帰宅
クラウン・メイヴの元ウートガルド家所有の別荘。今は人類最後にして最強の三柱の一角、スカーレット・アッシュベルの住む場所である。
元々は彼女一人で住んでいるのだが、最近は何かと賑やかになっていた。
「スカーレット様」
「私達狩りに行ってきます」
「夕食は怪物の丸焼きで」
「よろしいですか?」
童話、
「あぁ、いいぞ。喰えればなんでもいい」
「わかりました」
「それでは」
「行ってきます」
カッターナイフを特大にしたような刃を持って、一二人は一斉に飛び立つ。ときどきこうして魔物を狩りに行くが、いつもは家事全般を役割分担してスカーレットを世話していた。
何せスカーレットは戦闘においては完璧だが、それ以外は点で抜けている。家事はまったくできないし、する気もない。今までどうやって生活していたのか、不思議なくらいである。
故にミーリの伝令役でもある彼女達が、スカーレットの世話を焼いていた。そして、そんな彼女達が世話を焼かなくてはならない人物がまた増えた。
「あらら? リングフィンガーは行ってしまったの? そう……買い物を頼もうと思っていたのに」
「何を頼もうとしていたんだ?」
「ライトノベル、そう言うらしい小説があるのだけれど、とても面白いと評判なの。だから買ってきてもらおうかと思って……」
「あなたが読書とは珍しいな……ちなみに、なんてタイトルなんだ?」
「『僕の彼女は十年前の三月に首を吊ったらしい』」
「なんだその鬱になりそうなタイトルは……! っていうか、前に読んでいた小説もそんな感じのタイトルじゃなかったか?」
「え? 『あの日車に
「それだよ! なんでそう憂鬱になりそうなタイトルの本ばかり好むんだ、あなたは! そして何故そんなにも長いんだ!」
「それは知らないわ。この時代の……そう、流行というものよ。あなたも読んでみる? アルトリウス」
「いや、いい。あなたを倒すために剣を磨く」
「そう、生が出るわね」
ミーリに誘われて
アンブロシウスは興味があったと言うラノベを読書することに夢中。アルトリウスが指摘するような、憂鬱で長いタイトルの本に惹かれているらしい。
そしてアルトリウスはそんなアンブロシウスを倒すため、剣技の特訓に励んでいた。たまにスカーレットが暇潰しで相手するが、歯が立たないらしい。
「そういえば、あの子はどこ行ったの?」
「あの子? ……あぁ、彼女なら地下で祈っている。魔神が神を祈るなんて、本当に珍しい奴だ」
オルアに誘われた彼女もまた徒歩で大陸を渡り歩き、つい先日到着していた。赤と黒の旗を携えた魔神、ジルダ・レィ。
彼女は腹部に傷を負っていたが、勲章だと言って治そうとしない。故に未だ塞がり切っていない傷を持ったまま、あれこれ動き回っていた。
と言っても、やっていることといえば毎日半日もの時をかけて、祈りを捧げること。生前のオルア——ジャンヌ・ダルクが信じた神に対する祈り。かつての自身も信じた、神への崇拝だった。
生前、戦うまえは欠かすことのなかったこの時間。しかしジャンヌが死んでからというもの戦う意義を失い、自分には無駄な時間となった。神に転生してからも、まったく祈っていない。
だが今、自分はかの聖女と共に戦おうという立場。ならば再び祈るのが礼儀。それが覚悟だ。
故に生前は戦うまえのほんの数分だったこの時間を、今は半日にまで増やしている。この時間を少しでも減らそうと思えば、それは覚悟の欠如だ。それはあってはならない。かの聖女と戦うのならば、それ相応の覚悟を持たなければならないのだ。
たとえ彼女の想い人が、自分とはそぐわない人物だったとしても。自分は、彼女と戦えるだけで幸せなのだから。
待っていてください、聖処女よ。さらに実力をつけ、いずれあなたと共に。
「着きましたよ、マスター」
「……うん、ありがとうレーちゃん」
膝の上に乗せていたレーギャルンに起こしてもらって、汽車を降りる。キーナで三日間滞在し、そこから一週間の汽車の旅。長かった旅を終えて、ようやくエディオンに帰ってきた。
ちなみに何故レーギャルンを膝に乗せていたのかと言うと、純粋に温かいからだ。炎の魔剣を内包しているレーギャルンの体温は、常人より温かい。
「着いたな、先駆者よ! 私は帰ってあったかなベッドで寝たいぞ! 一週間も座って寝てたから具合が悪い!」
「の割には元気だなてめぇ。この中で一番元気じゃねぇのか?」
「何を言う、魔弾。こういうのを空元気と言うのだ。故にこれは無理矢理だ」
「はいはい、わかったよ。そんなわけだ、ミーリ。俺達は先に帰るから鍵くれ」
「うん、わかった。みんなはどうする? 俺は学園に行かなきゃなんだけど」
とは訊いたものの、ヘレンがものすごく眠そうだ。汽車の中では熟睡できなかったと見える。まぁ寝るときは場所を取らないように武器化してもらっていたから、当然と言えば当然だが。
結果、ウィンとリスト、ヘレンとネキが先に帰り、ロンゴミアントとレーギャルンがついてくることになった。
ネキが帰るのは、顔が疲れていたからだ。彼女はそういうことを言わない代わり、顔に出るので察してあげないといけない。だから帰すことにした。
ウィンに鍵を渡し、四人を行かせる。そして自分は二人を連れて、反対方向の学園へと向かった。
平日の正午とあって学園は賑わっており、ミーリが行くと校門にいた同級生達に声をかけられた。聞けば、明後日から学園祭らしい。
マズい、完全に忘れてた……しかもたしか、実行委員って——
「ミーリ! やっと帰って来やがったな!」
「もうほとんどやっちまったぜ?!
「いや、ちょっと具合悪くてさ……療養のためにキーナまで行ってた」
まぁ、正しくはないが間違ってもいない。神様を体の中に入れてるとかそういうことは、誰にでも話せることじゃないのだ。この神様イコール絶対悪という風習が広がる、現代では。
「そうか……で、体は治ったのか?」
「うん、なんとかねぇ。だからこれから学園長のところ行って、報告するんだ」
「そうか……よしわかった! じゃあ、ロンゴミアントとレーギャルンを借りる!」
「え?」
「おまえはパートナーが多いから、一人二人借りても困らないだろ? それに一瞬だ。おまえが学園長のとこに行ってる間でいい。ちょっと部屋の装飾を手伝ってほしいんだ」
「いいわ。ミーリ、行って来て。ここは私達がやっておくわ」
「でも……」
「マスター、行ってください。大丈夫です」
「そう? ……じゃあ預けるね。暁人、二人をよろしく」
ロンゴミアントとレーギャルンを暁人に預け、ミーリは学園長の元へと向かう。だが生憎と学園長は留守で、彼のパートナーである透明な白髪の無言少女だけがいた。
彼女が話しているところを見たことはないが、多分口を開くだろう。そうでなくても、意思疎通はしているはずだ。故に彼女に伝言と報告書を預け、ミーリは学園長室を後にした。
そこから暁人達のいる教室までの途中、一年後輩の
巌流は何度か会っているが、生江とは人の姿で会うのは初めてだ。長い黒髪をフードで隠した、巌流やレーギャルンよりも小さな女の子だ。たしか言葉が話せなかったはずである。
「おぉ、ミーリ殿。戻っていたのか」
「ついさっきね。そっちも大変そうだね」
「まぁな。うちの教室ではたこ焼きを焼くのだ。ミーリ殿も来てくれ」
「たこ焼き……って、タコを丸々焼くの? 珍しいね」
「もしや、たこ焼きを存じないか?」
「蒼燕様、たこ焼きは東でも和国独特の食べ物ですよ」
「何、そうなのか。では是非食べに来てくれ。きっとミーリ殿も驚くだろうから」
「そっか……じゃあ行こうかなぁ。たこ焼き、名前からしておいしそうだしなぁ」
「ウム、是非来てくれ」
必ず行くよと約束して、蒼燕と分かれる。そのまま教室に行くと、教室の装飾はほとんど終わっていた。
「おいミーリ!」
暁人が呼んでいる。行くと、ちょっと立っててくれと言われた。何をしているのかと思えば、なんと絵心ある同級生数人が、ミーリの絵を描いているではないか。しかもうまい。
「去年のケイオス優勝者、ミーリ・ウートガルドってな。おまえはファンも多いから、売れるんだよ。あとで写真も撮らせてもらうぞ」
「えぇぇ……なんか恥ずかし……ってか聞いてなかったけど、うちって何やるの?」
「何って、生徒証にメールしたろ? うちはミーリの絵、写真、ブロマイドを売るカフェをやるって」
「何それ! え、聞いてない! ってかなんで俺ごり押し?!」
「いいじゃんか、おまえファンが多いんだから。ただの絵でも、おまえの絵なら売れるんだよ。現に見ろ、現時点でもこんなに予約が」
「誰がしたの?!」
「誰って、うちにはおまえのファンクラブがあるんだっての。そこからの注文がすごいぞ? 額教えてやろうか」
いや、ファンクラブの存在はケイオスで知ったけども。そんなに? どれだけ稼いでるの。
「いや、いい……なんか、その……そういうのはちょっと抵抗あるな……」
「なんだよ。でも今更やめるのもな……」
「いや、俺がメール見なかったのが悪いんだし、今回はいいよ。じゃあ何、写真撮るんだっけ」
「いや、明日でいいよ。カメラマンが来てないから」
「わかった。じゃあ俺、帰って寝るから」
「おぉ、お大事に」
調度手伝いを終えたロンゴミアントとレーギャルンを連れて、家へと帰る。だが校門まで来たときに、空虚と遭遇した。
「帰ってたのか」
「うん、ただいま」
「……少し、話をしたい。いいだろうか」
「いいよ。ロン、レーちゃん、そういうことだから先に帰ってて」
「わかったわ。でもあまり遅くならないでね」
最後にロンゴミアントは一言耳打ちをしてから、レーギャルンと共に行った。内容はシンプルに、神格化で疲れてるんでしょう、と。見透かされていた。正直、立っているのもしんどいくらいだ。
故にというわけではないが、校門から一番近い食堂で話すことにした。食堂も生憎と準備の真っ最中だったが、空いている席に座らさせてもらった。
「調子はどうだ? 療養のためと聞いていたが」
「まぁボチボチ」
空虚にも本当のことは話せない。彼女は特別神を恨んでいるわけでもないし、敵対視もしているわけではないのだが、それでもこの聖約のことは、口を閉ざしておくのが良策だと考えた。
「そうか……実はだな。おまえと一緒に生きたい仕事があるんだ」
「へぇ、どこ」
「ニュースで知っていると思う。アザー・キングの連続行方不明事件を。その調査だ。先日私に依頼が来て、承諾した。が、私一人では手に余るかもしれない。どうだろうか、おまえが復活したのなら、是非一緒に来てほしいのだが……」
「アザー・キングか……」
探検家連続消失事件。計二七人が行方不明になっており、未だ誰一人として見つかっていない。
たしかにあそこは危険な山だが、少し前までは有名な登山スポットだった。故に登山道自体に問題はないはずだ。
事件の真相はおそらく、そこに何かが住みついたのだ。何か——対神学園に依頼となると、思わず神を想像するが。
「うん、オッケー。最近ちょっと金欠でさ、依頼受けようと思ってたところだったんだ。一緒に行こ、ウッチー」
「……そうか、よかった。じゃあ、そういうことだ。詳細はあとで送る。今は学園祭に集中しよう」
「そだね。ところでさぁ、ウッチー……俺の写真とかって、そんな欲しいかな」
「さ、さぁな……まぁ欲しい人は欲しいんじゃないか? ……そりゃ、私だって」
「へ?」
後半ボソボソと何言ってるか聞き取れなかった。
「なんでもない! 詮索するな! じゃあな、明日はおまえの写真を撮る! 遅れるなよ!」
「うん、またぁ」
空虚はせかせかと行ってしまった。
正直写真に撮られるのは恥ずかしいミーリは、明日だけが憂鬱で仕方がなかった。
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