才能の片鱗
さて、忘れているかもしれないが、グスリカはスカーレット・アッシュベルが開発した
だが当時はまだ召喚術を使いこなせる召喚士の数が少なく、その召喚士でも失敗することが多かった。これはまだ、スカーレットが万人に使える術式を発見するまえの話。故に今から一一年前の話だ。
ミーリとユキナが出会って約一年——厳密には十ヶ月経った頃、二人はお互いの父親に連れられ、グスリカ王城に来ていた。最高位貴族全員集まってでの、外出公務である。
子供達は未来の自分達が担う仕事を見るために連れて来られたのだが、ほとんど興味なさげ。ミーリもまた父の仕事ぶりを見ていたが、クロナが借りた部屋から抜け出してきたユキナに付き合って、遊んでいた。
「ねぇミーリ、このお城探検しない?」
「でも……二人だけじゃ危ないよ?」
「そんなことないわ。ミーリは頼りになるもの、きっと大丈夫よ。ねぇ、
「あぁぁ……そうだな」
「父さん……」
仕事に夢中になると空返事になるアストラルの癖を知らないユキナは、その腕を引く。このときのミーリも、父のその癖を失念していて、ユキナに引かれるままに部屋を出て行った。
「あら、どうしたんですか?」
部屋を出てから数分ほど歩いたところで、ミーリ達は一人の侍女に捕まっていた。というか、ただ子供達だけでいることが気になって、話しかけられただけなのだが。
「私達、お城を探検しているの。お父様からお許しももらったのよ。ねぇ、ミーリ」
「まぁ……ね」
「そうなんですね。じゃあこれを渡しておきましょう」
そう言って、侍女は胸ポケットから紙切れを渡す。それはこの城内すべての部屋が記された、地図だった。
「これを頼りに探検してください。今は……ここですね」
「この青いお部屋はなぁに?」
少し声音を変えて、子供口調で訊く。当時八歳のユキナだったが、対する人によって口調や態度を変える八方美人のようなところがあった。後々この癖は消失していくのだが、この時期が一番濃かったのである。
「そこは私達侍女や使用人、関係者以外立ち入り禁止の場所ですよ。時間帯によって変化はしますが、基本的にあなた達はまだ入っちゃダメです」
「ふぅん……じゃあこの真っ赤なのは?」
「そこは、私達使用人でも入れない完全立ち入り禁止の場所です。主に謁見室と王様王妃様、そして姫様の私室なんかがそうですね。あとは……そう、地下の広間とか」
「地下に広間があるの?」
「えぇ。私も入ったことはありませんが、あると聞かされました。噂は色々ありますがね? 私の勘では、おそらく神霊武装の召喚が行われている場所なので、邪魔しないようにしてください?」
「わかったわ! ありがとう、お姉さん! 行きましょう、ミーリ。宝の地図ももらえたし、探検よ!」
またユキナに手を引かれ、ミーリは侍女に手を振りながら別れる。だがその侍女の忠告を無視して、ユキナが探していたのは完全立ち入り禁止の場所、地下広間だった。
「ねぇミーリ、ここってどうやったら行けると思う?」
「行っちゃダメだって言われたのに、行く気なの?」
「だって気になるでしょ? 気にならない? 私は気になるわ。気になったことは一つずつ消化していかないと病気になってしまう体質なの」
「知ってるよ。だからよく野山を走り回って、おじさんに怒られるんでしょ? もう何回も聞いたよ」
「そ。なら一緒に探しましょう! ここにはきっと楽しいことがたくさんあるはずよ、きっとそう! 私の勘はよく当たるの! だって女の勘だもの!」
きっと、おそらくだが、そういうのは女の勘とは言わない。沸きあがる好奇心から来る、根拠のない自信だ。
だがそんなことを言ったって、彼女の本質はまるで変わらない。事実彼女はこのときから、自分で思ったことはすべて実行に移してきたすさまじい行動力の持ち主であった。
そんな根拠のない自信に引っ張られながら、ミーリは一緒に地下へと続く階段か何かを探させられる。だがまるで真剣ではないため、部屋や廊下をチラっと見ただけの手抜きだった。
それを、ユキナに見抜かれる。
「もう、ミーリ。ちゃんと探してないでしょ」
「そんなことないよ……でもまぁ、立ち入り禁止の場所を探すのは、少し気乗りしないけど」
そう言われて、ずっと元気だったユキナのテンションが下がる。しまいには手から地図を滑り落とし、一粒の涙を流してみせた。
「ごめんなさい……そうよね。行けないことよね。ごめんなさい。私が悪かったわ。だから、もうしないから……お願い、私を嫌いにならないで。お願い」
突然のこの落ち込みよう。他の誰かなら面倒だとかなんだこいつとか、違和感を覚えるだろうこの起伏の大きさに、このときミーリはついて行った。
うつむくユキナの頭に手を置き、そっと撫でる。これがこのとき初めて、ミーリが人を撫でた瞬間だった。
「嫌いになんてならないよ。俺はユキナが好きだから。君のことが好きなんだ。他の誰よりも、君のことが」
好きにならなくちゃいけないんだ。
「……うん、ありがとう。私もあなたが一番好きよ、ミーリ」
「さて、これからどうする? 探検、続ける?」
ユキナは涙を拭う。そして未だ自分の頭の上にあるミーリの手を掴み取り、自分の頬を撫でさせた。
「うん。まだ、戻りたくないの。戻っても、お父様は忙しくて相手にしてくれないから……」
「……そうだね。うん、じゃあ探検しよう。まずはどこに行ってみようか」
探検を続けることにしたミーリ達。だがユキナが滑り落とした地図は床を滑り、二人から少し離れたところまで飛んでいた。それを、一人の青年が拾い上げる。
「君達、この地図どこで拾ったんだい? これはこの王城で働く人達に配られる物のはずだけど……」
「この城で働くお姉さんに貰いました」
「そうか……ところで君達は? 僕はアルトメルカル。バリス・ディア・アルトメルカルだ」
「ミーリ・ウートガルド」
「ユキナよ。ユキナ・イス・リースフィルト」
「そうか。君達もお仲間ってわけだね。よろしく、ミーリ。ユキナ」
バリス・ディア・アルトメルカル。
当時から当主であったワイズマン・アルトメルカルの実の孫に当たる男だ。歳は二〇歳と大人の仲間入りをしたばかり。純白の長髪を伸ばして一本に結んだその姿は、少し女性にも見えてしまう美男子だった。
「それで、こんなところで何をしていたんだい?」
「地図を貰ったから、探検をしていたんです。二人で一緒に」
「そうか……要は暇潰しだな? まぁわかるよ、わかる。仕事なんて難しすぎて、僕らには全然わからないものね。わからないものを見るほど退屈なことはない。うん、では君達。僕の暇潰しに付き合わないかい?」
「暇潰し……?」
「そう。暇潰しさ。すぐに終わるよ」
二人、顔を見合わせて相談する。出会ってまだ十ヶ月しか経っていない二人だったが、ほぼ毎日のように顔を合わせているので、表情を見せるだけで意思疎通ができるようになってしまった。
そしてこのときもまた、二人で行くか行かないかの相談を顔だけでして、答えを出した。
「行く!」
「行きます。暇だから」
「そうか。それはよかった。では付いて来たまえ。滅多に入れない秘密の場所に、君達を招待しよう」
そう言って、バリスは二人を連れて行く。
確認をするが、バリスも二人と同じく最高位貴族の血族。さらにこのときの権力の高さで言えば、ウートガルド家の次に大きく強かった。
さらにアルトメルカル家が担っていたのは、戦争における戦士の育成と武器の貯蓄。未来訪れるだろう戦争の再開に向けて、アルトメルカルの地位は上り続けていた。
故に様々なことが許される。このときのバリスの行いも法や掟に触れることはないのだが、後々責められることとなる。もしあのとき二人を連れて行かなければ、こんなことにはならなかったと。
バリスが連れて行ったのは、立ち入り禁止と言われていた地下の広間。そこはある意味闘技場のようになっていて、壁には多くの武器が立てかけられていた。
「ここ、立ち入り禁止の場所……」
「入ってよかったんですか?」
「気にしなくていい。ここは我がアルトメルカルの持ち場なんだ。僕にとっては、庭に招待したようなもんだよ。それより暇を潰そう。何、簡単なゲームさ」
「ゲーム?」
壁にかけられていた武器の中から、バリスは剣を掴み取る。柄と鞘とが繋がっているその剣は、抜刀できないようになっていた。他の武器も、刃が布で覆われて使えなくなっている。
「ルールは至極簡単に、一本先取式。相手の胸を先に突いた方の勝ちだ。どうだい? 無論手加減はするよ」
手加減はしてくれると言うが、おそらく自分が考え出したのだろうゲーム。しかも相手は断然歳上。勝てるはずもない。そんな計算を、八歳のミーリはする。
だが同時、隣にいる彼女にいいところを見せたいという欲求が、少年の心の淵に存在していた。そんな、本当は好意を持ち切れていない相手に、だ。
「わかりました、やりましょう。見ててユキナ、俺頑張るから」
「うん! 頑張ってね、ミーリ!」
ユキナは闘技場の上階から、見下ろせる形で観戦する。一方のミーリは武器を選んでいた。剣に鎌に槌に弓矢。盾、鉄のグローブまである。だがその中でミーリの目を射止めたのは、真っすぐに伸びた赤紫色の槍だった。
このときのミーリの中では、ある不思議な感覚に陥っていた。見たことがある。触ったことがある。いやそれ以前に、自分はこれを使ったことがある。この武器で、自分は誰かを倒したことがある。そんな、ありもしないことを確証づける根拠のない確信が、そこにはあった。
自分の背丈にはまるで合わないその槍を握り締め、バリスと対峙する。無論そんなミーリを見て、バリスは余裕の笑みを浮かべた。
「ミーリくん、だったね。数ある武器の中から槍を選ぶ辺り、君は相手との実力差をうまく計れる人間だと思うよ。ただこの場合、君はオーソドックスに剣を選ぶべきだった。それは、自身も相当な実力がなければいけない武器だった。君は相手の実力は計れるが、自身の実力は計れない。軽率な人間だとも言える。だが後悔しないでいいよ。君と僕とではハンデがあり過ぎる。これは、仕方のないことだ」
そう言って握られた剣には、実は細工がしてあった。柄と鞘とを結んでいる紐は、すぐに
これがバリスの楽しみだった。解けるはずのない紐が解け、表に出る刃。人を刺し、貫き、斬り裂き、殺せる凶器。それが見えた瞬間、人は恐れ、怯え、ときに悲鳴を上げて逃げ出す。
そんな人間の顔が大好物だった。殺しはしないし傷付けもしない。ただ怯えて、刃物恐怖症になるくらい怖がってほしいだけだった。それがたまらなく楽しかった。
故にこれは、他の誰でもないバリスの暇潰し。誰にも邪魔はさせない。たとえ子供だろうといい。他の誰でもいいから、怯えた顔を見せておくれ。
そう、一瞬。一瞬だけでいいから。
「行きますよ、お兄さん」
「あぁ、おいで」
僕に君の怯えた顔を、見せて——
一瞬。瞬きをしたその瞬間、ミーリはすでに肉薄していた。そして、勢いよく槍で突く。
その一撃を、バリスは鞘から抜けた剣で受ける。その刃に布が斬り裂かれ、槍の切っ先もまた姿を現した。
その切っ先を一瞥して、一撃を防がれたミーリはまた肉薄する。一秒間に二度もの連撃を繰り出し、バリスを追い詰める。
大の大人がまるで手が出せない状況を見たユキナは、その姿に見惚れ、高揚し、そして惚れた。今までだってミーリのことは好きだったし、嫌いじゃなかったが、このとき初めて異性として見たのである。
そんなユキナの隣に、一人の女性が立つ。ファーのついた黒い上着を身にまとったその女性は、ユキナより一回り大きな女の子に自らの槍を持たせていた。
「なぁ、彼は君のボーイフレンドか何かか?」
「そうよ。私の未来の旦那様。かっこいいでしょ?」
「あぁ、かっこいいな……歳はいくつだ?」
「私と同じ、八歳よ」
「八歳か……ふぅん」
そう興味ありげに頷く彼女のことを、当時のユキナは知らなかった。彼女こそ人類最後の三柱、スカーレット・シャドルト・アッシュベルだった。そして彼女の槍を持つ女こそ、当時一一歳の一番弟子、エリエステル・マインだった。
そして、そんな二人がいつの間にやら観戦に回っていたことに、ミーリも気付く。だが体は、絶えずバリス目掛けて攻めたてる。そしてついにバリスの背が、壁際まで追い詰められた。
頭から股にかけて真っ二つにしようと、槍を振り下ろす。その斬撃を剣で受けたバリスだったが、次の顔の真横を裂いた一撃には反応しきれず、頬を切られてしまった。
そのことで恐怖心が植え付けられる。怯んで動けないバリスの胸座に、ミーリは槍を反転させて刃の付いてない方でバリスの胸を思い切り突いた。あまりの衝撃に、バリスは口の中の粘膜を嘔吐する。
剣を落としたバリスは、その場で膝から力が抜けて尻餅をついた。脚はガクガクと笑い、力が入らない。刃が絶えず攻めてくる恐怖と、実際に切られたという事実が、腰を抜かせていた。
槍を治めたミーリはその場に投げ捨て、上着を翻して振り返る。
「行こう、ユキナ。そろそろ戻ろう」
「うん! ミーリ!」
ユキナを連れ、二人で階段を上っていく。その後姿を見たスカーレットは、一つの確信を抱いていた。
この子はきっと歴戦の勇士になる。勇者、英雄。それに近い者に確実になるだろう。
そんな英雄の片鱗を、スカーレットは久方振りに見たのだった。
ちなみにだが、その後バリス・ディア・アルトメルカルはこのことが一生のトラウマとなって引きこもりになる。刃物どころか先端恐怖症となった彼は、ずっと自分の部屋から出られないままなのであった。
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