五つの門

 ミーリが自らの精神世界——水が張られ、星空を映す世界——に到着したとき、やはりデウス、エクス、マキナの三人のいずれもいなかった。

 いるのは、少し自分より身長の高い未来の自分。彼は自ら作り上げた玉座に座し、ウトウトしていた。暇があれば寝ようとする辺り、まさしくミーリ・ウートガルドらしい。

 そんな状態だからかそれとも他に何かあるからか、未来のミーリは現れた現在のミーリを見て少し怪訝そうな顔をした。

「その顔……向こうで一体何を悟ったの? 何を知ったの? いや、いいよ? 言わなくても……大体察しが付くから」

「君は……未来の俺はいつ気付いたの? 未来の俺には——いや、君にはロン達はいなかったんでしょ?」

「ロン……懐かしい名前を出すね。忘れてたよ……確かに俺には、そんなパートナーがいたときもあった。ロンゴミアント、俺の聖槍。俺を勝たせてくれた槍。彼女の存在は大き過ぎた。一時、俺は彼女を愛しているとも思っていた。だけどそれは間違いだった。俺は、誰も愛せなかった。だから一人になった。そう、彼女達を失くして自覚した。俺が気付いたのは、彼女達全員を失ってからだよ。そう……一人になってからだ。全部、全部気付いたのはね」

「……今の話を聞いて、確信したよ。未来の俺——いや、正確には君は未来の俺じゃないね?」

 未来のミーリは苦笑する。それはいつもの——ミーリ・ウートガルドの笑みではなかった。まさしく苦笑。苦虫を噛み潰したようような、そんな笑みを浮かべていた。

「今の俺は、そんな見方をするんだね……そうだね。今の君からしてみれば、俺は君の未来の姿じゃないだろう。俺は君が行く一つの結末でしかない。可能性……もしミーリ・ウートガルドが一人になったらという可能性の元、現れた存在にすぎない」

「つまりもし、これからロンやみんなを失くせば……」

「そう。必然的に、君は俺のようになる。俺のように、愛を知らない偽善者ぶった何者かに……でも、今の君にそれはないのだろうね。君はもう、自分が誰も愛せないと知っている。つまりもう、君は俺と違う可能性を生きている。だから安心していいよ。君の結末はきっと、俺のようにはならないから」

「未来の俺……君は、一体何者なの」

「そうだね。そういえば、ちゃんとは名乗っていなかった……さっきは必要ないと思っていたからね。名乗っておこうか」

 そう言って、未来のミーリは立ち上がる。そして、自身の背後に針のない時計盤を現出すると、時計盤を光り輝かさせて目を眩ませ、一瞬の内にその姿を変えた。

 背を覆い隠すほど長い青色の髪。少し縮まった背丈と肩幅。胸と腰が膨らみ、腹部は締まった女性の体つき。片方は進み、もう片方は戻る時計をそれぞれ両目に宿したの後ろには、針が動かない時計盤が浮遊していた。

「僕はミーリ、ミーリ・ウートガルド。時空を司る機械仕掛けの時空神デウス・エクス・マキナの代行者——否、機械仕掛けの時空神そのものだよ」

「じゃあ……神様になったって、まさか……」

「そう。デウスも、エクスもマキナももういない。未来、現在、過去。すべてを司る時空神。それが僕だ」

「なるほど。君自身が機械仕掛けの時空神なら、納得した。一人称が変わってることといい性別が変わってることといい、それなら全部納得できるよ。そう言った俺の未来……俺の可能性があったってわけだ」

「人間は常に、未来にいくつもの可能性を孕んで生きてるからね。その可能性を取捨選択できるのが、僕こと機械仕掛けの時空神さ。こいつは人によって作られた、名の通り神様を名乗ったただの機械。その実態は、人に取り憑きその運命を司る寄生型の神。つまりは幻さ。そして君も、そんな彼女に取り憑かれたんだよ」

「いつ? 俺はこんなすごい神様と、聖約を交わした覚えはまるでないんだけどな」

「君が生まれた直後だそうだよ。彼女は——いや、彼女達は前の主を失くして彷徨っていた。取り憑ける人間は限られている。その条件に見合った人間を探して、ずっと彷徨っていた。そんな中で見つけたのが、まだ赤ん坊の君——僕だった。いくつもの条件の内九割を合格していた僕は、そのまま彼女にされるがまま聖約を交わした。以来彼女達は、僕達の中というわけさ」

「残り一割条件を満たしてなかったのに? よくそんな条件で聖約を交わしたね」

「何せたった一つだったからね。しかもその条件は、機械仕掛けの時空神にとっては造作もないことだった。朝飯前のことだった。だから聖約したのさ。彼女達にも、もう時間がなかったんだよ」

「その条件って……なんだか聞いてる?」

「対人性さ」

「対人性……?」

「よくいるでしょ? なんだかわからないけど人に嫌われてる人。性格なのか言葉遣いなのか、態度なのか。とにかく原因はわからないけれど、会った人全員から嫌われる……そんな環境で育ったから、人間嫌いになっちゃうような人。そんな人に、君はなる予定だったんだよ。機械仕掛けの時空神には、その人の未来と過去を見る能力ちからがあるからね」

「それを、デウスが、エクスが……マキナがなんとかしてくれたの?」

「君の名前に、魅了チャームの霊術をかけてね」

「俺の名前に?」

「君の名前を聞くだけで、見るだけで。その人は君を、僕を、悪く思わない。嫌わない。むしろ好きになってしまう。そんな霊術さ。ただ少し力が強すぎたみたいでね。人どころか、神にすら通用する無敵の霊術になった。今の君が人に、ロン達に好かれているのはそれが理由さ」

 なんとも寂しい話だ。つまりは真の意味で、ミーリ・ウートガルドを好いてくれている人は誰もいないということではないか。

 すべては機械仕掛けの時空神によって施された霊術が原因。なるほどそう言われると、悔しいかな納得できる部分もある。いつぞやのケイオスでの自分に対するファン騒ぎは、それが原因だったわけだ。

「どうにかできないの? この霊術」

「どうにもできない。言ったばかりだけど、当時の機械仕掛けの時空神は霊術の強さを誤った。人どころか神にすら通用する、最強無敵の霊術にしちゃったんだ。そんな代物を、一体誰がどうにかできる?」

 確かに。その霊術の実態をちゃんとは理解できていないのだろうが、おそらくそうなのだろう。きっとどこぞの破壊神だろうと、この霊術はどうにもできない。そういう風に施してしまったんだろう。きっと、自分もその霊術にかかってしまうほどに。

 それにもし解術できるとして、してどうするというのだ。せっかくご厚意でそういう体にしてもらったのに、今更それを解いてどうしようと言うのだ。

 下手をすればロンゴミアント達も、神を討つ軍シントロフォスのみんなも離れてしまう。そうなっては、ユキナを倒すどころではない。今から人脈を作るにしては、自分はこの状態で長く生き過ぎた。

 この名前の魅了に関しては、正面から向き合っていかなければならないのだろう。吊り橋効果じゃないけれど、きっとこの霊術の効果を恋か何かと勘違いしてしまう人もいるかもしれない。

 そんな人に申し訳ない。生憎とまだ告白はそう経験していないが、これからは気を付けよう。自分はただでさえ、好きと言われたら好きになってしまう簡単な人間だ。

「さて、無駄話……ではないけど、談笑はこれくらいでいいかな。残念だけどミーリ・ウートガルド。君を殺すと言う僕の目的は、未だに変わっちゃいない。今こうして話してあげたのは、せめてもの情けだ。最期にモヤモヤした感じで終わっちゃ気持ち悪いだろうからね」

「そりゃどうも、未来の俺。で? 相手してくれるの?」

「いや、僕は戦わない。戦わない。君の相手は、彼女達だ」

 そう言って、未来のミーリは姿を消す。そして代わりに水の中から現れたのは、四つの門だった。それぞれが桃色、白、赤、黄色と、なんだか暖色系で統一されている。

 未来のミーリの好みだろうか。生憎と現在のミーリは、青が一番好きなのだが。

 消えたはずの未来のミーリの声が、その場で響く。

「今の君……ミーリ・ウートガルドが一番強敵と戦い続けたのは、一八から二〇までの約二年くらいの間だったかな。少なくとも、僕のときはそうだったよ。だが君は、これまで純粋な神と戦ったことはないんじゃない?」

「純粋な……神相手に」

 たしかにそうだ。思えばそうだったかもしれない。すべての戦闘で必死に戦ったからそんな気がしなかったが、たしかに純粋な神と戦ったのは一度もない。ましてや、名のある神など一度もない。

「カミラ・エル・ブラド、史上最強の吸血鬼の神。しかし人から神になった魔神。純粋な神じゃない。ナルラート・ホテプ。これは純粋に名のある神だけど、暴走状態だった。故に、これも純粋な神との戦闘とは言い難い」

 厳しいな、俺。今ならそれくらい、許せちゃうけどな。

魔神姫君ゴッタ・デア・プリゼッシン、スノーホワイト。彼女の霊力だけはそれなりだけど、彼女も純粋な神じゃない。リエン・クーヴォは人間だから、言うまでもないね。最高位天使、ミカエル。これも例外だ。あれは神でもなければ、もはや天使でもない。神によって作られた、神造兵器だね。そしてニコラ・テスラ。彼は妖精石フェアリーストーンがなければ、楽勝だったはずだ。取るに足らないね」

 本当に厳しいな、俺。みんなものすごい苦戦した神様ばっかりなんだけどな。

「君には、そんな君が過去に戦った魔神達と戦ってもらう。このために、わざわざ理想の桃源郷アヴァロンからご足労願ってね。その門の奥に、一人ずつ待機させている」

 そういえば、遠距離にいる神霊武装ティア・フォリマの召喚術を教えてくれたのもマキナだった。機械仕掛けの時空神には、召喚の力があるのかもしれない。

「どの扉から入るのも君の自由だ。その四つの門の魔神を打倒した最後、五つ目の門が現れる。さっさと倒してこっちに来な。君を殺せるのはユキナじゃない。僕自身だけなんだからね」

 そうは言うが、俺はかなり優しいようだ。ここに来て、ウォーミングアップをさせてくれるらしい。かなり甘い。

 だがありがたい。自分の中だというのに、何故かこの中では現実よりうまく体が動かせなかったのだ。だからさっきは負けたのだ。本当、後から付けた言い訳のように聞こえるだろうが。

「さぁ進め、ミーリ・ウートガルド。僕は気長に、君のことを待たせてもらうよ」

 そう言うと、以降未来のミーリの声は響かなくなった。それを受けて、ミーリは進みだす。比較的安易に門を選び、一切の躊躇なくくぐり抜けた。

 最初に選んだのは、一番左端に現れていた桃色の門。潜ると、そこはまた別の世界になっていた。

 足場が水で満たされているのは同じだが、空は太陽が昇る昼間。そして周囲には、フラスコや試験管にも似た形のガラスがいくつもそびえていた。

「やぁ、久し振りだね青年。あれから少しは成長したのかな?」

 そういうのは、シルクハットにジャラジャラと鎖をつけて、青と黒のロングコートに身を包んだ桃髪の女性。その背格好を見れば少女にも見えるが、おそらく大人だった。とくに口調が。

「君は……」

「ほぉ……その顔は……」

「誰だっけ?」

「やっぱり」

 彼女も想定していたようだ。自己紹介さえされれば名前も顔も永遠に一致させるミーリだが、おそらく彼女はちゃんと自己紹介していないのだろう。多分そうだ。

「仕方ないね、じゃあ改めて自己紹介をしよう」

 そう言って、少女はシルクハットを脱ぐ。そして深々と一礼し、また深く被った。

「錬金術師、パラケルスス。あのときはよくもまぁ邪魔してくれたね、青年」

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