白・勇姿の門 スノーホワイト
霊力は名のある神と同等。剣術においてもそこらの武神を一掃する使い手。そして何より、数多くの技を持つ。童話の白雪姫本人でありながら、しかしてまったくの別物へと昇華している彼女と戦うのは、正直気が引けた。
だって怖い。戦う気満々で、殺意を込めた眼差しでこちらを睨んでくるお姫様だなんて。
「まったくもって忌々しい。何故私が、あなたと戦わないといけないの? ねぇ、なんで?」
「いや、え……? パラさんもそうだったけど、同意して来てくれたんじゃないの?」
「んなわけないでしょ? なんで私が大嫌いなあなたのために、一肌脱がないといけないわけ? 重労働だわ。ブラック企業並みに重労働だわ」
ってかやめて……お姫様がそう言うこと言うの……イメージが……イメージが壊れるから……。いや、君がそういう口調なのは知ってるんだけどね?
「とにかく、あなたを斬り捨てれば終わるのでしょう? だったらすぐにやりましょう。すぐに斬り捨ててあげる。あのときの魔女のように、ぼろ雑巾のように捨ててあげる」
「まったく……君相手は、あの子かな」
そう言って、ミーリは再び陣を出現させる。そして霊力を送り込み、輝く陣に向けて詠唱した。
「我は
輝き弾ける陣の中で、リストが片膝をついて現れる。自ら巨鎌を握り締めて振り回すと、その刃をミーリの首筋にかける。そしてそのまま自らミーリを引き寄せ、熱く口づけを交わした。
リストの姿が消え、鎌が残る。ミーリがその鎌を握り締めると、
「上位契約、
『あぁ、構わず行こう。死神の一番弟子にして死神至高の巨鎌、ブラックリスト! その白肌の首、叩き斬ってくれるわ! 魔神!』
「やれるものなら……やってみなさい!」
スノーホワイトが肉薄し、剣を振るう。
対してミーリはその場で鎌を振り、一閃。横一文字に空間を斬り裂いた。その衝撃で、スノーホワイトの軽い体が吹き飛ばされる。ミーリは雪原を滑走し、スノーホワイトの着地点を狙って鎌を振った。
だがその一撃は、着地寸前で体勢を整えたスノーホワイトの剣に防がれる。スノーホワイトの体はまた吹き飛び、宙に舞い上げられた。なんとか停止し、立ち上がる。
「“
剣に溜めた純白の光球が走る。
以前は回避していたし、宙に立てないときは何発も喰らったが、今回は違う。巨大な光球を目の前に真一文字に斬り裂き、空間ごと真っ二つに断ち切った。
「“
漆黒の霊力を脚にまとい、宙に立つ姫君に挑む。一瞬で肉薄したミーリは振りかぶり、スノーホワイトの剣に刃を叩きつけた。
「っ! “
ミーリの俊足移動に対抗し、スノーホワイトもまた高速移動技を繰り出す。元より純白の脚に純白の霊力をまとったスノーホワイトは、一直線に雪原に降り立った。
ミーリもそれに追いつき、鎌を振るう。鎌での攻撃は基本大振りになるが、スノーホワイトの剣撃についていっていた。むしろ押している。
以前とは打って変わっての一方的展開に、スノーホワイトは剣撃の最中に舌を打った。そして距離を取る。スノーホワイトの周囲で、砕け散ったガラスの破片のような光が舞い上がった。
「“
無数にも及ぶ光の粒が、大気を斬り裂いて襲い掛かる。ミーリは鎌を縦に振るい、すべて叩き斬った。
「“
漆黒の十字が空間を斬り裂く。攻撃を回避したスノーホワイトだったが、斬り裂かれた空間が修復のために圧縮され、その大気の流れにスノーホワイトは引き寄せられた。
「“
一閃。
大気を斬り裂く一撃が、撃ち出される。
スノーホワイトは剣でその攻撃を受けたが、再び発生した空間の圧縮にその場に止められ、体勢を固められた。
「このっ……!」
「“魂喰道化師”」
再び繰り出される一閃。
剣でその攻撃を防ぐが、スノーホワイトの胸座を真一文字に斬り裂く。噴き出た血も同時に斬り裂かれた空間の圧縮に巻き込まれ、吸い込まれて消えていった。
純白の霊力をまとった高速移動で、スノーホワイトは距離を取る。
「この……ムカつくわ。何強くなってるの? あのときより断然強いじゃない……! この、マジムカつく……!」
「いや、そんなこと言われてもなぁ……」
まぁ、死人はそう強くなれないからねぇ……。
「あぁもう……ムカつく! ムカつく、ムカつく、ムカつく! 私を呼んだ時空神! 私を呼んだんだから、力でもなんでも私に付与しなさい! あんたの手を煩わせることなく、こいつを殺してやるんだから!」
スノーホワイトが吠える。すると天上から光の束が降り注ぎ、スノーホワイトを照らした。するとスノーホワイトの姿が、少しずつ変わり始めた。
短髪だった髪は伸び、カーブがかかって揺らめく。純白のドレスは鎧に変わり、首から上と右腕、腰から下以外を鋭く覆う。
腰から下を覆うドレスの裾は髪と反対に短くなり、素足をさらす。だがすぐにその脚は白のハイヒールブーツに覆われ、鋭い靴底を見せた。
変わったのは姿だけではない。まとっている霊力の質、量、すべてが変わった。正直計り知れない。
「ハ……ハハハ! 何よ! 何?! 反省でもしたの?! これでチャラにしろってこと? バカね、するわけないじゃない。向こうに戻っても、あなたのこと恨んでやるわ、
「えぇぇ……強くなっちゃったよ……」
なんてことしてくれたんだ、未来の俺。このまま実力差で、勝てるはずだったのに。これでは苦戦するじゃんか。まぁ勝つけどさ。
「でもいいわ。まずはいい! まずは彼を殺しましょう。この強化された私の剣でね!」
「まったく……少しやる気なくなっちゃうよね、こういうの」
『何を言う先駆者よ。形態が変化してパワーアップなど、今時ラスボスどころか中ボスでも行われることよ。燃える——否、萌える展開ではないか!』
……今思ったけど、リスッチの
彼女としては死神の一番弟子というのも本気だし、言っていることもすべて本気なのだが、どうしても中二病発言に聞こえてしまう。
しかし彼女は伝説に名高い死神の武器。言っていることはほとんどが本当だ。死神の一番弟子、というのが本当かどうか知らないが、おそらく本人的に嘘は言っていない。
だが
それでもリストは堂々と言うので、逆に目立ってしまうだけのことである。仕方ない。こればっかりは。
と、そんな場合じゃなかった。今は強化されたスノーホワイトだ。
「“魔鏡破片”!!!」
先ほど繰り出されたのと同じ攻撃だ。しかし速度が段違いである。鎌を振り払って撃ち落とすが、正直間に合わない。懐に入った粒が炸裂し、ミーリの体を吹き飛ばした。
さらに他の粒が空間で弾け、ミーリの体をどんどんと吹き飛ばしていく。威力もかなり大きくなっている。あの攻撃をまえは喰らっていないが、おそらく十倍は変わっているはずだ。
その証拠に、威力を見たスノーホワイトが歓喜している声が聞こえる。
「すごいわ、すごいわ、すごいじゃない! 今までにない威力だわ! あぁあのときこの力があったなら、
『どうする先駆者。生憎と私は遠距離攻撃を持たん』
「懐に入って斬るしかないね。リスッチ、霊力俺に頂戴。とくに脚に」
『よかろう。“魂喰猫脚”のさらに上、“
なんと。ヘルメスとは、かのオリンポス十二神の一柱であるあのヘルメスだろうか。
神々の伝令役にして、時に死神の面を現す旅人の神。神々の中でも飛び抜けたトリックスターの存在。その脚を使えるというのか。
いや、信じているけど。
『さぁ使うがいい! 神々すら欺く、神の脚業よ!』
「“死神神脚”」
ミーリの脚に、黒い瘴気のようなものがへばりつく。それは熱くもなければ冷たくもない。重さもなければ、へばりついている感触すらない。“魂喰猫脚”と違って、技を使っているという感覚がまるでなかった。
だがその効果は絶大である。体勢を立て直して肉薄すると、それはまさにほんの一瞬。一瞬、瞬きをしている間にスノーホワイトの背後に回っていた。
スノーホワイトも、気付いたのはミーリが背後に回ってコンマ何秒後。彼女の反応を見る限り、まるで前触れもなく気配を消して、背後に回られた感覚のようだ。
あの日グスリカの城で、ユキナに肉薄されたときのことを思い出す。だが彼女は
となると、彼女が聖約を交わした神の一体とは、もしかして——
今そんなことを考えても仕方ない。今はただひたすらに、勝つことだけを考えろ。刃を振るえ。体を捻じれ。首を狙え。
「“魂喰道化師”」
一閃。
その首を
純白の剣に受け止められたが、わずかに触れた刃がスノーホワイトの首筋を掠め斬った。
「このっ……! “
突きと同時に繰り出される、四本の剣閃。振り返りざまに繰り出されたそれを、ミーリは後方に跳んで身を反らして躱す。だが次々と連続で剣閃を繰り出され、ミーリは距離を取った。
だがすぐさま、神の脚で距離を詰める。体を捻り、跳び、鎌を振るう。上から右から左から、その体を両断すべく刃を振るう。刃は直にスノーホワイトの体を覆う鎧にぶつかり、金属片を撒き散らした。
堪らず距離を取ったスノーホワイトは、この状況に激昂する。
「何?! なんなの?! これでもあなたに勝てないの?! まったく解せない?! なんで、何故なの?! 一体何が、あなたを強くするの!」
「それは……」
ユキナを倒すため——彼女を殺すためだ。だから強くなる。
今までならそう言っていた。それはパラケルススのときと同じ。だから今、答えはない。でももし、強いて言うのであるならば、それは——
「確かめたいからだよ。俺は一つの目標に向けて強くなった。それだけを目指して強くなったつもりだよ。だけどそれしか見てなかった。見えてなかった。俺は他の視点を持たなかった。だからわからなくなっちゃったんだ……自分が正しかったのか。間違っていたのか。それを確かめたい」
「……何それ、くだらない」
スノーホワイトは一蹴する。剣でもその場を薙ぎ払い、言葉でその空気を蹴散らした。
「それって結局、あなたの野望でしょ? 良い言い方をすれば夢でしょ? そんなの、自分から見たら正しくて、他人から見たら間違ってるに決まってるじゃない。そんなことで悩んでるの? 馬鹿馬鹿しい。夢を持ったなら、砕かれるまで貫きなさいよ。バカらしく、それだけを見てなさいよ。夢を持ったその瞬間から、あなただけはその夢を肯定しなさい。それが義務よ」
スノーホワイトは剣を握り締める。そして鋭く、居合の形で構えた。
「他人から見たら、あんたの夢なんて間違いだらけよ。絶対否定するわ。でもそれが何? あなたの夢は、野望は、他人の意見であれこれと変わってしまうの? だったらそんな夢、棄ててしまいなさい。ってか棄てて。そんな相手と戦ってるだなんて、吐き気がする」
今目の前で剣を握り、戦う純白の女神の姿を見て忘れていた。
彼女は童話の白雪姫。魔女である叔母に三度殺されかけた、麗しい姫君。その美貌のせいで城を追われ、命を狙われた。あまりにも不憫で、不幸な姫。それが彼女だ。
もしかしたら、童話の通りではないんじゃないだろうかとか思うけど、でも作られたお話の中では、彼女はそういう存在だ。
だとしたら、彼女の言うことはよくわかる。彼女だってやりたいことがあった。夢があった。したいことがたくさんあった。なのにただ美しいというだけで、命を狙われた。
彼女には自由がなかったのだ。毒林檎を口から吐き出すまで、王子様と結ばれるまで。彼女は夢も野望も、叶える手段がなかった。
でも抱き続けた。どんな夢だったのかは知らないし、今聞いても濁すだろうけど、彼女はきっと夢を持ち続けた。だからそんなことを言ってくれる。
王子様と結ばれても、叶わなかったのかもしれない。しかし、それで同情はできない。だって夢とは儚いもの。誰もが抱き、そしてその半分は叶わないもの。それが夢だ。だから醒めるし、冷める。
童話の中の彼女の夢が叶ったのか、叶わなかったのか。それを考察することは、事実不可能である。しかし彼女の様子を見る限り、彼女は未だ抱き続けている。それが昔から変わらないのか、それとも変わっているのかはわからないけれど、でも確かに持っているのだ。
「ってか、なんで私がこんなこと言わないといけないの? 最悪。本当に最悪。それもこれも、あんたがフラフラしてるのがいけないのよ、まったく。さっさと死んで頂戴」
「……ハハ。確かに、そうだね。俺は今フラついてる。これ以上ないくらいに、フラフラだよ。でもありがとう、白雪姫。君の言ってることは、本当に正しいよ。だから返してあげる。死後の世界——桃源郷に」
「バカ。死ぬのはあんたよ」
「そうかもしれないね。ま、死なないけどさ」
鎌を水平に持ち上げ、構える。降り注がれる雪の中、彼女の細い首筋だけにしっかりと狙いを定め、手首に力を入れた。
雪が降り積もる中、彼女の姿をジッと見る。相手のスキを窺っている最中だが、ミーリは一つ、余計なことを思っていた。
本当に、真っ白な人だな。
髪も肌も瞳も、すべてが真っ白な彼女。体色素がほとんどないこの状態を、たしかアルビノと言ったか。童話の中では美しい黒髪と赤い唇の持ち主であるが、この姿でも美しい。きっと魔女は、この状態の彼女でも殺そうとするだろう。
ずっと戦いの中で見ていたからわからなかったが、彼女はたしかに美しいと思う。さすが魔神姫君と呼ばれるだけある。童話の魔神を代表するがごとく、美しい。
口調といい、態度といい、内側は真っ黒な彼女だが、その黒さは三度も殺されかけた人生を思えば仕方ない。
だから美しい。美しさは変わらない。たとえ最後の毒林檎で死のうとも、彼女は美しいままだっただろう。そう、思った。
そんな彼女が、ゆっくりと前傾姿勢を取ったとき、ミーリは動いた。雪原を突っ切り、雪を掻き分け、肉薄する。
対するスノーホワイトは受ける構えだ。居合の姿勢を崩さない。間合いに入ってきたところを、斬り捨てるつもりだろう。
いいだろう。上等だ。そちらがその気なら、こちらも真っ向から斬り捨てる。それだけが、それだけが彼女への意思表示。彼女がくれた、ヒントへの礼。彼女はきっと、お礼の言葉なんて求めない。
だから斬る。全力で、刃を振り絞って。
「“
「“
一瞬の交錯。音は雪に飲み込まれ、まるで静か。だが決着に音は必要なく、数秒の時を経て着いた。
遅れて、スノーホワイトの鎧が砕け散る。繋がっているのが不思議なくらいに胴体を深く斬られ、足元を赤く染め上げる。喉元を駆け上がってきたドロドロの鮮血を吐き出して、剣を突き立てて倒れるのを堪えた。
「最悪……呼ばれた挙句、この思い通りに事が運ばれてる感じ、マジムカつく……ったく、大人しく斬られなさいよ」
「ごめん。俺にも、譲れないものがある」
「ハ……だったら、フラつくんじゃないの。せいぜい格好つけて、んでもってあっけなく返り討ちにでもあって死になさい……それが嫌なら……せいぜい、粋がることね」
足元から、白雪になって消えていく。結果スノーホワイトの姿は完全に消え去り、純白の剣だけがその場に突き刺さっていた。
それと同時、ミーリの視界が真っ白になる。そして気が付くと、また門の前へと戻っていた。
リストが人の形へと戻る。
「ウム! さすがは私! 敵ではなかったな! さぁ先駆者よ、このまま次に行こうぞ次に!」
「そだね。じゃあ行こうか。ボーイッシュもいいよね」
ずっと遠くで戦闘を見ていたウィンは、頭を掻く。ここで俺に振るか? そんな顔をしていた。
「さっさと行こうぜ。だが次は、も少しあったけぇところがいいな。ミーリ、どうにかしろ」
「俺って言っても未来の俺が創ってるからな……俺じゃあなんともできないかも……」
そう言いつつ、次の門——赤い門をくぐる。
くぐるとそこは雲一つない太陽が力強く輝く空と、完全に干からびてひび割れている大地の世界。生えている木々は枯れ果てて、地面からの熱と空からの熱にもう残っていないだろう水分をさらに取り上げられていた。
そしてそんな世界の中心に、彼はいた。全身機械の体に三対六枚の炎の翼。他でもない、ルシフェルに次ぐ最高位熾天使、ミカエルがそこで浮かんでいた。
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