真名
ミーリは地脈のエネルギーを物にはできなかった。それが今回の結果である。
ただしその代わり、エレシュキガルという大地よりさらに深く眠る冥府の力を手に入れた。さらには
だがこの能力、とてつもなく強くなるのだがデメリットが大きい。
何せ神格化なので、神に近付いた体は
そしてこれは決定的だが、倒すべき相手のユキナには、神格化で挑むのはアウトだ。彼女には、神性が高ければ高いほど効力を発揮する能力、“
この能力のまえでは、神々は人以下になりさがる。実力など、ないようなものだ。
だから事実、神格化したところで彼女には勝てない。なら無駄か? いや違う。神格化によって得られる霊力のみを人のままものにできたなら、可能性はある。
まぁ今のところ、そんな手はないのだが。ともかく、模索してみよう。
「マスター……マスター」
いつの間にか帰っていたレーギャルンに起こされる。というか、いつの間にやら寝ていたようだ。寝るつもりはなかったのだが。
「起こしてごめんなさい。でも、もうすぐ夕食だそうなので……」
「んん? もうそんな時間……?」
外を見れば、日は沈みかけている。朝に部屋に来たのに、それからずっと寝てしまったのだろうか。とにかく食事らしいので、腕枕しているロンゴミアントを揺すり起こす。
部屋にはレーギャルンとネキ、そしてヘレンが戻っていた。随分早くから戻っていたらしい。いつの間にやら、ヘレンがミーリの隣で寝息を立てていた。
彼女も揺すり起こして、下の階のレストランへと向かう。そこでウィン、リストと合流して、そのレストランの中でも一番大きなテーブル席についた。
「どうだミーリ、気分は」
「うん、大丈夫。あの状態になるのは結構疲れるけど、ちょっと寝たら平気みたい」
「そうか……なら、その……よかった」
ウィンが何やらモジモジしている。言葉の歯切れも悪い。何か言いたいようだが、恥ずかしいのだろうか。なんでもズバズバ言うウィンが、珍しい。隣でレーギャルンがモジモジしているのは、まぁよく見るのだが。
「主様、実は私達からお渡ししたいものがございます」
レーギャルン、ウィンに変わってネキが言う。二人共、先に言われたと体を震わせる。どうやら同じ用件のようだ。
「渡したいもの? 何々、何が出てくるの?」
「レーギャルン様」
「は、はい……」
緊張した面持ちで、レーギャルンはミーリの隣へと出る。そして小さな背中で隠していたその包みを、ミーリに手渡した。
「……開けていい?」
レーギャルンが頷いたので、開ける。包まれていたのは真っ青な上着。ミーリのイメージカラーである、青が主色の上着だった。
「マスターの上着、なくなってましたので……その、少し寂しいかなって……だから、ネキさんとヘレンさんと三人で買ったんです……だから、もらってくださいマスター。私達からの、日ごろの感謝の気持ちです」
「……着ても、いいかな」
「ど……どうぞ……」
袖を通さず、上に羽織る。それがミーリの普段のスタイル。今までボロボロだった上着と比べると当然新しく、少し若々しく見える。新しいが故に青が生え、髪の色と瞳の色とをより青く見せた。
「レーちゃん、ネッキー、ヘレン。ありがとう、すっごく嬉しい。大事にするね」
レーギャルンが代表で撫でられる。顔を真っ赤にして撫でられるレーギャルンはまるで猫のようで、ツインテールが尻尾のように揺れたように見えた。
「あぁぁ……ミーリ、あのな……実は俺からも、あるんだ」
「おいおい魔弾、おまえだけではないだろう? 私達からの贈り物だ。心して受け取るがいい、先駆者よ」
ウィンはその席から投げ渡す。それくらい小さなそれは、青のガラスで結ばれたネックレスだった。
「ま、まぁその……ゲームの景品だがよ、一応一番高い奴にした。おまえが買ってくれたのと比べると安物だが……もらってくれる、か?」
「もちろん。ありがとう、ボーイッシュ、リスッチ。大事にするから」
「そ、そうか……そうか。なら、よかった」
ウィンが笑う。その誰でも油断してしまいそうな笑みを見たのは初めてで、思わずドキッとしてしまった。というか可愛い。そう言ったら、確実に怒られるだろうが。
「よかったわね、ミーリ」
「ってか、槍脚は何もねぇのかよ」
そういえば、ロンゴミアントは何も渡していない。元々プレゼントする気もなかったのだろうか、ずっとミーリの隣で寝ているだけだった。それがウィン達は不満らしい。
「あら、私? もう……みんな私だけ
「何、何、か……」
本当に何もないんだろうか。でも全然思いつかない。欲しい物、そんな簡単に思いつきそうなものが、とにかく出てこなかった。
ダメだ。今回浮き彫りになった問題はここじゃないか。自分にとっての特別、好きなもの、好きなこと。そして欲しい物、して欲しいこと。それらの欲が薄いことが、今までの歪んだ感情の発端ではないか。
だから考える。今して欲しいこと、心の底から欲しい物。それを考えて考えて考えて、そして思いついた。
「じゃ、じゃあ……その、ロンの真名が知りたい」
「私の?」
未来の自分すら知らなかった、彼女の真名。それを知りたい。心の底からそう思った。
他のみんなの真名は聞けたけど、彼女の真名は聞けていない。それが堪らなく悔しいと言うか、寂しいと言うか、虚しいのだ。唯一自分の手で召喚して、長く付き合ってきたのに、彼女の本当の名前も知らないまま別れるだなんて。
それがイヤだと、胸の底から思った。だから言った。これは、心の底からの、ミーリの欲だ。
それを聞いたロンゴミアントは少し困惑した様子で、考える。そして額を少し掻くと、あのねと切り出した。
「私はロンゴミアントなの。聖槍とか不死身殺しとか色々言われるだろうけど、私はあなたの槍、ロンゴミアント。それ以外の何者でもないつもりなの。だから、ごめんなさい……私はあなたに真名を教えたくないの」
「……どうしても?」
「あなたが好きだからよ。あなたが好きだから、あなたには秘密にしたいの。だから……ごめんなさい」
「そっか……」
なんだろう、すごく寂しい。こうして心の底から願っても、手に入らないものがあるのは知っているはずなのに——いや、知らなかったんだろう。これだけの衝撃を受けているということは。
だって今までが、ここまで願うだなんてことをしなかったのだ。だからそれが叶わなかったときのショックなど、知るはずもない。
だから今は、これを噛み締めることに決めた。願いが、欲が、満たされなかったときのこの虚しさをしっかり覚えておこう。それがきっと自分のためだと、そう、思うから。
「でも……少しだけ教えてあげる。多分それで、私の真名に少しだけ近づけると思う。それで考えてみて欲しいの。それでもし、あなたが私の真名に少し近付けたなら……そのときは、教えてあげる。私の真名」
そう言って、ロンゴミアントが耳打ちする。それはたったの一言、一単語。だがその単語を聞いたとき、何かを察した気がした。
生憎と人には言えないが、それでもヒントをくれと言うのなら、彼女の伝説を遡ることを薦める。それだけしか、言えない。
「……ありがとう、ロン。うん、ありがとう」
「えぇ……」
かなり恥ずかしかったと見える。ロンゴミアントの顔は、これでもかというくらいに真っ赤だった。
ダメだ、可愛い。なんだか今日は、我がパートナー達が可愛く見える。なんだろう、自分との戦いを終えて、ちょっと舞い上がっているのだろうか。しっかりせねば。
「ところで先駆者よ、ふと思ったのだが、そなたパートナーには贈り物をしてると聞く」
「ん、あぁぁ……そだね。ロンは指輪でレーちゃんはネックレス。ボーイッシュは帽子に付けてるそれ」
「なるほど。ならば、私もそういうものを所望しよう。これほど高くなくていい。私もおまえのパートナーなのだと、確証するものがほしい」
そう言えば最近買っていない。ヘレンが入ってからは色々あったし、リストが入ってからはエレシュキガルの力を押さえるので精一杯だったし。というか、もしかしてだがネキのも買ってないかもしれない。
それは大変失礼なことをした。
「わかった、じゃああとで買いに行こう。キーナにも、チェーン店があるはずだったし」
「なんと! そんな高価なものを買ってくれるのか?! 嬉しいが、いや嬉しいのだが、財布は大丈夫なんだろうな」
「大丈夫だよ。口座にまだあるから」
まぁ最近依頼行けてなかったから収入ないけど、元々いっぱいあるし、カードで払ってるし。多分、大丈夫。三人分一気に払ったことないけど。
そんなわけで、食事のあとキーナの宝石店を見つけてそこに入った。買ったのは、それぞれ小さな宝石がついたジュエリー。
ネキは盲目なので、音で楽しめるものをと思い、エメラルドがあしらわれた鈴付きのイアリング。ネキが顔を動かす度、小さな鈴音が鳴る。
ありがとうございますとネキは言ってくれたけど、本当だろうか。正直彼女は、こういう贈り物は好きじゃない気がして、ちょっと怖かった。
欲しがっていたリストには、眼帯に刻まれた逆さ十字に、四つの煙水晶をつけてもらった。彼女が欲しいアイテムがなかったのでこうしたのだが、欲しがっていた彼女はものすごく喜んでくれた。
ウィンと同じく髑髏とかそういうのが好きなのだろうが、どうやら被るのがイヤらしく、ならば自慢の眼帯に装飾してくれということだった。
まぁとにかく、喜んでくれてよかった。
そして、最も苦戦したのはまったく反応しないヘレン。どの宝石を見せても、彼女はずっとすまし顔——というかずっと眠そうで、選ぶのに困った。最後にはミーリが選んでという始末。
そこでミーリが選んだのは琥珀の髪飾り。光を受けると文字通り琥珀色に光り輝く、鳥の羽を模した飾りだ。
「どう? ヘレン」
「……前から言おうと思ったのだけど」
「な、何?」
「あなたが私達に宝石を買うのって、自分の物だっていう証?」
「そんなつもりは……あぁぁ……あるの、かな」
「きっとそうね。趣味が悪い」
またハッキリと。まぁそういうところが、好きなんだけどさ。
「でも……もらうと嬉しいものね。ありがとうミーリ、大事にするわ。だから……あなたも上着、大切に着てね」
やはり今日は、みんなが可愛く見える。このとき見せたヘレンの笑顔に、滅多に見られない必殺の笑顔に、やられてしまいそうだった。
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