桃色・知識の門 パラケルスス

 そこがミーリ・ウートガルドのものでなく、未来のミーリが——機械仕掛けの時空神デウス・エクス・マキナが創り出したパラケルススのための空間であることを、ミーリは即座に理解した。

 理由はほぼ、なんとなくである。なんとなく、機械仕掛けの時空神とはべつの霊力を感じられるのだ。

「まさかこうして、君とまた邂逅かいこうすることとなるとは思ってなかったな。私の魂は、理想の桃源郷アヴァロンで安らかな時を過ごしていたはずなんだよ。なのに、これだ……神としての転生とは違う。独自の召喚式か何かかな? ともかく、私はここにいる」

 紫の刀身を持った短剣を手に取り、握り締める。

 その刀身の切っ先から光線を放つことは、なんとなく覚えていた。記憶がではない。体がだ。

「そして、なんとこの私に戦えと言うのだから。まったくわかっていないよ召喚者は。私は戦闘ではなく、錬金術専門だというのに。大体、私は彼に負かされたんだ。なのに何故、戦わないといけないのか」

「俺も面倒だし、そっちが乗る気じゃないなら戦わないでいいんだけどさ……でもごめん。君に勝たないと、俺も進ませてもらえないんだよね」

 ミーリは霊力をその手に集中させる。それを水面に翳すと陣が現れ、青白く光り輝いた。

「我は魔弾を掴み取る者。遠き地の果ての邪悪な魔弾よ、今我の眼前に顕現けんげんし、神霊を撃ち抜く我が武装と化せ! 召喚、自由なる魔弾フライ・クーゲル! 来い! ウィンフィル・ウィン!」

 陣の中からウィンが現れ、力なく背をのけ反らせる。その頭から帽子が脱げると、それを掴み取ったミーリに口づけされた。

 ウィンの体が消え、現れるのは計九丁の銃。そのうち一つをミーリが握り締めると、残り八つがミーリの周囲で回転し、前方に隊列を作って並んだ。

「上位契約、魔弾の射手デア・フライシュッツ。じゃあ行こうか、ボーイッシュ」

 うまくいった。精神世界での神霊武装ティア・フォリマ召喚。失敗したらどうしようかと思ったが、できた。

『ここがおまえの中か。なんとも不思議な光景だな、おい』

「べつに、俺が創ったわけじゃないからね。言っとくけど」

『どっちにしたっておまえの中だろ? なんからしいぜ。こう、ほとんど何もないとことかよ』

 確かに。ここはパラケルススの空間だからフラスコや試験管にも似たガラスの巨像があるが、普段ミーリが行きつく先には何もない。あるのは、彼女が座る最低限の玉座のみ。それだけだ。

 それでは確かに、寂しい気もする。ミーリ・ウートガルドは、たしかに寂しい奴だ。自分の胸の内に、実は何も秘めていない。ずっとあるのは復讐心。一時あるのは食欲や睡眠欲。それくらいだ。

 ミーリ・ウートガルドにはそれくらいしかない。今まで、ずっとこれしかなかった。

 なるほどこれでは人に嫌われるのもわかる。人に好かれないのは、あまりにも自分に何もないからだ。そう、理解できた気がした。

「やれやれやる気か? やる気なのか。そうか……ならば致し方ない。やるしかないか……」

 そう言って、パラケルススは紫の剣を縦に構える。すると刀身に光の文字が刻まれ、緑色に輝きだした。

「問う。私は荒れ狂う戦火の精霊か? それとも原初の母たる海の精霊か? はたまた逆巻く嵐の精霊か? または憤怒する大地の精霊か? 否、我は光……光の精霊にして光の神子みこ。そう、我は甘美なる光の子。その姿、見せてやろう。代理召喚術式、長腕の光神ルー

 剣が消え、その光がパラケルススを包み込む。一瞬の内に光が消えると、パラケルススはその姿を変えて登場した。

 その両手に紫の細長い刀身を縛り付け、被っていたシルクハットは消え去り、桃色の長髪が揺れる。その背には赤、青、緑、黄色の四つの光を宿し、水面から少し浮遊していた。

 背丈も霊力もグッと伸び、明らかに戦闘力が増した。何が戦闘向きじゃないだ。死んでむしろ戦闘向きになっているではないか。

「初の代理召喚だったが、うまくいってよかったよ……これで私も戦える」

「何、向こうで一体何してたの」

「研究さ。桃源郷は理想郷だよ。いくらでも研究ができた。賢者の石ワイズマンズ・ストーンは相変わらずできなかったけど、その一歩手前でできたのがこの代理召喚さ。これで私も戦える」

 死んでも色々できるんだな……さすがは神様だけが行きつく桃源郷。人間が逝く天国地獄とは違うや。

「さて、ではやろうか? 長腕の光神、その実力を見せてあげようか……!」

 長腕の光神。伝説に名高い光の神。かの光の神子、クー・フーリンの父でもある大神である。戦闘能力についての伝説は薄いが、少なくとも錬金術師より遥かに強い。激戦は必至である。

『顔が険しいな、ミーリ』

「まぁね。まだ序盤なのに光の大神とか、選択ミスかな」

『結局倒さなきゃいけねぇんだろ? 後か先かの話だろうが。さっさとやろうぜ。どうせ、おまえは倒すんだからよ』

 それは信頼の証かな。なんにせよ、ちょっと嬉しい。どうせとか結局とか、そういう言葉を使ってくれるときの言葉は大体信頼のそれだ。ウィンはそこが嬉しい。

 だからやる気になるのだ。本人にそんな気はないだろうが、それがまた嬉しい。最初に呼んでよかったと、心の底から思った。

「じゃ、行くよボーイッシュ」

『あぁ、かましてやれ』

「“完全なる紫の剣アゾット・ソード”」

 紫の刀身に光を収束させ、撃つ。ミーリは水面を蹴り上げて躱したが、光線は水面を斬り裂いて叩き割った。明らかに威力が増している。

「“完全なる紫の剣・魔導剣型セイバーモデル”」

 光を射出するのではなく、刀身にまとわせる。紫色に輝く剣を手に、パラケルススは斬りかかってきた。

 対してミーリは距離を取る。そして肉薄してくるパラケルススに向けて、後退しながら射撃した。だがそれらすべて、パラケルススに斬り捨てられる。

『当たらねぇぞ!』

「……ボーイッシュ、先に謝っとくね。ごめん!」

『ハ?』

 二丁の銃を背中に回し、後ろへと撃つ。その銃撃で勢いをつけて向かってくるパラケルススに肉薄したミーリは、持っている銃でパラケルススの剣を受け止めた。

 光が銃とぶつかり、斬り裂かんと火花を散らす。パラケルススはミーリの首を絶たんと、もう片方の剣を振り上げた。

 だがミーリの狙いはそこだった。浮遊している銃の操作は自在。振り上げられた剣に銃を二丁ぶつけ、押しとどめる。そして無防備になったパラケルススの胸座に銃口を突きつけ、ゼロ距離で発砲した。

 貫通はしないが、ぶつかった銃弾が弾ける。連続で三発の銃弾を受けたパラケルススは吹き飛び、なんとか宙で停止した。

『イッてぇぇぇ! 痛ぇな、この!』

 銃の姿で、ウィンは痛いと連呼する。

 剣や槍などの接近戦型の神霊武装ティア・フォリマなら、敵の武器と触れるなど大したことではない。しかし彼女達だって、痛みを感じないわけではない。敵の刃が柄や峰に当たれば、それ相応の痛みを感じる。

 それに比べて、ウィンは銃だ。もともと、敵の武器や攻撃を受けたりする武器ではない。故に銃身のどこに当たっても、痛みを感じる。銃は、術技を持っていない人間でも敵を死傷させる、近代兵器だ。

『あの剣、霊力がチェーンソーみたいに回ってやがる……! あぁ、チキショー! 痛ぇなこの!』

「ごめんね、ボーイッシュ。まさかあの神様相手に、ここまで接近戦になるとは思わなくて……」

『ハ! 屁でもねぇよ、こんなの! 俺の戦闘スタイルは知ってるだろうが! コソコソ逃げ回ってたらドついてるところだぜ!』

「ボーイッシュ……」

『ホラ、さっさと勝つぞミーリ! 後がつかえてんだ、さっさと決めやがれ!』

 ウィンの鼓舞が身に沁みる。過去を話し、真実を知ったことで傷心している自分のことを、元気づけているようにも思える。

 そう思うとなんだか少し申し訳なく、そして嬉しかった。まったくもってウィンらしい励まし方だ。変に親身にならないところとか、扱い方が変わらないところとか、まったくもって彼女らしい。

 そう言うと照れて、怒ってきそうだが。それでも彼女らしかった。

「そだね……じゃあ正面から突き崩すけど、文句はないね、ボーイッシュ」

『おぉよ! あの脳天にぶち込んで来い!』

「“空貫魔弾ガ・ボルグ”」

 空間破りの銃弾が放たれる。それも三発。普通に剣で防ごうとすれば、反射速度の限界で必ず一発は当たるといういやらしい攻撃だった。

 だがパラケルススには防御方法があった。前回の対戦では一度しか使っていないからミーリは記憶から喪失していたが、その防御は、使えば鉄壁を誇っていた。

「“対属性アンチ・エレメンタルウインド”」

 背に宿していた緑色の光が前に出て、パラケルススの盾になる。放たれた銃弾はその光に吸い込まれ、光に波紋を広げて消えていった。

 これがパラケルススの誇る防御。地水火風の四大属性による攻撃を完全に無効化する光の盾である。

 それを見たミーリは、改めて攻撃の仕方を考える。何せ防御方法があると認識したものの、それが属性攻撃無効化する代物だとは知らないからである。すべての攻撃を防御する盾がある。そう、思い込んでいた。

 しかし攻撃手段がないわけではない。今さっき同様、接近戦なら盾を出す暇もない。つけ入るスキはある。

 ミーリは宙から降り、水面に立つ。そして両手に銃を持って構え、残り七丁を水面に突き刺した。

「“銃闘方じゅうとうほう銃技牙じゅうぎが”……行くよ」

「“完全なる紫の剣・撃鉄ファイア”」

 両腕に縛られた剣を合わせ、同時に収束させた光の塊を放つ。その威力は今までとは桁違いで、撃たれた水面は一瞬蒸発し、底のない暗闇が顔を出した。すぐさま水がそれを塞ぐが、巻き上がった水飛沫が雨になって帰ってくる。

 その中で、ミーリは走っていた。パラケルススに肉薄し、距離を詰める。

 対してパラケルススは両腕の剣を合わせながら、ミーリを目で追って放つ。威力は少し殺して、連射できるようにした。ミーリに当たらなかった光線が、次々に水飛沫を上げる。

 そして最後に放った一撃がミーリの目の前に水飛沫を上げたとき、パラケルススはミーリのことを見失った。水飛沫が消えると同時、ミーリのことも視界から消える。

 しかしミーリはすぐさま現れた。ミーリは一瞬で浮遊するパラケルススの足元に入り、跳躍し、懐に入っていた。

 そしてミーリの顎蹴りが入る。その顎に銃口を突きつけ、今度は撃つ。撃ち抜けはしなかったが、弾けた銃弾はパラケルススを吹き飛ばした。

 さらに吹き飛ばされたパラケルススに肉薄し、銃口を叩きつけ、ゼロ距離で連射した。そのまま体術と銃身での殴打と銃撃で、連撃を打ち込んだ。その数、計百発。

「“超銃技牙ちょうじゅうぎが”!!!」

 最後の銃撃が、パラケルススを水面に叩きつける。水面を跳ねたパラケルススは、口の中に溜まった粘膜を吐き出した。

 水面に降り立ったミーリは銃口を向ける。しかしパラケルススは無理矢理体勢を変えると、剣で銃を打ち払った。銃弾が誰もいない宙に飛ぶ。

 だがミーリは再び銃口を向ける。しかしパラケルススはもう片方の剣で再び銃を打ち払い、方向を変えた。再び銃弾が誰もいない空に撃ちあがる。

 その後も何度ミーリが銃口を突きつけても、パラケルススは次々に打ち払い、方向を変えた。

「“完全なる紫の剣・狙撃スナイプ”」

 至近距離での光線が放たれる。しかしミーリもまたその光線を放つ剣の方向を銃身で打ち払って変え、回避した。

 その後、ミーリもパラケルススも、同じような攻防を続ける。撃っては相手の方向を変え、また撃つために構える。その繰り返しだった。最後にはお互いの手を握り締め、相手を押す。

「さすがに……手強いね……君……」

「パラさんも……こんなに強かったっけ? さすがに、長腕の光神だよ。まったく、こんな苦戦するつもりなかったのにな……」

「青年、こんなときになんだが、一つ質問をいいかな?」

「こんな体勢ですけどどうぞ……!」

「君は、なんのために戦っている? 今、何故私と戦っている」

 何故。それはもちろん、ユキナを倒すため。それに尽きる。

 だが今までなら簡単にそう言えたが、今は違う。彼女を真に愛せていないと知った今、彼女を目標とすることが果たして正しいのか迷う。

 だがそれ以外に何かあるかと言われると、出てこない。今まで歪んだ愛情で彼女を追っていた末路だ。だから正当ではないかもしれない。だけど、こういうしかなかった。

「……さっきまでだったら、答えられたんだけどね……俺は、その答えを失くした。でもだからこそ、止まるわけにはいかない。ここで止まったら、今まで倒してきた人とか、神様に申し訳ない。だから止まれない。俺は、これから戦う意味を見つけ出す。これは、そのための戦いだよ」

「意味を見つけるための戦い、か……なるほど? そりゃいいな!」

 ミーリの腹を蹴り飛ばし、パラケルススは距離を取る。そして上空に飛び上がると、両手の剣を合わせて光を収束させた。巨大な光の輪が、天上で輝く。

「いいね。まさしく人間らしい。理由があって戦うのではなく、戦って理由を導く。まさしく人間らしいよ。私もそうだった。理由があって研究してなかった。研究の先に意味を求めていた。意味があると思っていた。そう信じていた。それがまさしく人間らしい!」

 光の輪から、激しい雷電が迸る。それは大気を焼き、水面に落ち、低い音で轟いた。

「意味を求めろ! 理由を求めろ! 生きることに、戦うことに、足掻くことに意味を、理由を見いだせ! それが限られた命を持つ人間の——知恵を持つ人間の使命だ! 足掻け! その命をすり減らして!」

「うん、足掻くよ。足掻くとも。このまま何もないんじゃ、俺は生きてるのすら恥ずかしいから。俺はミーリ・ウートガルド! 自分の戦いに意味を、理由を求める者ってね! さぁ、行くよボーイッシュ!」

『ハ! いい加減勝ちやがれ、ミーリ!』

「喰らうがいい、見るがいい! これが長腕の光神の代名詞! 鳴け! “諸芸の達人サウィルダーハナ”!!!」

 光の輪から、大量の雷光が降り注ぐ。雷鳴を轟かせて落ちる光の中、ミーリは肉薄した。巻き上がる水飛沫。落ちる雷鳴。その中で、ミーリは直進する。躱すことも曲がることもせず、ひたすら直進する。

 そして特大の雷鳴が降り注いだそのとき、ミーリは跳んだ。そしてパラケルススの目の前を取る。

 パラケルススは剣を振りかぶると、光を宿したその剣を振り下ろした。が、止められる。火花を散らして銃に止められる。そして残りの七丁に囲まれた。

「“四面楚歌バラガルング”!!!」

 周囲を回転する銃から、連続で撃たれる。ミーリをうまいこと躱し、銃弾はパラケルススのみにぶつかって弾ける。たまらずその場から離脱したパラケルススだったが、直後、ミーリを見失った。だがすぐに見つける。

 後ろを振り返ったとき、銃口が額に突き付けられた。そして、同時に引き金が引かれる。雷鳴の中ではまるで小さな銃声は、乾いた音で空間に響き渡った。

「ここまでか……」

「そだね」

「……仕方あるまい。進め、青年。せいぜい粋がって、足掻いて、もがいて、苦しんで、答えでも何でも見つけるがいい」

 紫の刀身が砕け散り、背後で光っていた光が次々消える。そしてパラケルススの体は煙のごとく、風に吹かれるように消えていった。

 そして同時、ミーリのいた場所も変わる。一瞬光に包まれたかと思えば、そこは自分の精神世界。目の前には四つの門が聳え立ち、桃色の門だけが閉ざされていた。

 ウィンが人の形を取る。

「ありがとう、ボーイッシュ」

「あんなの、なんでもねぇよ。さっさと次行こうぜ」

 ウィンに促され、ミーリは次なる門へと進む。次に選んだのは白の門。くぐると、そこは一面白銀の雪世界。地上はすべて雪が積もり、さらに積もらせようと、空からは雪が降り注いでいた。

「来たの? まったく、なんで私がこんなこと……」

 そう、目の前の彼女は愚痴る。髪も肌も服も何もかも真っ白な彼女は、純白の剣を手に構えた。

「まぁいいわ。いつかの借り、ここで返してあげる。忌々しい、あなたにね」

「相変わらず好戦的なお姫様だなぁ……白雪姫」

「白雪姫なんて、そんな甘い名前で呼ばないで? 私は魔神姫君ゴッタ・デア・プリゼッシン、スノーホワイトよ」

 

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