゃ、いただきまぁす」
「ミーリ、おまえ気を付けた方がいいぞ……すぐに女性を撫でるのは」
「え、あ……あぁぁ……ハハ、いや、レーちゃんとかヘレンとか撫でてるから、つい」
普段どんな距離感で暮らしているんだ……。
その後は普通に食事を終え、教室を出る。玲音は会計のときには戻って来ていて、恥ずかしがりながらも行ってらっしゃいませと送ってくれた。
「やぁ二人共、ちょっと寄って行かないかい?」
呼んだのは生徒会長ヘインダイツ・ロー。教室ではなく闘技場を貸し切り、射的の店をやっていた。大勢の人で賑わっている。
「大盛況ですね、ロー先輩」
「まぁね。これからラグナロクを受験しようっていう人にウケてるんだ。君達もやらないかい?」
「射撃って……割り箸とかですか?」
「それじゃあウケないからね。正真正銘、本物の
「へぇ……じゃあやろっかな。どう? ウッチー」
「あぁ。なんなら勝負するか? ミーリ」
「いいよ。負けないからね」
「私だって、狙撃では負けんさ」
「では、お二人様ご案内。中で自分が使う子を選んでね」
そう言われ、テントの中へと通される。中の受付でお金を払い、四人いる神霊武装の中から自分のパートナーを選ぶと、即席の下位契約で武装した。
コースは下級、中級、上級の三コース。二人が選んだのは当然上級。それに対して選んだのはミーリが拳銃、そして空虚がライフル銃だ。
的は超高速で動き回る電光。掲示板に弾が当たれば、点滅して教えてくれるという。それを撃つために与えられた弾は五発。プロでも七発は欲しいところだ。かなり難しい。
上級の距離は五メートル。ここから高速で動く電光を撃ち抜くのは至難の技だ。だがそこは、遠距離攻撃が主体の空虚に、銃弾の神霊武装をパートナーに持つミーリ、負けられない。
最初、まずは空虚が構える。
さながら軍人の狙撃のように寝そべって、高速で動き回る電光に狙いを定める。意識を集中させ、息を吐き尽くす。そして電光の行く先を予想して銃口を向け、躊躇なく引き金を引いた。
この射的のために用意されたゴムの弾が、撃ち出される。連続で三発撃たれた弾丸は最初の一発だけが外れ、残り二つは命中した。
最初の一発は正直読み違えたが、後の二発は正確だった。故に残りの二発も、正確に的を射抜く。結果、空虚が叩きだした得点は八〇点だった。
「やるねぇ」
次はそういうミーリの番。
と言うか、ミーリは空虚が終わるまで待っていた。自分の的ではなく、ずっと空虚の方を見ていたのだ。正確な射撃を見て、少しわざとらしく唸る。
だがミーリは次の瞬間、的を一瞬だけ見て連続で撃った。そのすべてが吸い込まれるように、動く的にことごとく当たっていく。掠っていくのではなく、当たっていく。故にミーリが叩きだした得点は、百点だった。
「な……」
「俺の勝ち。あとでなんか奢ってね」
「……参ったな。自信があったんだが」
テントを後にしたミーリ達はその後、
するとそこに鉢合わせたエリアに、何女性に奢らせてるんですかと厳しい意見を言われたので、ならばとその隣にあった焼き鳥のテントでミーリは二人に奢ってやった。
そうしたらそこにオルアが来て、お化け屋敷があるんだけど行かないかと誘われた。そこは上級生の教室で、巨体のリスカル・ボルストが人造人間の仮装で部屋の前に立っていた。
入ろうということになったのだが、エリアが怖いらしくこれを拒否。しかしオルアに怖いんだと言われるとプライドの高いエリアは引けなくて、結局ミーリと一緒に入った。
いつもは姉譲りで強気なエリアが、このときばかりはずっとミーリの腕に捕まって離さない。しかも事あるごとに驚くので、やっている方はとても楽しかっただろう。
結果無事に出られたのだが、エリアは疲れた様子で口数が明らかに減った。そこに風紀委員の後輩を連れたリエンと遭遇し、妹を引き取っていった。
そこで約一時間半の休憩が終了。ミーリが教室に戻ると、午後から始まる握手会のために大勢の人が並んでいた。受付のロンゴミアント達も、忙しい様子だ。
「ミーリ! いいところに来た! わりぃがこれから写真撮るぞ!」
「え、なんで? あんなに撮ってたじゃん」
「それが切れそうなんだよ! 二日どころか半日も持たねぇ! 今から撮るから、さっさと来い!」
「えぇぇ……」
結局その後は空いている場所をなんとか見つけてそこで写真撮影をし、暁人達が急いでプリントするのを待つため教室へ戻る。すると調度握手会の時間だったので、暁人なしで強行。リストの手
そうしてあとは受付に徹して、写真撮影も握手も仕方なく断りながらなんとかこの日を乗り切った。
「疲れたぁ!」
「お疲れ、ミーリ」
「ロン達もお疲れ。ごめんね、ずっと働かせちゃって」
「いいのよ。お陰でたくさん稼げたわ。こういうときじゃないと、私達は働けないもの」
現在の法律では、神霊武装の労働は認められていない。それが堪らなく悔しいのだと、ロンゴミアントはいつしか言っていた。だからこうして、家計の助けに慣れるのが嬉しいのだそうだ。そう言ってくれると、こちらも嬉しい。
結果、今日だけの稼ぎで二ヶ月分の食費が稼げた。暁人達が写真や絵にどれだけの額を付けていたのかは知らないが、ともかく大量に売れたらしい。握手会も無料だったが、それに来てくれた女性が必ず何かしらを買ったのだそうだ。
大変嬉しいが、写真なんて買ってどうするのだろう。絵なんて買って、邪魔にならないだろうか。そこが心配だ。
まぁなんにせよ、明日も働かなくてはならない。明日も明日で大変だろう。だから覚悟しておかなければならない。明日も今日と同じくらい楽しくて、そして重労働だ。
「ミーリ」
「ウッチー、お疲れぇ」
「あぁ、お疲れ様。ちょっといいか?」
空虚のパートナー、
「例の山でまた遭難者だ。ラグナロクとエデンに、早急の対応が求められている。だから、出発の時期を早めようと思う」
「いいよ、いつ行く?」
「九日後の夜に出発する予定だ。エデンに知り合いがいてな。彼女と連絡を取り合ってそこで合流することになった」
「共同依頼だね、わかった。じゃあとりあえず、明日もよろしくね、ウッチー」
「あ、あぁ……よろしく頼む」
翌日、学園祭は初日にも負けない盛り上がりで始まり、その勢いのまま幕を引いた。
総数五万にも及ぶ客が訪れ、そのうち二万がミーリの写真や絵を目当てに買いに来るという超常現象が起きたが、その場で写真を撮るなどしてなんとか対応した。
握手会の他に写真撮影会ができ、ミーリは大忙し。その結果三ヶ月分の家賃と食費が稼げて、なんとか金欠の危機を一時的に脱することに成功した。
その日の夜は学園で全生徒で打ち上げを行い、盛大に盛り上がった。そこでもミーリは人気で、最後の乾杯の音頭まで任された。
とにかくこの数日は、名前の
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