ルイ・ウートガルド
ルイ・ウートガルド。
ミーリ・ウートガルドの一つ下の妹であり、後のミーリの復讐劇の引き金となった少女。
彼女について語るのは、余りにも簡単である。
彼女は兄、弟と同じく教育機関に通うことはなく、父と母によって一般教育を学んだ。その知識量は兄弟の中では平凡で、憶えられないことは憶えられないくらいの頭だった。
性格としては誰にでも優しかったが、とくに弟のへブルには人一倍優しい子だった。また好奇心が強く、一度興味を持てば自分自身の中で解決しないと気が済まない性格だった。
そんな性格だったから、同じく好奇心の塊であったユキナと気が合った。彼女のことをお姉様と慕い、彼女が兄の婚約者であることに誰よりも喜びを感じていた。
だが一つだけ我儘を言うのなら、ユキナを許せないことがあった。それは、兄と結婚してしまうこと。
誰よりも兄の結婚を喜び、その相手がユキナであることを喜んだ彼女だったが、自身の願望を言っていいのなら、兄には結婚しないで欲しかった。
何故なら彼女自身が、誰よりも兄のことを好いて——それ以上に愛していたから。誰よりも兄のことが大好きで、愛していた。
その愛の深さをあえて物差しで測るとすれば、それは女性が一人の異性を対象に、この人の子を産みたいと考えるまでのことだった。実際、彼女は考えていた。妹という立場を考えながらも、だがそれでも、考えてしまっていた。
この国の法律が変わればいいのに。そんなことを思うほどに。
「お兄様」
この日もそんなことを考えてしまって、堪らなく甘えたくなってしまったルイは、ミーリの部屋へと行っていた。
だがこの日ばかりはタイミングが悪かった。ミーリは父アストラルに叱られて、ものすごく落ち込んでいたのだ。叱られた理由としては、へブルが地下の資料庫でイタズラしたのを止められなかったという、監督不行き届きだった。
「ルイ……」
叱られた理由までは察せないが、気分が落ち込んでいることは悟ることができる。部屋の扉を完全に開け、部屋に飛び込んでいってしまったことを後悔した。
「ごめんなさい、お兄様……また改めます」
「いいよ、ルイ。どうした?」
「いえ、急ぎの用ではありませんので……その、ごめんなさい」
「だからいいって。いいよ、こっちに来な」
そう言って、ミーリは自分が寝転んでいたベッドに誘う。ルイはミーリの隣に座ると、もう一度寝たミーリにつられて寝転んだ。
「怒られたんですか?」
「うん、怒られた。へブルがいたずらしてさ……なんで見てなかったんだって」
「そんな、お兄様は悪くないのに」
「仕方ないよ。父さんはこの国すべての人間を見てる。法律っていう力を使って、国の人間全員が悪いことをしないか見てるんだ。俺もいつか、その仕事を任される。なのに、弟のイタズラにも気付かないなんてって、父さんは思ったんだよ」
「そんなの……すぐには無理だってお父様もわかってるはずなのに……変なの」
「変かな」
「変です。力不足の人に過度の仕事を任せるだなんて——ごめんなさい、お兄様」
「いいよ。事実を事実として言ってくれるのは、君だけだから」
会話を聞いてると忘れてしまいそうだが、現在会話をしているのは七歳と八歳の子供である。ここまで大人びた会話内容になってしまうのも、最高位貴族故と言えよう。
「後でへブルを叱らないと……あの子、きっと反省してません」
「いいよ。へブルも父さんに怒られてたし、少しは懲りたと思うから……」
「いえ、絶対に反省していません。お父様が、へブルを強く叱れるはずもないのですから」
「そんなことは……」
「いえ、絶対です! もうへブルに、お兄様を困らせません!」
「……ルイ」
ミーリの手が、ルイの頭に被さる。とても軽いその手に撫でられ、ルイは頬を紅潮させた。
ここで言っておくと、ルイは人に撫でられるのがあまり好きではなかった。まるで子供扱いだと、七歳ながらに大人の対応を求めていたのである。
だがその中でも、愛する兄の愛撫だけは別だった。べつに滅多に撫でてくれないわけでもなく、よく撫でてくれるのだが、その愛撫だけはずっと受けていたかった。
何故ってそれは、愛しているからだ。
「ありがとう。でもへブルをいじめちゃダメだよ。俺は大丈夫。少し寝れば、また元気になる」
「……本当ですか?」
「本当」
「本当の本当ですか?」
「本当の本当」
「本当の本当のホント——」
「あぁもう……ルイ」
ルイの頭を引き寄せて、抱き締める。手と胸と息の感触に当てられたルイは、全身に熱を持って赤くなった。
ルイの頭を抱き締めて、その後頭部を
「母さんに似て心配症なんだから……大丈夫だよ、大丈夫。こんなことでずっと落ち込んでないって」
「……本当、ですか?」
「うん、本当」
「……なら、安心しました」
「うん、だから……だからこのままちょっと寝かせて……もう、眠くて……」
「こ、このまま……ですか。はい……どうぞ、お兄様」
「ありがとう、ルイ……」
「大好きですよ、お兄様」
その言葉は、どうやら届かなかったようだ。兄はとっくに、夢の中へと降り立っていた。
だがそれでいい。この恋心は、胸の内にしまっておくのがいい。だってこの恋は、永遠に叶わない。この国の法律が、遥か昔のそれに変わらない限り、叶うことはない。
ならば秘密にしておくのがいい。この想いは、ずっと胸の中にしまっておくのがいい。だって自分の愛するお兄様は、いつしか彼女と結婚するのだから。
他人からしてみればあまりにも健気に映るこの少女の願いはただ一つ。愛するお兄様が、愛する人と一緒に幸せに暮らしてくれること。そのためなら、喜んで一歩引こう。
だが未来、その願いは叶わない。夢は炎に包まれて、自らの命と共に儚く消える。そのことを予知することなど叶うはずもなく、彼女の寿命はまた費やされる。
その日が来るまで、あと一年と八ヶ月。奇しくもその日は、ルイ・ウートガルドの誕生日だった。
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